第11話 旅立ちのデザート

ACT11 『旅立ちのデザート』


昼下がりのとある喫茶店。

2人の女性が真剣な眼差しで、メニューに穴が開くほど見入っていた。

そしてお互い顔を見合わせると、無言で頷き、店員を呼ぶ。


「あ、あの・・ちゅ、注文どうぞ・・・」

そこにやってきたウェイトレスは、まだ新人のようで、おどおどした態度で注文を聞いてきた。

しかし、それは仕方ないかもしれない。そのテーブルの、圧倒的威圧感に飲まれてしまっていたのだから。

「注文よろしくて?わたくしは、抹茶チョコミントパフェをいただくわ」

「あら、ミドリも抹茶なの?だったら私はクリーム抹茶パフェをやめて、ハチミツあんこ善哉にしようかしら?そうしたら私に、抹茶アイスをちょっとちょうだいね」

「いいですけど・・でもわたくしは、クリームハチミツあんこ善哉には全く興味ありませんわ。だったらセイラさんは、モカココアシナモンケーキに興味を惹かれませんこと?」

「わたしシナモンだめなのよ。あ、これにしよ、ブルーベリーレモンパイ風お好み焼きシフォンだって」

「それなら思い切って、さらにマニアックに、ワサビ醤油プリンアラモードはいかが。ホラここに、まるでウニのようなまろやかな味だと書いてありますわ」

「それじゃゲテモノよ、ミドリ」

「そうでしょうか、なかなか通好みな嗜好だと思いましてよ」

「もう勝手にして。ああぁ、どれにしようかな~?迷うわぁ・・・」

「どれも甲乙つけがたいですわねぇ・・・」

なかなか注文を決めない2人。その横にたたずむウエイトレスが、困惑した表情をしている。

「・・あ、あの、お客様・・そろそろお決まりになりましたか?」

ガタンッ!

それを聞いたミドリは、思いっきり席を立った。

「ちょっとあなた!今わたくし達は、どのデザートを選択しようか決死の判断を下してますのよ!」

「ひっ!・・は、はぁ」

ウエイトレスは顔を引きつらせて驚いた。

「よくお聞きなさい!あれも食べたいこれも食べたいというのが人間の当然の欲求!しかしカロリーの過剰摂取は肥満に繋がり健康によろしくない!それを断腸の思いで葛藤してチョイスするのが、苦悩でもあり至福の時でもある・・・それをせかして早く決めろというの?あなたのような一般市民風情のどこに、そんな脅かす権利があるというの!さぁ、お聞かせなさいッ!」

「え・・あ、あの・・・私、そんなつもりじゃ・・・」

「ミドリやめときなさいよ、このコ、困ってるし」

「セイラは黙っていて!いい?あなたがそんなつもりでなくても、わたくしたち客でありながら店側に圧迫された事に変わりはありませんわ!もう、あなたでは話になりませんわ!店長を呼んできなさい!」

「う、あ・・・て、てんちょう~!」

ウエイトレスは、半べそをかきながら店の奥へ走っていった。すると、すぐに店長がそこにやってきた。

「ちょっとお客さん!困りますよ、このコ今日入ったばかりの新人で・・」

「新人だろうが旧人だろうが、客の前に顔出せば関係ないわ!それともあなた方は、この相馬財閥の令嬢、相馬ミドリの接客方針に文句があるっていうの!」

「そ、相馬財閥・・・!!ッ・・・ひっ、も、申し訳ありません!ははーーッ!」

店長は土下座し、ウエイトレスもそれを見て一緒になって土下座した。

「わかればよろしい。では、抹茶チョコミントパフェと、ブルーベリーレモンパイ風お好み焼きシフォンと、ワサビ醤油プリンアラモードを持ってきて頂戴!」

「は、ははぁ~!今すぐに!」

店長はズレた帽子を直すと、調理場へ走っていった。

「あ~あ、カワイソウに。ところでミドリ、ワサビ醤油プリンアラモードなんて、誰が食べるのよ?」

「それはそこの、間抜けヅラしたおサルさんに食べさせるのよ、実験を兼ねてね」


ミドリは、トイレの入り口の側に座っている男に目をやった。

「おい・・・誰がマヌケヅラのサルだ・・・」

セイラとミドリのテーブルから離れたテーブルに、あの刑事が、ぬぼ~っとした顔で座っていた。

「この人には何もあげなくていいわ。私が連れてきたワケじゃないから」

「あら、そうでしたの。てっきりセイラさんの、ペットか奴隷だと思っていましたわ」

「ちょっとミドリ、いくら私でも、こんな下品なペットを連れ歩かないわ」

「おまえらなぁ~・・・」

刑事はワナワナと震えを堪えている。

「ま、それでも、一応私を助けてくれたから紹介するわ、刑事の・・・ええと、なんて名前だっけ?」

「忘れるな、真壁晴男(まかべ はるお)だ・・・」

「その真壁刑事が、わたくし達に何の用ですの?」

「それはね・・・あ、ちょっと待って、来た来た!」

セイラとミドリの目の前に、さきほど注文したデザートが並んだ。


「ようし、まずは抹茶アイスから・・」

セイラはスプーンを持って、抹茶アイスに手を出そうとした。

「ちょっとお待ちなさい、セイラ。それはわたくしの注文したものですわよ。まずは、主賓のわたくしが口をつけるのが当然ではなくて?」

「いいじゃない、ケチねぇ、相馬財閥の令嬢のくせに」

「そ、それとこれとは話が別ですわ。まぁいいですわ、その代わり、ミントチョコは絶対に譲りませんわよ」

「はいはい。あ、ちょっと!ブルーベリージャムはあまり食べないで!そこが肝なんだから」

「あらまぁ?シャトーのナンバーワンにしては、了見が狭いことですわね」

「それとこれとは別!それに今はもう店辞めてるし。そういえばミドリ、店の方はどうなったの?」

「わたくしも、あの店は辞めましたわ」

「ええっ?初耳。じゃあシャトーやめてどうしてるの?」

「今は、相馬財閥全国チェーンの、レストラン会社の社長を任されてますの」

それを聞いた喫茶店の店長とウエイトレスは、顔を見合わせて驚いた。

「さすがだわね。それだけ偉い立場なら、ミドリにお願いできるかな」

「何ですの?」

「わたし、フランスに行きたいの。でも住民票がないからパスポート取れないし、なんとかならない?」

「そんなことなら簡単ですわ。我が相馬財閥の力をちょちょいと使えば、パスポートどころか、マーダーライセンスだってとれますわ!」

「へぇ!実際にあるのね、殺人許可証って」

「そうね、人殺しても揉み消す事は可能ですわね」

「そうなの?ねぇ、その話、詳しく教えて!」

「仕方ないですわね、くれぐれも御内密に。あれは私が高校時代、普段は迎えの車で登下校してましたけど、ふとした気まぐれ電車に乗りましたの。そこで汚らわしい痴漢にあいましたのよ」

「ふんふん、それで?」

「その場で捕まえようとしたのですが、惜しくも取り逃してしまいましたの。それでお父様に言いつけて、その男を殺してもらいましたわ」

「あはは!すごーい!この悪魔!」

「よく言いますわ。あなただって如月さんを殺しているじゃありませんか」

「あー、あんなの殺したうちに入らないわ。ただの粗大ゴミを燃やしただけよ」

「まぁ、そうでしたの、おほほほほ!」

「そうそう、あはははは!」


「ま、待てーーいッ!!」


突如、真壁刑事が大声を上げて立ち上がった。

「どうしたのよ、いきなりうるさいわね」

「そうですわ、ペットの分際で」

「ちょ、ちょっと待て!香取セイラ!相馬ミドリ!いくら何でも今の会話は、刑事である俺が聞き流せる事ではないぞ!」

「だって本当のことだわ」

「そうよ、それにあなたが、刑事の立場でわたくしを捕まえようとしても、あなたの権限では無理。マスコミに言っても情報操作されてお仕舞い。下手すると相馬財場に消されますわ。それを覚悟しているならご勝手にどうぞ」

「ぐ!・・ぐむむぅ~!」

真壁刑事はぐうの音も出なかった。それだけ相馬財閥の力は、警察でも介入できないほど強大なのだ。

店の店長とウエイトレスは、目をまん丸にして更に驚いている。

「そ、それにしても、おまえらには、一般常識というものがないのかぁ!」

震える手つきで、真壁刑事はふたりに指を突きつける。

「一般常識?そんなのは、一般の人に対する常識でしょ?私達には関係ないわ」

「そうですわよ、一般とはすなわち庶民。それがおわかりになって、刑事さん?」

もはやこのふたりには、何を言っても仕方がない。そう思って刑事は、ため息をついて諦めた。

イスにどかりと腰掛けると、くしゃくしゃになったタバコに火をつけた。


==========



「おっと、そうだ。お前たちに言っておきたい情報があったんだ。シャトーを辞めたミドリも知らない情報だ」

「ペットの分際で、わたくしを呼び捨てにするとは納得いきませんが、まぁ、いいでしょう。で、その情報とは?」

「シャトーのオーナーが変わった・・」

「なんですって?オーナーが?」

「たしかシャトーのオーナーは、有数の資産家で、裏の人間とも繋がりのある人物らしいわね・・・オーナーが変わるということは、その店を売ったか、誰かが買い取ったかのどちらかね」

「よほどのことが無い限り、シャトーを売る事は考えられませんわ。売り上げもかなりありますし、尚更ですわ」

「と、なると・・・誰かが圧力を掛けて店を買い取った・・・」

「そう考えるのが正しいですわね。ですが、裏の世界でもかなり力がないとそれはできませんわ」

「それだけ力のある人物なのだろう。シャトーを買い取った人物というのは」

「まさか・・・それだけの勢力があるのなら、相馬財閥の耳に入ってもおかしくないですのに・・・」

「とにかく何か臭うわね、シャトーを買い取った人物」

「それに不審な点もある。それは最近のホステス殺しの事件、『マジョガリ』だ」

「・・・・」

黙っているセイラを見詰める刑事、そしてミドリ。


「古代ユリ、そして安部桃花はシャトーで1、2を争う人気ホステスだ。『マジョガリ』が起きているのはどれも人気店のホステスばかりだから、彼女らが殺されてもおかしくはない」

「そういえばそうですわね。シャトーほどの店ならば、マジョガリの犯人が目をつけて当然ですのにね。どうしてなのかしら・・・う~ん、考えられることは・・・」

ミドリは指を唇にあて考えた。

「セイラはどう思いますの?」

ミドリは、意味深な顔でセイラを見る。マジョガリの犯人を、セイラだと思っているような目つきで。

「マジョガリという殺人事件・・・おまえがやったんだな?香取セイラ?」

詰め寄る真壁刑事の顔から背け、セイラは一呼吸の間をおいた。

「わたしはやっていないわ」

ミドリは抹茶パフェに視線を移し、刑事は頭をボリボリと掻いた。

「そんなわけないだろう?・・香取セイラ!おまえがやったに決まっているんだ!さぁ吐け!」

刑事は、セイラに詰め寄った。しかしセイラは冷静な口調でこう言った。

「もし私なら、すぐに殺したりしないわ。狙われている恐怖を存分に与え、精神崩壊直前まで追い込む・・」

「むむむ・・・!」

「もし仮に、わたしが殺したとしても、誰も私を裁くことは出来ないわ。だってそれは、人が人に対して作った法律で、マジョガリの殺し方は、人間に出来る殺し方じゃないのよ・・・」

シーン・・・店内に静寂が流れる。そしてまた、続いてセイラが口を開く。

「それに今の私は、マジョガリなんて興味はないの。私にはするべきことがあるのよ、だからミドリお願い!私をフランスに行かせてちょうだい!」

「人殺しの犯人が誰かなんて、セイラには関係ないのですわね。わかりましたわ、でも聞かせて頂戴。何故そこまでして、あなたがフランスに行きたいのか・・・」

セイラの瞳を、じっと見詰めるミドリ。

「わかったわ・・・これから話す話は、実際に私に起こった出来事なの・・・」


セイラは、廃墟のビルで会った男、柾加部瀞(まさかべ じょう)の事を話した。

グラージという能力。自分にもパージフレアが使える事。

そして、自分にはまだ知らない秘密の過去が、フランスの地に隠されているのだと。 


セイラは、ワサビ醤油プリンアラモードを口にして眉をひそめた。

ミドリは、ワサビ醤油プリンアラモードを口にして目を見開いた。


「・・・ふぅ、どうやらとんでもない話のようですわね。わかりましたわ、わたくしもフランスへ飛びますわ」

「あ、ありがとうミドリ!・・・って、なんでミドリも着いて来るの?」

「さぁ、どうしてかしら?強いて言えば、あなたの生き様に関心があるってところですわね。とにかく、セイラが何と言おうと、わたくしも行きますわよ!」

「ミドリ・・・」

セイラは内心嬉しかった。だが、それを表情に出すのは少々照れ臭かったのでやめた。

「そうなると、俺も行かないわけにはいかんな。出張経費は・・・ま、無理だな。仕方ない、自腹で行くか!」

「ちょっと、あなたは来なくていいわ、邪魔だから」

セイラは、刑事を切り捨てるように冷たくあしらった。

「ば、バカを言え!これは捜査なんだ!ホステス殺しの容疑者を、みすみす海外逃亡させてはおけん!」

「だったらここで捕まえれば?三流刑事さん」

「か、香取セイラ!き、きさま!」

「あっと、そうだわ。三流刑事は取り消すから、今晩、私に付き合ってくださらない?」

「え!、お、俺と?・・・セイラが・・俺と・・今夜?・・え?」

「勘違いしないで。フランスへ行く前に、どうしても、しておきたい事があるのよ」

「わ、わかった・・し、仕方ない、付き合ってやる!」

刑事は顔を真っ赤にして答えた。

「ふ~ん」

ミドリはそれを見てニヤリとした。

「な、なんだ、相馬ミドリ!」

「別になんでもありませんことよ。さて、お勘定」


喫茶店を出る際、さきほどのウエイトレスが、ミドリに話し掛けて来た。

「あ、あの・・・お客さまのおかげで、私は社会の厳しさを教えていただきました。世の中には、理屈では通らない物事があるのですね。とっても勉強になりました!ありがとうございます!」

そう言ってウエイトレスは、深々と頭を下げた。

「どうやらミドリのお説教も、社会の役に立ったみたいだわね」

「うふふ、一般じゃない常識もたまには必要ね、刑事さん?」

「う・・ぐむむ・・!」

しかめっ面でそっぽを向く真壁刑事。

「あ、それと店長、ワサビ醤油プリンアラモードは絶品でしたわよ。今度、うちのグループの傘下になりませんこと?商品開発部長のポストを用意させますわよ」

「えっ?あっ、ありがとうございます!お嬢様!」

(あのゲテモノ料理を食べて美味しいと感じたのかしら?・・・大丈夫かしら、ミドリの会社・・・)

一抹の不安を残し、セイラは店を後にした。



そして夜・・・

眩いばかりの光を放ち、夜の街は脈々と息衝いていた。

今夜もシャトーでは、人の欲望渦巻く、異彩なるオーラに包まれていた。


キキーッ!バタン!

そこに一台の車が到着する。英国の生んだ高級名車、ジャガーマーク2だ。

お抱え運転手にドアを開けられ、そこに降り立った煌びやかなでセレブな佇まいの女性がふたり。

そして、スーツ姿がいかにも似合っていないオールバックで短足の男がひとり。

「さぁ!ハデに遊ばせてもらうわよ!」

「そうですわね。たまにはお客の立場になるのも悪くありませんわね」

ふたりの女性はムンムンな色気を放ちながら、シャトーの店内へ入っていく。その後を、おどおどと着いていく頼りない男。

ガラン。

「いらっしゃいま・・・・・」

店長のお出迎え。しかし、驚いて声が出ないようだ。それもその筈、来店した客は、あのセイラとミドリなのだから。

「ど、ど、ど!どうしてここにっ!」

「あら、そんなに驚く事はないでしょ、店長。今日はお客としてここに来たんだから」

セイラは、落ち着き払った顔でそう言った。

「そうですわ。それに今夜は、私達をエスコートしてくれる殿方と同伴ですから。ね?」

ミドリは、一緒に同伴して来た男にウインクをした。

「あ・・ああ!そ、そうだ!こ、今夜はハデに金を使うぞォ!焼酎でもドンペリでも何でも持ってこいってんだ!」

刑事はワザとらしい演技で札束をポケットから取り出し、それをテーブルに叩きつけた。

ビッタァン!

その札束の山を見て、店長は目をまん丸くして驚いた。

「足りないのでしたら、まだまだここにありますわよ」

ミドリの大き目のバッグには、札束がギッシリ詰まっていた。

「な、なんでミドリさんがそんな大金を・・・ま、まさか!」

「そう、そのまさか。わたくしは相馬財閥の一人娘ですわよ」

「しっ、失礼しましたぁ!い、今、お席を用意いたします!おい!VIPルームに案内して差し上げろ!」

店長の現金主義に、やれやれとした顔のセイラとミドリ。

もちろんこの金も車も、ミドリが用意したものだった。ミドリは自分が、相馬財閥の令嬢だと店の人間に言ってなかったので、店長はそれを知らなかった。相馬という苗字が同じだけで、まさか相馬財閥の娘がホステスなどするはずもないと思っていたのだろう。


店長の慌てぶりに、店内のスタッフが気付き始めた。

あの、セイラとミドリが店に来た。しかもミドリの正体は、相馬財閥の令嬢だった。

この事実を知ったホステスやスタッフは、ミドリのところに押し寄せてきた。

それも当然だ。ミドリと少しでも懇意になりたいのだろう。

相馬財閥の財力なら、普通の人がジュースを一本買う感覚が、家を一軒買うのと同じくらいなのだから。

「一軒家をオゴってもらえる」、「車を一台オゴってもらえる」、そんな夢のような話が現実になるかもしれないのだ。

ホステスたちの目は、ギラギラとした黒い欲望が渦巻いていた。

「み、ミドリさん、いらっしゃい!」

「ど、どうして突然店を辞めちゃったの?私たちとっても寂しかったんだから!」

「そ、そうよ、今度一緒にお食事に行きましょうよ!わ、私たち友達でしょ!」

金という物欲にとりつかれた人の性。セイラもミドリもそれを見て、ゲップが出るほど気分が悪くなった。

「消えなさい」

ミドリの容赦ない一言。

「え?・・・ミドリさん・・」

「あなたたちは私が店を辞める時、誰も声すら掛けてくれなかった。そんな関係が友達と言えて?」

「う・・・」

「もし友達と言えるなら、わたくしの憎む相手を殺してくれるかしら?」

「そ、それは・・・」

ホステス達は、それ以上何も言えなかった。そしてすごすごとその場を離れていった。

「さ、早く席につきましょうか」

ミドリは、何事もなかったような表情で言った。


VIPルームに案内されたセイラ達一行。

そのあまりにも格調高い豪華な部屋に、真壁刑事はソワソワと落ち着かなかった。いや、しかしそれも仕方のない事だ。一般の市民にとって、シャトーのVIPルームはそれだけ別格の空間なのだから。

ソファーに腰を下ろし、サングラスを外すセイラ。

「誰か指名しようかしらね・・・えぇとそうねぇ、じゃあユリちゃんを呼んでくれるかしら?」

「あら、じゃあわたくしはモモちゃんを指名しますわ。店長、お願いね」

「え?あ、は、はぁ・・・でも・・・」

店長が困惑するのも無理はない。セイラが店を辞めた原因は、直接ではないにしろユリにあるのだから。

そして、ナンバー2の座から転落したミドリも、モモに対してよろしくない感情を持っていて当然だからだ。

「なんですの?あなたはまさか、この店の店長のくせに、お客の言う事が聞けないというの?!」

ミドリは、バッグからさらに札束をゴッソリと出した。

「い、いえ!今すぐお呼びいたしますですっ!!」

店長は、急いでユリとモモのところへ走った。そして、他のお客が指名してようがおかまいなしに、ふたりを引っ張って連れてきた。


セイラとミドリに挟まれて、ちょこんと縮こまって座る真壁刑事。

その正面に対峙するように、ユリとモモが席についた。

かつてシャトーで、ナンバーワン争いを行なったホステス同士の同席。

それは、お客側と接待側という、異常な関係にて成り立ってしまった。


「おひさしぶりね、ユリちゃん。元気してた?」

セイラの顔を仰々しい顔で見詰めるユリ。

「はい。ユリはとっても元気でしたぁ!」


ユリはいつものように、元気ハツラツとした笑顔で答えた。しかしモモは、怯えた表情を隠せなかった。

冷や汗を垂らし、どこか落ち着きがなかった。それは無理もない。テーブルの上に積み上げられた札束の山。そして、この場に立ちこめる険悪な空気。普通の人間なら正常にしていられるわけがない。


「おひさしぶりですわね、モモちゃん。どうしました?顔が真っ青ですわよ?」

「え、あ、あの・・・その・・・べ、別になんでもないでぃす・・・」

呂律がまわっていない。モモは、明らかに浮いてしまっていた。

その様をじっと見詰めるセイラとミドリ。モモはその視線と沈黙に耐え切れなくなった。

「あ、あの・・おのみのも・・お、飲み物をお作りしましょうか?」

カミカミに噛んでしまったモモ。

「そうね、何か作ってもらおうかしら。ミドリは何にする?」

「じゃあ、ブランデーを頂きますわ」

「あ、はい、ブランデーですね」

モモは、ぎこちない手つきでブランデーを作ろうとして、グラスを手に取った。

「ちょっとお待ちになって」

「え?・・・」

ミドリがそこに口を挟んだ。

「わたくしが飲みたいブランデーには、ちょっとした作り方の手順がありますの」

モモは困惑した。ただブランデーを作るのに、手順などあるのかと。

「まずは、グラスに氷をひとつ入れて頂戴。そこに氷ひとつ分の量のブランデーを注ぎ、4回タンブラーで掻き混ぜる。そして氷を3つ追加して水を半分ずつ2回にわけて入れ、それぞれ4回掻き混ぜ、最後にグラスの底を拭いて頂戴。おわかり?」

「え、あ・・・え?」

モモはさらに困惑した。たかがブランデーの水割りを作るのに、なぜそんな面倒な手順を踏まないといけないのだろうか?そんなもの、適量の氷と水を入れて混ぜるだけではないか。

モモはミドリの顔をチラリと覗く。

「ごめんなさいね。そうすることでさらに美味しくなるんですわよ。さぁ、作ってくださらないかしら?」

ミドリは、特別難しい注文をしたのではない。だが、この圧迫した雰囲気の中、順序と回数を頭に入れるのは、相当の冷静さを必要とするだろう。ミドリは試しているのだ。モモの度胸がどれだけ据わっているのかを。モモも、これはミドリの挑戦だとわかっていた。だからモモも負けられない。

ミドリをキッと睨み、口元をキュッと結んだ。

「わ、わかりました・・・つ、作ります!」

その時、ユリの口元が、少しだけ動いたのを、セイラは見逃さなかった。

「じゃあ、お願いするわ」

モモは、つばをゴクリと飲み込み、まず氷をひとつ入れようとした。だが・・

ツルリ。

氷は床に落ちた。グラスに入れるどころか、床に落とすという失態を犯してしまったのだ。

VIP席に着くということは、その客に最高の持て成しをするのがホステスの義務だ。いくら若くて可愛い女でも、初歩的な接待、それも水割りの氷を落とすなど、笑って誤魔化せる訳もなく、恥じるべき失敗であった。

「モモちゃん、この席で、氷を落とすという事がどういうことかおわかりになるかしら?」

「は、はい、す、すいませ・・ん・・・」

「ではもう一回ッ!!」

突然、ミドリが叫ぶ。ビクリと体を硬直させるモモ。

セイラはそれを見てニヤリと笑う。ユリは依然変わらず、ニコニコと微笑んでいた。

カタカタカタ・・・・

氷をいれる手つきが振るえ、グラスに当たって音がする。ユリは動揺して氷を4つも入れてしまった。

「氷はひとつ!もう一回よッ!」

「ひぃ、す、すいません!」

モモの目がキョロキョロと泳いでいるのがわかる。頭の中は、すでにパニックになっているのだろう。

「掻き混ぜるのが一回多いですわ!作り直し!」

「ひゃ、ひゃい!」

「最後に拭くのを忘れている!もう一度!」

「あ、うぁ・・!」

「今度はブランデーすら入れ忘れてるじゃないの!それじゃぁただの氷水よ!」

「ひっ、ひぐぅ!・・ううぅ・・・」


モモはすでに半べそをかいていた。ミドリの執拗な心理攻撃に、モモの精神は限界に達していた。

セイラはユリの顔を見る。こんな状況になっても、それでもニコニコと笑っていた。

この女・・・恐ろしく度胸が据わっているわ。仲間がこんな目にあっているのに微塵も動じていない。

それとも、もともと仲間と思っていないのだろうか?とにかく、この冷酷さと肝の据わり方は尋常ではない。


「あら?どうしたのかしら?手が止まってますわよ!さぁ早くお作りなさい!」

テーブルの上は、ブランデーを作るのに失敗したグラスでいっぱいになっていた。

「・・・うぅ・・・も、もうイヤ!なんで私がこんなことしなくちゃならないの!・・・・あ・・・・」

遂にモモは、お客に向かってその言葉を放ってしまった。

ブランデーを作るというホステスの当たり前の作業を、こんな事と拒否してしまったのだ。

それでも、少々面倒な作り方ではあるが、この作り方を拒まなかったモモは、最初からこの勝負に負けていたのかもしれない。いわば、挑んだ瞬間に負けが決定していたのだ。

・・勝負。

そう、これは勝負であった。この場は、ホステスがお客に接待する場ではなく、お客の出す難問をいかにサラリとクリアーし満足させるかの勝負なのだ。それこそがホステスに求められる能力であり資質なのだ。

お客で来たセイラ達には、お金を払っている以上、ワガママを言う権利がある。

そのワガママを、嫌な顔ひとつせずに聞いてあげるのがホステスの仕事なのだ。

ただ露出度の高い服を着て、ニコニコと笑っているだけではダメなのだ。

そこを勘違いしたホステスが、非常に増えてきているのが、今のクラブの現状と言えるだろう。

高給な報酬を得られるということは、それだけ辛く厳しい仕事なのだと理解せねばならないのだ。


そして、モモは泣き崩れたまま、敗北感に打ちひしがれていた。

それを見下すミドリは高らかに笑う。

「おほほ!水割りひとつ出来ないようでは、ホステスとして失格ですわね!この店のナンバー2の力量をみせていただきましたわ。お粗末様でしたわね」

「うぐぐ・・!」

モモは何も言い返せなかった。

「ミドリ、そんな小者は放っておきなさい。水割りなら私が作るから」

セイラはそう言ってヒールを脱いだ。水割りを作るのに、なぜヒールを脱いだのだろうか?

なんとセイラは、両足を使ってグラスに氷とブランデーを入れ、それを水で割って掻き混ぜたのだ。

横に座っている刑事は、セイラの美しい足に見とれ、鼻の下をアゴの下まで伸ばしていた。

それにしても、なんとも器用なその足さばき。しかも、ミドリの言ったややこしい条件まできっちりクリアーしていた。

「はい、これでどう?こんなの手を使うまでもないわ」

セイラの皮肉に、モモは顔を上げることも出来なかった。

「さて、食事はさっきすませたから、デザートが食べたいわ。フルーツ盛りを持ってきてくれるかしら?」

セイラがユリの顔を見ながら言った。

「はい、フルーツ盛りですね♪」

相変わらず、ニコニコとした笑みを返してくるユリ。


この女・・・やはりあなどれないわ。

この緊張感の中、これだけの笑顔を見せていられるなんて・・・

古代有里・・・あなたが柾加部ジョウとどんな関係があるか知らないけど、私にとって敵であることに違いないわ。見てなさい・・あなたなんて私の敵でないことを分からせてあげるわ・・・

いよいよ今度は、セイラがユリに勝負を挑む番だ。

セイラにとって、自分に屈辱を味わせた相手を許しておけなかった。

セイラの性格上、相手を完膚なきまでに叩きのめさないと気がすまないのだった。


そして、セイラ達のテーブルにフルーツの盛り合わせが置かれた。お値段は5万円。

たかが果物だが、常人には理解できない金額。こんなもの、そこらのスーパーで買えば2千円で足りる。

お金のない人が、クラブでうっかりフルーツ盛りを頼んで後悔する事があるので、注意が必要だ。

お酒を飲んでいて、フルーツを食べたくなる人なんて稀ではないだろうか?

店にとってもただの売り上げを上げるメニューにしか過ぎないのだ。

とにかく、セイラの注文したフリーツ盛り。これをどうしようというのだろうか?

まさか本当に、ただフルーツが食べたかっただけなのだろうか?

それは、次のセイラの行動で明らかになる。


「さって、ただお酒飲んで、女同士でおしゃべりしても何にも面白くないわ。そこでどう?ちょっとしたゲームでもしてみない?」

セイラの提案に、モモはユリの顔色を伺った。ユリは相変わらずニコニコポーカーフェイスで、何を考えているのかわからない。

それにしびれを切らせたミドリが口を挟んだ。

「どうやらユリさんもOKのようですわね。だって、嫌だって言いませんもの」

「そうね、じゃあ決まりね。やりましょう」

セイラとミドリの強引な展開に、このVIPルームで、フルーツを使ったゲームを行なうことになった。

セイラの思惑は、もちろんユリに一泡吹かせること。

はたして、そのゲーム内容とは一体どんなものだろうか?

「ルールを説明するわ。まずは順番に、このフルーツを一個ずつ手に取るの。そして次に、そのフルーツ

を使って一発芸を披露するの。ダジャレでも小話でもウンチクでも何でもいいわ。とにかく場の皆が面白いと思えばいいのよ。で、つまらなかったら罰ゲーム!」

フルーツを使った一発芸・・・単純に考えて、それほど面白いゲームとは言えない。

それどころか、頭を少しひねらないと、とても一発芸など思いつかない。

この張り詰めた空気の中で、一体どんな一発芸が繰り広げられるのだろうか?


「あ・・・あたしダメッ!」

そう言い出したのはモモだった。さっきの水割りの失敗で、モモは完全に戦意を喪失していたのだった。

だから彼女にとっては、フルーツの一発芸など、とうてい出来る自信などなかった。


「あら、モモちゃんは棄権かしら? 仕方ないわね、水割りすらまともにできないようですから」

ミドリは、嫌味を込めて言い放った。モモは黙ったまま下唇を噛んでいる。

「それじゃあ、はじめましょ。私とミドリとユリちゃんで! まずは私からね」

セーラはイチゴを手にするとこう言った。

「まずは、軽いジャブね……一期一会!」

その場は、軽い静寂に包まれた。

「ま……よ、よろしいとしましょうか。次はわたくし」

そう言って、ミドリは、メロンを手にした。

「メロンを取るのは、ヤメロン!」

またしても、その場は、軽い静寂に包まれた。

「じゃあ、ユリは……」

そう言って、ユリが手にしたのは……

「パイナップルがふたつで、オッパイナップルー!」

ゆりは、なんとも屈託のない笑顔で言い放った。

その場は、確かに軽い静寂に包まれた。

だがしかし。刑事だけは、その様を見て鼻の下を伸ばしていた。

「お客さん、ウケたかなぁ~?」

さらにユリは、サクランボをつまみ、こう言い放った。

「ビーチクサクランボー!」

セーラとミドリは、引きつったまま何も言えなかった。

そして、刑事だけは、さらに鼻の下を伸ばし、鼻血を垂らしていた。

「あっ! 面白かったかな! ユリの勝ちぃ~!」

それを見て、セーラは軽くフッと笑う。

「まだまだよ、ユリちゃん!」

セーラはフルーツ盛りのマンゴーに手を掛けた。

「それはまさか!? セイラさん!?」

「そう、イクわよ!……これが、オマ……!」

ドシン!

そう言うが早いか、刑事は卒倒してイスからひっくり返ってしまった。

顔は高潮し鼻血を出し、下半身はだらしなかった。でも嬉しそうだった。

「おやおや、下ネタ合戦になってしまいましたわね。でも、この勝負は明らかですわね」

「セーラさん、スゴイですね! ユリにはあんな芸当はマネできません~」

「何言ってるの。ユリちゃんの下ネタもまずまずだったわよ








※ラスト

「店長、ここの店は、相馬財閥にケンカを売ったのですわね?ワサビ醤油プリンアラモードでも食べて、出直してきなさい!」

(ミドリったら、よっぽどあのデザートがお気に入りみたいね・・・)

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マジョガリ しょもぺ @yamadagairu

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