第5話 1対4の模擬戦〜その3〜

「ではセーラ嬢こちらから行きますよ!はっ!」


「キンッ」


二人の剣が交差する。お互い先程から何度も剣でぶつかり合っているため、ある程度の実力ははかりきっている。


セーラは思った。これほどの実力がありながら、なぜこの男は今まで不可解な行動ばかりしているのか?何が目的なのか?それすらもセーラの考えの及ぶところではなかった。


「セーラ嬢、申し訳ないがあなたには考えている暇は与えませんよ!」


セレスは先程と違って上段の構えから強い剣戟を繰り出す。その瞬間セーラの手にはしびれが走る。この男にこれほどの力が・・・。


「まだまだ行きますよ!でやっ!」


セーラはその重たい剣をしなやかに受け流そうと剣に遠心力を加える。回しながらはじくのだ。しかし、このままでは防戦一方になることは明白。セーラは一度間合いを離し、再度体勢を立て直す。


「本当にあなたにはがっかりだ。型通りの剣、読みやすい動き。その一つ一つは洗練されているが、あなた自身の気持ちが見えない。よってその剣には魂が宿っていない。ここまで言われても尚、あなたは冷静でいようとする。本当は分かっているんでしょう!今のままでは目標であるあなたの父上、ウォルフ将軍を超えられないことを・・・。」


この言葉を受け、セーラの頭で何かが弾ける。貴様に何が分かる。生まれた時から名将の娘と期待され、何でも出来て当たり前だと。羨望と嫉妬の中で生きて行くことの辛さを!型にはまった剣?そんなの百も承知。訓練と知識から得た力と知恵、それしかわたしにはよりどころは無かったのだ。父に剣の腕を見放され、独学で学んでここまで強くなった。なったはずなのに・・・。ここにきてなぜ貴様のような者に、ここまで汚されなければならないのか。そんな思いがセーラの中をぐるぐる駆け巡る。


「・様を許さん!、貴様を許さん!」


そのセーラから発せられたとは到底思えない言葉に、小隊の3人は身震いした。それほど、普段のセーラの振る舞いは完璧だった。その仕草、その太刀筋、彼女の言動はとても優雅で気品に満ちていた。それがどうであろう。今目の前にいるセーラは目を血走らせ、目の前の男にただただ突進していく。本当に優雅さとはほど遠い姿だ。


「やっとらしくなったじゃないかセーラ嬢。そういう顔こそ、あなたには美しい。普段の上品な姿も魅力的だが、こと戦闘に関しては今の姿が一番しっくりくる。うんうん。良いよいいよ!」


「ほざけ!ゲスがああああっ!」


彼女の剣が縦や横へ、正しく縦横無尽に飛んでくる。それに先程と違い剣が重い。一太刀一太刀がズシンとくる。その剣圧を何とか防いでいたセレスも徐々に体ごと後ろに押し込まれている。


セレスは思った。予想以上の実力だ。今の彼女からこれ以上太刀筋を冷静に判断するのは不可能だ。で、あれば・・・。


セレスは急に体の向きを変える。セーラはそのことにどんな意味があるかも考えず、とにかくそのセレスを追う。セーラの剣戟で徐々にセレスの剣が綻びてくる。もちろん、今のセーラはそんなことを考えていない。ただ今持てる全ての力を込めて叩き込むだけ。その瞬間、セレスの手に会った長剣が折れる。


「勝機!」


セレスの足が止まったとみて、セーラは待てる力を振り絞り、全力で剣を叩き付けた。もし目の前の男が負傷したら、もし命を落としたら・・・。セーラはそんな些細なことは考えず、命一杯振り抜いた。


「ガキーーーン」


が、しかし、振り抜いた剣は勢い良く空を切り、地面に突き刺さった。セーラはようやく冷静さを取り戻し、急いでセレスを探す。そして見つけた。新たな得物を手にしようとする男の姿を。


セレスは押されていると見せかけ、次の得物を手にする為に向かっていた。いずれこの手に持つ剣が折れることを予期して。しかし、彼が思うより早くその時は訪れた。セーラの魂の隠った剣がセレスの予想を上回ったのだ。彼女が勝利を確信したその瞬間、彼もまた、自分の持てる脚力を使い後方に下がる。そして彼女が自分を捜し終える前に得物に辿り着く。そう先程投げ捨てた槍である。セレスはその槍を新たな武器として手にするかと思われたその時、下に隠れている弓を梃とし、槍の片側を思い切り踏んだ。そして自分の上半身の距離まで浮き上がったところで、槍の柄を掴みセーラ目掛けて投擲した。


セーラはセレスを見つけると彼がその距離から攻撃してくることを察した。今の彼女にはいつもの冷静さとこの男に負けたく無いという熱い魂が共存している。そのため、セオリー通り距離を詰めることを止め、彼女は彼女らしくない行動に出た。そう、彼女が急いで手に取ろうとしたのは、何と先程リーナが使っていたレイピアの刀身。折れたレイピアを握る手からは鮮血が飛び散る。それでも彼女はその痛みなど忘れ、セレス目掛けて投擲する。


お互いが投擲した鋭利な刃物が交錯する。


そして槍はセーラの真横をすり抜け、レイピアの刀身はセレスの遥か右側を通り過ぎた。


「セーラ・アヴァロン敗北。勝者はセレス・キャンベル!」


その勝敗を分けたのは武器の違いである。コントロールしやすい普段から使っている槍を投げたセレスと、普段は決して投げることなど無いレイピアの刀身。それが勝敗を分けたのだ。


セーラは初めて高揚感と悔しさを感じていた。それは相手の投げた槍が自分のすぐ側を通り抜けた時の恐怖よりも、レイピアを握った時の痛みよりも勝っているのだ。そして、ようやくいつもの可憐な顔に戻りセーラは一言呟いた。


「参りました。セレス・キャンベル軍曹。」


そう言った彼女の顔は汗で長く綺麗なブロンドの髪が張り付き、そして手は血にまみれていた。ただ、そこには今までで一番の笑顔が輝いていた。



「どうやら終わったようじゃな、ウォルフよ。其方の感想を聞かせよ!」


「はっ。我が娘はどうやら一皮剥けたようです。そして、それを引き出した面白い男を見つけました。しかるに今後の我が家の未来は明るくなったと申せます。」


「ふっ、ふははははあっ!ウォルフ!お前のなし得なかったことを彼奴が成したということか・・・。これは愉快愉快。その後の言葉の意味ははかりかねるが、まあ良い。妾は大変愉快な気分じゃ。レイモンドよ、面白い余興が見られた。そろそろ城へ戻るぞ。」


「御意に!」


「あ、そうであった、レイモンドよ!あのセレス・キャンベル。キャンベル孤児院出生の者かと思うが、彼奴の詳細が知りたい。あやつの出生を調べよ!これは勅命である」


「はっ!お任せ下さい女王陛下。必ずや全てを調べてご覧に入れます!」


こうして1対4の模擬戦は幕を閉じた。

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