第2話 キャンベル卿の思惑

「おはようございます、セーラ様。」


「おはよう!リーナ。今朝も早いのね。」


「はい。先日の男についての情報を整理しておりました。」


「さすがリーナ。たった一晩で調べたのね!さすがキャロル家。」


セーラの言葉にリーナは照れたようにはにかみながら、自分が集めた情報をどう伝えれば良いか判断しかねていた。リーナ自身、この小隊において戦闘技術で他の三人に敵わないことを自覚している。それでも尚、この隊にいることを自分自身許せるのは、他の三人より優れた点があることを自負しているからである。その一つがこの情報収集能力である。リーナの家柄であるキャロル家は、イストリア帝国において人脈の広さに定評がある。その人脈を駆使することで大抵の情報が手に入るのである。とはいうものの、今回調べた内容に不鮮明な箇所があるため、セーラへの報告が一瞬躊躇われた。彼女は基本的には完璧主義者で調べたいことはとことん調べる質である。そのことは情報を尊ぶキャロル家の人間であれば当然のことではあるのだが・・・。


セーラはこの後リーナから聞くであろう内容に少なからず興味があった。自分のことをセーラ・アヴァロンと知りながら不遜な態度を取り続けたあの男。一体どのような素性の者であるか、いつになくワクワクしていた。


そのセーラの気持ちを察してかリーナは情報を伝える前に一言だけ彼女に伝えた。


「セーラ様、今回の情報は完璧なものではありません。ですので、その点はどうかご容赦下さい。」


「構わないわ。分かった範囲で結構だから話して頂戴。」


リーナが話し始めようとしたところで、残りの小隊メンバーであるレイラとメルが到着した。何やらこれから面白い話しが聞けそうだと嗅ぎ付けたメルがいち早く二人の元に身を乗り出した。


「セーラ様、リーナ、おはよう!何やら楽しそうな話をしているみたいだね!混ぜて混ぜて!」


「メルったらはしたない。セーラ様、リーナ、おはよう御座います!」


といってメルの体を引っ張り戻し嗜めた。


「いや、だってさ。セーラ様のこの楽しそうな顔、レイラは興味無いのかい?」


「確かに興味はありますが、ものには順序というものがあるでしょう!」


「相変わらず、固いな〜!で、でっ!リーナ、どんな話しをしているんだい?」


リーナはまだ何も話していないのに、メルのこの食いつきようである。彼女はメルに向かってビシッと手を前に出し、こう告げた。


「もうメルったら。まだ何もお話していません。これからお伝えするところです。」


リーナをそう言って言葉を続けた。


「昨日の男について調べた情報をこれからお伝えするところです。ですので静粛にお願い致します。」


それを聞いたレイラがメルの口を手で塞ぐと、どうぞ続けて下さいという雰囲気でリーナに向かってウィンクした。」


「では続けさせて頂きます。昨日会ったあの無礼な後輩ですが、名をセレス・キャンベルと言うようです。」


「キャンベル家?どこかで聞いたことあるような名前ね!」


「はい。多分貴族の皆さんならご存知かと思います。キャンベル家とは過去に貴族として名を馳せた名家です。」


「でもそれなら、この士官学校でも話題になっていると思うんだが・・・。」


メルは至極当然のことを口にした。


「そのことについてはこれから説明させて頂きます。キャンベル家は先程申した通り過去に栄華を極めた貴族。最後の当主は変わり者だったと聞きます。子孫を作らず自分の代で家と財を解体したのです。その際、彼はある施設を設立致しました。」


と、リーナが話しを続けようとしたその時、顎に指を当てながら考え耽っていたレイラから掌を叩くと同時に声が発せられた。


「キャンベル孤児院?」


「さすが、レイラね。わたしも今気づいたわ。」


レイラが反応したのと同時にセーラも気づいたようである。その傍らにいるメルだけはポカンとその状況を見守っていた。


「そうです。お二人の言う通り、キャンベル孤児院の母体はその名の通り、キャンベル家の財が母体となり設立されました。彼の尽力により多くの貴族の強力を得て、今も尚存続している施設ですね。わたくし達の家も少なからず関わっていると思います。」


「なるほどな。で、その、キャンベル孤児院出身の子供は皆、キャンベルの姓を名乗れるという訳か!」


と、頷きながら言うメルに対して、リーナは否定の意味を込めて首を横に振った。


「メル、それは違います。もし施設出身者が全員キャンベル姓を名乗った場合、どのようなことが起こると思いますか?」


「う〜ん・・・。」


「差別や偏見ね・・・。」


メルが考えていると、その答えを見つけたセーラはすぐに反応した。リーナもその解答に満足し、話しを続ける。


「そうです。もしキャンベル姓を名乗った場合、孤児院出身ということを容易く周りに知らせることになります。ですので、施設出身者は卒院後、好きな姓を名乗ることを許されているのです、唯一つの例外を除いては・・・。」


「例外?」


メルは想像がつかなかったようで、すぐに問いかける。


「はい。例外です。これは設立当時からキャンベル孤児院に伝わる遺言、のようなものでしょうか。とにかく、ある条件を満たした者が孤児院内から出てくるようであれば、キャンベル姓を名乗らせなさい。また、そのような人材が生まれた場合、士官学校へ入学させ、金銭的な補助をしなさい、と。」


「つまり、それがセレス・キャンベルという男ということか。」


「その通りです、メル。ただ、その条件というのが非常に厳しくて彼以外にキャンベル姓を受け継いだ者は今までにおりません。」


「本当なのリーナ?わたくしが知る限りではキャンベル孤児院の歴史は300年に及ぶと聞くわ!その間、一人だけというのは到底考えにくいわ!」


「はい、レイラがいうことも最もです。わたくしも条件を調べるまではそう思っていました。しかし、その条件を知れば、そう容易く輩出されないことが分かります。」


「どのような条件なのかしら?」


興味を持ったセーラはリーナに声を掛けた。


「その条件ですが、前提として、まず孤児院内で毎年各適正テストが行われます。適正内容は多岐にわたり、剣術、槍術、弓術、体術などの武を主体としたテスト、文学、歴史、言語、チェスなどの文を主体としたテストから構成されます。このテストで将来どの方向に向いているかをチェックしています。もちろん、順位などは公表しませんが、テストですので、実際には順位が存在します。この内部順位で5年間トップになるものがいた場合、その後の面接資格を得ることが出来ます。そして、その面接を経て、相応しいと認められた者に関しては、本人の意志に関わらず、キャンベル姓を名乗らされます。」


「つまり、本人にその意志が無くても、キャンベルの姓が与えられ、帝国士官学校への入学が必要、ということか。でもそこは本人の自由では無いのか?それだけの者ならば何でもなれそうな気がするが・・・。」


「そうですね。確かにメルの言う通りなのですが・・・。もし、その申し出を断った場合、孤児院はその返答を以て解散されるそうです。」


「なに?それはどういうことだ!」


「メル、落ち着いて下さい。つまり、彼がもし入学を断った場合、孤児院に未来無しと捉えられて、解散する!ということです。このことは設立時にキャンベル卿がお決めになったようです。」


「なるほどな。キャンベル卿という人物について良く分からないのだけれど、このイストリア帝国の将来を憂えて、より良い人材は輩出するため、設立された孤児院である。またより優秀な者が現れた場合には国の発展に寄与すること、そんなところかしら。」


セーラは今までの話しの内容からそう結論付けた。


「その通りで御座います。つまり、セレス・キャンベルはキャンベル卿が探し求めた人物ということです。本人が望むと望まないと従わなければ、孤児院が解体されます。そうした場合、国にとっても、今後生まれてくる孤児にとっても不幸がまっていることでしょう。この孤児院に入れれば、卒院するまで衣食住に困ることはなく、適正な職業に就くことが出来るのですから。」


「ちなみに先程面接と言っていたけれど、どのような方がするのかしら?興味があるわ。」


「それについてはわたくしも調べがつきませんでした。」


リーナは皆に申し訳なさそうに答える。


「いえいえ!リーナが分からないのであれば、この国で知り得る者はいないですわ!」


レイラはリーナはよく調べたと彼女の頭を撫でた。


「リーナ、知っていたら教えてほしいのだけれど、その、彼はいつその孤児院に入ったのかしら?」


「はい。それについては調べがついております。わたくしが確認したところによると齢10歳で入院したことが確認出来ました。つまり、10歳から15歳の五年間で試験と面接を突破し、16歳でこの士官学校に入学しております。ですので、年齢は我々より1歳年下ということですね。」


「ちなみに孤児院に入る前の素性はどうなんだい?」


「メルも興味を持ったようにわたくしも調べたのだけれど、それがまったく辿れなかったの。お答え出来なくてごめんなさい。」


「リーナ、気にすること無いわ。よく調べたわね。」


あの男の妙な自信についてセーラは何となく納得した。


「はい、セーラ様。そう言って頂けると嬉しいです。」


「とにかく、今リーナから聞いた情報によると、セレス・キャンベルという男の経歴侮れないわね。もし、その試験が本当だったとしたら文武に長けたオールラウンダータイプかもしれないわ。4対1とはいえ、気を引き締めて行きましょう。」


講義が終わり、リーナは更なる情報と作戦立案のため、士官学校の敷地を後にしようとしていた、その時、突如噂の人物が目の前に現れた。


「ごきげんよう、美しいお嬢さん。リーナ少尉と呼ぶよりもリーナ・キャロル嬢の方が僕は好きだな!」


「やはり、わたくしのこともご存知のようね!あなたなぜ道化のフリをしているの?講義をサボったり、何も知らないフリをしたり・・・。」


「フリとは失礼な。僕はそういう人間だよ!だから君に興味を持った。小隊きっての戦術担当の君に。」


「あらそう。でも、わたくしはあなたにまったく興味はないのだけれど。」


「なるほどね。確かに僕への興味は無いようだけれど、セーラお嬢様のことに関してはどうだろうか?少しは興味湧いた?」


「あ、あなた!何を言っているの?あなたが知りうることをわたくしが知らないとでもお思い?」


「例えばこんな話しはどう?」


セレスはすばやくリーナとの距離をつめ、耳打ちした。


「あ、あなた!セーラ様に何て破廉恥なことを約束させたの?今すぐ撤回なさい!」


「良いんですか?昨日僕は彼女と3つの約束をした。その約束の1つを反故にするといことは彼女の意志に反するのでは?それに今回の模擬戦負けはないのでしょう!」


リーナはこの男が言うことが最もであったので、押し黙った。


「でも、僕も鬼じゃない。リーナ少尉のセーラ中尉を慕うという上官思いの気持ちは痛い程分かります。ではどうでしょうか?もし、僕に負けた場合、あなたが彼女の代わりにキスするというのは?」


「良いでしょう!もし天地がひっくり返ってそのようなことが起こったなら、その通りにしましょう。その代わり、先程の約束はお守りなさい!」


「了解致しました、セーラ嬢。その代わりセーラ嬢もこの約束、他言無用にお願いしますよ!」


「騎士に二言はありません!あなたと話していると不愉快になりますので、この辺で失礼致します。」


セレスはリーナが去る背中を見送ると一人呟いた。


「あと二人か。これから楽しくなるな♪」

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