第五話 赤色の兄妹
白い太陽が空のてっぺんにまで登り切った頃、きつねのこはいつものように赤い光の下に向かいました。しばらくゆらゆら揺れる赤い光を見つめていたきつねのこですが、今日は森の中を探検することにしたようです。
きつねのこは森に住んでいますが、町に近い北側に住んでいます。真っ黒な世界との境である黒い穴があるところは、きつねのこの家からわずかに南に行ったこところにあります。
しかし、きつねのこはそれよりさらに奥へ行ったことはありません。これといった理由はありませんが、自らが住んでいるからこそ、盲点になっていたのでしょう。
そういうわけで、きつねのこはわくわくしながら森の奥へ進んで行きました。
森はとても静かです。この森は木々の間が広めに空いていて、また一本一本が大きい木でもあります。さらに地面は平坦で、歩きやすい森なのです。
木や地面は濃い青色でできています。草花や木の葉は白色だったり、薄い青色だったりさまざまです。上を見てみると、葉の合間から真昼の青い世界の空がちらと見えます。水色の空に、白い雲が浮かんでいました。
きつねのこはしばらくぼうっと歩き続けていましたが、歩けども木や草がたくさん生えているだけです。この先歩き続けてもしょうがないと思ったのか、きつねのこは来た道に向かって振り返り、今度は右に方向を変えて歩き出しました。
ふんふんと鼻歌を歌いながら歩いていると、明るいところが見えてきました。どうやら開けたところがあるようです。
きつねのこはまるでお宝を見つけたかのように目を輝かせました。そしてふわりと走りだしました。
近づくにしたがって、木々の間から見える明るい場所に、白い花がたくさん咲いているのが見えてきました。白い花が、太陽の光に照らされて明るく見えているのです。
もう少し近づくと、今度は人影が見えました。きつねのこはさらに目を輝かせました。新しいあやかしがやってきたのかもしれません。
木々の合間を抜け、開けた場所に着きました。きつねのこの視界に目いっぱいの白い花と、白いあやかしが二人見えました。あやかしたちは後ろを向いていて、きつねのこには気づいていないようでした。
二人を見たきつねのこは目を見開きました。髪が赤いのです。きつねのこがよく知る色でした。
「赤色…」
きつねのこは思わずつぶやきました。
二人は、きつねのこの呟く声に気づいて、振り向きました。きつねのこはその時に見えた二人の瞳が赤色であることにも気づきました。「色持ち」とはいえ、瞳まで色がついているのは初めてです。
きつねのこは、その瞳を見た途端動けなくなりました。
いつかのお姉さんに話を聞いただけの、見たことのないはずの赤い夕日が、きつねのこの脳裏に浮かんだのです。真っ赤な夕日が地平線に沈んで行きます。空は太陽を中心に赤、赤いような、黄色いような不思議な色と、その不思議な色と濃い青が混ざった色、そして端の方はきつねのこが良く知る濃紺になっていて、白い星もまばらに輝いているのです。
複雑な色の混ざり合いは、きつねのこの知らぬものでした。それなのに、はっきりとその景色が脳裏に浮かんでいるのです。
その景色の中に佇んでいるきつねのこの隣に、誰かがいるような気がします。でも、それが誰であるか、きつねのこには全く分かりませんでした。
赤色のあやかし二人は、兄妹でした。兄の方はきつねのこよりも少し年上くらいの少年で、妹の方はきつねのこよりも年下のようでした。目がくりくりとして短い赤い髪を二つに束ねています。
呆然と立ち尽くしたきつねのこを怪しんだ兄が、妹を背に庇いながら問いかけました。きっ、ときつねのこを睨んでいます。
「あんた、誰…」
妹は好奇心が勝っているらしく、兄の後ろに隠れながらも、顔をちらとのぞかせています。
「おい」
反応を示さないきつねのこに、より険しい声で兄が尋ねました。
きつねのこはその声でようやく我に返りました。
「ご、ごめんなさい」
「あんただれだ、ここはどこなんだ」
「えっと、僕はきつねのこ。ここは青い世界だよ!」
「青い世界?」
二人は首を傾げていました。
「君たち、ここに来たばっかりなんだね」
妹の方は相変わらず目をぱちぱちとさせて不思議そうにしています。一方兄の方は、困惑した様子で、わずかに顔を俯かせています。
「だって、俺たちは火に…」
兄の方が苦し気な顔でなにかを呟きましたが、妹が目をぱちくりとさせているのを見て、口を閉じてしまいました。きつねのこも不思議そうに見ています。
「いや、なんでもない」
「そうだなあ、せっかくだから僕がこの世界を案内しようか?」
その言葉に反応したのは妹の方でした。
「お兄ちゃん、私、ここのこともっと知りたい!こんなところ初めて!」
「…そうだな」
妹の無邪気な顔を見て、兄は困ったように笑いました。
「頼む、俺たちは右も左もわからないから、いろいろと教えてくれないか」
「うん、いいよ!」
きつねのこは空を見上げました。真白い太陽が空のてっぺんよりも下の方に落ちていました。どうやらきつねのこと赤色の兄妹は、森のかなり奥の方にいるようです。
「ええと、ごめんね、ここから町に行っていたら夜になってしまう。今日はとりあえず僕の家に来て、明日出直そう!」
「わかった」
三人は花畑を出ました。きつねのこの後へついて北へ向かって歩いて行きます。
「ねえねえきつねのこくん、そのお面なあに?」
「これはねえ…」
きつねのこはこの狐のお面をなぜかずっと持っているのです。何故持っているのか、何のためのお面なのかはさっぱりわかりません。ただ、手放しがたくてずっとつけているのです。
「わからないんだけれど、大切なものだよ」
「ふうん」
変なの、とあかいろの妹は言いました。確かにおかしいなあときつねのこは思って、困ったように笑いました。
しばらく歩いているうちに、日が落ちてきたようです。暗くなってきた森の中は、白い植物の放つ淡い光によって照らされています。
「わあきれい。お兄ちゃん、見て」
「光ってる…」
驚いている二人を見て、きつねのこは微笑ましい気持ちになりました。
「こういうね、白いお花とか草とかは夜になるとちょっとだけ光るんだよ!」
「へえ~すごいね!」
きつねのことあかいろの妹は気が合うようです。
もうしばらく歩いていると、ようやくきつねのこの家に着きました。すっかり日は落ちて夜になってしまっています。
「ここが僕の家だよ」
「わあ~かわいいお家だね!」
「ふふふ、ありがとう!」
「私もこんなお家に住みたいなあ~。ねえお兄ちゃん!」
話しかけられたあかいろの兄の顔は、悲しそうな顔をしていました。
「…きつねのこは、ここに一人で住んでいるのか?」
「そうだよ!」
「そう…」
何か言いたげなあかいろの兄でしたが、きつねのこの満面の笑みを見て、口を閉じました。
「入って、三人じゃ狭いかもしれないけれど」
きつねのこは、家の中の机を端によせて、寝床を真ん中に引っ張り出しました。そして、真ん中にあかいろの妹を寝かせて、両端にきつねのことあかいろのお兄さんが寝ました。
「それじゃあ、おやすみなさい!」
「おやすみ!」
「おやすみ…」
三人はすぐに眠りにつきました。
きつねのこは、いつもより寝床が狭いはずなのに、これまでに感じたことのない、ほっと落ち着くような、不思議な気持ちに包まれながら眠りました。
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