第28話 一匹オオカミ、首都高を行く
朔間緑子は上空からの騒音に合わせて、授業中であるのにも関わらず窓際に駆け寄った。
窓を開け、手を伸ばした。
その先に、長く伸びた手が垂らされた。
迷わずつかみ、引き上げられる。ヘリコプターの扉にしがみ付いた。
緑子の握力は、ゴリラと同じく三〇〇キロを超える。しかも体は軽いため、つかめる場所さえあれば、どれほど高所だろうと怖いとは思わない。
「ありがとう、華麗ちゃん。あっ、美香ちゃん」
「……あの先生どうなったの?」
「知らない。職員室に呼び出されたみたい」
体の大部分が外に出たままにっかりと笑う緑子に、篠原が笑い返した。互いに親指の腹を見せ合う。数ヶ月前には、考えられなかった光景だ。
「で、次は誰のとこに行くんだ?」
早房の問いに、緑子は自分の体を引き揚げながら答えた。
「残りは、波野さんだけでしょ。京子ちゃんなら、ここにいるし」
乗り込んだ緑子の足には、飯塚京子が捕まっていた。しがみ付いていた、というわけではない。
飯塚は緑子以上に恐れを知らない。軽々とついてきたのだ。
「飯塚、どうしてお前が朔間の学校にいるんだ?」
「オレの学校、休みだったんだよ。だから……」
「遊びにきたの」
飯塚が言い淀んだため、緑子が後を続けた。早房はさらに問い返す。
「学校にか?」
「悪いか?」
「……いや。お前らしい」
早房は、タバコを口にした。火をつけながら、篠原と中谷に目を向けた。
「じゃあ、最後にお嬢様を迎えに行くか」
「迎えに行けば行ったで、文句言うんだろうぜ」
飯塚が舌を出した。嫌っている、という口調ではない。口角が上がっている。楽しんでいるのだ。
「『わざわざ学校まで、こんなもので乗り付けないで下さる!』って?」
緑子が、仲間の一人である波野潤子の口真似をした。十分に満足のいく出来だったため、一同は笑い転げた。
「でも、私好きだよ。基本的にいい人だし」
「俺達も同じだよ。ま、嫌みな奴には間違いないけどな」
「よし、任せるぞ、運転手」
パイロット席から、景気のよい返事が聞こえた。こんな少女達を客としたのは、初めてのことに違いない。
『犯人は、現在首都方面に向かって進行中。指示願います』
波野潤子を拾い、メンバーが揃ってからしばらくヘリコプターに乗っていると、すでに朔間緑子には自分がどこにいるのかわからなかった。
日も落ち、景色も見えなくなって飽きてきた頃、操縦席の無線から聞き覚えのある声が流れてきた。
「では、戦いやすい場所に誘導いたしましょう」
「でもあれ……戦車だよ。戦いやすい場所に誘導したら、逆に危なくない?」
当然のことのように言う波野に、緑子が口を挟んだ。目標が大きく、交通封鎖されているため、はっきりとわかる。
通常の道路上を、戦車が走っているのだ。波野が首をかしげる。言ったのが飯塚か早房だったら、即座に反論しているだろう。
波野が緑子の言うことを考える前に、篠原が結論づけた。
「……戦車を選んで乗ったわけじゃないみたい。元は……自衛隊の隊員だったと思う。たまたま、近くにあった乗り物が戦車で、運転手もいたから、強引に運転させたみたい。今は……自分が命令したことも理解していないかな。戦車と戦うことにはならないと思う。止めさせれば……外に出て暴れるはずだよ」
篠原は目を瞑ったままだった。オオカミ男の意識をかなり深くまで探っているのだろう。
「なら、強引に止めちまえばいいんだな。運転している奴は、オオカミ男に人間の意識が残っていないって、知らないんだろう」
一人だけ制服ではなく特攻服を着込んだ早房は、タバコを捨てながら笑った。普段から凶悪な笑い方だと囃し立てていた飯塚の笑顔に、よく似ていた。
「そういうことで、よろしく」
緑子が、結論だけを中谷に押し付ける。
「戦いやすい場所って……どこだ?」
全員の視線が、薄く眼を閉ざしたままの篠原に向かった。
「……いま……高速道路に入った……」
「高速道路か。ちょうどいいじゃねぇか。封鎖しちまえよ」
「堪え性がありませんわね。待ちきれないだけじゃありませんの?」
相変わらず皮肉を言う波野に、飯塚は満面の笑みで答える。
「だそうだぜ」
早房が篠原を見つめると、黄色い髪の少女は無表情に首肯した。
「決まりだね」
緑子が手を打ち鳴らす。ごくありふれた小さな拳だが、鉄骨さえへし折るのだ。
「わかった。封鎖する」
中谷警部補は、広い輸送用ヘリコプターの5人の客に命じられて、無線で指示をするために、操縦席に向かった。
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