もう好きじゃないけどね……。

柿@和洋折衷

1年半ぶりに。

1年半前に別れた元彼氏と、久しぶりに連絡を取り合ってカラオケにいった。

 

どうしていいかわからなくて、うんと距離を離して歌いあった。1、2時間もすると歌う曲もなくなって、わたしたちは1年半のブランクを会話で補うことにした。

 

最近の生活は?

「普通かな」

ふぅん。わたしと別れてから恋人は何人できたの?

「お前と別れてから、一週間だけ付き合った子はいたけどもう会ってない」

そうなんだ。あなたからわたしを降っておいて、それはひどいでしょう?

「……。まあまあ」

わたしは……それなりに。

「俺以外と何人付き合ったの?」

 

他愛もない会話は、まるで空白だった二人の距離をどんどん無くして間は0cmとなった。

わたしは笑って告げる。


「復縁はしないの?って友人に聞かれたけど、わたしはないと思ってる。

あなたは?」

「俺もないな」


彼は無邪気に笑った。そういうところが今でも好きであったけれど、幸せだった日の、時たまみせる怒りの仕草がわたしを壊していったのだから、戻ってしまえば、互いに壊し合うだけなのよね。

 

帰り際、わたしは冗談交じりに言った。


「どうせなら、最後にキスでもしとく?」

「お前がしたいな、してもいいけど」


わたしは皮肉めいて返す。


「じゃあ、しませーん!」


その日はそれで終わった。近づいた距離は、遠くから見れば普通の恋人と変わらない距離であり二度と繰り返されることのない壁だった。

 




後日、SNSに彼からのメッセージが届いた。


『やっぱりキスしとけばよかった』


恋のほろ苦さと愛の欲深さを知っているはずなのに、未練がましく放ってあったその言葉にわたしは苦笑せざるを得なかった。

 

その後に続く


『ずっと君のことを考えてる』


という言葉も、残念ながらわたしには深く刺さってこなかった。

ただ、好きという事実は色褪せないし、わたしにとって、”恋人”の好きから”友人”の好きに転落しただけのこと。

 

これから忙しくもなりつつある生活の中のほんの1ページだった。

わたしは貴重な経験をしたし、苦痛も知った。


だから、彼は惜しいことをしたなと思っている。

ほら、よく昔から言うでしょう?


「逃がした魚は大きかった」


って。

一度、捕まえたのに見て楽しんで、味をしめて、簡単に逃がしてしまった。

逃がされたわたしは、鯉が龍になるように美しくなる努力をした。

 



もう振り返りはしない。

だって、甘いあの時に戻ったら壊れてしまうもの。

また、誰かを傷つけてしまうもの。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

もう好きじゃないけどね……。 柿@和洋折衷 @kaki_cb_2525

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る