イスカの空
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イスカの空
転校生の浜島いすかは一年前、高一の秋に自殺未遂をしたことがある。そういう噂が彼女の転入から数週間後――物珍しさも薄れ始め奇特さが目につき出し、周囲から浮くようになってから囁かれるようになった。
俺の耳にそれが入る頃には、尾ひれ腹ひれがつきすぎて全容が掴めなくなってしまった。
「同級生の女子から陰湿ないじめを受けていた」やら「先輩から喝上げされていた」だとか……とにかく理由についての憶測が憶測を呼び、新たに無責任な噂を呼んでいる状態だ。しかし自殺の方法については揃って「屋上から飛び降りた」ということで確定らしい。
思うところあって、俺は彼女の自殺の状況と理由について、噂の真偽を確かめることにした。
ちょうど今から昼休みも始まるし、調べ物にはうってつけの時間だ。
本人に直接聞くのが手っ取り早い話ではあるが――――教室の隅、転校生にあてがわれた三十一個目のはみ出た机を見遣る。
右目と頬の上半分をすっぽり覆う大きな眼帯をつけた少女、浜島いすかが眠気を堪えるように眉を顰めていた。彼女は眼帯の縁を強く掻き、頬杖をついて窓の外に何らかの想いを馳せているように見える。
また飛び降りてみようかな、ぐらいのことは考えていたのではないか、と……流石にそれは俺の妄想だろうが、そう勘ぐってしまうだけの物々しい雰囲気が今の浜島にはあった。いくら俺が無神経でも、とても「自殺しようとした時のこと教えてよ」なんて聞けたものではない。
仮に、浜島が明るい奴だったとしても、過去の自殺未遂についてあれこれ聞き出すのはまた別種の抵抗があっただろう。正直に話してくれるとも考えにくいし。
いずれにせよ、本人に確認をとるのは最終手段。浜島にしかわからない事を聞く時に限る。
「やっぱまずは、外堀を埋めるとこからだよな……」
「なにが? 彼女でも作るの?」
思考が声に漏れていたらしい。飯を共にしていた友人・土谷に突っ込まれてしまった。
「お前にとって交際相手は粘土細工か何かなのか?」
「?」
…………どうやら俺の最高にイかしたジョークは通じなかったようだ。何故。
「いや、あれだよあれ」
気を取り直して、声を潜め顎で浜島を指し示す。土谷は腹立たしい訳知り顔で、
「あ、浜島狙い? 確かにちょっとヘンだけど、美人だもんな。クラスの中でもかーなり上位だと思うぜ。ま個人的にはもちょっと愛想良かったらランク二位くらいまで余裕で食い込んでたかなー」
各方面から怒られそうなセリフをよく声も落とさず言ってのける。一応昼休みだし、周りに女子も普通にいるのだが。
「そういう下世話な事じゃない。あの子の噂の話」
「噂っていうと……自殺か。むしろ彼女うんぬんよりゲスいんじゃね」
無遠慮に甲高い声でまくし立てていた土谷だが、話題が変わると流石に眉間に皺を寄せ、声のトーンを落とした。
言われてみればそうだな。
「場所変えるか」
食べかけのパンを片手に立ち上がる。土谷も頷いてそそくさと教室を出た。土谷と俺が所属する応援団の部室にでも行こう、どうせ昼は誰もいないだろうし。
◆
「で、なんで浜島のことが気になるわけさ」
応援団の部室。土谷は高さの合ってない椅子に持たれかかり、カツサンドを咥えながら微妙に見当違いな事を問う。恋愛脳って奴なのか?
「浜島のことじゃなくて浜島の噂のことな」
「どっちでもいいけどさ。スズが他人事に興味持つのって結構珍しくね」
スズというのは俺の呼び名だ。鈴波稲李でスズ。安直だし響きが女子っぽいから遠慮願いたいのだが、高校からの友人にはだいたいこれで通ってしまっている。
「そうか? 俺好奇心は旺盛な方だと思ってたけど」
「それって生きてる人間に対してじゃなかったじゃん。幽霊とか妖怪とかのハナシでしょ」
「……む」
付き合いも二年目ともなれば、人間なかなか見られているものらしい。
土谷の指摘通り、俺の好奇心が傾くものは霊的なものが多い。俗にいうオカルトマニアだ。
この応援団の他にもオカルト研究会に所属し(部員は俺一人しかいない。来年新入部員がいなければ廃部である)、近所の心霊スポットを巡って心霊現象の観測を試みたり、地域の霊にまつわる伝承を纏めてみたりするのが趣味……というか殆ど日課だ。中学の頃からそんな感じだった。
脇目も振らず一人で五年近くそんな活動をしていた俺が、急にクラスメイトの自殺未遂疑惑についてアンテナを張り始めた理由はといえば、これが二つある。
「――幽霊とか妖怪に関わってるかもしれないんだよ、浜島の自殺の話は」
「またえらく飛んだじゃん……順を追って説明してくれ」
「別にこっちは複雑な話じゃないぞ。臨死体験をした人間は霊感を身につけたり、死の間際だけ霊が視えたりするらしいからな」
「三途の川って何色だった? って聞くわけ?」
「まあ近い」
もし浜島の噂が真実で、かつ死の淵で何かを視たのだとすれば……それは、『どうすれば霊感を得られるのか』という方法論の確立に、何かしら役立つ可能性がある。
四年半超にわたる霊探しの末に気付いたことだが、どうやら俺は霊感というものが皆無らしい。今までで一度も、心霊的な存在や現象に立ち会えたことが無い。
今の浜島に霊感が備わってるか、自殺しようとした瞬間になにかが視えていたのだとしたら、俺もそれにあやかろうというわけだ。
「はぁ……そーいうことばっか調べてるせいか、発想が飛びかちだよな。フツー『自殺しようとしたから、あの娘には霊感がついてるかも』なんて考えねーって」
「んー……」
浜島の噂や普段の様子から、そう発想する根拠が無いわけではないんだよな。と……これは別に言わなくてもいいな。
「あれ、そういえば『こっちは』って言い方的に、何か別の理由もあんの?」
カツサンドを頬張っている最中、気付いた、という風に土谷が顔を上げた。人の話を聞き漏らさない野郎だ。
「ある。実は、浜島と俺は通ってた小学校と空手の道場が同じなんだよ」
「マジか!? それって幼馴染みってやつじゃん!」
途端に身を乗り出し目を輝かせるのが異様に鬱陶しかった。
「……そんなんじゃねぇよ。別に馴染みだったわけじゃない」
「ご、ごめん……」
「いや、今のは俺が悪かった。でも本当に、俺と浜島はそういうんじゃないんだ」
小学校では何度か話したり遊んだりすることがあっただけで、道場でも基本的に練習は男女別だったから交流の量は多くなかった。
浜島が道場を小四で辞めてからは共通の話題もなくなり、めっきり話さなくなった気がする。そのすぐ後、彼女が転校したので、そこで関係は途絶えたのではなかったか。
……流石に七年も前の事になると記憶があやふやだ。
「にしても空手か。スズもだけど、浜島なんか全然そんな風に見えないよな。体育もずっと休んでるっぽいし」
「それが二つ目の理由」
「……というと?」
「あいつ、小学校の時はめちゃくちゃ強かったんだ。辞める直前の大会なんか全国まで勝ち進んでたしな」
「ウソだろ?」
「嘘吐いてどうする」
単純な膂力で言えば、高学年を抜いて……いやあの場にいた大人よりも上だったかもしれない。冗談みたいな力の持ち主だった。黙々と鍛錬を積み、元からあった腕力をどんどん増していき、さらにはタフネスまで備えていく様に、ついた渾名が「破壊神」だったか?
「それに前はかなり明るかったし我が強かった。喧嘩の強さも相まって……」
「ガキ大将?」
「そんな感じ。まあ、俺の知ってた浜島のイメージからは、自殺するような奴には全然見えないわけよ」
「でも今は雰囲気大分違うじゃん?」
「うん。それが自殺未遂をしたからなのか、する前から別の要因で変わったのかが問題だ」
カツサンドを飲み込んだ土谷は口をへの字に曲げて、ふーんと鼻から抜けたような相槌を打つ。
自殺未遂をしたという高一の時、浜島がどんなキャラをしていたのか、そこまでは噂になっていない。とすれば……。
「調べるのは良いけどまたヘンなことするなよ。委員長に睨まれるぜ」
「それだ」
うちのクラスの学級委員、坂崎水星といえば大の噂好きで知られている。
「よく気付いた。土谷お前は最高だ」
土谷の両肩をがっしり掴み、礼をする。気の抜けた返事を待たないまま俺は部室を出て教室へ走る。
「……お前と会話成り立たせるのって難しいね」
最後に土谷が何か言ったようだったが全く気にならなかった。
◆
「委員長、ちょっといいか」
食事を終え、教室で女友達と談笑している坂崎を廊下側の窓越しに呼んだ。
「何、鈴波君」
「相談事があって。外で話したい」
やや神妙な顔を作り、抑えめの声でそう伝える。するとすぐ友人との会話を申し訳なさげに打ち切り、不安そうに教室から出てきた。
「すまん委員長」
「私のことはいいよ。それで話ってなに?」
良い奴過ぎて心配になるが、話が早くて助かる。
「実は、浜島、さんのことで……」
「あ、やっぱり? そうじゃないかって思ってたんだ。最近鈴波君、ずーっと浜島さんのこと見てたよね」
何故お前は俺の視線をチェックしているのだ、と突っ込もうとする自意識の暴走は防いだ。
この委員長なら誰が誰に目線を向けているかなど、クラス全員分把握している可能性が十分にある。俺や土谷以上に下世話な人間なのだ。
ところで、俺は言われるほど浜島のことを意識しているのか? よくわからない。
「見てたかどうかは、自覚が無いから何とも言えないけど……」
「じゃあ無意識に目が行ってたってこと? わぁ……!」
目を輝かせて予想斜め下の返しを放ってきた。
「……」
土谷を誤解の恋愛脳とするなら、坂崎は拡大解釈の恋愛脳である。土谷は素でアレなので、まだ男子高校生なんだな、という認識でいれば多少看過できるが、彼女はもう意図的に(他人の)そういう話題を愉しみたいといった姿勢が見てとれて、話し続けるとこちらの元気が保たない。
この子と会話を成り立たせるのは難しい。
「わかった、わかったから。俺は浜島のことが気になってます……」
「うんうん!」
満面の笑み。踏み絵をさせられた人ってこんな気持ちだったんだろうな。
「……なんか、廊下で話すのも恥ずかしいし、移動しないか?」
「いいよー!」
結局坂崎を応援団の部室まで連れてきてしまった。昼寝をしていた土谷を飛び起こしてしまったが許せ。
「でだ、その浜島が、クラスでなんて言うかその、浮いちゃってるから。俺としては何とかしたいなと……変な噂も立ってるし」
もっともらしい事を思いついた順に言って場を繋ぐ。
噂という言葉に坂崎は、
「あー……正直、見当違いなことまでたくさん広まってるよね」
と眉尻を下げて溜息を吐く。好感触だ。
「その口ぶりだと、委員長は結構詳しい事知ってるみたいだな」
「うん。私の友達、浜島さんの前の学校にもいるから」
流石、頼りになるのはコミュ強だ。
「前の学校ってのは――」
「常高だね」
常磐高校。ここからバスで四十分くらい離れた所にあるひとかどの進学校だ。案外近くにいたんだな……。
「クラスで浮くのをどうにかするために、まず変な噂が流れるのを止めたいんだ。実際に浜島さんが常高で何をしたのか、知ってる限りのことを教えて欲しい」
真剣な顔を作るのは得意だ。
委員長は俺のでっち上げた理由を真に受け、懇切丁寧に一年前の事故について教えてくれた。
◆
「……」
全容を聞いたはいいが、あまりにもあっさりしすぎていて拍子抜けしてしまった。
結論から言えば、浜島いすかの自殺未遂には特に学校内での暗い背景はないらしい、とのことだ。
浜島は本当に突然、封鎖されていた筈の屋上に侵入し、誰にも気付かれず、昼休みに飛び降り自殺を図ったそうだ。
なんだいじめって、挙げ句の果てには喝上げて。
だが……前のクラスでも浮いていたらしい。ちょうど今みたいに、教室の隅で、いつも一人で。
「部活とかはやってなかったか、わかるか?」
「ううん。何にも入ってなかったみたい。なんでも、小学校の時までは凄く運動神経よかったらしいんだけど、どこかで急に調子を悪くしたんだって」
「中学では部活を辞めたとかじゃなくて、ほんとに最初から何も入ってなかったんだな?」
「うん。浜島さん、背も高いし、体結構鍛えてたっぽいからいろんな所に勧誘されて、全部断ってたそうだよ」
……とすれば、その調子を悪くした時期ってのは絞られてくるな。
「ありがとう、委員長」
ここからは、オカルト研究会の領分だ。
昼休みの残り時間は少ないが、浜島から話を聞くお膳立ての為に、下駄箱へ急いだ。
◆
『屋上で話があります。今日の放課後、待ってます。 元空手克真会会員』
浜島の下駄箱に忍ばせたのはこんな手紙だった。来てくれる可能性としては微妙なところだが、いきなり交流の途絶えていた人間から「屋上行こうぜ」と誘って釣れる確率よりマシだろう。
放課後、教室の左後ろで、浜島は帰り支度もせずに廊下へ出た。
よし。
数秒の間を置いて、俺も後に続こうとする。
「お、鈴波君」
げ、坂崎。こんな時に……
「むぅ、そんなに嫌そーな顔しなくても」
顔に出ていたらしい。すまん。
坂崎は口に手を当て、
(浜島さんなら屋上に向かってったよ。手紙の差出人って鈴波君?)
なぜ手紙のことまで知ってるのだ。千里眼か。千里眼坂崎か。
「そうだが……」
「お~やるねぇ! 決めてこいよ、男の子っ!」
もはや添えられた手の役割はメガホンに変わっていた。
クラスメイトの煽りを背に受けながら屋上へ足を運ぶ。坂崎や土谷などはそこまでついてこようとしたが全力で追い返した。
扉を開ければ、もう屋上に繋がる。そして浜島が待っているが――別に気負うこともないか。
屋上へのドアを開いてすぐに彼女は見つかった。
錆びた鉄柵を左手で握り、眼帯を掻き毟りながら真っ赤な夕焼けと雲の流れを追っている様は、不気味なくらい絵になっていた。
転校初日から思ってたけど、やっぱりこいつ、綺麗になったな……と感慨に耽るのもそこそこ、艶めいた黒髪を負う背に不躾な言葉を浴びせた。
「その眼帯。右目は……見えないのか?」
背を向けたまま、「視力は無いわ」という細い声だけが届く。
「浜島。前の学校で飛び降りたってのは本当?」
瞬間、秋に入ったばかりとは思えないほどの冷たい風が全身を撫でつけた。
周りで囁かれることはあっても、無遠慮に直接聞いてくる奴はいなかったのか、目を丸くして振り返る。
「君……」
「鈴波だよ。同じクラスの鈴波稲李」
「……鈴波君。……そういえば、確かに同じ道場だったね」
手紙の差出人が誰だか知りたかっただけのようで、俺の顔を確認すると再び景色を眺め始めた。錆びた鉄パイプの柵を握り、背を向けたままでいる。
「……何処で聞いたのか知らないけど、でまかせよ。あの高校、屋上には鍵が掛かってたんだから」
「鍵っていっても、錠前でしょ。浜島なら壊すのはわけないと思うんだけど」
施錠され、立ち入り禁止とされていた常磐高校の屋上に入れた理由。
なんのことはない――浜島は南京錠を素手で破壊できるからだ。
「でしょ。『破壊神』」
「…………」
浜島は後ろ髪を風に揺らすだけだった。けれど特別否定もしてこない。
「教えてくれ。どうして飛び降りなんかしたのか」
「知ってどうするの」
「俺にも事情があってね。その後で考える」
「…………」
柵に肘をつき、背もたれにして俺を睨む。
ひとまずこっちを向いてくれたな、ふんぞり返ってるけど。
「君に話す義理はないと思うんだけど」
「最初から義理を理由に人付き合いが始まるかよ」
浜島の視線から棘がなくなったように感じられたが、それは一瞬のことだった。
「……思い出した。鈴波稲李……小学校の時から、そんな屁理屈ばっか言ってた」
「当時は喧嘩だと絶対勝てなかったからな」
今も浜島には勝てる気がしない。
「そういえば、道場で一緒の学校だった子って、わたしとあと一人いたけど、その子は元気?」
「…………死んだよ。五年前に」
――急な話題の変化に、一瞬反応が遅れた。
俺は今どんな表情をしているだろうか。わからないしできれば知りたくもない。
「……そう。……ごめんなさい」
「いや……」
目を伏せた浜島は、それから何も言わなくなった。
風は吹いていないが、急に肌寒くなった気がする。
まずい、話題が逸れてしまった。上手く軌道修正して、しかるべき所に着地させないと……
「えーと、義理云々でいえば、昔のよしみじゃないか。……浜島は今の今まで忘れてたみたいだし、俺だって転校してくるまでわざわざ思い返すことなんてなかったけど……」
苦し紛れに会話を紡ぐ。こういう手合いに慣れているわけもなく、かけるべき言葉が見当たらない。
「その程度の人間関係じゃ義理なんて言わないでしょ」
「だとしてもだよ。別に大した関係じゃなくても、少しでも知ってる人が……自殺しようとしてた、なんて聞いたら」
「自殺、って……じゃあ知らない人が自殺するのはいいの? 鈴波君」
「それは……」
「ほら。でもクラスの皆にとって、わたしって知らない人と何が違うの? 同じ場所にいるだけで、会話もせず、お互いのこともわからないのに」
投げやりな口調で言い放つと、後ろ手に持った鉄柵を握りしめた。ぎぎぎきぃ、と金属音が耳を突く。
でもその音以上に、今の発言は聞き逃せなかった。
「話は終わり? だったら……」
「なんだ、それ――」
きてしまった、かちんと。
「……何よ」
「会話もせず、お互いのこともわからない? 誤魔化すなよ。わたしに話しかけてくれないし、わたしのことをわかってくれないの間違いだろ、浜島……!」
「っ……なんなの、急にマジになって……意味不明よ」
あくまで冷ややかな目線を向けてくるが、浜島は半歩後退り、鉄柵を握る力を一段と強めた。
「会話が無いなら自分から話しに行けばいいじゃないか。わかって欲しいなら相手のことから知っていけばいい、それを十分やんないまま何が『クラスの皆にとってわたしは知らない人』だよ。なんでそこまで受け身で偉そうなんだ。……窓の外の何を見てるか知らないけど、そいつが教室で何をしてくれるってわけでもないだ――、」
「ちょっと待って、窓の外の……何?」
窓の外、という単語は浜島の眼の色を変えた。
昼休みの時と、さっき見たあの視線の動きから、ある可能性に思い至っただけだったが――
「――まさか本当に――いるのか?」
秋だというのに頬から汗が垂れた。
「鈴波君も……視えてるの? アレのこと」
気怠げで暗い印象だった声が、やや力強さを増し、左目に生気が灯る。浜島が期待のようものを込めて指差した先には、西日を隠す雲しか無かった。
「いや視えない。けどそれについては、何か知ってるかもしれない。俺、オカルト研究会ってとこに入ってて、幽霊とかそういうのには詳しいから」
「……そう」
「教えてくれ、浜島。お前、そこに何が視えてるんだ?」
浜島は、頭がおかしいって思うかもしれないけど……と躊躇う。
「オカルト研究会の人間が『頭のおかしいことを気にするかよ。……あっ! あとさっきのは流石に言い過ぎたのは誤る。すまん! なのでどうか是非教えて下さい!」
偉そうに説教垂れていた数秒後には最敬礼であった。
「……鈴波君、君、ヘンな奴に育ったね」
そこで初めて、少しだけ浜島は笑った。
日没は近い。
◆
「……あれは、多分天使……だと思う」
「天使?」
「ええ。頭の輪っかは無いけど、人の背中に羽根が生えて、飛んでる」
「それを最初に見たのはいつ?」
「去年の秋。君たちが知りたがってる、自殺未遂の日」
「……浜島」
「……わかってる。その時の状況を話せっていうんでしょ」
いろいろ変な噂が立ってるけど、本当にくだらない話よ。と前置きして、浜島いすかは一年前の事を話し始めた――他人事のように俯瞰した喋り方で。
◆
浜島いすかはクラスで浮いていた。
大多数の人間のように話を合わせ、その場の感情を共有することができない彼女にとって、同年代の男女が詰め込まれる環境は苦痛を伴うものだった。
いつからそうなったのだろう。
小学校の時、空手の大会で対戦相手に大怪我を負わせてしまってから?
確かにそれ以来、本気を出して体を動かすのが恐くなった。必要以上に触れることも。
それとも中学校のとき、飼っていた文鳥が一瞬目を離した隙に、窓から飛んでいったことだろうか?
あれから、どんな存在もわたしから離れていくという当たり前の事実を、人との交流の中でも過剰に意識するようになってしまった。
どちらもわたしの中では結構な重大事だったけど、だからクラスで生きるのがつらい、には直接繋がらない気がする。結局考えても原因は見つからなかった。
飛び降りた日に起きたこと自体はほんの些細な事だったけれど、その繰り返しが彼女の毎日だったのだから、それは時間の問題だったと思う。
いつものように一人で弁当を食べようとしたところ、催したのでひとまずトイレに向かった。教室に戻ろうとしたけれど、彼女が不在であると勘違いしたクラスメイトが机を無断で借り、他クラスから来た友人達と食事をしているのを見かけて引き返す。
昼は別の場所で済ませよう、と決めたはいいけど弁当は教室に置いたままだった。
購買に向かっても人気のパンは売り切れ、数少ない食材の前に多くの生徒が群がっている。押し合いへし合いになっているなかに割り込んでいくのは、あまり良い気分にならないのでやりたくなかった。
それに今から買いに行って目当てのものが手に入るかどうか。たとえ買えたとしても、ゆっくり食べる時間は残されていないだろう。
彼女は列に背を向け、自動販売機に腹を満たすものを求める。『大容量! 野菜ジュース』なるものを今日の昼食代わりに買った。けれど、今教室に戻っても居場所はない。
どこか落ち着いて食事が出来るところ――思い当たるところは一つあった。屋上だ。
基本的には生徒立ち入り禁止で、錠がされているが――わたしにとっては関係ない。少し手こずったが、扉は容易く開けることができた。
屋上に初めて訪れてみても、そこから見えるものは教室の窓から覗けるつまらない風景と別段の違いがあるようには感じられなかった。
扉を開けようとする時は微かに高揚感のようなものがあった気がするのに、こうしてあっけなく目的が達成され、冷たい風に吹かれるとその気持ちがあったかどうかさえ疑わしくなる。
苦虫を噛み潰したような顔で野菜ジュースを飲み干す。これがまた酷く不味くて、お腹の中に気持ち悪いものが渦巻いた。
「っ……う……」
悲しいというわけではないのに、とうとう涙まで出てしまった。
教室を追いやられ/一言、自分の居場所だと主張する勇気も無く――
満足に買い物も出来ず/人とぶつかるのを恐れて――
こんな所まで来て、独りでヘンなジュース飲んで泣くって。
あまりにも惨めだ。
柵越しに地面を見つめる。
此処は三階。打ち所さえ綺麗に狙えれば、わたしでもひとたまりもない。
このままこんなのがだらだら続く人生なら、一回中断してしまおう――そう思って、わたしは飛んだ。
◆
飛んでから数分の体験は、上手く説明するのが難しい。なにせ、自分でも最初は信じられなかったから――体がそのまま宙に浮いていたのだ。
奇妙な浮遊感と頭の中に靄が掛かった感覚。夢の中で空を飛んでいる、というのが近いのだろうか。
けれど相変わらずの風冷たさが私の目を覚ます。
これは夢ではない。
これが現実の光景だと自覚してからは早かった。
わたしは自由に空を駆け、雲で泳いだ。あらかた飽きて、何処まで天に近づけるか試そうとしたとき、不意に人影があるのに気付いた。この上空ウン百メートルに。
近づいてみれば白いローブ一枚にすっぽり身を包んだ、わたしと同い年くらいの男の子だった。
あちらはわたしの存在に前から気付いていたらしく、アルカイックスマイルを向けてくる。整った顔の美少年だったが、その顔に対する印象はどこかで見た覚えのあるような、しかしどこで見たことも無いと確信させる不思議なモノだった。
少年の唇が開き、言葉を紡ぐ。脳に直接響いてくる、懐かしい響きの声。
――此処はキミの居る所じゃない。今は、まだ――
(どうして? 居心地がいい空と、息苦しい地上なら……)
――空は逃げ場じゃなくて終着点だから――
(じゃあなんで、あなたはここで独りでいるの?)
――ここは元々、僕らの住処だろう? それに独りじゃないよ。姿は今まで現せなかったけど、僕はキミを見ていた――
(どういうこと? わたしにもわかるように話してよ……)
――急に逃げたりして済まなかった。いすかちゃん――
それだけ言うと、ローブの背が盛り上がり大きな一対の翼が生えてきた。話に聞く天使の羽根のような、完全な純白だった。
わたしの目はその白に奪われてしまった。
――羽根の無い君はここに留まることはできない。それは自分でもわかっているだろう?――
その直後、頭に掛かっていた靄が急に濃くなった気がした。彼の声も遠い。
――い――でも、見てるから――君の方から――――時は――目を――空を想えばいい――
彼の声が途切れ途切れになり、聞こえなくなって、わたしの足先が遙か地上の自分に繋がってるのを自覚した。
◆
浜島の話を最期まで聞いて、最初に尋ねておくべきだと思ったことを、まず確かめた。
「中学の時に逃げたっていう文鳥は、結局見つからずじまいだったんだな?」
「……そうだけど……え、やっぱり……そういうことなの?」
「だろうな。動物の霊は残留しやすいそうだし、お前の覚えてた台詞からしてそう考えるのが妥当だろう」
恐らく、ケージから飛び出していった文鳥が、死後あてもなく彷徨ってる……といったところか。
「じゃあ、今わたしが視てるのって……」
「臨死体験をした人間に霊感が備わるってのと同じだ。事故で死に瀕したお前が、その一時だけ天使とやらを見たように、事故で死んでしまったお前の右目が、ずっと天使を幻視てるんだ」
試しに左目も隠して空を見上げてみろ、俺の予想が正しければ、多分視えるはずだぜ。
浜島は恐る恐る左手で眼を覆う。
「あ……」
…………どうやら、当たりだったようだ。
「鈴波君……わたし、これ……ずっとこのままなの?」
「そうじゃない、と思う。最後に天使が言った言葉、「空を想う」――お前が屋上から落ちることを「飛んだ」って表現したなら、これの意味は「死にたくなる」……だろうな」
窓の外を見れば見るほど、彼女は向こう側へ引っ張られていく。それは心の奥底では、彼女自身が確かに望んでいる事でもある。
「見過ぎるな、浜島。屋上でずっと両目閉じてちゃ危ない」
浜島は血の気が引いた顔で力なく頷き、手を目から離した。遠目からでも、肩が小刻みに震えているのがわかる。
「何……何なの、これ……」
「霊視、いや、やっぱり幻視に近いのか……」
自分の見たいと思ったものを見る。右目がそういう風に働いているのだとすれば、只の動物霊が天使に似た姿をとるのも頷ける。
それが浜島が抱く「お迎え」のイメージで。
やはり彼女は、空に憧れているのだ――
そう考えると、俺が外野からとやかく言うことはもう無いような気がした。
「これで、あらかた理解は出来た……俺は専門家じゃないから適切なアドバイスは出来ないけど、今浜島に起きてることは大体わかる」
「……わたし、これからどうなるの?」
「いや、特にどうもしないだろうな。「死にてぇ」と思った時にはその天使が現れる。飼い主を見守ろうとする動物霊を通して、お前の心は「空」……「死」に向かっていく。その繰り返しだ。お前の自我が飛行衝動に吹っ飛ばされるまで、ずっとその天使はお前を見守ってくれるだろうな。次ソイツと飛ぶ時は――多分、死ぬ」
天使の台詞を、浜島がそうあるようにと定義したものだとすれば。
浜島は俺の説明をずっと黙して聞き込んでいた。左目には涙さえ溜まっている。
「……死にたいって思って飛んだわけじゃ、ない」
そして重い口を開き、弱々しく呟いたのは、今までの前提を覆すような、素っ頓狂な反論だった。
「は? 人生を中断する、ってのは――」
「もうあそこには居たくなかったから。一回派手な怪我でもすれば、自分の立ち位置を変えられるかな、って……着地も人間関係も大失敗だったけど」
「お前……そんな理由で、三階から飛び降りたのか?」
「……死なない自信はあったよ。わたし、頑丈だから……」
口を尖らせ、拗ねたようにそっぽを向いた、この表情は、七年前にも目にした気がする。
「浜島、結局お前、何がしたかったんだ……」
ここにきて、肩が急に重くなった気がする。
「あの子……天使の子が言う通り、空を逃げ場だと勘違いしてたんだと思う。羽根が無いから落ちて死んでしまうけれど……あの教室には居るのも、もう嫌だったから」
「じゃあ、お前が飛ばないか待ち構えてる、そこの天使はどうする」
虚空を指差してみたが、浜島が見据えたのは見当違いの方向だった。
……。
「あの子が、わたしが昔飼ってた子だっていっても……やっぱり、一緒には飛べないと思う。ここには居たくないけど……死にたくない、から」
「それがお前の気持ちだな」
浜島ははっきりと頷いた。
「わかった。なら多分だけど、天使を見ないで済む方法を試してみよう」
「! ……そんな方法、あるの……? 目を閉じても見えるのに」
「ああ。だから、開くんだよ」
「え……?」
「さっきも言ったがあの天使を見てるのは右目だけだ。左目は関係ない」
「……それでも、右目を開いたからどうなるっていうの?」
「浜島の右目は幻視をしてる、って言ったよな。幻視ってのは『見えるものから目を閉ざし、見えざるものを観測』しようとする手続きだ。」
「手続き?」
この場で使うには馴染みの無い表現だったらしく、浜島の表情が更に曇っていく。
「そう。霊と接するときは必ず儀礼的手続きを踏む必要がある。こっくりさんをやるには紙に文字書いて十円玉を用意しなきゃならんし、百物語で霊を降ろすには百本の蝋燭と百の怪談が要る。で、お前にとってあの天使を観測する為の条件だが……俺は「死にたいと思う」ことだと勘違いしてたわけだが……」
「それが、右目?」
「だと思う。右目を隠し、現実から逃避しようと思った時点で、あの天使はお前の空に居る。だから――」
眼帯を取れ。
「…………」
浜島はそれを受けても、眼帯の紐を指先に絡めるだけに留まり、何かを躊躇っていた。こちらを上目遣いで覗くようにして、様子を伺っている。
「どうした?」
「……わたし、落ちたせいで、目が変なだけじゃなくて、顔にも大きな傷があるから……」
「そういうことか。……気にしなくて良いと思うぞ。浜島は、その……美人、らしいし」
「なにそれ」
眉を柔らかく下げ、苦笑した。うん。
「じゃあ、行きます……」
「おう……」
腕を上げて耳にかかった紐を取り外す。物を持つとき、小指を少し曲げて立てる癖があるらしい。指は白く、細く、このどこに南京錠を破壊する力が詰まっているのか、まったくもって不思議だった。
あっけなく眼帯は外れ、クラスの誰も目にしたことの無い、その下の顔が晒される。
「……」
「……な、何か言ってよ……恥ずかしいんだけど」
最初に目が行ったのは、眉から頬にかけて、肉が削れた痕だった。落ちる途中で、何かに擦った結果できたのだろう。その傷だけが浜島の白い肌から逸脱して存在を主張していた。そして、その削れた肉の上に乗っているのは――
「義眼、なのか……?」
「うん。左右で微妙に色と視線が違うでしょ……退いた? 気持ち悪い?」
「そんなわけあるか」
それぞれ別の輝きを放つ、左の濃い茶の目と、右の透き通った鳶色の目。それと顔の殆ど半分を覆う傷も、その不揃いさは古代の芸術品に見受けられる、完成された不完全性のようなものがあって――そこもひっくるめて、
「浜島。やっぱりお前、綺麗だと思うぞ」
「……そう……」
消え入るようなその声の後、浜島は手で眼帯を弄んだまま、何も言わなくなった。
「……と、とりあえず、空を見てみろよ! 天使がいるかどうか」
浜島がゆっくりと顔を上げる。つられて俺も、必要も無いのに空を拝んだ。
さっきより時は進んで、太陽は完全に山に沈み、西日は微かに紅くその残滓を残すのみとなっていたが、別段変わった風景ではない。問題は彼女の方だ。
「浜島……なにか、視えるか……?」
「いない……うん……こっちにも……向こうにも、あそこにも!」
最初は虚ろな目で、次第に眼差しは光を取り戻していき、最後は涙を零しながら、浜島は叫んだ。
霊の姿が見えないのは、黄昏時を過ぎたからでは無いだろう。
風は冷たくはあったけど、今の俺には心地良い。
「空だ……いつ振りかの何も無い空。……っ……やった……やっとわたし……ちゃんと、空を、見られる……ありがとう、鈴波君……」
大粒の涙を拭いもせずに、彼女は俺の手を取って礼を言った。
「お前……触れるの、大丈夫なのか?」
「?」
「いや……お前がかまわないなら問題無い。……よかったな、浜島」
浜島いすかは、一年ぶりに空との距離感を取り戻した。
後は、自分の力で居場所を作ってくれるのを願うばかりだ。
◆
そんなこんなで翌日の朝、ホームルームの前。
昨日は一波乱あった割には、オカルト研究会的にもう一歩足りなかったな、というのが俺の偽らざる感想だ。勿論、浜島の悩みを解決し、それにつきまとう心霊現象に立ち会えたのは収穫だったが、当初の目的であった『霊感の獲得方法調査』という点では芳しくなかったといえる。何せ、浜島の方法はリスクが高すぎて真似できない。また振り出しに戻って地道に調べなければならないだろう。
浜島はといえば――眼帯を外し、頬の傷を隠さず登校してきた彼女に、クラスの注目が集まった。中には(痛そう……)、(大丈夫?)だとか声を掛ける奴もいて、彼女はそいつらに平気だとやんわりとした笑みを浮かべていた。
うん、あの人当たりなら、クラスから排斥されるということもないな。俺は目を閉じ、腕組みして頷く。
しばらくは悪目立ちするかもしれないけれど、それがかえって自分を出せる機会にもなるだろう――
「――がんばれ、はましま」
「ってうわああああ!」
耳! 耳に息が!
俺のモノローグに割って入ったうえ、耳まで陵辱した犯人は、当然、
「浜島ァ! 何のつもりだ何の!」
「あはははは! 君も狼狽えることあるんだね!」
俺の耳に手を当てていた浜島は、瞳を輝かせ涙を溜めるほどに笑った。
「昨日とキャラ違い過ぎやしませんかねぇ!」
自分出しすぎ出し過ぎ!
急になんなんだ。半分くらいは俺の大声のせいだろうが、お前の変わり様にクラスの連中も戸惑ってるじゃねぇか。
土谷は顎をしゃくらせたまま青い顔で止まってるし、坂崎は……肩を竦め訳ありげな笑顔と、びしっと立てた親指を向けてきやがった(アイツはあとでシメる)。他の奴らも、説明が欲しい、といった様子でまじまじとこの遣り取りを観察している。
「うん。キャラ変えたよ。ていうか、戻したの。こっちの方がしっくりくるんじゃない? と、とう……鈴波君」
呼び方はそのままでいくのな。確かに、こうして快活に絡んでくるのは、かつてのガキ大将の面影と重なる部分もある。
無理してそのキャラに戻さなくても良いと思うが、そっちの方が本人にとって都合が良いなら、そうさせてやるべきだろう。
「あ、またなんか一人で考え込んでない?」
「はい、なんでございましょうか、浜島さん……」
もう、どうとでもしてくれ……
「そのね……あー……ここじゃなんだし、場所移ろ
っか?」
と頬を薄く染め、所在なさげにはにかんだ。流石に彼女も周りの視線が気になったらしい。
「ショートホームルーム前だろ」
「そんなに時間掛からないって」
「じゃあここで済ませてくれ……」
「しょうがないなぁ」
溜息を吐いた浜島はこちらに向き直り、んっ、うん……とわざとらしく咳払いする。
それに併せて、固まっていたクラスメイトが「おお~っ?」と声を上げた。喧しいっての。
「鈴波君。わたし、オカルト研究会に入ることにしたよ」
「はいはい……はい?」
「土谷君から聞いたよ。部員集まらなくて、このままだと廃部になっちゃうんでしょ?」
「そうだけど……いつ聞いたんだ?」
「昨日の夜ラインで。転入して直ぐクラスのグループに坂崎さんが誘ってくれたから、そこから辿った」
理解は出来たがそれをすぐやってのけるお前の行動力が恐いよ。
「なんでそこまで」
「君が言ったんでしょ。『会話が無いなら、自分から~、わかって欲しいなら、相手のことから~』だっけ?」
「言うには言ったが……」
お前あれまともに聞いてなかったのでは。
「鈴波君がわたしに話しかけてくれて、わたしのことを知ろうとしてくれたから……だから、今度はわたしの番」
と、ここからは俺にだけ聞こえる声量で、
(それに……今は視えなくなっちゃったけど、わたしの右目は多分いつか、鈴波くんが一番したいことの役に立つかもしれないから)
「!」
俺がそれを直接浜島に明かしたことは無かった筈だが、浜島には昨日色々と喋ったからな……感付かれてもおかしくはない。
「まあ、そういうことなら。オカルト研究会は何年からでも新入部員大歓迎だからな……よろしく、浜島」
俺が言い終わるや否や、割れんばかりの拍手が教室中に響き渡った。「お幸せにー!」などと野次を飛ばす馬鹿もいくらかいる……っていうかその一人は土谷だった。
文化部の部員が増えただけでこれとは……俺のクラスは揃いも揃って恋愛脳ばかりか。
まあでも、と浜島に目を向ける。
これまで彼女が纏っていた深刻なオーラは消え失せ、何となくクラスの祝福ムードを甘受していた。
根暗の快気祝いにしては、これ以上のものはないだろう。
俺も、悪い気はしないな。だが……
「すまん浜島、ちょっといいか?」
「何?」
「お前が入部してくれるのはまあ、嬉しいんだけど……来年の新入部員がゼロだったら、どのみち廃部なんだ。この学校、三年生だけの部活って認められないから」
「……ええええええええええ!?」
幽霊探し五年目にし初めて、目的を共有できる仲間ができた。
数ヶ月後の春、部の存続を掛けた新入部員勧誘にも一悶着あるのだが……それは別の機会に語ろう。
イスカの空 @ragy_cranks
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