第28話 女騎士は選べない

「ならぬ」


 トーレスは言った。

 それは彼の口からいささか感情的に飛び出したものだった。


 そもそも、彼は第二皇女の命を、助けるつもりだった。

 なのにだ。


 その発言は聡明な彼にしては理解に苦しむほど破綻していた。


 しかし、どうして。

 トーレスはそれを言ったことに、えもいわれぬ歓喜を感じていた。


「なぜです!!」


「元は同胞とはいえ、今や貴国に嫁いだ身である。であれば、そちらで解決されよ。厄介ごとをこれ以上持ち込まないで欲しい」


「このアーリィ、身命を賭してお願いしているのです。それでも、ダメだと」


「ダメだ」


「ミリス様をお救いできるのであれば、私は今後、貴殿らの軍の先鋒として、血肉削げ骨と果てるまで戦いましょう!!」


「いらぬ、貴様の如き将、我が軍には吐いて捨てるほど居る」


 違う、その言葉を、聞きたい訳ではない。


 トーレスは欲していた。

 女騎士のあの言葉を欲していた。


 そう、彼が欲しているのは、そんな、その場凌ぎの交渉の言葉ではない。

 

 女騎士の誇り。


 女騎士の矜持。


 女騎士として譲れぬ何かをかけた時に発する、あの台詞。


「我が国を平らげた際には、ミリス様を貴方がたの傀儡として置かれればいい。民はきっと、ミリス様の助命を深く感謝し、たとえ属国になろうとも、貴殿らのことを恨みはすまい」


「くどい。そうではないのだ」


 耐えかねて、トーレスは首を横に振る。


 その口元には狂気に滲んだ笑み。

 歪んだ喜びが満ちていた。


「貴様、主人のためならば何でもするのだな? その言葉、偽りはないか?」


「……偽りなく」


「では、オーク・トロルに抱かれることもできるな!!」


 父の言葉に、眼を丸くしたのはトラン。

 彼は、大きく息を吸い込み、父上、と、叫んだ。


 乱心。

 彼は槍を力いっぱいに振り上げると、それを目の前の父へと振り下ろす。

 しかし、そこに負けじと、トーレスが槍を合わせた。


 父と子、膂力を比べんと相対する。

 年若いトラン有利かと思われたそれは、意外、トーレスの方が勝っており、すぐに息子は父親によって身動きを封じられてしまった。


「父上!! 貴方という人は!! 敗者をどこまで辱められるのか!! 私は今まで、貴方という人を尊敬してきた自分を恨めしく思う!!」


「馬鹿め!! よく見よトラン!! 貴様は女騎士というものを、よく理解していないのだ!!」


 何を言っているのです、と、トラン。

 ふと、その槍を握る手の力が弱まった。

 すかさずトーレスはトランの槍を弾き飛ばすと、彼の襟首を掴む。


 その場に息子を組み伏せると、その視線を女騎士、アーリィの方へと向けた。


「とくと見ろ!! トラン!! これが女騎士というものだ!!」


 叫ぶトーレス。

 その前でアーリィは、恥ずかしげに顔を赤らめ、そして、その場に膝をついた。





 女戦士の言葉の後。

 辺りを包んだのは静寂だった。


 荒野に吹きすさぶ風さえも、女騎士のその言葉が生み出した沈黙を、破ることはなかった。

 顔を真っ赤にしたアーリィの姿がトーレスの瞳に映る。


「いや、その、そういうごにょごにょなことは、愛し合ってる人としかしてはいけないと、ママ――母上から教えられていて。というか、その、なんでもするとはいったけれども、そういうエッチなのはちょっと」


「そうです父上!! そういうエッチなのはいけないと、私もママ――母上からよくよく聞かされて育ちました!! 父上はどうしてそんなにエッチなのですか、おかしいじゃないですか!! このドスケベ将軍!! 変態!! 好色ヒヒ爺!!」


「ワシはオーク・トロルとフリーハグできるのかと聞いのだが?」


 はぅ、と、顔を赤らめる、若い騎士二人。


 そんな若い二人を背中に、カッカッカッカ、と、トーレスは笑った。


 からかったのですか、と、すかさず突っかるトラン。

 顔を真赤にしている彼に向かって、そうだぞ、と、トーレスはまったく何の悪気もないという感じに返した。

 

 愉快な将軍の眼に、落胆した二人の騎士。

 すぐに二人は、おいおい、と、お互いの手を取り合って涙を流したのだった。


 はめられた、と。

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