第3話 1対4の模擬戦〜その1〜

模擬戦当日。この季節には珍しく無い晴天となった。夏の暑い日差しは立っているだけで体力を奪っていく。


模擬戦会場には授業を終えたセーラ小隊の四人が既に到着し、リーナが立案した戦術を再度確認していた。


「つまり、数の優位を活かす作戦ということだな!」


「その通りよ、メル。わたくしから言わせればはっきり言ってこんなの模擬戦という名を借りたリンチに等しい。でも受けたからにはきっちり勝ちに行くわ!あんな約束、到底叶わないことを思い知るが良いわ、セレス!」


どの言葉で引っかかったのかは分からないが、レイラもメルもドキリと胸の鼓動が早まった。しかしそのことに気づいた者は誰もいない。


「リーナ、今約束と言ったが、何のことです?」


約束という言葉に違和感を覚えたセーラはリーナに質問した。


「いえ、そ、そうです。セーラ様があの卑劣漢と耳打ちで約束したことです!」


「わたしはその内容について、あなた達に話してはいないのだけれど!」


「そ、想像です!わたしの想像で、良からぬことを言われたのではないかという推測です!ですので、セーラ様、今の発言は気になさらないで下さい!」


話しの流れを変えようと隣にいたレイラが声を掛ける。


「で、リーナ。相手はどのような手で出てくると思う?」


「そうですね。この人数相手であれば、通常の作戦としては各個撃破でしょうか。わたくし達四人をどのような手段かで分断し、一対一に持ち込む。数の上で劣勢である以上、この方法しかないかと!」


「ですわね。わたくしもリーナの意見に同意ですわ!」


「では開始と同時に四方に散開。タイミングを見計らって所定の場所に移動。移動後はまずメルの剣術で相手を追い込み、足止めしたところを包囲殲滅。連携して攻撃を畳み掛けます。幸い今回はレイラは弓を使えないハンデがありますので、それだけ接近しても同士討ちになる心配はないでしょう。」


セーラは彼女達三人の技量を熟知している。長く一緒に過ごした四人だからこそ、あえて連携方法については説明しなかった。それほどこの小隊のまとまりは熟達しているのである。


本来であれば、これほど有名な小隊が出場する戦い。模擬戦の中でも人気カードなのだが、観衆の数は意外にも少なかった。セーラが他の三人に言って模擬戦の情報を封鎖したためだ。成り行きで受けたとはいえ、これは模擬戦と呼べるような代物ではない。1対4なんてリンチ以外の何ものでもないのである。相手が承諾しているとは言え、あまり胸を張れた戦いではないのだ。ただ、それでも彼女達の動向に興味を持ち、アンテナを張っている者の数人はここぞとばかりに見学にきていた。


通常の模擬戦のルールは4対4の小隊単位で行う。もし小隊の人数が多い場合は選抜した4人を選ぶ。武器は自由。ただし今回はレイラの最も得意とする弓は禁止となる。戦場は演習場内であれば問題はなく、設置されている家屋などは戦術上使用しても問題ない。


勝利条件は相手小隊メンバー全員の戦意喪失か、設置されている陣営フラッグの確保。各小隊のエンブレムが入った小隊旗が用意されている。ただし、今回は小隊を持たないセレスのため、相手メンバーの戦意喪失のみのルールをとしている。戦意喪失は本人の降参意志又は3名の教官による目視。致命傷に関わる攻撃が繰り出された場合、教官は戦闘を止める権利を有し、メンバーを離脱させることが出来る。もちろん演習であるため、命のやり取りは御法度である。


「あとはあの男、セレス・キャンベル軍曹の到着を待ちましょう。」


セレスは約束時刻ちょうどに到着した。


「セーラ小隊の皆様、模擬戦ギリギリの到着になったことお許し下さい。戦闘の準備に些か手間取りまして。ただ、用事も済みましたし、これで本日は心おきなく戦うことが出来ます。」


「減らず口は良いから、そろそろ始めましょうか?観客も待ちくたびれて退屈しているわ!」


「観客ね〜。数は少ないですが、まあ、良いでしょう。そのかわり、今日はビックゲストをお招きしてますから、ご安心下さい!」


セーラ達は負け犬の戯言と思い、教官の開戦合図を待った。


「セレスの武器は多彩ですわね。剣はもちろん、背中には弓と槍、腰にはナイフ。それにロープまで。どんな攻撃をしてくるか分かりませんから、油断しないで行きますわよ!」


四人の中で一番しっかり者のレイラがそう言うと間もなく、教官からドラの合図が演習場に響いた。


セーラの武器は長剣。彼女の家系アヴァロンは長剣技術に長けており、彼女の父ウォルフ・アヴァロン将軍も家系の名に恥じる実力で将軍に上り詰めた。その剣技は惜しみなく、娘のセーラに受け継がれている。


リーナ・キャロルの武器はレイピア。彼女の家系は情報戦や作戦立案を得意とし、現宰相の任には彼女の叔父が就いている。そのため力技を得意としない彼女は素早さで対抗出来るレイピアを好んで用いている。


レイラ・オースティンは弓を得意とする国内屈指の貴族。そのため、宮廷で模様される狩猟などにはレイラの父がその腕を買われ、女王陛下に付き従うこともある。今回は弓が禁止のため、二本の短剣を用意した。彼女の持つ双頭のマインゴーシュは狩りの際、得物を捌くために使用しているが、時には矢が切れた時など緊急用の武器として使用する、弓の次に手慣れた武器と言っても良い。


メル・ブラッドレイの武器は大剣。背丈程ある剣を背負っても苦にならない程彼女の体躯はバランスが取れており、その得物を自由に使いこなす。元々は長剣の得意な家系であるが、長剣では彼女の体が持て余してしまい、現在の大剣を気に入って使いこなしている。


各々が得意とする武器を手に各自セレスが移動するであろう予想ポイントに移動し始めた。メルの大剣の重量はかなりのものだが、彼女はその重さに負けないスピードでいち早く目的地に到着した。民家の陰から身を潜め、今か今かとセレスの到着を待ちわびていた。暑さが彼女の体力と集中力を徐々に奪い取って行く。待っても現れないセレスに業を煮やし、民家の陰から広場中央へ飛び出した。もし、弓で攻撃してきてもここであれば、見通しが効き大剣でも弾きかいせる。


「ああ、メルったら。我慢出来なかったのね。まったくあの子は・・・。」


付き合いの一番長いレイラが呟く。彼女が認識するメルの弱点は長期決戦に弱いこと。何事もストレートで豪快な彼女の長所とは裏腹に待つことが苦手であり、隠れることも本来のポリシーにそぐわない。この結果は予想の出来る範疇だった。


「まあ、彼女のフォローは今回もわたくしの役目ということですわね。」


ちょうど、陽が頂点に登る頃、その場に異変が起きた。


メルが周囲を独特の嗅覚で監視し、一つの違和感に辿り着いたその時だった。この演習場にはこの地域でポピュラーな町の建物や井戸、塀などが再現されている。その中の井戸に違和感を覚えたのだ。誰もいないはずの井戸の中にロープが掛かっている。その視線を落とした瞬間。正にそれは起こった。咄嗟に風きり音のする上空を見上げる頭上に照りつける太陽が邪魔をする。


「ズドン」


数秒風きり音がした後、目の前の地面には矢が突き刺さっていたのである。メルは思った。もし本当の戦闘なら確実にやられていた。


その瞬間、教官よりメルの失格が告げられた。しかし、教官もどこから射られた矢なのか検討がつかない様子。当のメル本人も矢の向きから頭上かとしか思えなかった。しかし建物の上の警戒は怠っていない。何より、事前の作戦会議で建物の屋根と中は要注意エリアとなっており、他の3名が分担して見張っている。


そして感の良いメルは教官より先に矢の射られたであろう場所にようやく気づいた。


「井戸の中か!」


その声に呼応するかのように井戸の中に垂れていたロープが動き始めた。


「よっと!」


「井戸の中から放った矢が放物線を描き、僕を狙ったというのか!とても信じられない・・・。」


「その通りだよ、メル嬢。」


そう言って井戸から這い出てきたセレスは手を払いながら答えた。


「しかし、どうやって僕の位置を特定したんだ。気配で接近が分かったとしても、正確に射られるものか!」


「メル嬢、あなたの美貌に答えて種明かしをしたいところだけど、そんな暇は無いようだね。後でレイラ嬢に聞くといい!っと。喋ってる間に攻撃とは中々に大胆。とても名高い騎士様とは思えませんね!」


セレスがメルとの会話に気を取られている間にレイラは接近を試みた。彼はまだ武器を手にしていない。今ならこの二振のマインゴーシュで背後をつける。


「あいにく、わたくしは騎士の前に生粋の狩人ですの。追いつめられた獲物を見ると体がゾクゾクしてしまうのですわ!ですから獲物は獲物らしく大人しく狩られなさいっ!」


「はっ!」


セレスは手にした弓を使い短剣の二連撃をかろうじて防いだ。


「せっかくこの日の為に作った弓が壊れてしまった。やっぱりあなたが一番要注意ですね。戦場が良く似合う顔だ。弓を禁止して正解でした。」


「そう、それはどうも褒め言葉として受け取っておきますわ!でもその減らず口もこれで最後ですわ!せいっ!」


彼女はマインゴーシュの一方を喉元に、もう一方を首筋に、入れたはずだった。しかしそこに彼の姿は無かった。セレスは上体を器用に反らし、そのまま後ろに回転していた。


「避けるのは上手みたいですわね。


「ふうっ。やるね〜。でも勝負はこれからだよ!よっと!」


ようやくセレスは壊れて投げ捨てた弓から背中の槍に武器を換装した。


「あなたに槍が扱えるのかしら?」


「それは、レイラ嬢自身で確かめてみたら如何ですか?」


「では遠慮なく!でや〜っ!」


レイラは間合いを詰めようと脚力の力を抜き、先程よりスピード上げて前に踏み切った。しかし、槍の軌道に邪魔され、前進出来ない。


「中々の槍術ですわね!」


レイラは内心焦っていた。獲物のマインゴーシュは近接戦でスピードを活かした場合、より効果を発揮する武器。目の前の男はその優位性を封じるため、槍を武器に選んだ。さすがね、セレス・キャンベル・・・。でもあと数回のうちに必ず間合いを掴んでみせますわ!


そして、彼女は間合いを掴むため、数回突撃を試みた。そして、体勢を低くし、セレスに向かって飛び込む。どの軌道で攻めて来るかは十分把握出来た、はずであった。しかし、あろうことか、彼女が掴んだ間合い以上の長さで槍が飛んできたのだ。実際には飛んではいないが、そのぐらい槍が急激に伸びた。レイラはかろうじてバックステップで避けたが、その槍先はレイラの首の横を裕に通過していた。


「レイラ・オースティン中尉、そこまで!」


遠くから戦いを見届けていた教官の一人がレイラの敗北を告げた。


「種明かしはして頂けないのかしら・・・。何となく予想はつくけど。」


「多分、レイラ嬢の思った通りだと思いますよ。それに少しだけアクセントを加えていますけど。」


「今後の参考に後で教え頂戴。セレス・キャンベル。キャンベルの名を継ぐもの、か。」


「今はそうも言っていられないので種明かしは今度ベッドの中で!よっと!」


「セレス・キャンベル。いざ尋常に勝負!」


「うわっ、今度は二人掛かりですか!よっと!」


セーラとリーナはセレスを挟み込むような位置で間合いを取っていた。



「武器を変える時間くらいは与えますよ!」


「では、お言葉に甘えて!」


セレスは残りの手持の武器、長剣に持ち替え、槍を適当に放り投げた。その槍はちょうど先程捨てた弓に覆い被さった。


「でも良いんですか、そんなに余裕を見せてしまって。全員で攻撃するのがセオリーと思っていたのですが、既に二人脱落されました。セレス嬢の勝利を確信する前に、僕は攻めて来るべきだと思ったんですがね。」


「今となっては確かにそう思うわ!でもあなたを侮ることをやめたので、二人掛かりで行くことにしたの。これでも随分あなたへの評価を変えたのよ!セレス・キャンベル軍曹!」


「それは再評価ありがとうございます!ではこちらもご期待に答えるとしましょう!」

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