第2話「地球到着まで398日」

『軌道修正完了しました』


 緊急マニュアルに従って宇宙船の軌道を元に戻すことに成功すると、俺は苦労して旧式の宇宙服を脱がせ、その少女を横たえた。

 この場合、物理的に横か縦かは別問題だ。


 メディカル端末で検査してみると、少しの栄養失調と脱水症状が見られる他は特に健康に問題はない。

 検査するために仕方なく少しだけ下着も脱がせてみたが、発達的にも何の問題も無いようだった。

 それについては俺の下半身が保証する。


「……ううっ」


 少女が小さくうめき声をあげたので、俺はあわてて手を放し、少女の下着を元に戻すとズボンをはいた。


 気が付いた少女が告げた名前は、記録によると14年前の宇宙飛行士。若干16歳で宇宙飛行士になり、その記念すべき第一回の宇宙飛行で計器の故障により燃料が切れるまで加速し続け、計算上では光速の98%まで加速して宇宙へ消えた教育実習型宇宙船の乗組員の名前だった。


「いや、ちょっと待て、どこからどう見ても30歳には見えないぞ。嘘をつくな」


「ええ、ウラシマ効果が働いたんだと思います。私まだ17歳にもなってませんから」


「ウラシマ効果? あぁ、ウラシマ効果ね。なるほど」


 なんだっけウラシマ効果ってと俺は頭をひねる。なんとなく光速に近い速度で飛ぶ宇宙船の中と外で時間の流れに差ができるものだとは分かっていても、実際にどんなものだったかは良く覚えていない。

 それでもなんとなく説明はついたような気がした。


「うん、まぁそれは良いとして、どうやってこの船に乗り込んだ?」


「宇宙船の燃料が切れる前にコントロールを取り戻して、残り少ない燃料を使って木星と土星、そして偶然発生したミニブラックホールでの減速スウィングバイを数か月かけて繰り返して、やっと見つけた相対速度の近いこの宇宙船に乗り移ったんです」


「……そんなマンガみたいなことが――」


「――できたんです。まさに奇跡です」


 目に涙をたたえ、命が助かったことに感動している彼女を見て、俺は頭を抱える。

 これから彼女に告げなくてはならない事と、その後彼女の身に起こる事を考えると頭が痛くなった。


「どうしました?」


「カルネアデス法に基づいて、君に告げなくてはならないことがある」


「カルネアデス法……」


 彼女の顔が一気に蒼白になる。宇宙飛行士ならどんなボンクラでも知っている法律だ。緊急避難法とも呼ばれるこの法律は、彼女に残酷な現実を突きつけた。


 密航、侵入、その他法的に認められない方法で宇宙船に乗り込んだものについて、燃料、食料、酸素、その他の何らかの理由により余剰人員の存在による既存人員の生命維持に支障が出る場合、その人員を宇宙空間に投棄する事ができる。またこの投棄による殺人その他、いかなる罪も発生しないものとする。


 つまり、だ。


「食料、水、空気については問題ない。地球までの398日間、俺と君が命をつなぐだけのものはある。だが、地球の大気圏へ再突入するための減速に使うエネルギーが足りない。さっき君が宇宙船の残骸と共にこの宇宙船に激突したせいで、変わってしまった軌道を元に戻すために、予備の燃料のほとんどを使用してしまった。だから……」


「だから……?」


「俺は君を宇宙へ投棄する権利がある」


「そんな……」


 最初にカルネアデス法の名前を出した時から予想はしていたのだろうが、少女は両手を床についてがっくりとうなだれる。

 首周りの広いシャツから少女の胸の谷間がのぞき、俺はさっきちらりと見たその胸を思い出した。

 ムラムラとした気持ちが湧き上がる。

 今、少女の生殺与奪の権利を有すると言う自分の立場もあいまって、俺は舐めるように少女を見回した。


「……でもまぁ君は……はマンガみたいな幸運で亜光速の宇宙船から生還した人間だからな。今回もまた地球の直前で減速スウィングバイに使用できるブラックホールが発生したりしないとも限らない」


「……え?」


「……それでだ、それまで俺の……言うことを何でも聞くというのなら……生かしておいてやってもいい」


「言うことを……?」


 混乱している様子の彼女は頭を巡らせる。

 だがまぁもともと16歳で宇宙飛行士に選ばれるくらいの天才だ、頭の巡りは良い。それにガリ勉で全くそう言う知識がないと言うわけでもなさそうだった。


 急にシャツの胸元を両手で隠した彼女の手首をつかみ、俺はごくりとつばを飲み込んで、ゆっくりとその体に覆いかぶさった。

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