8.襲撃

 黒いマント。ローブ。甲冑もいる。突然の黒い一団の襲撃に広間は混乱する。煙で視界が悪い。あちこちで剣のぶつかる音、異術の火花が上がる。

「襲撃!」兵の声が上がる。


 バルシスはまっすぐトーニャの元に駆けたつもりだった。が、玉座の付近には誰もいない。と、煙の中から三本の剣が一度に伸びてきた。

「バルシス、貴様も企みの加担者か!」マルタスが叫び、パスク、ロイドルが姿を現す。


「なにを!」バルシスは剣を弾きながら下がる。「俺はトーニャ様を守ろうと!」

 ロイドルは玉座を見つめる。「トーニャ様が消えた」

「タイノス殿の乱心か? 乱入者は何者だ」バルシスが叫ぶ。

「お前も加担者だろう」パスクが弓を構える。「動きの怪しい者を見ていた。お前は列から外れたり広場を出入りしていただろう」

「それは」リケルトとかいうチビの名前を出したものか考える。余計に疑惑を招くかもしれない。「とにかく俺は、トーニャ様の味方だ」

ロイドルがバルシスを見る。「嘘はついてないな?」

「兄に誓って」バルシスは睨み返す。



 カルーシャの肩に手が伸びてきて、悲鳴を上げそうになる。手の主は笑顔を見せた。

「リケルト?」

「カルーシャ!」後ろにジーノもいる。「しゃがんで、頭下げて」

「どういうことなの?」カルーシャは震える手を自分で抑え込む。「兄さんは?」

「早いとこ手を打った方がいいな」リケルトは胸のしるしを握る。離すと、両手の平に小さな竜巻が起きた。宙に投げる。竜巻に煙が吸い込まれていく。


「やみくもに術を使うと城の人に当たっちまう。カルーシャ、あの祭司は何者だ」

「タイノス大祭司? 穏やかな人よ。あんな風にしゃべるのなんて、聞いたことない」

 トーニャの起こした竜巻が強さを増す。


「そうは見えないけど。寝不足か?」リケルトがつぶやく。煙の合間に見えるタイノスは、顔は白く眼が赤い。

「…ちょっと、性格変わったかもね」とジーノ。

「びっくり人間か」

吹きつける風に押されるように、古びた本が滑ってきた。王書。ジーノは思わず手に取る。裏表紙に目が釘付けになった。

「そろそろ煙が晴れる。隠れてて」リケルトは制服を脱ぎ捨てる。背中には短槍。



 広場の煙が晴れた。憲兵、戦闘兵とも半数以上が倒れている。黒い一団は数名が動かない。

力を貸してやったのに、無様な。無能な連中め。タイノスは玉座の裏から現れ、羽交い絞めにしていたトーニャを床に転がす。足で踏んで抑えた。手には輪のついた杖を持っている。


「貴様!」バルシスが勇んで一歩にじり寄る。横には王命三傑が並ぶ。

「トーニャ!」緑の髪のこどもが駆け寄る。

 ロイドルが音もなく剣を横に振る。かわしたリケルトの髪が切れ、しるしを下げていた革紐が切れた。リケルトはしるしを握る。

「敵じゃない」リケルトはロイドルと目を合わせる。「今はな」


「ほう、しるしとは。一端の異術使いか」タイノスが片手を挙げた。リケルトたちを黒い一団が囲む。その数6名。

マルタスが気勢を張る。「どういうつもりだ、祭司さん?」

「どうもこうも。このような若造に国を任せられると思うのか? 代わりにわしが王になってやろうと言うのだ」

「この程度の人数で転覆を?」パスクが矢をつがえる。「逃げ場はないぞ」

「お前たち、剣を引け」マルタスが黒の一団に叫ぶ。「お前たちがなにかするより速く、祭司さんを斬れるぜ」


 確かに、とリケルトは考える。この人数を城内に忍ばせていたのは驚きだが、この場を制圧するまでには至らない。奇襲なら外の方がよかったのではないか。少なくともこの剣士たちはかなりの熟練者だ。間もなく外の兵士もなだれこんでくるだろう。退路は断たれている。絶対の自信があるということか。その根拠は。


リケルトは慎重に周囲を見た。通路。床。扉。特に変わった様子はない。

 なぜ室内にしたのか。

 天井を見た。

げ。

びっしりと書き込まれた異術の陣。

 まずい。仕込んでやがった。

 タイノスが黒いしるしを取り出し、なにかを呟いた。術陣が輝く。


 天井から黒い空気が降りてきてリケルトたちを包んだ。半円形の檻のようなものに閉じ込められ、出ることができない。パスクが放った矢は壁に当たったように弾かれる。外からは干渉できるが内からは出られない、極めて単純で効果の高い結界。

「本当はこいつを閉じ込める予定だったんだが、まぁいい」タイノスはトーニャを立たせる。


「冠をかぶれ。剣を持って玉座に座り、わしを見るんだ。妙な真似をすると」

「兄さん!」

 最悪だ。黒の一団がカルーシャとジーノを締め上げている。

 トーニャはリケルトを見た。リケルトの視線はまっすぐぶれない。どこかで転機を狙っている。ここは素直に相手の話に乗った方がよさそうだ。

 トーニャは言われるままに冠を着け、剣を持った。玉座の前に立つ。

「そのまま。わしを見ろ」タイノスは黒のしるしを掲げる。


 それは不思議な感覚だった。自分であって自分でない。誰かが自分を動かしている。呼吸さえ、させられているかのようだった。タイノスが持つ黒い光から目が離せない。

 遠くでカルーシャが名を呼んだが、ぼんやりとしか聞こえない。自分は深い海の底にいるようだ。温かく、眠い。このままでいたい。

 あれ。父上の椅子がここに。座ってしまおう。そうしたら楽になれる。安らげる。


 トーニャの瞳は開き、意識がないようにも見える。黒円に閉じ込められたマルタスやバルシスが暴れる中、リケルトは布袋から笛を出し、鋭く吹いた。その音が短く響く。

 ジーノがさっき、剥製だと思っていた鳥――フクロウが、ぱっと目を開けて宙を舞う。一直線にタイノスを襲った。

「なんだ!」タイノスはしるしを落とす。二度目の襲撃でフクロウはしるしを奪った。


 あのフクロウは少なくとも光るものに激しく反応する、というのがリケルトの考えだった。もしかすると異術に反応するのかもしれない。

過去に【異術殺し】として研究された武器や動物がいる。今朝リケルトをつついたのも、胸のしるしに反応したのではないか。あのじいさんの隙を突ければ、と思っていたが予想以上だ。

一方で自分が見たものに驚いてもいた。あのじいさん、相手の人格を乗っ取るのか、入れ替わるのか。王に成り代わるというのは本当だったようだ。


 フクロウはしるしを掴んだまま、天井近くに停まっている。黒い一団が剣や杖から火花を飛ばすが、フクロウは飛んでかわす。時間稼ぎにはなりそうだ。黒円の結界が解ける。

 トーニャの視線にカルーシャが反応した。同時にタイノスと黒い一団を突き飛ばす。パスクが弓を放ち、ロイドルが一人、斬って捨てる。リケルトたちは合流し、態勢を整えた。


「王子、危険な目に合わせて申し訳ありません」ロイドルが話す。「シセ殿から情報は得ていたのです。しかし誰が裏切り者か、内通者かも分からず、戴冠の場所を変えて策を取ったつもりがこのようなことに。新しい王の命は必ずお守りします」

「あれは」リケルトがつぶやいた。「月下群舞を襲った連中だ」


 黒い一団が襲いかかる。まず三傑が打って出た。

「よーしよし!」マルタスはもはや表情が歓喜に満ちている。剣を振り、次の相手を鷲掴みにし、投げ飛ばす。縦横無尽に動き回る。「お前ら、こんなもんか?」

 パスクが二度、タイノスに素早く矢を放った。続けざまの矢をかわした先に、ロイドルが一撃を振り下ろす。タイノスの頬が切れた。

「くそ」タイノスは杖から黒い煙を出し、自身は数歩先に逃れる。

「タコかよ」バルシスは敵を打ち払いながら喘ぐ。残った黒い一団は異常な回復を見せていた。刺そうが斬ろうが、手応えなく立ち上がってくる。


「キリがねぇな」マルタスの額に汗がにじむ。「こんなの見たことねぇな。あいつら人間か?」

ロイドルがタイノスに斬りかかった。一振り一振りに重さはないが、剣撃の回転が並みの速さではない。タイノスに杖を振る間を与えず壁際に追い詰める。


 仕留めるには至らないことは分かっている。この隙にあいつの術をどうにかしろ。ロイドルの無言の指示をリケルトは理解した。だがこちらも防戦一方だ。パスクとマルタスが黒の一団をどうにか押し返し、トーニャがカルーシャとジーノを庇う。

 黒い一団の体力の底が見えないことが、こちらの焦りと疲労と招く。

 庇いながらの戦いは消耗戦。僅かな時間の攻防が、何時間にも感じる。

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