校門を飛び越えろ。

 出席番号8番 小野寺華蓮

 出席番号12番 櫻井和希


 ◆◆◆

  

 神様、仏様、ご先祖様、私は今から悪い子になります!

 お母さん、お父さん、今まで育ててくれてありがとう。私、もしかしたら無事に帰れないかも……。

 でもいかなくちゃいけないの。どうしても、取り戻さなくちゃいけないものがあるから!

 私は、重い重い鉄の門に手を当てる。冷たい。ひんやりを通り越して、凍っちゃいそう!

 試しに力を入れてみるけど、びくともしない。やっぱり、ここは強行突破しか……。

 そう思って、私が鉄の門をよじ登ろうと足をかけたときだった。

 パシャリ。

 目がくらむような光が一瞬弾けた。


「でたぁぁぁぁあああああ~~~!!!!」

「……かずちゃん、叫びすぎ。」

「ふぇ……? だ、誰……?」

「私だよ。華蓮。」

「か、華蓮ちゃん~~!?」


 そこには、私にカメラのレンズを向けた小野寺華蓮が立っていた。

 カメラ……カメラ!? じゃあさっきの光は……。


「撮ったの……? ねぇ、今の撮ってたの!?」

「うん、なんか挙動不審だったからつい。」

「わぁぁ……。その写真を週刊誌にばらまくんだね……。

 どうしよう、私、退学になるんだ~!」

「そんなことしないよ……。

 そもそも相手にされないし、私の信条に反するから、そういうの。」

「ほんとに……?」

「ほんとだよ。安心して。」


 よかった……。お父さんとお母さんを悲しませなくて済む。やっぱり神様と仏様とご先祖様が見ていたらしい。悪いことはできないんだなぁ、としみじみ感じる私です。


「それで、そんなにうろたえるってことは悪いことでもしようとしてたの?」

「うぅぅ~……。」

「まさか、学校に忍び込もうとか?」

「ぎくっ!」

「口でぎくって言う人、初めて見たよ……。」


 そうなのです。私は学校に忍び込もうとしていたのです。

 生まれて今までそんな大胆なことはしたことがなかった。だから、これは一世一代の大侵入になるはずだった。

 でも、華蓮ちゃんに発見されて、あえなく失敗したのでした……。


「かずちゃんらしくないね。そんなに大事なもの忘れたの? 今日の課題とか?」

「うぅ! なんで忘れ物だってわかったの~!?」

「だって他に思い当たらないから。

 テストの回答盗もうとか、絶対考えないタイプでしょ。」

「そんな悪いことする人いるの!?」

「考えるくらいはあるんじゃないかな……赤点の常連とか。」


 想像したこともなかった! そんなことをしたら絶対に罰があたるに決まってる!

 世の中、悪いことを考える人もいるんだな。私、ちょっとショックです。

 それに比べたら学校に侵入するくらい……。いや、やっぱりダメ! これはとっても悪いこと。

 私が悪い子にならないように神様が華蓮ちゃんを差し向けて、仏様が写真を撮るように指示して、ご先祖様が……ええと。何かしてくれたに違いない!


「……で、何を忘れたの? 課題だったら私のプリント、コピーすれば?」

「違うの~! 本を忘れたの……今日読もうと思ってたのに~!」

「本? ……明日じゃダメなの?」

「ダメなの~! 今日中に読んで、明日感想を言うって約束なの~!」

「誰と?」

「先生と。」

「え……現国の田辺?」

「違うよ~、ちかちゃんだよ~!」

「ああ、佐々木さん? なんで、先生なの?」


 ああ、私ったらダメダメ! こういうところがよくないっていつもお母さんに叱られてるのに!

 和希は説明不足、それじゃあ周りの人に言いたいことが伝わらないって。直さなきゃ!


「ちかちゃんはね、私のアニメとラノベの先生なの!」

「はぁ……そうなんだ……。」


 なんだか微妙に伝わってない気がするけど、私はそれ以上うまくいえないので諦める。

 だってそうなんだもん。ちかちゃんは私の先生なのだ。


「事情はわかったけど、かずちゃんにその門は越えれなかったと思うよ。

 そもそもだけど。」

「そうかな~! 今ならしゅしゅって越えられる気がするよ!」

「跳び箱4段飛べないかずちゃんには無理だよ……。

 きっとアニメの見すぎかも。」

「う……。」


 おかしいなぁ。駿河ちゃんだったらあんなのひとっ飛びで越えるのに。どうして私にはできないんだろうか。

 とても、残念。


「だから、裏門の受付からお願いしに行こうよ。

 まだこの時間なら中に入れてくれると思うから。」

「えぇ~! そんなシステムがあるの!?」

「うちの学校、用務員さんが住み込みしてるの知らなかった? 

 緊急の時は中に入れてくれるよ。」

「華蓮ちゃんものしり~……。」

「いや、多分みんな知ってるんだけどね……。」


 私は、ちかちゃんから借りた本を読める喜びでいっぱいだった。

 でも、だんだん寂しくもなってきた。

 校門を乗り越えるから、スカートじゃダメだと思って学校のジャージを着て気合いれてきたのに。

 またもや、特別な世界へいくチャンスを逃してしまった気がする。


「あれ、そういえば華蓮ちゃん。こんな時間まで学校にいたの?」

「ん? ああ……現像してたら時間忘れちゃってね。さっき出てきたところ。

 用務員さんに怒られちゃった。」

「え~! じゃあ気まずいよね、私一人でいくよ~?」

「大丈夫。それにかずちゃん一人で行ける?」

「ふぇ?」

「……たしか、オバケとか苦手だよね。」


 その途端、真っ暗な校舎が私を飲み込もうと口を開けているような気がして、足がガクガク震え始めた……! 

 そうだ、忘れてた。私……恐いの苦手だったんだ!!

 どうしよう……どうして夜の学校に一人できたんだろう!!


「ふぇぇぇえええ、華蓮ちゃぁぁぁぁああん!!」

「あはは……。もしかして本気でアニメキャラにでもなったつもりで

 乗り込んできたの? 思い込みすごいな……。」


 私は、腰が抜けそうになりながら、必死に華蓮ちゃんの腕に抱きついて裏門を目指した。

 心臓がばくばくして、今にも逃げ出しそうだったけど、必死で我慢する。あの真っ暗な学校から、ちかちゃんのラノベを取り戻さなきゃ……。

 あれを読めば、また強くてかっこいい私に変身できるから……。


「ああ、でも、今思えばね?」

「ふぇ?」

「たしかに、ちかちゃん飛び越えれそうだったかも。

 勢いあって、いい写真だったよ。さっきの。」


 足に、少し力が戻った気がした。

 明日になったら、華蓮ちゃんにその写真を見せてもらおう。

 本当にいい写真だったら、もらえないかお願いしてみよう。

 そしてちかちゃんに見せるんだ。

 早くいかなきゃ。夜の学校なんて、怖くない。きっと、怖くない。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る