第5話「地球到着まで199日」

「定時連絡。カリロエⅥ、全て問題なし。地球到着まで199日。もう半分の行程を終えたんだな。地球の皆は細菌と戦えているだろうか。このごろ人の命について考えることが多い。……願わくば、一人でも多くの命が救われんことを祈る。……以上だ、通信を終わる」


 俺が計器の電源を落とすのを見計らって、少女が食事を運んできてくれた。

 初めのころは全裸でいることを強要していたが、最近は俺の替えのTシャツを着せている。

 サイズ的にはだぶだぶだったが、それはそれで、この少女の可愛らしさを強調することはあれ、損なうことは無かった。


「……今日は映画でも見るか」


「はい、あ、ほら何日か前に見た映画があるでしょう? あの続編があったんです。私、あれが見たいです」


「ああ、わかった。お前の好きな映画でいい。何しろ暇な時間はたっぷりあるからな」


 時間はあると言う俺の残酷な言葉に、少女は少し悲しげな表情を見せたが、すぐに笑顔を取り戻して映像バンクを検索し始める。


 信じられない事に、数か月にわたって凌辱の限りを尽くしたはずのこの俺を、彼女は受け入れていた。

 200日後にはほぼ確実に死んでしまうという状況が為し得る「さとり」とでも言うような境地なのだろうか。

 それとも、女性には男のバカみたいな征服欲など意に介せずに包み込む母性と言うものがもともと備わっているとでも言うのだろうか。


 その両方かもしれないし、それとは全く違う理由かもしれない。


 女性と言えば学校の先生や母親としか話をしたことのないこの俺には、想像もつかない世界だった。


 映画用のスクリーンが空中に投射される。

 その正面にある一人用の小さな椅子に深く腰掛けた俺の膝の上に、彼女がふわりと腰を下ろした。

 俺は背中に手をまわして、胸に頭を寄りかからせてくる彼女の体温を感じながら、しっかりと体を支えた。


 低重力の宇宙船内、彼女の体重は10分の1ほどにしか感じない。

 しかし、地球の大気圏への突入時、この軽い彼女の重さが致命的に減速のエネルギーを消費させ、安全に着陸できる速度を超過させてしまうのだ。


『くそっ! このままじゃ追いつけない! 車の中の重いものを全部捨てろ!』


『俺に命令するんじゃねぇ!』


 映画の中では、爆弾を積んだ車を追いかける正義の味方が、走行中にリアシートやスペアタイヤ、工具などを取り外してリアハッチから捨てるというなんともバカなことをやっていた。

 それで加速した車が爆弾に追いついてしまうのもまた、古き良き時代の映画らしいとも言えるのだが。


 とにかくそのご都合主義の映画を見ている間、俺はある計画を頭の中で練り直していた。


 映画の後、いつものように彼女の体を求め終えた俺は、俺の体をきれいに拭いている彼女を見下ろしながら口を開いた。


「……なぁ」


「はい?」


「最近、ずいぶん腹が出てきたようだけど、お前体重は何キロある?」


「ごめんなさい……でも、低重力で筋肉がずいぶん痩せてしまったので、たぶん50キロはないくらいだと思います」


「そうか」


「どうかしましたか?」


「いや、なんでもない」


「……はい」


 この船は積み荷ペイロードが100キロ。俺の体重が68~72キロを想定している。


 50キロの増加は致命的だ。

 しかし、月での減速スウィングバイの後、地球への大気圏再突入直前に、さっきの映画のように何か不要なものを捨てることが出来たらどうだろう?


 まぁ計器類は当然無理だ。

 酸素と食料の合成装置は兼用なので、捨ててしまえば地球まで酸素が持たない。


 出来るとしたら、水の合成装置。


 酸素の合成装置が廃棄する水素と、我々の呼吸で排出される二酸化炭素から水を合成、あるいは我々の尿をろ過して飲料水を作る、水の合成装置だ。

 大気圏再突入前にはタンクの中身、10リッターほどの水は宇宙空間に投棄して空にする事にはなっていたが、このタンク自体を投棄できれば、少女一人くらい救うことが出来るのではないか?


 だが問題は本来消費されるはずの水素が、船内に溜まってしまうと言うことだ。

 機械を投棄してから、あまり長い時間が経過すれば俺の命も危ないし、爆発の危険もある。


 そこさえクリアできれば、もしかするとこの健気な少女の命を救えるかもしれない。

 ……もし救えたとしたら、地球に戻ってから俺は強姦や淫行の罪で犯罪者になってしまうのだが……。


 それでも俺はこの少女を救いたい。


 今更だが、俺はこの少女に愛情を感じてしまったのだ。

 彼女からすれば何か月も凌辱の限りを尽くした男にこんなことを思われるなど、迷惑極まりない話ではあるだろうが、それでも俺は彼女を救いたいと思った。


 とにかく、次の日から俺は、この計画をコンピューターで計算し始めたのだった。

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