第4話「地球到着まで275日」

「定時連絡。カリロエⅥ、全て問題なし。地球到着まで275日。特に報告すべき事はない。以上だ、通信を終わる」


 おざなりに定時連絡を終え、俺は少女の元へと向かった。

 我ながら呆れるが、もう4ヶ月ほども少女を抱いているが、未だに彼女に触れたくて仕方がない。


 今でも一日の半分ほどは、少女のなめらかな肌をずっと触れていた。


「おい、すぐに来い!」


 早く触れたい。

 思わず強い口調で少女を呼びつける。

 現れた全裸の少女は、何故かふらついて俺に寄りかかった。


「どうした?」


「……いえ、なんでもありません」


 頬は赤く、体は熱い。


「なんでもなく無いじゃないか!」


 消え入るように「ごめんなさい」とつぶやいて腕の中に崩れるように倒れた彼女を抱きかかえ、俺はメディカル端末で彼女を診断した。

 発熱、咽喉の腫れ、頭痛もあるようだ。

 診断は細菌性の上気道感冒。いわゆる風邪だ。


 カリロエ型のような小型の宇宙船の場合、普通滅菌状態にあり細菌やウィルスによる風邪にはかからない。

 特に今回のバクテリアの輸送のような目的の場合、細菌の種類によってはすべてが無駄になる。

 俺も乗り込む前に完全滅菌されていたので、まさか風邪を引くなどというのは完全に想定外だった。


 とりあえず服を着せ、断熱シートで体を包む。

 その間にメディカル端末によって細菌の種類が特定され、バクテリア倉庫からの滅菌を行った。


 バクテリアに影響がなかったことでホッと一息つく。

 俺は少女の看病に全力を注いだ。


「……え?」


「ああ、気づいたか。抗生物質を注射しておいたから、あとは栄養をつけて安静にしてれば治る。今は安静にしていろ。……それから、この船の積荷ペイロードはバクテリアだ。細菌の種類によっては壊滅的な打撃を受けることもある。なにかおかしいと思ったら、すぐに俺に言うように。この船の積荷には世界数十億の人間の命がかかってるんだ。わかったな?」


 ベッドの上で、少女が体を起こそうとするのを制して、俺はゆっくりと諭すようにそう告げた。

 少女は信じられないものでも見るように俺を見ている。

 メディカル端末で熱を計ると37度5分まで下がっていた。


「いつものチューブ食じゃないチキンスープがある。今温めて持ってくる。もちろん栄養剤もな」


「はい」


 おとなしく言うことを聞いている少女の元へスープを運び、少しずつ食べさせてやる。

 久しぶりのチューブ食じゃないほんとうの料理――とは言っても所詮缶詰だが――に小さく「おいしい」とつぶやく彼女の笑顔に、俺は自分の気持も軽くなってゆくのがわかった。


 ふと気が付くと、少女は俺をじっと見つめていた。


「……どうした?」


「いえ、優しいなぁと思いまして」


「病人にくらい誰だって優しくするだろう。それにお前は俺の性処理に役に立つからな。宇宙へ投棄する前に死なれたくはない」


「そうですね。すみません」


 まだなにか言いたげな少女にスープの器とスプーンを押し付け、俺は立ち上がる。

 それを見上げて、少女は小さく笑った。


「……なんだ? 他にも何かあるのか?」


「はい、仕事も誇りを持ってやってるんですね」


「なんだよ、意外か?」


「いえ、そういう訳では無いですけど」


「……あたりまえだろう? 世界数十億の人の命がかかってるんだ。……いや、違うな。俺みたいに学生時代に半端な成績しか残していない人間でも、この仕事をやり抜けば世界の英雄になれる。400日間、一方通行の通信しか出来ない狭い宇宙船に一人で乗るっていう、馬鹿みたいに非人道的な宇宙旅行だけどな。それでも俺は志願した。子供の頃からの夢なんだよ、英雄になりたいんだ」


「なれますよ。英雄」


「……少女を強姦して陵辱しまくる英雄だけどな」


 少女はスープを手に持ったままうつむく。

 俺はその空気にいたたまれなくなって、聞こえるように舌打ちした。


「さっさと食って今日はベッドに一人で寝ろ。回復したらまた俺の言うことを聞いてもらうからな」


 部屋を出る直前で立ち止まり、振り向かずにそう告げる。

 少女はまた「すみません」と小さくつぶやき、俺は操縦室へと足早に立ち去った。

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