お団子の中の飴ちゃん。
出席番号11番 小林美姫
出席番号19番 名取美咲
◆◆◆
スポーツ用品は、どうして派手な色やデザインが多いんだろう。
行き交うスポーツマン……中には主婦とかもいるのかもしれないけど、とにかく彼、彼女たちのいろんなジャージやシャツや短パンやスパッツを眺めながら、私はペットボトルのお茶をちびちび飲んでいた。
もう自主練はとっくに終わっていて、帰ればいいものを……なんとなくこうしてだらだら過ごしてしまっている。
この市営体育館は、私がよく使う弓道場の他にも施設が整っている。よく同じ学校の運動部の子や、別の学校の弓道部の子に会ったりする。
それを期待しているところがないとは言えない。でもさすがにもういい時間で、高校生はいない可能性のほうが高かった。
いい加減帰ろうかな……と思ったときだった。
「あれ、美咲。自主練?」
「あ……こばちゃん、泳いでたんだー!」
水泳部の小林美姫とばったり。タオルを肩からかけて、今まさに泳ぎ終わったという雰囲気だった。
「髪、乾かさないと風邪引いちゃうよ?」
「いいのー、帰ってどうせ湯船つかるし。
ここでハンパにゆっくりしたら、なんかお風呂済ませた気になっちゃう。」
「そっかー。ずいぶん遅かったんだね、もうこの時間は
高校生いないかと思ってたよ。」
「そういう美咲も残ってるじゃん。」
その通り、なんだけど。もう一時間以上だらだら座っているなんて言えない。
「美咲もここ来てたんだね。私、ほぼ毎日いるけど会うの初めてじゃない?」
「え、そうなんだ! たしかにー、初めてだね!」
こばちゃんは、水泳が大好きだ。と、私が断言するのもおかしな話だけれど、そうでなければあんなに執念深く毎日プールには入らないだろう。
秋になって、もう外でプールになんて入れないだろうという気温になってからも、ギリギリまで粘っていた。顧問のドクターストップがかかるまでは意地でも入る、というのがこばちゃんのモットーらしかった。
そうか、とうとう入れなくなって体育館の温水プールに通っているのかと、納得する。
ということは、木曜日は気をつけないとこうしてばったり会ってしまうことになる。覚えておかなければ、と思う。
「美咲って、あんまりそんなふうに見えなかったけど、部活気合い入れてるんだね。」
「え……そうかな?」
「うん。だってうちの弓道部で時間外に練習しようなんて子いないでしょ。
少なくとも私は会ったことないよ、ここで。」
「そうだねー……。私はあれだよ、勉強の息抜きだよー!」
「そっか。やっぱりあれって、射つとすかっとするもん?」
「するする! 頭の中も静かになるしね。」
うまく話を逸らせた……。自主練のことをつっこまれるとちょっと都合が悪い。
別にうまくなりたくて、ここに来ているわけじゃない。変に真面目だと思われても困るのだ。
「……まあ、私も速くなりたくて頑張ってるわけじゃない。
ただ、本当にプールが好きなだけ。ずっとつかっていたいんだよね。」
こばちゃんが妙に遠い目をする。その目は何度か見たことがあった。
プールが好きだと言いながら、こんなふうに急に雰囲気が変わる。そういう時は決まって、こんな目をする。
「私たちって、場所がないとできないスポーツだからさ、色々大変だよねー!」
なんとなく空気を変えたほうがいい気がして別の話題を振ってみたけど、我ながら苦しい。
でもこばちゃんは、すっと乗ってきてくれた。
「ほんとだよね! 市の施設とは言っても、使用料はとられるわけだし。高校生にはキツイよね。」
「こばちゃん毎日来てるんでしょー? おこづかい大丈夫なの……?」
「ん? んまぁ……うまいことやってまーす。」
にごされてしまった。でも、お財布事情はプライベートなこと。今のはちょっと無神経だったかもしれない。
そこでふと時計を見上げた。当たり障りのない話をしているうちにずいぶん時間が経ったことに気づく。
武道場のほうから賑やかな声が聞こえてきた。団体さんの練習が終わったようだ。
私が、ちらちらとそちらを気にしていることに、こばちゃんは気づいたようだ。
「あれ、もしかして誰か待ってた?」
「え!? ううん、全然!
まあ、たまに友達が参加してる団体さんだから会うことはあるけど……。」
そうなんだ、とこばちゃんはさらっと流す。私は、それ以上話題が膨らまないことに安堵していた。
「さて……帰ってお風呂入ろうかな。美咲はまだいるの?」
私は、武道場から出てきた団体に知った顔がいないことを確認して、これ以上長居する理由がとっくになくなっていた。
「あ、そろそろ帰ろうと思ってたところだよ。一緒帰ろうか。」
私は精一杯笑う。でも、私のお団子がちょっとしぼんでいる気がする。
ついさっき、着替えながら仕込んだものが必要なくなってしまった。
「こばちゃん疲れてるよね。飴ちゃん食べる?」
そういって私は、お団子の中から飴を取り出す。今日はコーラ味。
「え、なにそれ! そのお団子って飴ちゃん出てくるの!?」
想像以上にこばちゃんは喜んで飴を受け取ってくれた。そして、すぐさま袋を破って口にほ織り込む。
そして空袋は、ジャージの上着のポケットに突っ込んだ。
「ん、美咲どした?」
「え? なんでもないよ! いこっかー!」
私は、出しかけた手を引っ込めた。
そう、飴の袋、普通は人に渡したりしない。だってそれはゴミなんだもの。
私も受け取ろうとする必要なんてない。本当なら。
だからこそ、あれには意味があるんだと思う。あれはそう、儀式みたいなもの。
明日は何味にしよう。こばちゃんと帰りながら、私はまったく別の人のことを思い描いている。
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