ナイト。
出席番号9番 木下莉奈
出席番号23番 三浦絢香
◆◆◆
「あら王子様。お姫様を送った帰り?」
土手に自転車を止めて、ぼんやりと月を眺めている三浦絢香に私は声をかけていた。
月に見惚れていたのか、考え事をしていたのか、絢香はまったく私に気づいていなかった。
いつもの私なら、声もかけずに通り過ぎただろう。クラスメイトであろうと、必要がなければ深く関わりをもつ必要はないと私は常に思っている。特にメリットもない。さほど興味もない。約一名を除いて、彼女たちは私にとっては似たり寄ったりの存在だ。
でも、その似たり寄ったりの中で、絢香は少しだけ興味を引く。彼女のあり方と、執着しているものについて、私は他人事とは思えないところがあるからだ。
「莉奈……。そんな嫌味が言える子だったんだね。
知らなかった。」
こちらをろくに振り返りもせずに、絢香は明確な敵意を持って返事をした。
無理もない。私だって思い切り棘のある言葉を投げかけたのだから。
「ここは学校じゃないでしょう。だったら私も自然に振る舞うってものよ。」
「へぇ……。それが素なんだ。」
「できれば学校では言いふらしてほしくないけど。」
「しないよ。そんなことしても、私に何の特もないでしょ。」
「話のわかるクラスメイトで助かる。」
言われなくてもわかっていた。絢香がいろんな人と親しくしているところは見たことがないし、それどころか雑談の一つだって滅多に交わしたりしない。
彼女は明らかにクラスで浮いていた。厳密に言うと、彼女たちはいつでもそうだった。
いじめられたりしているわけではない。私のクラスはどうやら善人が多いらしい。空気を読んでそっとしている、というのが正しい言い方なのかもしれない。
「……やっぱり思うところがあるのね。月なんか見つめちゃって。」
「莉奈には関係内でしょ。」
「問題すらも私有化したい。私にしかわからない。
その感じを大事にしたいんでしょう?」
「……私のこと、嫌いなの?」
「ううん、興味があるだけ。それに、わかるしその感じ。」
「わかる……?」
それ以上は言わない。
私がどんな人間かバレるのはかまわないけど、その先の目的までは知られたくない。
本当のことを言えば、いつどんなふうに耳に入るかもわからないから、素の私のことは誰にも知られないほうがいい。
でも絢香なら大丈夫。この子は、周りの人間に簡単に近づいたりしない。ある意味安全。
絢香はゆっくりと立ち上がって振り返り、体を完全に私の方に向けた。声をかけたときよりも遥かに強い敵意を剥き出しにして、私をにらんでいる。
「何を考えてるのか知らないけど、私たちの邪魔になるのなら全力で排除する。」
「クラスメイトを? どんなふうに? ますます興味がわく。」
「興味って何よ……さっきから。変な目で見ないでよ!」
「そう怒らないで。私はあなたのこと、応援してるよ?」
「……応援? どういう意味よ。」
そのままの意味だった。
欲しいものがあるなら手に入れればいいし、守りたいと思うのならそうすればいい。
「絢香はナイトなんでしょう?」
絢香は、私の言葉に悲しそうな表情で返す。
「私はそんな大層なものじゃない。そんな力も持ってない……ただ……。
そばにいてあげたい。ずっと。」
今にも自害しそうなほど、絢香の顔は思い詰めていた。
その選択の先には、破滅しか待っていないことを、自覚しているような、そんな表情。
「ふうん。ずっとそばに、ね。
望んでそうしているように言ってるけど、私にはなんだかそうは見えないな。
あなたは……。」
「言わないで。」
そうか、彼女は何もかもわかっているんだ。わかった上で、あの子のそばにいるんだ。
それならもう何も言うことはない。相手が悪かったね、と嫌味を言うくらいしか。
私は違う。私のあの子は。だから私は、あなたのようにはならない。
「何もかもわかってるなら、思い悩む必要なんてないんじゃないの?
それでもやっぱり迷うもの?」
「悩んでも迷っても結果は変わらない。私は流されてるだけ。
逃げられる気もしないし。」
「じゃあ、なんでそうやって月を見上げてアンニュイ決め込んでるの?」
「あの子がいつか還る場所だから。」
「……ああ、一緒にいるとやっぱり、そういうの伝染るのね。」
私はそれ以上、言う気が失せた。
感傷なんて何も生み出さない。合理的で実益を伴った行動にこそ意味がある。
思い悩む乙女的な何かは醜くて見ていられない。
それが許されるのは地球上で一人だけ。
私が、心の被写体に選んだ人だけなんだから。
「莉奈、どうして写真撮るの?」
「最近撮ってないけど。」
「撮ろうと思った理由。」
「…………。忘れたくない、残したいものがあると思ったから。」
そう、とだけ言って絢香は黙る。そして、月を見上げて歌いだした。
私の知らない歌。もうさよならだよ、君のことは忘れない。
「ずっと一緒にはいられないから、覚えてる。
忘れたら、消えてしまうから。」
最後にうわ言のようにつぶやいた絢香の声が、耳から離れなかった。
涼やかな虫の鳴き声でも上書きできない、呪いのような言葉だった。
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