第6話「地球到着まで145日」
「定時連絡。カリロエⅥ、全て問題なし。地球到着まで145日。地球はクリスマスだろう? サンタクロースのソリでも届かない宇宙にいる俺には、どうやらプレゼントは届かないらしい。……まぁ悪い子だったからな……。世界中の子供たちに幸せと喜びが届けられますように……メリークリスマス」
計器の電源を落とし、俺は少女に目を向ける。
不自然なほど大きくなったお腹。そしてだいぶマシになってはいたが、それでもまだ続くつわり。推定妊娠9か月、もういつ生まれてもおかしくない。
妊娠を告げられたのは、例の水合成装置を投棄して彼女を救う計画が現実味を帯びてきた頃だった。
大気圏再突入の7分前からの5分間で水合成装置を外し、船外に投棄、その後の2分間で突入のシーケンスを全て行う。
ギリギリではあるが、やってやれないことは無いはずだった。
それが、赤ん坊だと?
重量的にも問題だ。予定通り生まれて普通に育てば5キロから9キロ。
水合成装置の重量と少女の体重の差分を考えると数キロオーバーする。
なんとか誤差の範囲内で大丈夫かもしれないが、その誤差のせいで危険は飛躍的に高まる事になるだろう。
それ以上の問題は、赤ん坊が大気圏再突入の重力に耐えられるかと言う事だった。
まだ首が据わるか据わらないかと言う時期の赤ん坊が大気圏に突入。そんなものは前代未聞だ。
厳しい訓練をつんだ宇宙飛行士でも体を正しく固定していなければ、減速Gで大怪我をすることもある。
ましてや赤ん坊の体を固定するような器具も無い状況で、無事に生還できるとは思えなかった。
着陸後、目の前で死んでゆくであろう赤ん坊をリスクを抱えても乗せてゆくか、それとも俺と少女の安全を優先し、赤ん坊を船外投棄するか。
二つの選択肢を比べれば、それは中学校で習う方程式の答えのように明らかだった。
「……あの、ごめんなさい」
妊娠を告白してから、少女は毎日謝っている。
その謝罪の言葉は、せっかく少女を救う手だてを考えてくれた俺に、結局のところ赤ん坊を船外へ投棄しなければならないという
自分を殺そうとしていた男に対して、自分の子供を殺そうとしている男に対してだ。
「何度も言わせるな。謝らなくていい。むしろこの結果は俺のせいだ」
「でも……」
「カルネアデス法に基づいて俺は粛々と不要なペイロードを投棄する。それだけだ」
「……はい」
「さぁ、気分が悪くなければ映画でも見ようか」
いつものように、俺は少女を膝の上に抱きかかえ、体を支える。
その時、無意識に撫でた大きなお腹が、俺の手を押し返すようにぽこんと動いた。
「あ……蹴った」
「……嫌われているんだな」
「ううん、お父さんに触られて喜んでるんです」
……そんな訳はない。
命を盾に母親を好きなように凌辱し、その結果生まれようとする赤ん坊の命も結局は宇宙へ投棄しようとしているこの俺を、その赤ん坊自身が好きになる理由がない。
だが、俺はその新しい命の動きに感動し、映画を見ている間、ずっとお腹を撫で続けた。
もちろん中絶も考えた。
しかし、出産の方法はデータバンクに記載されていたものの、中絶の方法は書かれていなかったのだ。
しかも妊娠9か月だ。結局中絶だろうが出産だろうが、1人の人間が生まれて来る事に違いはない。
残酷な現実ではあったが、とにかく出産し、生きられる限り育てようという結論になった。
「父親なのか……俺の……子か」
俺のつぶやきは、宇宙の闇に吸い込まれ、少女には聞こえなかったようだった。
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