第四話 人とあやかし

 ある日のことです。

 きつねのこは、いつものように真っ黒な世界に行きました。人の気配がしたのです。今度はどんな人が来たのだろうと、胸を躍らせながら鳥居に向かいました。

 いつものように白い鬼灯を摘むと、中の身を取り出しました。そして赤い光の降り注ぐ黒い穴に向かって、とん、と飛び上がりました。きつねのこは、軽々とその穴の中に吸い込まれるようにして入って行きました。

 穴を抜けると、きつねのこはそびえる赤い鳥居を一瞥し、囲い石のあたりに生えている植物を摘んで、鬼灯の中に入れて提灯を作りました。


 きつねのこはまたいつものように人の気配がある方向に向けて歩き出しました。しばらく歩くと、一人の男の子が闇の中、うずくまって泣いています。きつねのこと、同じくらいの年でしょうか。きつねのこは男の子に声をかけてあげました。

「ねえ、だいじょうぶ?」

 男の子は、突然聞こえた声に驚いたのか、肩を僅かに揺らしました。すると、すこし戸惑いながらも顔を上げてくれました。その顔には、ところどころ赤い線が走っていて、よく見ると腕には何か白いものが巻かれていました。しかし、きつねのこにはそれが何かわかりませんでした。

 きつねのこはまた話しかけました。

「君、迷子さん?」

 こくりと男の子が頷きました。

「僕、気がついたらここにいて…お母さんとはぐれちゃって…」

 お母さん、という言葉を発した男の子は、母親が恋しくなったのか、段々と涙声になりながらも話してくれました。大きな荷物を持って、母親と散歩をしていたこと、荷物が重くて駄々をこねた男の子のために、近所の神社の広場にいって休憩していたこと、いたずらごころで勝手に母親の元から離れてしまったこと。

 男の子が全てを話し終える頃には、また男の子の顔が涙でぐしゃぐしゃになってしまいました。


 きつねのこは気の毒に思いました。

 きつねのこにはお母さんがいません。そのために男の子の気持ちはわからないところもありますが、大事な人と離れ離れになって心細いのだということはよくわかりました。

 泣きじゃくる男の子を見て、早く帰してあげなければ、ときつねのこは思いました。

 そして同時に、泣き止んでほしいとも思いました。きつねのこは涙を見るのが苦手なのです。そのとき、きつねのこは以前助けたお姉さんとの会話を思い出しました。お姉さんは、きつねのこの話、つまり、青い世界の話を物珍しそうに聞いていたのです。

 それならば、青い世界を実際に見てもらったら、より驚いてくれるのではないか、ときつねのこは思いました。

 きつねのこは、男の子の手を取って言いました。

「そんなに泣かないで!きっと僕が出口まで連れて行ってあげるよ。その前に、君に見せたいところがあるんだ!きっと驚くよ。ね、だから泣かないで?」

 好奇心に負けたのか、歩き出したきつねのこに、男の子は抵抗しませんでした。立ちあがった男の子の足には、腕と同じように、何か白いものが巻かれていました。


 男の子の手を引きながら、きつねのこはもと来た暗闇を迷いなく進みます。振り返って見てみると、男の子は不安そうな目をしています。きつねのこは先を急ぎました。


 すこし歩くと、あの鳥居が見えてきました

 きつねのこは男の子に話しかけました。

「綺麗でしょ?この池のしたはもっとすごいんだよ!ここを見せたかったのだけど、見てみる?」

 男の子は頷きました。心なしかその目は輝いています。

 その目を見て、きつねのこはほっとしました。そのまま男の子の手を引きながら池へ向かいました。


 男の子の足が池に入りました。

 きつねのこは、そのことを確認するとその池の下へ、青い世界へ帰ろうとしました。


 はじめにきつねのこが池を抜け、男の子が池を抜けました。赤い光が柱のようになってゆらゆら揺れているのが見えます。


 男の子は驚いているだろうか、と、きつねのこが振り返ったときです。


 ほろほろと、きつねのこが掴んでいる男の子の手が崩れていきます。青の世界の空気にとけるように、ほろほろ、ほろほろと崩れていきます。

 それは手からやがて腕、胴、足へと広がり、どうする間も無くやがて顔が崩れ、完全にいなくなってしまいました。


 きつねのこはただただ驚きました。こんなことは初めてだったからです。でも、ここからいなくなったということは、恐らく元の場所へ帰ったのだろう、男の子にもっとこの世界を見て欲しかったと、安堵半分、悔しさ半分できつねのこは家へ帰っていきました。


 翌日、きつねのこはいつものように赤い光の下でこの日の予定を考えていました。少しだけ考えて、町に出ようと思い立ちました。


 町についてみると、なんだか騒がしいようです。見ると、人の輪ができています。

 どうしたのだろう、と、きつねのこは不思議な気持ちでそこに近づきました。

 すると、その輪の中心に、1人のあやかしが立っていました。白く透き通る肌に、青い髪。着物から覗く腕と足に、何か白いものが巻かれているのが見えます。どうやらあたらしくやってきたあやかしのようです。

 そのあやかしは、男の子らしく、きつねのことそう大差ないほどの年に見えます。きつねのこは挨拶に行きました。

「こんにちは、はじめまして」

 あやかしがこちらを見ました。その顔をはっきりと確認した途端、きつねのこは妙な感覚を覚えました。

 どこかで見たことがあるような、そんな感覚です。

 そこできつねのこは思い切ってあやかしに聞いてみました。

「ねえ、君は、どこかで僕と会ったことがある?」

 あやかしは不思議そうな顔をして、

「ううん」

 と答えました。

 それもそうか、ときつねのこは思いました。

 だって、あたらしくやってきたあやかしは、きつねのこにとっては必ず初対面のあやかしだったからです。きつねのこはどこか夢でみたのかもしれない、ということにして、あやかしに、

「よろしくね!」

 と言いました。

 あやかしも、その言葉に笑顔でうん、と頷きかえしてくれました。


 きつねのこは、他のあやかしも、きっとこのあやかしに挨拶をしたいだろう、と思い、この日のうちは家に帰ることにしました。


 家に帰る途中に、昨日会った男の子は、無事お母さんに会えただろうか、と、ふと、きつねのこは思ったのでした。


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