第6話 女騎士は太らない

「くっ!!」


 掛け声と共にアレインは息を止めた。


 剣の稽古で鍛えた腕を後ろに回す。

 そして彼女は、肩甲骨の辺りに揺れる、真鍮のファスナーへ手を伸ばした。


 流石に騎士である。

 身のこなしは申し分ない。

 彼女はファスナーを指先にしっかりと掴まえた。


 しかし、上がらない。


「くっ!!」


 掴んだまま彼女はもう一度息を止める。

 それをぐっと上へと引き上げようとする。


 しかしいっこうに上がる気配はない。


 どうしたことか。

 真紅の色をした彼女のドレス。


 その袖口は、この世でただ一人彼女のためにしつらえられたものだというのに、露になったアレインのうなじを飾ることができなかった。


 はぁ、と、息を吐いてアレイン。


「くぅっ!! 殺せぇッ!!!」


 従者トットが知っているアレインの殺し文句。

 これまで幾度となく聞いてきたその中で、おそらく一番大きく、そして感情のこもった、くっころが飛び出した。


 もうトラブルには慣れっこな従者。

 だが、流石にこの必死のやり取りには少し引いた。


「……服、入らなくなったんですか、アレインさま」


「そんなはずがない!! 確かに去年の舞踏会ではこれは着れたのだ!!」


 また、くっ、と力んでファスナーを引くアレイン。

 しかしながら一度やってもダメなものは、何度やってもダメ。


 ついに抗う気力尽きたか。

 アレインはドレスに皺がつくのも構わず、その場に膝を折った。


 その目には光が無い。

 完全に事後である。


 くっころの使い方もそうだが、こういう表情の使い方もちょこちょこおかしい。


 いつか変なことにならなければいいのだけれど。

 従士トットは胃をさすった。


 そんな心配をする健気な従士の前で、はっと、アレインは唐突に顔を上げた。


「そうだ。きっとばあやがつくろった際に、ぼけて採寸を間違えたのだな。そうだ、きっとそうに違いない」


「太ったんですね、アレインさま」


「いや、もしくはメイドが洗濯に失敗して縮んでしまったのだろう」


「お太りあそばせたんですね、アレインさま」


「いや待て、もしかすると変質者がこれを着て伸びたということも」


「アレインさま」


「まさか――トットおまえ!?」


「現実から目を背けるのはやめてください!!」


 ふに。

 トットが女主人の腹の肉を掴む。


 はぅ、と、いう声と共に、顔を赤らめた彼女は、そのまま視線を地に降ろした。


「お願い、殺して……」


 主人のお腹の肉の厚みと温かみを感じる。

 この時ばかりは流石のトットも、自堕落な主人をあわれに思った。


 この女騎士は自分の体形さえコントロールできないのだった。

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