ひばり
桐生たまま
ひばり
とても暑くて短い夏が終わった、秋の初めの日。サクの小さな庭に一羽の
「お庭のお花がとてもきれいね。私、お花に詳しいって訳じゃないんだけれど、こんなに素敵なお花を育てている人はどんな人なのかと思って見に来たの」
「ほうら、やっぱり私の思っていた通り、あなたの目はなんて優しそうなんでしょう」
と、歌いました。
優しそうだなんて――と、サクも悪い気はしません。だって随分と長いことひとりっきりで、お花の世話だけをしてきたんですから。
けれど、曇りなく明るい
――どうしてこの子はこんなにも、きらきらとした眼でボクを見るんだろう。
何しろ屈託のない
「私は最近この近くに引っ越してきたのよ。あなたのお名前は?」
「サク」
サクはと言えば、たかだか名前を教えただけでこれ程納得されたことがなかったものですから、目の前の無防備な小鳥が可愛らしくもあり、
ポタリ。
それからというもの
そして、自分の好きな物や楽しいことなど、聞かれもしないのに歌います。
それは本当に嬉し気に、はしゃぐ様子は小さなこどものようです。
彼女の歌は明るく弾むようで、落ち葉のカサカサという音さえも聞こえなくなりますし、もうじきやって来る冬を忘れてしまいそうなくらい、そこだけ暖かな桜色に見えました。
――
だって、ボクがどんな人間かも知らないのに、これ程疑いもしないのだから。
ポタリ。
ある日、簡単に他人を信じてしまう
「きみはボクをよく知りもしないで自分のことを話してしまうけれど、世の中には怖い人たちがたくさんいて、きみを裏切ったり騙したりするかもしれないんだよ」
それを聞いた彼女はいつになく真剣な表情で、じぃっとサクを見上げるとたった一言『ふーん』とつぶやきました。
サクは少しだけドキリとしましたが、
その後、何日か彼女の来ない日が続き、サクはちょっぴりの淋しさを感じましたが、それと同時にホッとしてもおりました。
何しろ、もうずっと長いことひとりっきりで過ごしていた物ですから、ワクワクしたり、ポカポカしたり、ドキドキしたりすることが何やら恐ろしくもあったのです。
そんなサクにも昔はたくさんの友達がおりました。
いえ、正しくは『友達であると思っていた人』だったのかもしれません。
ほんの少し
それから長いこと、サクはひとりぼっちでした。
丹精込めればきれいな花を咲かせる植物だけが彼の心のよりどころでした。
じっと動かず、何も語らぬ花々だけが平穏でした。
ただただ、このまま波風のない毎日を送れることが、サクの望みでありました。
だから
しかし、
「こんにちは、サク。ここ何日かの間私が何をしていたのかわかる?」
肩に止まった彼女の歌は、相も変わらず高い空によく響き渡り、知らぬ間に秋が深まっていたことを告げるようでした。
「さぁ、ボクにはわかるはずもないよ」
それでもサクは初めの頃と変わらぬ素振りで、そう答えました。
「サクは私のお友達でしょう?」
ポタリ。
「どうしていつも、そんなに素っ気ないの?」
ポタリ。
屈託のない
雲ひとつない秋の空は瞬く間に泣きだしそうになりました。
だからでしょうか。
「ボクたちは友達なの?」
思わずサクはそう問いかけていました。
サクには長いこと友達などと呼ぶ相手はいませんでしたし、友達と呼んでいいのはどれほど親しい相手なのかもよくは分からなくなっていました。
だいいち、自分だけが友達だと思っていても相手は同じように思っているとは限らないのだと、そう考えるくらいには悲しいことがあったのです。
すると
「サクは最初から私のことを迷惑だって思っていたんでしょう? いつだってつまらなそうに返事はするけれど、自分から何かを話すことなんてなかった。話をするのもお願いをするのも、いつだって私ばっかり、こんなの友達じゃないわよね」
それはサクが初めて聞く、
「いいの、私が勝手にやって来て、さんざんあなたを振り回しただけなんだから迷惑がられても当然よね。私はもうじき南の街に行くつもりだから心配しないで」
サクの心臓はドクドクと大きく脈を打ちました。
「どうして? まだ引っ越して来たばかりなのに、ボクのせいなの? ボクが上手に笑えないから、きみを傷付けてしまったの?」
いつも楽し気に歌うばかりの
「そうじゃないの、別にあなたのせいじゃない。ただ、この街は冬を越すには少しだけ寒すぎて、だからもうじき引っ越そうって前から思っていたのよ」
「だったら、春になったら戻って来るの?」
サクの唇は思いもかけず、そう
「どうしてそんなことを聞くの? あなただって私がいない方が良いでしょう? あなたは私のこと好きじゃないって、私だってそれくらいは気付いていたけれど……」
――違うんだ、そうじゃない。ボクはただ誰にも深入りしたくなかっただけなんだ。
「でも、あなたのお庭があんまりきれいだったから。いつかあなたとお友達になれたら、どんなにか素敵だろうと思っちゃったのよ」
――ボクは誰かを好きになって、その相手に嫌われるのが怖いだけ。
「でも、私が間違っていたわ。今までごめんなさい」
取り残されたサクは、いつまでもその場に立ち尽くしておりました。
あくる日、サクは何年か振りに出掛けて行きました。
何年か振りに見知らぬ人に道を尋ね、ようやく
けれど、そこにはもう誰も住んではいないようでした。
それからサクは冬の間、何度もその家を訪ねました。
最初の頃に持って行った庭の花も枯れ、そのたび新しい花をポストに挿しました。
それが
自分が臆病だったばっかりに、
次ぐ春に一羽の
そのくちばしには、南の街の花の種が
春告げ鳥はうぐいすのことだけれど、ひばりもまた春を告げる鳥なのです。
ひばり 桐生たまま @tamama-kiryuu
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