第5話 女騎士は洗わない
ここは街の酒場。
今、一つのテーブルを男たちが囲み、一触即発という空気を漂わせていた。
テーブルの真ん中には女騎士アレイン。
羊の骨が載った銀色の皿。骨は折られて髄がむき出しになっている。
そんな皿を前に、彼女は丁寧に口元をナプキンで拭った。
まるで周りの男たちが見えていないという感じだ。
「おう、てめえ、さっき言ったことは本当か?」
「喧嘩売ってんのか、こら?」
「ここが、どこだか分かっているのか?」
口々に女騎士を罵る男達。
そんな男達を一瞥して―――。
「ふっ」
アレインは小さな冷笑を零した。
「あいにく、貴様らのような奴に施してやるようなもの、この騎士アレイン、一つとして持ち合わせておらん」
男たちが殺気立つ。
ついにその中の一人――この中で一番年長者と思われる、頭髪の薄い男が、手にしていた刃物を彼女のテーブルへと突き刺した。
その衝撃でテーブルの上で羊の骨が踊った。
「もういっぺん言ってみな、姉ちゃん!!」
「何度でも言ってやる、貴様らに施してやるものは何も持ち合わせていない!!」
「だったらおめえ、身体で払ってもらうしかねえ――それが道理ってもんだろ」
男がテーブルに突き刺した幅が広く薄い刃物。
よく切れるように刃の研がれたそれを見て――。
女騎士は何かを諦めるように下を向いた。
そして――。
「くっ、殺せ!!」
「殺せじゃなくって!! はやくこっち来て皿洗いを手伝ってくださいよ、アレインさま!!」
女騎士のくっころ。
従士のツッコミ。
途端――コミカルに男たちの表情と場の空気が変わった。
アレインに迫っていた男が溜息をつく。頭髪の薄い男は呆れたという表情でテーブルの得物――菜切り包丁を引っこ抜いた。
そう、ここは街の酒場。
そして男達は店長とその従業員達である。
アレインとトットの二人は、ただいま無銭飲食のカドで、絶賛糾弾されているところであった。いや、トットだけはその罪を認め、皿洗いに勤しんでいた。
謝らぬのは女騎士ばかりである。
「お前さん、財布忘れたのはしかたねえことだ。だがねぇ、何も従士さん一人に働かせてことなきをえようって、そりゃちょっと虫が良すぎるだろう」
「主人の世話をするのが従士の幸せ。お前たちには分かるまい、あの男――トットはそのことをよく分かっている」
「いや、分からないですから。はやく手伝ってください。大変なんですよホント」
「二人でやればその分はやく帰れるんだ、手伝っておやりよ、姉ちゃん」
そうだそうだと、従業員たちが口を揃えて女騎士を糾弾する。
むぅ、と、流石にこれには世間知らずお嬢様も顔をゆがめた。
「わかった、それでは微力ながら私も、トットの仕事を手伝おうではないか」
「なんでい、最初からそういっとけばよかったんだよ」
しかし女騎士。
いっこうにその場から動こうとしない。
なんだろう。
不思議に思って洗い場から顔を出すトット。
その姿を見るや。
「トット!!」
女騎士はその名を呼び、テーブルの前で立ち上がった。
従士が、店主が、従業員が刮目する。
そして――。
「がんばれ(はぁと)がんばれ(はぁと)」
甘ったるい声でエールを送る女騎士。
従者も、店主も、従業員も、客も含めて、皆がその目を疑った。
いい歳した女のアホな行動を信じられなかったのだ。
すぐに皿の割れる嫌な音が店に響いた。
このいい歳した女騎士は、自分の年齢も数えられなかった。
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