第4話 1対4の模擬戦〜その2〜

「どうした?セレス・キャンベル。攻めて来ないのか?先程から防戦一方だぞ!」


「さすが、セーラさん、この学校で最強と評されるに相応しい。剣の実力もさることながら、その的確な打ち込み、速さ、どれを取っても一級品だ!それにリーナ嬢との連携も見事!剣と体捌きで避けるのもそろそろしんどくなってきましたよ!」


セレスの言う通り、セーラの剣技は見事と言うほかなかった。何度も鍛錬した成果とでも言うべき剣の冴え。膨大な反復練習によって積み重ねられた自信が彼女の剣からヒシヒシと伝わってくる。そしてリーナのレイピアも中々のものだ。他の三人の技量には及ばないものの、特に打突のパターンが巧みである。きっと彼女の頭の中で適宜軌道修正しているのだろう。


「ただ・・・。僕個人としてはやはり、予想通りと言うべきかレイラさんが一番嫌な相手でしたね!」


「なにっ!」


この発言には既に失格となり戦いを傍観しているレイラも驚いていた。


「あ、あなた!仮にもセーラ様に向かって何と無礼な発言を!セーラ様はこの学校において文武両道、全てにおいて優れたお方よ!謝りなさい!」


「おやおや、あまり近くにいすぎるのも考えものですね!冷静に考えればリーナ嬢にも分かることだと思いますが。それに、ほら本人は少なからず僕の言った意味を理解しているみたいですよ!」


その言葉にリーナはセーラの顔を見つめる。見た目にはいつもと変わらない表情であるが、セーラの剣技が明らかに鈍っていた。


「言いたいことはそれだけかしら。騎士を志すものなら、そろそろ剣で語りなさい!でや〜っ!」


セーラの勢いに押されセレスの立ち位置は徐々に後ろの民家近くまで押されていた。


「そろそろですかね?」


「それはあなたが、そろそろ観念する、ということかしら?」


セーラは相手のらしくない反応にそう答えた。


「いえいえ、そろそろスペシャルゲストが到着する頃かと思いまして!あ、着た着た!」


そして、一旦ドラが鳴り、急遽模擬戦の中断が教官より三人に告げられた。


「女王陛下エレーナ・メアリ・イストリア2世様のおな〜り〜!」


帝室が観覧するその席には、正しくイストリア帝国現女王であるエレーナ女王の姿があった。彼女は10歳の時に帝位を継いだ若き女帝である。その際、皇帝の王子二人と跡目争いが起きたが、彼女の恐るべき知謀と少数の忠実な臣下によって難局を乗り切り、16歳になる現在まで、貴族腐敗の進んだこの国を立て直してきた。正に若き女帝という名に相応しい女王である。


「彼奴がこの私に文を送りつけた不届きものか、名はセレス・キャンベルと申したかな?」


と近くにいる臣下を口元まで呼び寄せる。


「いかにも。」


「まあ、良い。彼奴が言うように本当に面白いものが見れるならば、妾もきたかいがあるというもの。もし、暇つぶしにもならなかった時には・・・、分かっておろう。ウォルフ。」


「はっ、心得ております。この剣に掛けてあの不届きものに死の鉄槌を下しましょう。」


女王は再度、その文面を読み直した。その顔からは笑みが溢れる。


その文にはこう書かれていた。


ー退屈な日々を送られている女王陛下に、ささやかなプレゼントを!興味がお有りでしたら、ぜひ演習場にお越し下さい。もし気に入られない場合はその代償として僕の命を差し上げます。 セレス・キャンベルー


「まあ、気に入るかどうかは別として、妾の心中を言い当てた、このセレス、中々の者と思わんか?レイモンド。」


「陛下、お戯れを!我々がどれだけ日々苦心していることか、少しはお考え下さい。本日も予定外のこのような場所に・・・。」


「分かった分かった。」


「それはそれとして、あそこにおる娘は其方達の家の者ではないか?一人はウォルフの娘、そう、確かセーラと申したか。そして隣にいるのは・・・。見たことはあるが、何と言ったかのう?レイモンド。」


「私の姪リーナに御座います、陛下。」


「おお、それは面白いな。其方達の親族がそろい踏みとは。それで、なるほど。その相手をしておるのが、セレス某か。あやつ妾に向かって笑顔で手を振っておる。この場合、どのようにしたものか。」


と言いながらエレーナは楽しそうに手振りで答えた。


「じょ、女王!お戯れもほどほどに!」


すかさずレイモンドが女王に一喝する。レイモンドは思った。この辺はまだまだただの少女であるな。まったく普段の彼女の言動からは想像も付かない・・・。本当に底の知れないお方だ。


「じょ、冗談である。一介の下士官に特別扱いなぞするものか。まったく融通の利かない者たちだ。して、そろそろ妾は続きを見たいのだが。何やらセレス某は大分押されていたようだが・・・。」


レイモンドは女王の目線を受けて、教官に再開の指示を出した。


一方演習場ので模擬戦を急に止められた三名は再開を待っていた。この場を仕組んだ一名を除いてはただただ呆然としている。


「セーラ様?あのお方は?」


「リーナ。あなたもご存知のはずよ、エレーナ女王陛下に間違いないわ。その証拠にウォルフ将軍、レイモンド宰相が付き従っている・・・。」


エレーナとリーナの額から冷や汗が滴った。


「やはりそうですか。幻であってほしかったですが、叔父上がいらっしゃっているのですね。」


叔父と視線が会った瞬間、リーナの体はビクリとした。そしてセーラも意外な場所での父との再会に驚きはしたが、慣例に則り、陛下一行に深々と頭を下げた。それを見たリーナもようやく我に返りお辞儀をした。


その横ではこの状況を楽しそうに見守るセレスの姿があった。そして女王と目が合うと彼はこともあろうか友達のように手を振って挨拶した。


セーラは横目でセレスの行動を見て、何と不敬な!と一瞬思ったが、もしかしたら、彼は女王と面識があり、懇意にされているのかもしれない、という妄想が頭を過った。彼をキャンベル襲名に選んだ一人が女王だとしたら・・・。彼女は頭を下げた状態で地面を見つめながら、余計な考えをいくつも巡らせていた。


そしてようやく、静寂の時間が終わりを告げ、教官から模擬戦再開の合図が鳴った。


「ゴーン」


「ではお嬢様方、試合再開と行きますか?」


「陛下の御前でこれ以上、貴様に時間をかける訳には行かない!行くぞリーナ!」


しかし、その相棒であるリーナから返事はない。セーラはリーナの異変を感じ彼女の顔を覗き込む。


「リーナ、大丈夫ですか?」


「は、はい。セーラ様。リーナはいつでも行けます!」


「そう、それなら良いのだけれど!では参りますわよ!」


明らかにリーナの様子はおかしかったが、セーラもこの場ではこう答えるしか無かった。


「おやおや、先程の連携はどうされましたか?特にリーナ様。レイピアの軌道がブレていますよ。何か恐ろしいことでもありましたか?」


その言葉に反応し、更にリーナの動きが鈍る。それを見たセーラはそれをかばう様に牽制する。


「なんじゃ、そちの姪の動きは先程と違ってパッとしないが、レイモンド、其方なら理由も分かるのでは?」


「は。単に力不足で御座いましょう。あれは元々文の才こそ多少御座いますが、武の才は元より御座いません。」


「なるほど。妾からすれば其方の視線に萎縮しているようにも見えるが、妾の気のせいか?」


「さすがに陛下は鋭いですね。いつもながら感服致します。確かに、勉学の道を歩ませるにあたって、あれには少々厳しく接してきました。そこから逃げた負い目でしょうか?あれは私をまともに見れなくなったようです。」


「そういうことであったか。確かに其方の教え方は独特であるからな。妾も幼き頃は苦労したぞ。しかし、姪の父もおったであろう?なぜ叔父である其方が教鞭を取ったのだ?」


「はい。兄は政変の際、王子派であったため。と答えればお分かりになりましょう。つまり姪は陛下の温情で命を救われた身でございます。また、陛下の才はあの者と比べるべきものでは御座いません。陛下の才は教鞭を取った生徒の中でも群を抜いたもので御座いました。その点、誤解なさらぬように。」


そしてレイモンドは演習場内にいるリーナに視線を戻す。それを見たエレーナは内心、「レイモンドめ、また姪を虐めるのか。」と思った。


そして、その視線は演習場のリーナに鋭く突き刺さった。途端、リーナは動きを止めた。否、過去のトラウマという恐怖からその場を動けなくなったのだ。その隙を見逃さなかったセレスは一気にリーナとの間合いを詰める。とその時、その間にセーラが割って入った。


「そうはさせません!えいっ!」


「セーラ嬢、それはお勧め出来ない選択ですね。既に戦意を失った者を庇う行動。騎士道としては尊敬しますが、この場に置いて愚の骨頂としか到底思えません。勝ちを捨てましたか?」


「ふん、わたしは仲間を見捨てません。彼女ならきっと立ち直ってくれるはずです。ですからわたしはその間の時間を稼ぐだけですっ!てやっ!」


「セーラ嬢の気持ちは分かりました。では二人揃って散って頂きましょう。でもその前に・・・。リーナ嬢、情けない顔をしておいでですね。そんなにレイモンド伯から恐ろしい仕打ちを受けましたか?間違ったら鞭打ち?暗記出来なかったら尻叩き?」


「貴様っ、リーナに向かって何を言うっ!」


「いえいえ!言いますよ、僕は。この世の不幸を全て背負っているような顔をしているこの娘が不憫ですのでね。はっきり言って迷惑なんですよ。そんな顔されて僕の晴れ舞台を邪魔されては。ですので、リーナ嬢、戦う意志が無いなら、この場から尻尾を巻いて逃げなさい。もし、少しでもあなたの父のような気概があるなら、立ち上がりなさい。まあ、自分の父親を勝手に卑下しているあなたには難しいことかもしれませんが。」


「・・げない」


「え?」


その急に発せられた言葉にセーラは驚きを隠せなかった。


「逃げない。」


「わたくしは逃げない!もう逃げないからっ!でやああああっ!」


そう大声で叫ぶと、リーナは急に息を吹き返したようにセレス目掛けて突進する。それは自分の気持ちを爆発するかのような綺麗な直線を幾重にも描く華麗な連撃。その勢いには挑発した当のセレスも幾分驚いた。何度も何度もリーナのレイピアのはじき返す。セーラはそのリーナのこれまで見たことの無い気迫に押され、ただ呆然と見ている。


「やるじゃないですか、リーナ嬢。今日で一番輝いていますよ。あなたは自分だけでも十分輝けるのです。そして、今日それを学んだ。ですから、そろそろ終わりにしましょう。」


そう言うとセレスはレイピアの弱点である強度を己の長剣で打ち砕いた。その瞬間レイピアは刀身を失い、その剣先は弧を描いて地面に突き刺さった。


「リーナ・キャロル失格。」


剣を失ってその場に崩れ落ちたリーナを戦闘不能と判断し、教官は失格を告げた。


「なあ、ウォルフよ。レイピアとはあの一撃で折れる程やわな物なのか?それともあのセレス某の力が強いのか?」


「いえ。あれはそのようなことで折れたのではありません。近くで見ていないので、あくまで予想ですが、あの連撃の際、あの男はレイピアの攻撃を同じ箇所で受けていたのでしょう。つまり、同じ箇所への打撃により、刀身が摩耗してきたところを、正確に打ち抜き、折るにいたったと思われます。また、レイモンド伯の姪であるリーナ嬢の連撃が正確であったことも要因の一つですね。このような場合、正確であればあるほど狙いやすいものです。」


「お主にも同様のことは可能か?」


「は、もしお命じになられるのでしたら、ご披露致しましょう。ただし、一言申し上げますと、あのように綺麗に折れる自信は正直御座いません。そこはご理解の程。」


「なるほど。そなたもあやつの技量を認めたということか、これは面白い。」


「にしても、最後の最後で、其方の姪は一皮剥けたのではないか?レイモンドよ。」


「はっ、仰る通りで御座います。少々遅過ぎましたが、これからが楽しみですな。」


「そして、残るは貴殿の娘か。ウォルフよ。」


「はい。ただ・・・。」


「ただ何じゃ?申してみよ!」


「我が娘のことで言いにくいのですが、つまらない戦いを見せてしまうかもしれません。」


「ほう、其方という教官を得てもつまらなく成長するものなのか?」


「いえ。ただあれは型に嵌りすぎていると言いますか、要するに意外性にかけるという言葉がピッタリくる、そう言った教科書のような剣技です。」


「なるほどな。でも待てよ!セレス某はひょっとしたらその教科書通りの剣を面白く料理するのでは無いか?先程のように!」


エレーナの顔がパッと明るくなった。


「そうかもしれませぬ。そう思うと私も不本意ながら少し興味が湧いてきました。」


「ではお互い楽しみを見つけたところで、続きを見ることにしよう!」


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