第15話 突突
第十五章 『突突』
私は今、とあるバーで酒を飲んでいる。
アルコール度の強いスコッチだが、飲み口が良いのでロックでいっている。
テーブルの上のキャンドルは、私の顔をホウッと明るく照らしてくれる。
熱を感じる。暖かい熱を。
カシューナッツを手に取り、それを何気なしに口に含んで噛み砕く。
カシュ・・カシュ・・カシュ・・・
噛み砕く音がそう聞こえるので、カシューナッツと呼ぶのだろうかと少し本気でバカなことを考える。
そして、数日前の出来事を思い出しながら、グラスをカラリと傾けてみた。
不意に、今の私は一体どんな顔をしているのだろうかと思う。
もし、正常であるならば、私は本来どんな顔をしていなければならないのか?
わからない。それはわからない。
例えば、幼い頃、父親に叱られたなら泣いたフリをしてみせればいい。
青年になり好きな女子とデートをしたなら顔を赤らめてはにかめばいい。
今まで自分を育ててくれた母が死ねば、涙を流して悲しい顔をすればよい。
考えてみれば、こんな簡単なことなのに、何故、私はどんな顔をしたらよいのかわからないのだろうか?
それは、そうだ・・・
だって、私の今の状況は、今までに一度も経験したこともないし、誰からも情報を聞いたことがないからだ。
だから、聞いたこともないし、経験したこともない出来事に対しての感情など演じようがないのである。
カラン・・・
店のドアが開く音を聞き、私は振り返った。
そこには、傘を閉じながら店に入ってくる初老の男性が見えた。
「ひでぇ雨だなぁ・・・オイ、いつもの」
「はい」
老人の顔馴染みである店のマスターは、その老人が私のテーブルに座るのをあらかじめわかっているように、オシボリとグラスを持って私のテーブルに置きに来た。
老人は私のテーブルの正面に座ると、オシボリで顔をゴシゴシと拭きタバコに火をつけた。
いや、正確には、それはタバコではなく葉巻だった。
「ふぃ~・・・」
ゆっくりと大きく吸い込んだあと、煙をほぅわっと上に吐き出した。
その煙は上へと昇りながら、天井まで届くくらいで消えていった。
暗い店内にテーブルの上のキャンドルが煙を銀色に照らした。
私は無言のまま、スコッチをその老人のグラスに注いだ。
お互いに軽くグラスをカチンと合わせると、老人はそれを一気に喉に流し込んだ。
「ぷへぇ~・・・」
私は、その威勢のよい飲み方を何度も目にしているが、何度見ても惚れ惚れとする。
そして老人はまたプカリとハマキをふかすと、スコッチをグビグビと飲み始めた。
カタン・・・
老人は三杯目を飲み終えて、グラスをテーブルに置いた。
その音が店内に響く。私達以外には誰も客はいなかった。
当然だ。この店にはテーブルがひとつしかないのだから。
そして、スーツのポケットから一枚の紙切れを取り出した。
スッ・・・
ゆっくりとその紙切れを持つ手が、私の目の前に置かれた。
「これで手を打つといっておる・・・」
私はその紙切れを手に取って確認し、アタッシュケースから一千万円を取り出した。
「高くついたな、シュウちゃん」
老人は金歯をむき出しにしてそう言った。
「いや、私にしてみれば安いほうだよ、アップルちゃん。人を殺してもこの金額で解決できるならね」
「たしかにそうだ・・そうかもしれんな・・・」
四杯目のスコッチを注ぐアップルちゃん。手がブルブルと震えているのがわかる。
「ま、あまり深く考えるなや」
「うん・・・」
アップルちゃんが、私の事を心配してくれるのがわかる。それはとってもありがたい。
もし、この会話を誰か他の客が聞いていたならば、何と思うだろうか?
人を殺して一千万円で解決しようなどと、普通だったら正気の沙汰ではない。
そう、普通だったら・・・
だけど、今の私とアップルちゃんは普通ではないのだ。完全に裏の世界に蔓延っているのだ。
昔の私だったら、人殺しをしておいて金で解決などしなかっただろう。
いや、金で解決できるなどとはドラマかマンガの中だけしないだろうと思っていた。
しかし現実は。実際に。違っていた・・・
違っていたという表現は違っているかもしれない。
本来、このような人殺しをしても金で解決できるシステムを知らなかっただけなのだ。
知らないということは本質を見抜いてないことであり、逆に言えばウソの世界を信じていたことになる。
世の中、一般人が社会で普通に生きることにおいて、知らされていないことの多さに私は驚いたものだ。
金や情報の流れ、政治の仕組み。
それらは以前、一般人であった私の知る世界とは全く逆のベクトルで動いていることに私は更に驚いた。
そして、それらの情報を知るには、普通の一般人では到底知ることはできないのだ。
もし、それらを知りたいのならば、もはや一般人を捨て去るしか他に道はない。
そう、私のように・・・
中小企業のいちサラリーマンで出世の道を閉ざされた私が、こともあろうに大金と充実を得ることが出来たのは、紛れもなく裏の世界で生きることになったからだろう。
もし、以前のままサラリーマンを何の疑いもなく続けていたのならば、私の人生はなんと希薄でちっぽけなものだっただろうか。
ちっぽけ・・・も良かったかもしれないな。
ちっぽけだったら悩むことは大概知れているし、誰かに聞いたり相談に乗ってもらえればおおよそ解決できる。しかし、ちっぽけではない存在、自分で言うのもおこがましいかもしれないが、今の私は既にちっぽけではなくなってしまった場合、今までに経験したことのない悩みに苛まれてしまうのだ。
それは、誰かに聞いたり相談してみても答えが返ってくることはないだろう。
だがしかし、今目の前にいるアップルちゃんが、私の今までに経験したことのない悩みを解決してくれる存在としては、これほどありがたい存在はいないだろう。
人を殺しても解決してくれる知り合いは、後にも先にもアップルちゃんだけであろう。
アップルちゃんは五杯目のスコッチを飲み終えると、私の手の上に手を重ねてきた。
「シュウちゃん、ワシがなんとかしてやるから、ワシはシュウちゃんを守ってやるからな」
そう言って、何度も私の手を強く握ってくれた。
温かい・・・
なんとあったかい手の平なのだろうか。
私の心に熱く伝わってくるからそう錯覚してしまうのだろうか。
思い返してみると、アップルちゃんにはいつも世話になってきた。
駅のホームで痴漢行為した時、課長にはめられて襲われた時、そして今度も・・・
いつもアップルちゃんの助けがあったから、今の私はこうして犯罪者にならずにいられるのだ。
だが、考えてみると、それは間違いなく完全に非合法の手段によって救われたと言える。
言い換えると、アップルちゃんの得たいの知れないバックの力があるからこそなのだ。
私は、アップルちゃんが何者でどんな力を持っているのかは知らないし、それを問いたこともない。
だけど、犯罪を簡単にもみ消す力があるのだけはわかっている。
それも、人を殺してもお金で解決できてしまうなんて、一般社会で住む人間の誰が信じるだろうか。
私は人を殺した。
そしてその事実を金で消そうとしている。
これは許されることではない。
だが、私だって自分が可愛い。助かるものならどんなことをしたって助かりたいのだ。
正直に警察に出頭し、裁判を受け、刑務所で何十年という長い年月を過ごしたいとは思わない。
それは誰だって同じだろう。もし、助かるのなら、どんなに金がかかろうとそれで解決したいだろう。
だから、私の思考は全然間違っていなし、至極当然の結論だと思う。
所詮、人というのは欲によって喜び、欲によって崩壊していくものだ。
その欲を求めることは本能であり、欲を可能な限り持続させたい気持ちも同じく本能なのだ。
人はその欲のためならば、他人さえも平気で利用し、裏切り、そして生ゴミのように捨てることが出来る。
だから、私はその一般化した一般市民の思想を直に具現化させ、そして誰もが考え欲する自由を代弁して行ってやろうというのだ。
私のようなしがないサラリーマンが、金と充実を得て、尚且つ自由をも手にしてやろうというのだ。
これのどこに間違いがある?どこに私を批判する権利があるのだ?
ない!
そんな権利や思想などどこにも存在しないし、どこにもあってはいけないのだ。
もし、私に反論したいというならば、それはもう、神になるしか方法がないのである。
私は正しい!私は間違ってなどいないのだ!
・・・・「シュウちゃん?」
はっ。私はいつのまにか、目の前にアップルちゃんがいることすら忘れて考え事に没頭していたようだ。
私は額から滲む汗を手で拭き取ろうとしたが、それがあまりにも大量の汗だったのでオシボリで拭った。
「とにかくこれで、シュウちゃんは何も心配せんでもええよ。あとはワシがなんとかしちゃるからな」
アップルちゃんはグラスに入った酒を一気に飲み干し喉から熱い臭気を吐き出した。
「あ、あの・・ありがとう。いつもアップルちゃんに助けられてばかりで・・・」
「ん?なぁにそんなこと気にしているんだい!シュウちゃんの頼みならどうってことないさ」
「そう言ってくれると嬉しいよ、アップルちゃん・・」
アップルちゃんの言葉で感極まった私は、アップルちゃんの手を強く握った。
すると、アップルちゃんの顔が少し引きつるのがわかった。
私は慣れ慣れし過ぎたと思い、握った手を解いた。
「さて、じゃあ先方に事件の処理を伝えに言ってくるかのぉ」
「あ、アップルちゃん、この金を持っていってもらわないと!」
アップルちゃんは肝心要の一千万円を忘れていったので、慌ててそれを渡そうとした。
「いや、ええよ。先方にはすでに金を払ってあるんだ」
「え?アップルちゃんが立て替えてくれたんだね。じゃあこれを持っていってくれよ」
しかし、アップルちゃんはその金を受け取らずに背を向けた。
「その金はシュウちゃんにも大切な金じゃろ?少しずつ後で返してくれたらええよ」
アップルちゃんはそう言うと、店のドアを開けて去っていった。
(かっこいい・・・)
なんともキザで憎らしい行為だが、一千万円という大金を先に払っておくなど、おいそれと真似できない行為だ。その誰もマネできない行為に私は心底しびれ、そして尊敬した。
「ありがとう・・・アップルちゃん・・・」
私は、それからそのバーでもう少し酒を飲み、アップルちゃんという友人を持ったことに対して嬉しさを噛み締めていた。
(それにしても助かった。)
というのが今回の私の正直な気持ちだろう。
こともあろうに、友人であった松下の奥さんと不貞行為をしてしまい、首を絞めて撲殺してしまったのだから。
本来なら私の人生はこれで終わっていただろう。
だがしかし、それが終わらずに続けられるのはアップルちゃんのおかげだ。
もし、アップルちゃんと知り合っていなかったらと思うと、私はゾッとした。
いや、待てよ。
そもそも、私はアップルちゃんと出会わなければ、朱雀江さんの仕事を手伝って社長をすることもないし、今こうして贅沢な暮らしをしているのも無理だったに違いない。
ただのヒラ社員として、砂を噛むような味気ないサラリーマン生活を送っていただろう。
そう考えれば、今回、松下の奥さんを殺したのもアップルちゃんと出会ったからで、アップルちゃんがいたから事件をもみ消しすことができたということになる・・・
いや、違うか。
松下の奥さんを殺したのは別にアップルちゃんと出会ったからではない。
私の、純粋な殺意によるせいなのだ。今思い返せばバカなことをしてしまったものだ。
高校時代、私は松下の奥さんのひとみちゃんと一度きりの関係を持っていながら、それをずっと隠し通していたのだから。
何をやらせても優秀で軽くこなしてしまう松下に対しての嫉妬だったのではないか?
それは、松下に対するただひとつだけの優越感。
女を寝取ったという事実を、私は最後のプライド保持の為に隠し持っていたのではないだろうか?
そう思うと、私はなんてイヤなやつなのだろうか。
事実を明らかにした松下は、そんな私を怒るどころか優しく気遣って許してくれたのだ。
とても大らかな心をもった素晴らしい人間であった。
そんな彼が、奥さんの不倫相手に恨まれて、線路に突き落とされて電車にひかれてしまうなんて、どう考えても納得できない。松下のように良い人間が死んで、私のように悪い人間が生き残ってしまうなんて、なんと世の中の仕組みは捻くれているのだろうか。
正しい人間が損をして、悪い人間が得をする。
そんな世の中の構造が、いつのまにか当然のように構築されてしまっているのだ。
それを誰に問えばよい?誰に直せと叫べばよいのだ?
間違っても政治家などに改革できるワケがない。
心の荒んだ人間はもちろん、普通の人間でも、少しぐらい良識ある人間でも、百歩譲って神に近い人間で
あっても、この世の中を正しい道へと変えることなど不可能なのだ。
そもそも人間というのは、悪に対してわだかまりを心に持つことによって、己を美化しているおこがましい動物に過ぎないのだ。
良識があると言われている人間どもは、自分を良く見せることで己の悪を隠しているだけなのだ。
悪という欲のかたまりである人間は、この世の中で、自分の欲が思い通りに行かない部分を隠すために正義という言葉で誤魔化しているのだ。逆に言い換えると、偽りという仮面をかぶっているからこそ本当の人間だといえるのだ。
私は立て続けに、スコッチを2杯作ってそれを飲み干した。
いや、やりきれない自分を流し込んだというべきか。
あああ・・・
私は卑怯であり、あこぎなことをやっている。
自分の罪を隠すために、酒を飲んで強気になり、弱い自分を押し込めようと必死になっているのだ。
もし、私が何も罪悪感を感じないのならば、シラフで表を堂々と歩けばよいだけの話ではないか。
しかし、それができないからこそ、私はこうして強い酒をあおっているのであって、ここに酒が存在しなければ、たちどころに私の精神は崩壊して狂ってしまうだろう。
弱い・・・
私は弱い生き物なのだ。
サラリーマンだった退屈な生活から抜け出して、少しばかり裕福できるほどの金を得て、裏の社会の仕組みを知ったつもりでいただけで、私自身の心の強さなど、あの頃とちっとも変わっていないほど弱いのだ。
それで自分が強くなったと錯覚していたに過ぎないのだ。
今の私を他人が見たら、そして現実を知ったら、世間は何と言うだろうか?
極めて非道な行為をしておきながら、その責任を金の力で逃れようとしているのだ。
例えるならクズ。いや、クズ以下だ。いや、さらにその下のクソムシなのだ。
私は金が欲しかったのではない。
いや、確かに金は欲しかったが、金を稼げる自分が欲しかったのだ。
金が潤ってくると、昔のように金の有難みが全然なくなってしまい、それがなんだかかえって寂しい。
贅沢な悩みかもしれないが、結局、金で買えるものには限度がある。
料亭や、高級クラブ通いも飽きてきたのも事実。
私は、料亭の美味しい料理を食べたかった訳ではないし、高級クラブの綺麗な女たちに会いたかった訳ではない。お金をたくさん使って贅沢できる自分が欲しかったのである。
結果的な満足よりも、過程的な充実を求めていたのだ。
退屈が普遍に羅列されている人生のレールから、甘美な欲が敷き詰められたレールへと移ってしまった。
生活が変わるということは、結果、心も変わっていくということだ。
普通であった心が欲によって汚されてしまうのは、当然の道を選んでしまったからなのだ。
私は声を大にして言いたいが、世の中に金持ちになりたいヤツは、それ相応の覚悟も必要ということだ。
生まれつき金持ちならともかく、汚れもせずに清いこころのまま金持ちになることなどあり得ないのだ。
汚れていけばいくほど金持ちに近づいていくという仕組みを理解せねばならないのだ。
だから、私のような一般市民のサラリーマンから、突欲によって変わった人間は、予想もしない黒の世界に押しつぶされそうになるもの当然なのだ。
今の私はもう限界に近い。いや、とうに限界を超えているのかもしれない。
それさえ分からなくなるほど、私の脳神経は麻痺しているのだ。
殺人を犯しても金で事実を消そうとしているなど、正気の沙汰ではないことはわかっている。
だが、それを不正な事と知りつつも行おうとしていることこそ、麻痺以外の何者でもないのだ。
私の突欲の正体がハッキリわかった。
もうこれ以上、お金を稼ぐことに意味はない。
いくら稼いだところで、失われた時間が戻ってくる訳でもないし、死んだ人間が帰ってくる訳でもない。
そうだ・・山根は死んだんだ・・・
それをはっきり認めよう。
人と人との社会の中で、人間は体を擦り合わせて生きていかなければならない。
そこに摩擦が生じるのは当然で、怨みや妬みに苛まれていくのもまた当然だ。
時にはその感情が肥大し、相手を殺してやりたい感情さえ生まれてしまうだろう。
それが今回の山根の一件だったというワケだ。何も不思議な出来事なんかじゃない。
山根は殺されるべくして殺されたのだ。
殺される人というのは、怨みを持たれたから殺されるという訳じゃなく、怨みを持たれてなくても殺されてしまうのだ。
そう考えると、この世の中というのは、何と危険に満ち溢れているのだろうか。
生きていることが当然であり、寿命まで行き続けるのも当然だと、人はそれを当然に思うだろう。
だがしかし、その当然という言葉の意味は、奇跡的に危険を回避しているに過ぎないのだ。
例えば目の前で車が交通事故を起こしたとする。
そこに自分が、あと数秒早くいたならば、事故に遭うのは自分だった。
それはもう偶然というよりも奇跡というレベルである。
そんな危うい社会というシステムの中に、自分の命を預けているのだから、もし何か危険が起きても、それは当たり前の出来事なのだ。言うなれば、始めから予測できた物事の一環なのだ。
危うい・・この社会はなんと危ういものなのだろうか?
運と偶然と奇跡というカテゴリーの中で、私達はカゴの中の鳥のように遊ばれて生き続けているのだ。
そこには自由なんかない。だって、こんな危険な事が身近に起こるのに、それが自由なワケがない。
本当の自由・・身の安全を求めるということが、これほど困難な世の中だということを、我々は意識しなければならないのではないだろうか?
狂っていく、狂っていく。
私はどんどんと狂っていく。
私はどこまで狂っていけば気がすむのだろうか?
それはわからない・・・私にもわからない・・・
雨の夜。
鬱蒼とした暗い気持ちがいつまでも続く。
いや、これからもずっと続いていくのだろう。
私は運転手の二ノ宮を呼び、一緒に飲んでいる。
私の独り言のような愚痴は、まだ続いていた。
「なぁ、二ノ宮」
「はい、社長」
「最近わたしは、不思議なものを見るんだ」
「・・・それは、何なのですか?」
「毎夜寝ようと思ってフトンに入り、何となしに天井を見詰めていると、真っ暗闇の空間に石コロが見えるんだ」
「石コロ?・・・ですか?」
「そうだ。最初は目の錯覚だと思って電気をつけてみるが、当然そんなものは見えるワケもない」
「・・・・・・」
二ノ宮は私の顔を無言のまま見詰めた。
「ふっ、その目は私が疲れているとでもいいたそうだな」
「い、いえ、社長・・・」
「まぁいい。それで、その石コロはどうなったと思う?」
「わ、わかりません・・・」
「ぷわっはっはっはぁ!」
私は突然笑い出した。二ノ宮はそんな私を見て驚いた。
「そんなビックリした顔をするなよ!二ノ宮!」
「あ、そんなつもりでは・・・失礼しました、社長」
「それでな!傑作なんだよ!その石がどうなったかというと、なんと、毎夜日増しにどんどん大きくなっていくんだよ!な?笑っちゃうだろ?あっははは!」
「・・・あの、幻覚とかではないのですか?照明の球がそういうふうに見えてしまっているとかでは・・・」
「うん、そうだな。そういう考え方もあるな。だがな二ノ宮、もし、それがこのままどんどんと大きくなってしまったらどうなると思う?」
「・・・私にはわかりかねますが・・」
「私はそれが自分のところへ落ちて来ないか気になって気になってしかたないんだよ!だって、あんな大きな石が空中に浮かんでいるなんておかしいじゃないか?!え?そうだろ?二ノ宮!」
「・・・社長、言いずらいことではありますが、明日、病院へ行って精密検査をしてくださいませんか?社長はきっとお疲れになっているだけですよ」
「なんだと?キサマは私のことをきちがいか何かだとバカにするともりなのか?!」
「そうではありません!でもこのままでは、社長は本当にお体をこわしてどうにかなってしまいそうで・・・それがとても心配なのです!だから・・・」
「貴様!私が拾ってやった恩を忘れたのか!?よりによって私をきちがい扱いするなんて!」
「落ち着いてください、社長。そうは言っておりません。でも、病院にだけは行って欲しいのです」
「病院だと?・・・バカな!あそこには、まだあの少女がいるんだ!溺れたのを私のせいにするために、ずっとあそこの病院にいるんだ!そうに決まってる!」
「あの少女?・・・しゃ、社長!気をたしかに!」
「ええい、はなせ!もう貴様なんかに用はない!私はもうやめてやる、社長なんかやめてやる!」
「社長ッ!落ち着いて!」
「はなせ、二ノ宮!おまえは私に指図するというのか?捨て犬だったおまえを拾ってやったこの私に!ゆるさん!」
私は二ノ宮の耳を思いっきり引っ張った。
「うわッ!いたたた!」
「そういうやつはこうだ!こうしてやるッ!」
ブジィッ!
「うっぎゃあぁー!」
にぶい音をたて、二ノ宮の耳は引き千切れた。
私は、二ノ宮の耳を二ノ宮に投げつけると店を飛び出した。
「私の自由はどこにいってしまったんだ!私の突欲は私に何をさせようというのだッ?!」
私は我を忘れたように、我武者羅に雨の中を走り出した。
キキィーッ!ゴヅンッ!
そして。
私は病院へと運ばれたようだ。
耳を引き千切られた二ノ宮に連れられて。
後に、私が救急車の中で、しきりにうわ言を言っていたと聞かされた。
「私の言っていることはウソなんかじゃない・・・だって、その石は・・・天井はおろか私の枕元にも落ちてきたのだ・・・」
一週間が経ち、私はなんとか退院した。
それから消息を絶ったのだった・・・
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