エリュシオンサーガ
@Alicechan
第1話 美しき貴族令嬢との出逢い
「セーラ様、こちらです。こちらにすごく美しい景色の見られる場所があるんです。王都を一望出来るんですのよ!」
彼女は嬉しそうにセーラと呼ばれる少女にそう説明しながら、道案内をしていた。
「リーナ、そんなに手を引っ張らないで。そのような場所に行ってみたいって言ったのはわたしだし、逃げたりしないわ。だから、もう少しゆっくり行きましょう。そんなに駆け足では他の者も息を切らしているじゃない。だから、ね!リーナ。お願い。」
そう言葉をかけるとようやくリーナと呼ばれる女性は握っていた手の力を緩めた。
「セ、セーラ様、し、失礼致しました。ほ、本当に申し訳御座いません。わたくしったら、嬉しさの余り焦ってしまい、このような失礼なことを・・・。」
そしてようやく歩みを止めると後ろから後を追っていた少女達二人も息を切らしながら追いついた。
「リーナ、酷いじゃない。いきなりセーラ様を引っ張って走り出すなんて・・・。追いつくのに苦労したわ。そのような素晴らしい場所をすぐにお見せしたいという気持ちは分からなくは無いけれど、まだお茶会の途中でしたのよ。まったく・・・。」
「レイラ、メル、ごめんなさい。わたくし嬉しくって、つい・・・。」
メルはそんなリーナに目を合わせて言葉少なにこう答えた。
「僕は気にしていないよ。寧ろ良い運動になった。」
「まったく、メルはそう言っているけど、今後は気をつけなさい。」
レイラはリーナにあきれ顔でこう答えた。
その言葉に少しの間反省の意を示し、リーナは再びセーラの手を取った。
「セーラ様もう少しです。あの木々の開けた間を抜けると美しい丘が広がっているのです。」
そしてようやく四人は歩調を合わせてリーナが指差すその丘を目指した。
そこは人が足を踏み入れたことも無いのではないかというくらい、花が咲き誇る美しい丘だった。
「どうです?セーラ様。綺麗な丘でしょう。それにこの先から眺める景色はとても美しいんです。」
「え、ええ。確かに美しいわ。まるで物語に出てくるエリュシオンのようだわ。それにこの景色。本当に王都を一望出来るのね!」
「へー。リーナの目も満更では無いようですわね。」
「うん。まさかこの士官学校の敷地内にこんな場所があったとは確かに驚きだね。うんうん。」
とレイラとメルも続けて呟いた。
リーナがそれぞれの言葉を聞いて満足げに胸を張る。
「ふぁ〜あ。人がせっかく気持ちよく眠っているのに邪魔をするやつは・・・。」
全員がビクリとする。それもそのはずである。ここには自分たち四人しかいないと思っていたのだから。
「だ、誰?」
四人の少女は素早く得物に手を伸ばし身構える。
「いや、何ね。人がせっかくお気に入りの場所で惰眠を貪っているのに、妨害されたとあっては僕も黙っていられないのでね。声を掛けさせて頂いたという次第さ。よっと!」
花の中から飛び上がり現れたのは、無精髭を生やし、無造作に伸ばした同い年ぐらいの男だった。この学校の制服を着ているところを見るとどうやら関係者らしい。
急に現れた男に皆一瞬たじろいだが、皆一呼吸置き平静を取り戻す。中でもセーラはその男にいち早く目を向け、男の言葉に反応してみせた。
「ふーん。どうやらあなた、この学校の生徒のようね。階級は・・・。そう、下士官。まずあなたに先程の考えを改めて貰わないといけないわね。まず、この場所は士官学校の敷地であること。つまりこの学校に所属するものであれば出入り自由。それにここで睡眠を取っていたようだけれど、それも間違い。下士官であるあなたは本来この時間は訓練中のはず。そして私たちはそれを咎めることの出来る上官という訳。この意味が分からない程、あなたは愚かではないのでしょう?」
セーラを見守る3人の少女は、彼女の発言に関心しながら、男を強く睨んだ。そしてセーラ自身も男を咎めるように見据えた。
「なるほどなるほど。可愛い上官様が四人がかりで起こしにきてくれるとは、考えようによってはすっごく贅沢な体験かもしれないね。うんうん。」
「あなた、何を言ってらっしゃるの?」
半ばあきれた様な口調でセーラはそれに答えた。
「いえいえ、思ったことを言ったまでですよ。それにあなた達は僕の直属の上官でしょうか?そんな規則がこの士官学校にあったかな?」
そう言いながらその男は胸ポケットから士官手帳をわざとらしくペラペラ捲る。
「確かに。直属の上官ではありません。ですが、通常自分より位の高いものからの忠告は素直に従うものです。それとも力づくでなければ従うことが出来ませんか?」
セーラは男の減らず口に冷静に答えた。
「おお、恐い恐い。四人の女性から同時に殺気を感じるというのも中々味わい深いですね。もし、お望みならば、決闘、お受けしますよ!条件は唯一つ、僕が勝ったなら、あなた達のこの場所から永久に撤退を要求します。何せ、この士官学校で唯一お気に入りの場所なんで。決闘はこの士官学校に置いて唯一無二の不文律と伺っていますが、違いましたか?」
その言葉を聞いたセーラの顔つきがガラリと変わる。
「ほう。あなたはこのわたしに決闘を挑もうというのですね。上官の言うことを聞くのもこの学校の不文律をわたしは理解していましたが、そこまで言うからには覚悟がおありということですわね。ちなみにあなた、わたしのことを知っていての発言なのかしら?この学校でも少しは名が知れていると思ったのだけれど。」
「いえいえ。あなたのような美しくも気高い女性、今の今まで存じ上げませんでした。もし知っていたのなら、もう少し出会うタイミングを見計らっていたでしょう。それにお連れの三人もそれぞれ個性があって美しい。」
それまで黙って見守っていた三人もそれぞれ得物を手に取り男に怒りの目を向けた。
「その軽口いつまで叩けるかな?」
青髪のボーイッシュな少女メルは後輩を嗜めるかのようにそう答えた。
「良いわ。決闘方法任せます。そのぐらいのハンデを上げなければ、上官が下士官を虐めているように映ってしまうものね。あなたもこの士官候補生なら知ってると思うけれど、決闘方法は三つ。一つはお互いが互いの武器を持っての近接戦闘。もちろん命を取りはしないわ。ただし、恐怖をその身に刻み付けるかもしれないけれど。二つ目は小隊単位での模擬戦。こちらは論外ね。あなたが下士官という時点で小隊を持ち合わせていないでしょう?あとは、盤上戦闘。つまりチェス、頭脳戦ね。まあ、どの方法でもあなた相手に負ける気がしないだけれど・・・。」
「なるほどなるほど。随分太っ腹な対応ですね。僕も、どの方法でも良いのですけど、そうですね。選ばせてくれるのなら、最も面白そうなものが良いですね。では模擬戦はどうでしょうか?」
その答えにセーラは半ば飽きれていた。なぜなら模擬戦を行うのであれば隊が必要なのである。その隊を持つには上級士官でなくてはならない。つまり下士官の軍服を着ている目の前の男はその土俵に立つことすら出来ないのである。そんなことも理解出来ない程、目の前の男は愚鈍なのか。それとも何か・・・。
「先程も言った通り、あなたは隊を持っていないと思うのだけれど。模擬戦の意味をご存知かしら?」
「もちろん。お互いの隊、つまり少尉のように小隊単位で行う戦術を競う訓練であります、上官殿。僕の言った意味で間違いがありますでしょうか?」
「間違っていないわ。」
「ですので、小隊を持たない僕は一人で、上官殿は四人の小隊で、という意味で言っているんですよ。」
その瞬間、後ろで控えていた三人の頭の何かがぶち切れるような音がした。本当にした訳ではないが、それぐらいの発言を目の前の男がしたのだ。その空気を察したセーラはすぐさま自分の手で彼女達が前に出るのを遮った。
「ふふっ、ふふふふっ。面白いわ。」
いつも冷静なセーラの目が切れた。
「まあ、わたし達のことを知らずに発言しているので、その軽口が出てくるのかもしれないけれど、あなた、一対四で模擬戦勝負をしようと言うの?到底勝ち目がある勝負とは思えないのだけれど。」
「勝敗は神のみぞ知る、まだしてもいない模擬戦の勝敗を決めつけるのは早計だと思いませんか?」
「良いわ。あなたがそこまで望むのなら受けて立ちましょう。ハンデくらい付けてあげるから、希望があれば何か言ってみなさい。」
「では、お言葉に甘えて。先輩方が携帯している武器を見ると飛び道具を得意とする方もいらっしゃるようですね。もし可能なら先輩達は近接武器限定での模擬戦にしていただけないでしょうか?」
その視線はレイラに向いた。
「セーラ様、わたくしは構いませんことよ。わたくしの剣技についてはセーラ様もご存知かと思いますわ。」
「良いでしょう。その条件飲みましょう。他には無くて?」
「そうですね。模擬戦の日程は、そうですね・・・。3日後の午後3時頃で如何でしょうか?ちょうど授業も終わっている頃ですし。」
「問題無いわ。でも今授業を受けていないあなたのセリフとは到底思えないわね。」
「はははっ、皮肉を言わないで下さい。それから、もう一つ!」
「貴様、調子に乗るなよ!」
長刀を構えているメルの眼光が一層鋭く光る。
「メル、良いわ。聞きましょう!」
「上官殿、ありがとう御座います。ではお言葉に甘えて・・・。でもこの場では少々言いづらいので、少々お耳を拝借出来ないかと・・・。」
「良いでしょう。言うだけ言ってみなさい。ただし、妙な動きをした場合、レイラ、良いわね!」
「はい、いつでもこの不埒者を射抜く準備は出来ていますわ!」
そう警告するとセーラは気持ちを抑え、男に歩み寄った。
「ではお耳を拝借・・・」
「ふふっ、ふはははあっ。良いでしょう。あなたがわたし達に勝つことが出来たなら甘んじて要求を受け入れましょう。ただし、その時は永遠に来ないでしょうが。逆に聞くけど、あなたが負けた時はどうするの?」
「煮るなり、焼くなり、お好きにしてくださって構いません。」
どうしてもその内密の約束に黙っていられなかった少女が口を開いた。
「セーラ様、その者はどんな要求をしたのですか?」
「安心なさい、リーナ。永遠に叶うことの無い戯れ言よ。」
リーナはその要求の中身が気がかりであったが、セーラの自信に満ちた顔からその心配を振り払った。
「では今の三つの約束お忘れなきよう、セーラ・アヴァロン中尉殿。」
男は何事も無かったかのようにその丘を後にした。
「セーラ様、すみませんでした。わたしがこのような場所に連れてきたばかりに・・・。」
「良いのよリーナ。それにしてもここは本当に良い場所ね。模擬戦後にでも皆でピクニックでもしましょうか!」
言葉とは裏腹にセーラは男の最後の言葉が気になっていた。彼は確かにーセーラ・アヴァロン少尉ーと言っていた。男はわたしの素性を知っていたのだ。わたしの素性を知るということは実力や家柄を知っていてもおかしくは無い。その上で尚、勝算があるのだろうか?そんなことを考えていると、三人がセーラの顔を覗き込んでいた。
「では皆さん、そろそろ戻りましょうか?ティータイムの続きでも致しましょう!」
セーラはそう言って三人にいつも通りの笑顔で応えた。
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