第27話 女騎士は諦めない
「父上。引き合わせたい人が居るのです」
降伏調停が済むなりトランがトーレスに会いにやってきた。
面白みのない息子を毛嫌いしているトーレスも、これには思わず面を食らった。
「なんだ、お前、何か有為な人物でも居たか?」
「そうではありません。いや、ある意味では、そうかもしれません」
「含みを持った言い方だな。お前はもそっと直裁に話す奴だと思っていたが」
「とにかく、黙ってついて来てくれませんか?」
淡白な息子がそんな風に言う人物。
正直なところ興味は引かれた。
だが、軍務も何もさておいて、行こう、と思わず言ってしまったのは、トーレスにしても意外なことであった。
何かが彼の心の琴線に触れた。
それが何かは彼自身にも分からなかった。
軍を信頼できる部下に任せると、トーレスは息子と共に馬で野営地を出た。
将軍と隊長一人、これや好機と襲われる心配はあった。
だが、二人とも王国内どころか隣国までその名を轟かす剛の者。
長槍でその気になれば千人の雑兵をなぎ払う彼らに、不安はなかった。
「ここです」
トランが馬を止めたのは、荒野の中にぽつんと立った石造りの一軒屋。
都からは随分と離れている。
同時に、こんな目立つ所に自分が把握していない住居があったことに、トーレスは驚いた。
斥候に何度も辺りの地形は調べさせたはずだ。
どうして見逃したのか。
そして、彼の息子は、なぜ自分も知らないこの小屋のことを知っているのか。
ここにトーレスの足を運ばせた正体の見えない何かが、像を結んで小屋として現れたのではないか――。そのような気分にトーレスは陥った。
そんな石造りの家の戸をトランがなんの躊躇もなく叩く。
しばらくして、中から出てきたのは――。
「王国軍総大将、トーレス殿とお見受けする。相違ないか」
見覚えのある鎧を身に着けた騎士。
それはまさしく、先日、トランの元へ降伏交渉に訪れた、あの騎士であった。
しかし、どうして、彼がトーレスの名を知っている。
いや、知っているのは良いとして。
どうしてトーレスが来ることを知っていたのか。
トーレスは槍を握り締めた。
と、それに向かってトランが、自分の槍を重ねる。
「何をするトラン」
「落ち着いてください、父上。どうか、彼女の話を聞いてあげてください」
「彼女だと?」
敵将の首はもとより、親子の諍いを横目に、騎士はその兜を脱いだ。
どうだろう、そこから出てきたのは。
見目麗しく凛々しい乙女。
「本来であればこちらから出向くべきところ、ご足労いただきかたじけない。私は女騎士アーリィ。第二皇女ミリス様に仕える者である」
「ほう」
して、その方が、いったい敵将の私に何用か。
アーリィにトーレスが尋ねる。
すると、すぐさま彼女はその場に膝を突いた。
「天下に知られた大将軍トーレス様にお頼み申し上げる。どうか、我が主人、ミリス様の貴国への亡命に力を貸していただけぬだろうか」
「亡命?」
「父上。どうも、彼の国の内情は混乱を極めておるようです。彼女の話によれば、既に宮廷は国の意思決定機関としての役割を果たしておらず、王都は軍閥とその縁戚の高官によって牛耳られているとのこと」
「私の主人ミリス様は、王都の政争を避けてここまで逃げてこられたのです。それが、図らずともこのような事態となってしまい」
いえ、ある意味これで良かったのかもしれません。
自分に言い聞かせるように呟くアーリィ。
そうして彼女はまた、深く、深く、その頭をトーレスに向かって垂れた。
「トーレスさま、どうかミリス様をお救いください。ミリス様のお母上は、貴殿らの国の出身。どうか同胞を救うと思ってミリス様のご助命を!!」
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