集団行動の達人が一匹でいた場合

第27話 破られる日常

 警察の地下でアナコンダ男を始末してから、数か月が経過した。すでに何匹も動物へと変化した人間を始末し、5人は強固な絆を持つチームとなっていた。






 学校の屋上でうたた寝をしていた早房華麗の上に、小さな影が落ちた。日はまだ高い。午前中である。当然のことだが、授業時間中のことだ。


「う……ん?」


 若干色っぽいと自覚している声を出しながら、早房は薄く片目を開けた。豪快な音が聞こえる。太陽に重なり、楕円形のシルエットが影を落とす。

 ヘリコプターだった。町中で見かけるにしては、大きなものだ。

 誰か、知り合いでこだわっていた者がいたはずだ。精悍で凶暴なある少女の顔を思い浮かべ、口元を吊り上げた。


 次第に大きくなってきた。音も、シルエットも。

 煩くて寝られない。こらえ性のない早房は、怒鳴りつけたくなった。だが、見たことがある何かがいるような気がして思いとどまった。

 すぐに、迷彩模様の外装がはっきりと視認できる位置に来ていた。日の丸の紋様も描かれている。所属先は考えるまでもない。


『早房さん』


 頭の中に、直接声が響いた。

 篠原美香に違いない。

 飛び起きた。仲間の一人篠原は、人の心を読む力を持つ。最近では、伝えることもできるようだ。

 早房のほうは、返信できるような能力はない。もっとも、早房が考えるだけで、篠原なら読み取ることもできるのかもしれないが。


 屋上の上で立ち上がり、仕方なく軽く手を振った。気づいたのか、ヘリコプターが急降下してきた。

 頭上一〇メートルほどまで接近して来たが、ヘリポートでもない学校の屋上に降りることはできないだろう。早房は、軽く掲げた腕を、投げつけるように振り上げた。

 腕そのものが、まっすぐに伸びていく。ヘリコプターの外装に手の平が当たった。腕を縮める。ヘリコプターの外壁に張り付き、乗り込んだ。






「よう。仕事か?」


 早房華麗を待っていたのは、世話役の中谷警部補と、黄色い髪をした篠原美香だった。


「……うん。オオカミ男」

「そりゃあ、見ものだな。飯塚あたりが燃えそうだ。他の連中は?」

「……まだ。回収するのに、早房さんがいたほうがいいから」

「なるほどな」


 体が伸びる早房は、ヘリコプターの移動に最適なのだ。自衛隊所有の大型ヘリコプターが市街地に気軽に降りるわけにはいかない。篠原が先に乗り込んでいたのは、メンバーの位置を的確に把握することができるからだろう。


「じゃあ、次は朔間か?」

「……うん」

「波野君の学校が近いんだが」


 中谷が口をはさんだが、当たり前のことのように無視された。早房がパイロットに指示する間、篠原が携帯電話をかける。


「あいつには、迎えに行くことを知らせておくのか?」


 早房のもとには突然来たのだ。確かに、学校の屋上にいることを篠原が把握していたのであれば、連絡する必要もないと感じたとしても無理はない。しかし、面白くはなかった。


「……他の人の番号、知らないから」


 篠原の答えは、至極まっとうである。


「それもそうか。じゃあ、後で教えておく」

「……うん……あ、もしもし?」


 黄色い髪の少女が持つ小さな機械から、朔間緑子の元気な声が聞こえてきた。

 相変わらずだ。お下げ髪を思い出し、早房は自然と口元がほころぶのを止めようとも思わなかった。


『美香ちゃん? なに? すごい音がしてない? それより、まずいよ、今授業中だもん。あっ、先生、大切な用なんです。スマホ取り上げないで』

「……今から、そっちに行くから」


『えっ? 駄目、先生、止めて。そんなことすると、あの日の夜のこと、奥さんに言っちゃうから』

『朔間! いつ俺が、夜一緒にいたんだ! 誤解を生むような……』


 焦った大人の声が聞こえる。

 早房は吹き出したが、篠原は無表情に会話に耳を傾けていた。


『忘れたって言うの? ひどい! 弄んだんですね! ……もしもし。ああ、もう大丈夫。廊下に出たから。来るって? 今?』

「……うん。ヘリコプターだよ」


『へぇ、すごーい。やっと乗れるんだね。学校に来るの?』

「……うん」

『じゃ、待ってるね』


 切れた。


「朔間の男って……妄想だと思っていたけど、実は学校の教師なのか?」

「……違うよ。先生をからかっただけみたい。あの先生、可哀相かも。しばらく噂されるよ、きっと」

「あいつは、そんなこと気にしねぇんだろうな。あいつは敵に回したくねぇな」

「……うん」


 早房は笑った表情を戻せなくなっていた。篠原も口元が緩んでいるのがわかる。中谷だけは、少し不安そうにしていた。


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