第19話 現着 水族館の攻防?
移動中に、朔間緑子たちは説明を受けた。現場は水族館だという。それ以外のことはわからなかった。説明をしなかったのではない。車中がにぎやかになりすぎて、誰も聞き取れなかったのである。
車中で、またも飯塚がヘリコプターに乗せろと騒ぎだしたのが発端だった。緑子も賛同したが、次回は必ず載せるからという中谷の泣きながらの説得に、しぶしぶ納得することになった。
「……残念だね」
篠原の述懐だった。
「ヘリか?」
我が意を得たりと身を乗り出した飯塚だが、篠原は首を横に振った。
「……さっきの」
「ああ。この子のことですわね」
波野が、朔間の背をぱんぱんと叩いた。緑子が飛び上がって驚いた。
「それどころじゃあないよぉ」
緑子は珍しく正論を述べたつもりだったが、まっとうな意見が聞き入れられることはなかった。
「おっさんがいなければなぁ。ここでもいいんだけどよ」
「目隠ししちまえばいいだろう」
早房はだるそうに言った。疲れているのではなく、もう飽きてきているようだ。
「誰が運転するんだよ」
「それもそうか」
大きく欠伸する。ちょうどその頃、護送車が現場に到着した。今回も、事件の内容までは話が及ばなかった。担当責任者の中谷は、既に諦めているようだった。
緑子たちが護送車を降りると、水族館の職員らしい男が駆け寄ってきた。
「被害者は出ているんですの?」
波野が間髪入れずに聞いた。中谷が背を向けた状態だったため、その男が応えた。
「いえ。人には出ていないんですが……とにかく、見ていただけませんか」
「そうか。なら、案内しろ」
「はい」
飯塚に言われ、実際にはかなり年上のはずの男が、迷いなく駆けて行った。まだ何も説明は受けていない。朔間緑子が、さすがに気を使って中谷を振り返った。
「何か、付け加えることは?」
「いや。今回については、見て貰うしかない。とにかく、君達の手にしか負えないことは確かだ」
「どうするよ」
早房が左腕を持ち上げた。獣の力を覚醒させるための、腕時計型の装置だ。
「後でいいんじゃありません? 居場所ははっきりしているのでしょう?」
「まずは案内して貰って、それからってことで。ね」
もっともなことを言う波野の声に苛立つ早房と飯塚を、落ち着かせようと緑子は笑いかけた。
「ま、どうでもいいけどな」
付き従う警視庁警部補を尻目に、5人の少女達は並んで気楽そうに歩き出した。
夜、明かりの落とされた水族館というのは、気持ちのいいものではなかった。あちこちの水槽に、珍しい水棲生物が飼育されている。近寄らないと見えないが、暗がりで浮き上る姿は、不気味そのものである。
「あっ、カブトガニ!」
「珍しくもありませんわ。家の池にも、たくさん泳いでいますわよ」
「それは嘘だろう? 鯉ならともかく……お前、ほんとにお嬢様なのか?」
目を見開く飯塚に、反応したのは緑子だった。
「そうだよ。すっごいお屋敷なんだから」
「それほどでもありませんわ」
「へえ。カブガニって、庭の池で飼えるものなのかぁ」
早房も、あんぐりと口を開ける。暗い水槽で、不気味な甲殻類は無表情を貫いていた。自分が話題に上がっているなど、知らぬ顔である。
「……そんなわけないよ」
「あら、さすが篠原さん、おわかりになります?」
「てめぇ、おちょくりやがったのか」
「あら、わたくしは朔間さんに申し上げたのですわよ」
「……波野さんの家に、遊びに来るように?」
波野が、篠原をきっと睨んだ。
「わたくしの心を読んだんですの?」
「読まなくてもわかるだろ。っていうか、白状しやがった。朔間、気をつけろよ、あいつ、狙っているぞ」
早房が緑子の肩を抱く。お下げ髪の少女は身をすくめた。
「みなさぁん、こちらですよぉ」
水族館の職員は一人で遥か前を行っていた。中谷は、心底その男に同情しているようだったが、力になってやることができるはずがない。カブトガニの水槽から一同が離れたのは、もうしばらく後だった。
「あっ、お土産物売ってる。あのペンギンのぬいぐるみ、可愛くない?」
「……うん」
朔間の声に、篠原の黄色い頭が縦に振られた。
「なんなら、買って差し上げましょうか?」
「ほんと?」
波野の言葉に嬌声を発する緑子に、飯塚が耳打ちする。
「気をつけろ。下心があるぞ」
「なんですって!」
緑子が一歩離れたため、波野はいきり立って声を張り上げた。
「だいたい、店員がいないから買いようがねぇだろ」
「心配するな」
飯塚のもっともな言葉に、早房がタバコに火をつけながら反論した。
「ただでくれるってよ」
「ほんと?」
「なあ」
早房が振り返った先には、水族館の職員がいた。まごまごしている、としか表現のしようがない態度だった。早房はタバコの先端を気難しげに上下させ、額に縦皺をつくった。
「あの……上と相談します」
消え入りそうな声に、早房は怒声で応じた。
「相談じゃねぇだろ。説得しろよ」
「あ……はい……」
「なっ」
緑子を振り返った早房は、タバコを口にしたまま口角を広げて笑顔を作っていた。早房が笑うこと自体、めったにないことだ。
「うん。ありがとう」
「……私も……欲しい」
篠原のつぶやきに対して、珍しく波野が応じた。
「大丈夫ですわよ。きっと人数分くださるから。ねえ?」
水族館員は、今度は赤面しながらうなずいた。
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