第2話 フィッツジェラルド

 

 ここは住宅街を少し脇にそれた所にあるカフェ。

 そのカフェでは毎日、閑古鳥が鳴いている。

 ここのマスターを勤めるのは細川青。

 そして、それを支えるのは青の幼馴染である藤咲香澄。

 そんなカフェ『サラセニア』は本日も開店である。





  ◇ ◇ ◇


「青!コーヒー2つとホットサンド2つ追加で!」

「了解!」


 いつもは静かなカフェ『サラセニア』は何故か大勢の客の対応に追われていた。

 そのせいで、青はパニックをおこしていた。

 コーヒーをこぼしたり、食材を落としたり、でも、どうにか踏ん張って青はカフェを回していた。

 この状況の原因はズバリ香澄の拡散力である。

 どういうことかというと、香澄はいつも閑古鳥が鳴いている店を心配して、SNSや友達を使って、お店の宣伝をしたのだ。

 その結果がこれである。

 行くなら、みんなで一緒に行こう、という結論に至るのは学生ならば致し方ないのかもしれない。

 結局、SNS内で話がまとまり、今日のような事態を引き起こしたみたいだった。

 その中の一人。

 中学生くらいの女の子がカウンター席に座っていた。

 どうやら、香澄の妹が連れてきたらしい。

 その時の少女の印象は、香澄の妹の友達でしかなかった。


「はい!すぐにお持ちします!」


 少女に向けていた集中を解き、青は再び仕事に戻った。

 閉店後、青はカウンターにうつ伏せになっていた。

 香澄は明日の学校のためにもう帰っており、店には青一人だった。

 むくりと立ち上がり、店内の掃除をしていると、青は一枚の紙切れを見つけた。


「親なんて大嫌いだ?」


 誰が落としたのだろう。

 いつもなら大体想像がつくのだが、いかんせん今日は人が多かった。

 青はそれをそっと制服のポケットにしまった。





 カランカランと澄んだ音を立てて、扉が開く。

 と同時に、明るい光が店内に入り込んだ。

 青はあまりの疲れに掃除をした後、そのまま寝てしまったようだった。


「もしかして、まだやっていませんか?」

「いえいえいえ!いらっしゃいませ!カフェ『サラセニア』です!」


 開店時刻と同時に客が入ってくるのは、青にとって初めてのことだった。

 しかも、平日に。

 入ってきた声の主に目を向けると、そこにはセーラー服を着た少女が立っていた。


「え?学校は?」

「今日は学校の創立祭で休みです」

「あ、そうなんだ。どうぞ、カウンター席へ」


 コーヒーを入れながら、青は必死に少女を思い出そうとしていた。

 どこかで見たことがある顔だと思うのだが、一向に思い出せない。

 青は堪忍して、少女に尋ねた。


「あの、どこかでお会いしませんでしたか?」

「新手のナンパですか?」

「いえいえいえ!違います!断じて違います!」

「すいません。冗談です」


 どうやら少女は昨日カフェに来てくれたらしい。

 教えてもらっても、青は全く思い出せなかった。

 あんなに忙しかったのだ。

 それもしょうがないことだといえるだろう。


「朝ごはんはまだですか?」

「?……はい、まだですが」

「そうですか。少しお待ちくださいね」


 青はそういうと、早速準備を始めた。

 この店には商品というものがない。

 いや、あることにはあるのだが、おまかせしかないので、客はそれを選ぶことしかできないのだ。

 今回、青は少女のために朝ごはんを作るつもりだった。

 卵とベーコン、レタスにパンを用意する。

 フライパンの中で軽く卵を炒ると、少女にも青が作ろうとしているものがわかったようだ。


「もしかして、サンドイッチですか?」

「そうだよ。ちょっと待っててね」


 青はササっとパンの上に具材を乗せると、少女の前にサンドイッチを差し出した。

 同時に、少女のお腹が鳴る。

 思わず、二人は顔を見合わせて笑いあった。


「美味しい!」

「でしょ〜。自信作!」


 そう言いながら、青もサンドイッチを頬張る。

 我ながら、上手くできたと思う。

 目の前をみると、少女は夢中になってサンドイッチを頬張っていた。

 もしかしたら、お腹が空いていたのかもしれない。

 というか、さっきから気になっていたのだが。


「そういえば、何で学校ないのに制服なの?」


 その言葉で少女の動きが止まった。

 何かまずいことを言ってしまっただろうか、と青は首をかしげる。


「もしかして、サボり?」

「……はい」


 少女がコクンと小さく頷いた。

 この店は心の奥底に悩みを隠した人々が集まる場所。

 そして、青はその悩みを解決するマスターである。


「話、聞かせてくれない?」


 少女は何か話そうとして辞めた。

 やはり躊躇われるのだろう。


「安心していいよ。ここで話したことは絶対誰にも話さないからね」

「本当……ですか?」

「もちろん!」

「実は……」


 少女はそう言うと、決心を決めたのか青の目をじっと見つめた。


「私、◯◯病院の院長の一人娘なんです。なので、昔から医師になることを強要されてて。でも、私、血とか本当に無理なんです!それにやりたいことができて……」

「やりたいこと?」

「はい。私、どうしても本に関する仕事に就きたくて!医師にはなりたくないんです!」

「そっか……。そのこと親御さんに相談した?」

「いえ、まだ……」

「じゃあ、勇気を出して相談してみよう!そしたら、何か変わるかもしれないからね」

「はい、頑張ります。凄く怖いけど……」

「うん!頑張って!」


 青は笑顔でそう言うと、制服のポケットから一冊の黒いノートを取り出した。

 そして、こほんと一つ咳払いをして、少女に向かって告げた。


「勇気のでない、えーっと名前は何だっけ?」

「葉月です」

「えー、勇気のでない葉月ちゃんにとびっきりの言葉をプレゼントしましょう。最後に気にかけておくべきこと、それは今自分がなにをしようとしているかということ」

「あ、ありがとうございます?」

「うん!どういたしまして!」


 葉月は青の突然の名言に戸惑いつつも、笑顔で店を去っていった。

 カランカランという澄んだ音がして、青は机から飛び起きた。

 どうやら、青はまた眠ってしまったようだった。

 外を見ると、もう日は暮れていた。


「い、いらっしゃいませ!カフェ『サラセニア』です!って奏ちゃん!いらっしゃい!」

「お久しぶりです。青先輩」


 店に来たのは、なんと香澄の妹である奏だった。

 あの葉月に店の存在を教えた張本人である。


「葉月、親に言えたみたいですよ」

「そっか、おめでとう」

「私じゃなくて、葉月に言ってあげてくださいよ!」

「それもそうだね」


 思わず、二人で笑い出す。

 よかった、と青は内心ホッとしていた。

 自分の言葉で葉月を救えたのかと心配していたからだ。

 しかし、どうやらその心配は杞憂だったようだ。


「では、私はこれで」

「珈琲は?飲んでいかない?」

「あ、いただきます!」


 誰かの物語が紡がれるカフェ『サラセニア』。

 あなたも珈琲いかがですか?

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はい、こちらカフェ『サラセニア』です! コトリノトリ @gunjyo

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