第18話 途切れる日常
朔間緑子の携帯電話が鳴った。他の4人のものも同様である。同時だった。
「やっぱり来たか」
この現象で、考えられることは一つだけだ。
「残念ですわね」
言ったのは、波野である。旧作ゲームに見事にはまったところだったのだ。
『出動だ』
切れる。
「ちっ、中谷め。偉そうに」
早房が舌打ちした。中谷警部補は、五人の世話役である。警視庁勤務の警官で、実質的には上司といってもいいが、女子高校生達の身分は自衛隊に預けられた形になっているため、立場上世話役にすぎない。
ここにいる誰一人として、中谷に敬意を払っていない。そのことは、立場的に正式に上司であったとしても、なにも変わらないだろう。
「よかったなあ飯塚ぁ。泉に会えるな」
「あいつはまだ入院中だよ」
肩を叩いた早房に飯塚が他意なく答えたが、波野は聞き逃さなかった。
「最近、否定なさらないのね。何かおありなの? お二人の仲が進展なさったのかしら」
「ち、違げぇ。そんなこと言っている場合か! ほら、行くぞ」
真っ赤な顔をして否定する飯塚は、これ以上余計なことを言うのを避けるように部屋の外に向かった。
「私のロープ、解いてよぉ」
朔間が、情けない声を上げた。
篠原美香だけが私服だったため、制服に着替える間、4人が先に部屋を出た。出動のときに制服に着替えるのは、いつの間にか浸透していた。中谷の思惑通りではある。
玄関で篠原美香の両親に、丁寧に挨拶された。波野には深々と頭が下げられ、朔間は手をしっかりと握られた。早房と飯塚に関しては、どうも見えていないかのようだった。
「なんだか気に食わねぇなぁ」
玄関を出てから、あたかも透明人間のように扱われた、飯塚と早房がどちらともなく呟いた。
「仕方ありませんわ。育ちが違いますもの」
「そういう問題かなぁ」
波野の毒舌に、緑子はフォローにならないつぶやきを発した。
「あら、他に何がございますの?」
「美香ちゃん、あんまり家の人とも話したくないみたいだから、友達ができれば、誰でもいいんじゃない?」
緑子の言葉は、事実ではあっただろうが解決にはならない。飯塚が唇を尖らせた。
「だったら、俺と早房を無視することはねぇだろう」
「うん。そうだね」
「なっ?」
「どうでもいいじゃねぇか。篠原本人がそう言ったわけじゃねぇしな」
早房が結論付け、タバコを取り出したとき、4人の前に護送車が止まった。中谷が顔を出す。
「揃っているか?」
「美香ちゃんが着替え中だよ。それより、こんな車で乗り付けないでよ。私たちが自衛官だって、一応秘密なんでしょ」
中谷は、重要人物を搬送する警察の習慣で、護送車で乗り付けていた。緑子は乗り込む前に、護送車をみるなり苦言を呈した。隣で波野も頷いている。
「ってか、この家で大事件でも起きたみたいだぜ」
早房は、むしろ楽しそうに指摘する。
「……そうだな。すまん」
中谷が謝ったところに、ちょうど篠原美香が玄関から出てきた。何も言わず、護送車に乗り込んだ。
「では、さっさと行きましょ」
「そうだな。お楽しみが待ってるんだもんな」
波野の言葉に珍しく飯塚が上機嫌で答えたのは、これから赴く任務のことではない。敏感に聞きとがめ、緑子が口をはさむ。
「それは、また今度にしようよぉ」
『それ』とは、篠原の部屋で行われつつあったことに他ならない。
「おう。言ったな。約束だぞ」
飯塚が舌を出し、自らの唇を舐めた。
「えっ……やっぱり、止めにしない?」
「……駄目」
たった一言で拒絶したのは、ずっと黙ったままだった篠原だった。
「美香ちゃんまでぇ」
「みんな、あなたのことが大好きなんですわよ」
波野が耳元で囁いた。
「で、でもぉ」
「おい、早く乗れよ」
先に乗り込んで、早房が護送車の窓に顔を押し付けていた。護送車は窓が開かない。押し付けられた早房の顔は、まるで骨がないかのように歪んでいた。任務に忠実、というわけではない。単に堪え性がないのだ。
「おーっ、似合うなぁ、早房。将来のための予行演習かぁ?」
早房が乗った護送車の窓を外から見て、飯塚が茶化した。確かに、逮捕されたかのようだ。
「てめぇ、覚えてろよ」
「おお、いつでもいいぜ」
唾棄する早房に、飯塚は拳をかかげて見せた。
「またぁ、すぐ喧嘩する」
「さっ、参りましょ」
口を尖らせた緑子の耳に、波野が息を吹きかけるように囁いた。囁くだけでは飽き足りないのか、波野は緑子の耳たぶを唇で挟んだ。飛び上がる緑子に笑い声を浴びせながら、色香を振りまく女子高生が車に乗った。緑子と飯塚が最後に乗り込んだ。
「ああ、腕がなるなぁ」
飯塚が指を鳴らした。一番文句が多い飯塚が、実際にはもっとも任務を楽しんでいるようだ。
「思いっきり疲れてくれるといいけど」
「あん? 何か言ったか?」
呟いた言葉を聞きとがめられ、緑子は飛び上がった。
「ううん。急ごうよ」
「……急がなくても、大丈夫」
今度は背後の、黄色い髪の少女が聞きとがめた。篠原美香である。
「そうなの?」
「……なんとなく、だけど」
緑子が振り向いても、篠原はただ窓から外を見つめているだけだった。それでも、緑子には十分だった。
「じゃあ、間違いないね」
篠原の感覚を全面的に信用している。返事をしてくれただけでも十分だ。緑子も篠原と同様に窓に顔を向けた。
護送車の外では、篠原美香の両親が、きわめて複雑な顔で見送っていた。めったに外出しない愛娘が出かけるのは、喜ぶべきことのはずだ。仲間もいる。
しかし、なぜ護送車なのか理解できないでいるらしい。緑子は察して可笑しくなった。篠原美香は、両親には一言も事情を説明していないのだ。
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