9.決着

 ロイドルの目前でタイノスは杖から爆発を起こす。ロイドルが飛び退き、タイノスは汗を拭った。このまま外の兵が来ると厄介なことになる。王として催眠をかけられぬとなると、計画が大幅に狂う。早くあのガキを戴冠させ、立場を交換しなくては。


 目の前にバルシスが立つ。「聞きたいことがある」

「お前に答える義理はない」

「5年前に兄を殺した黒い鎧を追っている」

「知らんな」ほう。こいつ、我々の誰かと――?


 バルシスが斬りつけた。ロイドルのそれと比べて荒い。だが殺気がほとばしり、自分の安全など遥か彼方に置き去った、捨て身の剣。

 強い。だからこそ容易い。

 剣をさばきながら周囲を見る余裕ができる。


 黒の一団の一人がトーニャの腹を刺した。

 三傑が黒装束からトーニャを遠ざけ、ふらつく王子は壇を登る。

 突然の好機にタイノスは震える。



 三傑とトーニャの間に突然、壁がせり上がる。両者は分断された。

 トーニャは息も絶え絶えに、玉座の前に座り込む。

「王子。もうこれくらいでいいでしょう。今素直に玉座に着けば、皆の命は保障します」

 トーニャは顔を下げたまま動かない。

 一撃を当てた黒装束が追いつき、膝をついた。なんだ、使えるやつもいるじゃないか。

「おい。こいつを玉座に座らせろ。死んだらまずい」

「断る」

な。

 油断は一瞬だった。黒装束の下から笑顔のリケルトが現れる。無傷のトーニャが剣を抜きざまタイノスの杖を叩き切った。



 壁が消え煙が晴れた。黒い一団の攻撃がフクロウに当たり、落下する。その体をジーノが抱き止めた。

「もうあきらめたらどうだ」ロイドルが中央で咆えた。静かに、だが確実に相手を威嚇する。

バルシスがタイノスを制していた。パスクとマルタスは黒い一団に狙いを定めて微動だにしない。

「終わりだな」バルシスがつぶやいた。


 突然の爆発。天井から瓦礫が落下し、黒い【影】が二人増えた。甲冑の後ろに黒装束が控える。

 リケルトもバルシスも三傑も、その気配をみて取った。あの黒甲冑は相当強い。

「あぁ、お待ちください!」悲鳴をあげたのはタイノスだった。「今片付けるところです! もうしばらくお待ちを!」

「あのねぇ」黒甲冑の声を聞いてバルシスが目を見開いた。「もう時間切れ。広場はとっくに待ちくたびれてるの。なにかあったんじゃないかって疑いの目も出てる。今のこのこ出て行ったって、キミ程度の催眠に誰もかかんないよ」


「しかし! 私は3年かけてここまで! あと少しなのです!」

「もういいってば。六分の二を手に入れたから、ここはもういいってさ」

「そんな!」

「やっぱりブラフールだな」


 リケルトもバルシスも、自分の真横を黒甲冑が通り抜けたと理解できなかった。黒甲冑がトーニャの前でお辞儀したとき、タイノスは既に斬られていた。

「こんにちは王子。お騒がせして申し訳ない。玉座がお気に入りなんだね。一生そこで暮らすといいよ」手の平に黒い光の塊を浮かべ、離した。その光が床に落ち、立ち尽くすトーニャを足から石に変える。


「な」マルタスが叫ぶ「なにをした!」

「なーに、すぐに済むさ」黒甲冑はまた広場の中央に戻っている。「素敵な石像になると思うよ」


 パスクの一矢にロイドルの剣が続く。マルタスが飛びかかった。

「そう熱くなるなって。また次の王を育てればいいだろう。うまくいけば【王の力】は受け継がれる。何年後か知らないけどね」

 最低限の身のこなしで三傑の攻撃をよけきる。サヌマ最強の3人が相手にもなっていない。


「貴様!」バルシスが飛び込んだ。「兄を!」

「んー?」黒甲冑は考える素振りをした。「知らないなぁ」

「お前が殺したろう」

「多すぎて分かんないよ、そんなの」

 片手を上げて宙をひねる。剣士4人がまとめて弾かれた。

 別の手で黒い空間を作り出すと、他の黒い一団が吸い込まれるように消えていく。脱出するようだ。黒甲冑と黒装束も半身を入れた。


 リケルトは脈打つのを感じた。

 こいつだ。こいつが、月下群舞を。

 目の色が赤く変わったことを彼は知らない。握ったしるしが黒く光り、床を蹴った次の瞬間、黒甲冑の肩を掴んでいた。

「待てよ」強引に床に投げ倒す。

「いったー、おぉキミ、強いねぇ」黒甲冑が立ち上がる。「なんだ、こっち側?」

「ふざけんなよ」リケルトは体に力が漲るのを感じる。

「遊びたいけど、もう時間ないんだよね」間髪入れずリケルトの腹に拳を打ち込む。

 リケルトが苦悶した瞬間、黒甲冑は黒い空間に消えた。

「くそ」リケルトが短槍を投げたが、黒装束に蹴落とされる。飛びかかったリケルトに強烈な膝蹴りを当てた。その拍子に頭の布が落ちる。

 リケルトは驚愕した。

「リズマ団長…」

 黒い一団は闇に消え、辺りは静寂を取り戻す。



 トーニャの石化は腰まで達していた。

「どうにかなんねぇのか!」マルタスが叫ぶ。

「こんなの、見たことない…」リケルトは動揺が隠せない。「人間を石化するなんて…」

 トーニャは落ち着いていた。「仕方ない。遺言を残す。カルーシャ、国はお前が治めろ」

「やめてください!」カルーシャが泣き叫ぶ。

「王命三傑は、次の主をカルーシャとし、可能な限り力を貸してくれ」

「違うだろ!」バルシスがリケルトを見る。「これは…これじゃ…」


「セル・ビト・ニース」透明な声が響いた。皆が振り返る。ジーノが歩み寄っていた。王書を読んでいる。

「…なにを唱えてる?」リケルトは理解できなかった。そんな術、俺は知らない。

ジーノはトーニャの前に立った。トーニャの石化は胸に届こうとしている。

「リズ・サルーサ。祝福を、私に」胸に抱えた黒のしるしが輝く。

「やめろ!」気づいたのはリケルトだけだった。トーニャの石化が波の引くように解けていく。しかしその波はジーノに押し寄せた。徐々に石化する。


「ばかやろ!」リケルトがしるしを奪おうとした。しかしジーノの決意は固い。

「ばかだね、ほんと。他にいい考えが浮かばなくて。天秤にかけるつもりはないけどさぁ、どう考えても、今は王様が助かる方が大事じゃない?」

 三傑は言葉を失う。

「だからって、お前が」

「あら、黙って石になるわけじゃないわ。王書で調べたの。あの玉座は、異術に耐性があるんだって。だから、あの席にわたしを座らせてくれたら術の進行が遅くなると思うの。わたしが完全に石になる前に、助けに来てね。最強の異術使いさん」

「それ、お前、本当に?」

「そんな顔しないでよ」怖くなるじゃない。手の震えはどうしようもない。


 トーニャが膝をついた。「必ず! 必ずあなたを! このまま死なせない!」

「やめてください、もう王様なんですから」

 王命三傑が膝をついた。泣いている。

「必ず助けるから!」カルーシャが抱き着いた。


 リケルトの頬を涙が伝った。

 誰も助けられなかった。石になりかけたトーニャも、身代わりになるジーノも。

 異術を極めたつもりで、一人で救うつもりで、このざまだ。

 でもあきらめない。方法はある。

 立ち上がる限り。


 考えろ考えろ考えろ。リケルトは知識を総動員する。なにかないか。術石。魔金属。布袋の中はどれも役に立ちそうにない。

 ユラウリの葉があった。以前しるしを得た大木だ。怪我に効く上に葉が長持ちする。一年は枯れない。

 誰に教わった術でもなかった。しるしをユラウリの葉に重ね、「一年の命を」とつぶやく。葉が輝き、異常な熱を持つ。


 そっとジーノの手を握る。その中にユラウリの葉を包んだ。

「あったかい」ジーノがつぶやく。その間にも肩まで石に変わった。

 思わず、ジーノの首に手を回していた。

「ちょっと」ジーノが笑う。「やりすぎじゃない? でも、感触がないの。残念」

声に出さず、待ってるね、と泣き笑いした。その笑顔のまま石になった。

「おい、急いで玉座へ!」マルタスの声でパスク、バルシスがジーノを運び出す。

 ロイドルがリケルトに一礼した。

 カルーシャがトーニャに抱き着く。


 ジーノは玉座と共に石化し、透き通るような薄い光だけが希望を残した。

 戦いは終わった。

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