第10話 断罪の雫



ACT10 『断罪の雫』



その日は何か、はっきりしない気分の日だった。

なんというか、背中がムズムズして、それを掻いてもスガスガしくならないような気分。

足の裏を触っただけでもくすぐったいのに、そこに爪を立て、思いっきり掻き毟りたい感覚。

奥歯に挟まったピーナッツが、舌で触れるのに取れないようなもどかしさ。

くしゃみが出る寸前に止まり、どうでもいい事なのに、どこか釈然としない物足りなさ。

すべてが不全な気流に包まれ、私はそんな午前中を過ごした。


何をして過ごしていたかと言うと、爪を切っていた。爪というのは不思議だ。

指先の色が透過されているということは、透明ではないが半透明なのだ。半透明の物質は、体のパーツの中でも爪だけだろう。でも実は完全な透明パーツもあって、眼球の中のレンズの役目をしている部分は透明らしい。昔、学校に置いてあった学習マンガで読んだ憶えがある。

だから私は、爪が半透明だと意識しながらプチプチと切った。そう思うと、半透明のパーツに愛着が涌いてきたので、その半透明のパーツを捨てずに口の中に入れ、歯で細かくブチブチと刻み、それをプッと吐いた。

次に鏡台の前に座り、口紅を塗った。今日は少し暗めの紫色をチョイスした。

この色は、安物のワインを飲んだ後の、唇に残る色のようだったのでやめた。

それを拭き取り、もうちょっと明るめの紫にした。

鏡の前で顔の角度を変え、メイクの状態をチェックする。ルーテシア伊藤のメイクは完璧だ。以前のような、一日で落ちてしまうものではなく、最高の技術でメイクさせてあるので最低でも3日は持つ。

そうこうしているうちに午後になり、雨が降ってきたので外出した。

雨が降ってきたので外出したという表現は、少しおかしいかもしれないが、とにかく私は外出した。


雨。

それは、自然によってもたらされた現象であり、神様でない限り逃れることの出来ない絶対普遍の現象。

私は雨が好きだ。雨は傘で弾くことが出来るし、喫茶店の窓際から眺めれば、ちょっとした水芸を楽しませてくれる。他の人が嫌がる現象を、私は好意的に受け止められる。

それは、抗うことの虚しさよりも、受け入れる事の喜びが勝ったということだ。だから、そんな雨が私は好きなので、コンビニに行く用事もあったので、あえて外出したと言う訳だ。おわかり?


でもこの雨は納得できない。梅雨時だから仕方ないと言えば仕方ないが、好きではない雨なのだ。

何故かと言うと、その雨は、私の頭上だけに降っているのだ。

こんな事ってあるの?

竜巻に巻き込まれたり、鎌鼬に切られたり、そんな自然現象に会うのは、ただのアホゥだと思っていた。

しかし、今の私の現状は、マヌケ以外の何者でもない。私は、その雨から逃れようとして走った。だが雨雲は、ずっと私の後をつけてくる。どんなに急いで走っても、どんなに方向を変えても、その雨雲は私を追ってくるのだ。周りの人間は、その様子を見ても特別驚いた様子もなく、私の不審な行動に眉を顰めていた。

この雨雲が他の人には見えていないのか?ひょっとしたらバカには見えない雨雲なのか?


私は苛立っていた。この鬱陶しい雨雲のおかげで、私の衣服はぐちゃぐちゃに濡れてしまった。

そうだ、建物の中に入ればいいのだ。なぜこんな簡単な事に気付かなかったのかと自分に呆れる。

私は、街の中心を抜け、取り壊されそうなビルの中に入った。何故かというと、人目につくところだと、濡れた服を絞るのを見られるのが嫌だからだ。

「ふう、これでひと安心ね・・・」

そう思ったのも束の間、今度は私の全身を、冷たい悪寒が襲った。

「さ、寒っ!」

思わず叫んでしまうほど、その冷気は異常だった。しんしんと刺すような痛みが体を貫く。

これは新種の風邪か、ウイルスか?さっきの雨で体を冷やしたせいなのか?

私は立っていられなくなり、開いたままになっていたエレベーターの中に入り、扉を閉めた。

ここなら、少しでも冷たい冷気を防げると思ったからだ。

ビイイー!

突然、エレベーターのブザーが鳴った。扉を閉めたので、まだ電源が生きていて鳴ったのだろうか。

スウィ-・・・-・・・・

あれ?下りている。ボタン操作をしてないのに、このエレベーターは間違いなく下にさがっている。

私は、階を示すランプを見た。

B2階。地下の駐車場まで下りてエレベーターは止まった。というか、これより下の階は存在しない。

いや、よく見ると、地下3階のランプが点灯した。そしてエレベーターはまた下っていった。

おかしい・・・地下2階が最下層だと思ったが、見間違えたようだ。そして地下3階に到着した。

ピンポン!ドアが開いたので、私は上にあがろうとしてF1のボタンを押した。

カチカチカチ・・・3回ほど押してもウンともスンとも言わず、そのままエレベーターは止まってしまった。

「壊れてしまったのかしら・・・」

このままここにいても仕様がないので、私は仕方なしに、その階で降りることにした。


地下の駐車場は真っ暗だったが、ところどころに矢印のランプが緑色に点灯していたので、それを頼りに歩いた。すると、遠くに非常口のランプがついているのを見つけたので、私はそこへ向かって歩を進めた。

非常口なら、そこから地上に出られるだろう。私は少し安心したので、外出した用事をふと思い出した。

そうだ!私は昼飯用に、コンビニのスパゲッティナポリタンを買おうとしていたのだった。

今日に限って、少し遠くのコンビニへ向かったのが運の尽きだ。こんなことになるのなら、近場のコンビニで済ませておけば良かった。

でも、近場のコンビニのスパゲッティナポリタンは美味しくない。不味い。

なんというか、ミートソースの中の玉葱のきざみ方が乱雑で、口当たりと噛み当たりがよろしくない。

その些細な違いで、味というものは変わってくるのだ。世間の人々は、ミートソースの玉葱の刻み方などで文句を言わないだろう。しかし、そこにこだわるからこそ、新しい物作りの発展と進歩があるのだと思う。だから私は後悔していない。近場のコンビニで済ますより、こうしてズブ濡れになり、暗い地下を彷徨いながらもここを脱出し、念願のスパゲッティナポリタンを手に入れたいのだ。

思うに物というのは、簡単に手に入ってしまうよりも、苦労して手に入れた方が喜びも一入だ。

私の頭の中は、スパゲッティナポリタンでいっぱいになり、玉葱を噛み締めた時の小気味良い感触と、甘みエキスの味が口いっぱいに広がるのを想像していた。

けして、玉葱が大好きではなく、スパゲッティナポリタンの玉葱が好きなのだ。


それにしても暑い・・・

ただ歩いているだけなのに、どうにも体が汗ばんでくる。普通、地下というのは、ひんやりと涼しいはずなのに、ここはたまらなく蒸す。それに非常口の光も一向に近づいてこない。あそこまでは一体何メートルあるのだろうか?汗だくになるのを覚悟して、あそこまで走ってみようか?いや、そんな無計画な事はするだけ無駄だ。とにかく、この暑さをなんとか抑えるのが先決だ。


すると、私の歩いている少し横の方角に、自動販売機らしき光が見えた。

しめた。あそこでジュースを買おう。持ち金は1200円あったので、十本買っても足りる。でも全額使ったら、スパゲッティが買えなくなるので、そんなに使ってはダメだ。

とにかく私は、歩く方向を右に反れ、自販機の前に来た。

この自販機は都合よく、全て冷たいジュースだけだった。

『冷た~い』と表記されている方が、普通に『冷たい』と表記されるより冷たそうに感じるから不思議だ。

え~と、とりあえずスポーツドリンクにしよう。お茶でもいいが、まずは水分補給が先だ。

お茶は2本目に買えばいい。私は、120円を入れると、スポーツドリンクのボタンを押した。

ガトゥン!

いかにも重い液体が落ちてきたような音がした。私は腰を屈めそれを手に取った。

「あつッ!」

私は想像もしない感触に驚いた。

熱い!このジュースは熱いのだ!しかも缶!

なんだこれはと思い、そっと掴んで取り出してみると、その缶には、『おしるこ』と書かれていた。

ええッ?!私が押したのはスポーツドリンクのボタンなのよ?それなのに何故、おしるこが?

私の頭の中はパニックになった。口の中は、ぬるい唾液でネバネバだった。もし、おしるこなんて飲んだら、気分が悪くなって吐きそうだ。私は軽い立ち眩みを覚え、仕方なしに他のジュースを買うことにした。

硬貨を入れて、今度は冷たいお茶のボタンを押そうとした。だが、私の頭の中で嫌な予感が渦巻いた。

もし、今度も暖かいおしるこが出てきたらどうしよう?そんなものが2本立て続けに出たらたまらない。

私はおしるこが嫌いではないし、むしろ好きだ。でもそれは、冬の寒い日に飲むから美味しいのであって、この蒸し蒸しとクソ暑い時に、間違ってもおしるこなんか飲みたくない。仮に百歩譲って、冷ませてから飲んだとしても、あのトロリとした粘性の液体が、喉にからむのを想像すると気が狂いそうになる。

だから、今度またおしるこが出てきたらと思うと、不安になって仕様がない。

それでも冷たいジュースを手に入れる為には、ここで諦めるワケにはいかない。まさか全部、あたたか~い飲み物ではないだろう。私は、根拠のない期待を込め、祈る気持ちでお茶のボタンを押した。

ガトゥン!

私は落ちてきた缶を拾い上げ、一瞬目を疑った。

「おでん」だった。

全身が虚脱感でいっぱいになる。まさか、こんなことでショックを受けるとは思ってもみなかったので、実際の精神的ダメージは相当なものだ。私はもうヤケクソになり、もう一度ジュースを買ってみた。だが、結果は同じ。出てきた物はあたたか~いコーンポタージュ。

続けてもう一本。今度は味噌汁だった。このラインナップはどうかと思う。はたして需要はあるのだろうか?

そんなどうでも良い疑問を抱いてしまうぐらい、私の思考は低下していた。

おや?今まで、全て冷たいものだけと思っていたが、一番下の左端のひとつだけHOTであった。青色のプレートに、白地でHOTと書かれているのが紛らわしい。

私はピンときた。これこそが冷たいジュースに間違いないだろうと。もう、ここの自動販売機に常識は通用しない。冷たいボタンを押すと暖かい物が出るというルールがあるのだろう。

何故?と考えてみても理解できない。そうなっているのだから従うしかない。逆説的に考えれば、暖かいボタンを押せば、冷たい物が出てくるハズなのだ。私はそう思い込むしか後がなかった。

そして、震える手で、120円をチャリチャリと投入し、暖かいボタンを押してみた。

・・コトン。

ああ・・・・・・もう音を聞いただけでダメだと思った。それはガムだった。

私は、自動販売機に持たれかかるようにして崩れ落ちた。


私はうつろな目で、遠くに見える非常口の明かりを見た。

そうだ、とりあえず一刻も早くあそこへ辿り着かなければ。ここにいても、どんどん体力を消費するばかりだ。私は少しお腹が減ってきたので、エネルギーを補給するために、どれかを飲もうとした。

地面に転がる缶をぼーっと眺める・・・おしるこ、おでん、コーンポタージュ、味噌汁、そしてガム。

乾いた喉には、どれも口にしたくはないが、一番マシ(?)だと思われる味噌汁の缶を手に取った。

私はこの状況で、冗談ではなく本気で温かい味噌汁を飲もうとしている。これは、ある意味拷問だ。

それでも、赤味噌と表記してあったのがせめてもの救い。私は赤味噌が好きなのだ。

強引に自分を慰め、缶のプルトップを開き、中身を口に入れる。

「ぶーっ!!」

私は思わず吐き出した。口に広がる塩辛さ、鼻の奥をつんざく痛み、米神がガンガンする。

それは、醤油だった。ストレートの原液のままの醤油だった。世界広しと言えど、これがナンプラーであれ、しょっつるであれ、醤油をそのまま飲むバカな人間など聞いたことがない。私は四つんばいになって、ゲーゲーとむせながら涙を流した。もうこうなったら、おしるこだろうが、おでんだろうが、コンポタだろうが、何でもいい。この苦しみを調和させてくれる液体なら何でも良かった。だが、おしるこの中身はソース、おでんの中身は塩辛、コンポタの中身は木工用ボンドだった。私は缶を地面に叩きつけて叫んだ。

「こんなの飲めるかーッ!!」、と。

これはもう、ジュースの自動販売機ではない。調味料&ボンド販売機だ。

最後に残されたのはガムしかない。どうやらミントのガムなので、この塩辛さをスッキリさせれるだろう・・・

自信がない。今まで全部ロクでもないものばかり入っていたので、これも正直にガムだと思えないのだ。

私は、恐る恐るガムを開けた・・・すると・・・

スルメだった。それもご丁寧に、ガムの大きさにカットされていた。私はそれを口に入れて、クチャクチャと噛んだ。スルメ自体にそれほど味はついてないので、醤油の塩辛さが僅かに中和されたような気がした。

それに、顎を動かすと唾液が出てくるので、それで中和されたような気がした。

とにかくもう、自分でも何をしているのかわからない。ただ、ふらふらと、非常口に向かって歩くだけだった。


「やっと着いた・・・」

何分歩いたかわからないほど歩くと、やっと非常口の鉄の扉があった。

私はドアノブをひねり、重い扉を開けた。すると!

薄暗い暗闇から、そこは一転して明るい照明に包まれた場所だった。

私の目の前の光景を、脳細胞が思考を始めるのに数秒かかった。それは、ステゴザウルスのシッポに岩が落ち、それが脳まで伝達するのに3秒かかるのと同じくらい時間がかかった。

『香取セイラ結婚おめでとう!』

そう書かれた垂幕と、天井に届きそうなほど大きなケーキ。白い布に覆われたテーブルと、その上に用意されたキャンドルと豪華な料理。ここは間違いなく、結婚式場というヤツだった。

私には場違い・・・なのだが、そもそも、なんでここが結婚式場になっているかが不明だし、垂幕に私の名前が書いてあるのがもっと不明だ。まさか同姓同名というオチなのだろうか?というか、何がオチなのか分からないほど意味が分からない。

キョトンと立ち尽くしている私の背後から、その時、聞き覚えのある声が聞こえた。


「ようこそ!」

パッと振り返るとそこには、タキシードを着た男が立っていた。その男は、スラリとした背丈でスキンヘッドだった。だが、厳つい印象はなく、整った顔立ちが印象的だった。よく言えば美形であった。

「あ、あなたは・・・」

私はその容姿に見覚えがあった。以前、私の気が動転して、車に轢かれそうになったのを助けてくれた男だ。その時は帽子をかぶっていたので、スキンヘッドとは気付かなかったが、岩清水のせせらぎのような優しい声と、光のないグレーの瞳が印象的で覚えていたのだ。

「最近、カフェインに凝っていてね・・・」

その男は、物静かに喋りだした。

カフェイン?この男は何を言っているのだろう?私の聞き間違いなのか?

「カフェインとはアルカロイドの一種で、コーヒーに多く含まれることからこの名がついた」

「・・・?」

「効果は、脳内のアデシンの働きを阻止し、疲労感と安心感を取り除いてくれる・・・」

「ちょ、ちょっと、あなた、一体何を言っているの?」

「ボクは!カフェインが好きなのだ!!」

その男は、突然大声を上げた。

「ボクの好きなカフェインの中に、無水カフェインがある・・・これはドリンク剤などに入っている成分なのだが、これを摂取する際、ひとつ注意しなければならないことがある。それはただ飲めば良いということではなく、口に含んだ瞬間に、脳に浸透していくイメージを浮かべるのが大事なのだ。そうすることで、よりいっそうの効果を期待することが出来るのだ。だから・・」

「やめて!もうワケがわからないわ!」

「だまれ!ボクの言っている意味がまだわからないのか!」

男はまたしても大声を上げた。

「わ、わからないわ!あなたは誰なの?!そしてここはどこなのよッ?!」

私は取り乱して叫んだ。すると、その男は優しくフッと笑った。

「ごめんよ、セイラ・・・何もキミを困らせようとしたんじゃないのさ。ボクの言いたいことは、思い込みの力がこの世を変える力になると言いたかったんだよ、わかるね?」

・・・この男の言わんとしている事はますますわからない。それに何故、私の名前を知っているのだろうか?

「よーし、じゃあカンタンに説明しよう。まず、キミは誰だ?」

「え?わたし?・・・私はセイラ、香取セイラ」

「ふむ、よろしい。ではどんな字を書く?頭に思い浮かべてくれ」

(・・・香取瀞裸・・・)

私は頭の中で漢字を描いた。

「ほう、私と同じ漢字を使っているとは奇遇だね」

え?何でこの男は、頭に描いた漢字がわかるのだろうか?それともただの当てずっぽう?

「ボクの名前は、柾加部 瀞(まさかべ じょう)。柾加部さんと呼んでくれてもいいし、ジョウでもかまわない。さぁ、呼んでみて」

「・・ま、柾加部さん」

「違う!ジョウと呼べ!!」

今、どちらでもいいと言ったのに・・・なんだ、この男は・・・

「ところで、この『瀞』という字は『とろ』とも読める。ボクは幼い頃、トロってバカにされていてね。どうしてか分かるかい?」

「・・・いえ、わからないわ・・・」

この男の幼少の頃の事なんて分かる訳がない。私は淡々とした口調で答えた。

「それはねぇ・・・ぷぷっ!うくく・・・!笑っちゃうよホントに、いや、笑ってくれてけっこうだよ、ぷくく・・!」

「・・・・」

私は眉をひそめた。この男の脈絡のない話は、どこか警戒する必要がある。

「それはねぇ、ただ単純にトロかっただけなんだよ~!あっははは!」

私はその、無邪気で屈託のない笑い顔につられ、少しだけ口元を緩めた。

「笑うなッ!」

今度はこの男、いきなり怒り出した。私は目を丸くして驚いた。

この男、まったく性格がつかめない・・・こういう相手に常識は通用しない。だからこちらも、まともに相手してはいけない。向こうに話の主導権を渡してはいけない!

「では、ジョウ・・と呼ばしてもらうわよ?」

「かまわないよ、セイラ、キミが・・」

「あなたが何者で何故ここにいるのかなんてどうでもいいわ。とにかく私はここを出たいの。出口はどこ?」

「そんなのはないさ。それにここは、セイラ、キミが望んでいる場所じゃないか」

「望んでいる?・・・私が?」

「そうだよ、この結婚式場だって、キミの願いを叶えてやったんだよ。セイラは結婚したいだろ?」

「そ、そんなハズないじゃない!誰が結婚なんかするものですか!男なんて幼稚で卑猥でつまらない生き物だわ!」

「ふふ・・でも心の中では、その幼稚で卑猥な生き物を欲しているんじゃないかな?」

「ちがうッ!私はッ!」


パパパパーン♪ パパパパーン♪

パパパパーン♪ パパパパーン♪パパパパーン♪ パパパパーン♪

パパパ、チャ~ラ~ラ、ラ~ラ~ラ~ラ、ラ~ラ~ラ~ラ、

チャチャ、チャチャチャチャ♪


突如、結婚式のテーマソング(?)が流れた。

そして式場が暗くなり、私とジョウのところにスポットライトが当てられた。

「な、なによこれは!」

「さぁ、主役はキミとボクだ!」

ジョウはセイラの手をとった。するとセイラは、いつの間にかウエディングドレスを着ていた。

「こ、これは・・・ど、どうして私がこんな物を着ているの?」

「だから言っただろ、それがキミの願望だって。強い願いが実現したんだよ」

「あ・・・・」

私は動揺し、思考が低下した。

そうなのか?これは私が望んでいる姿なのか?深層心理に潜む、自分でも気付かない願望なのか?

結婚・・・思えばそれを、一度も考えなかった訳ではない。

私が愛した男、如月卓司と、結婚を夢見たことも事実であった。だが、母の不幸な姿を見て育った私は、どこか結婚に踏み出す勇気がなかったのだ。結婚イコール幸せには繋がらない事を意識していたのだろう。


「セイラ、おめでとう・・・」

薄暗いテーブルに、誰かが座っている。目を凝らしてよく見ると、それはなんと母だった。

「お、お母さん!」

「ごめんよセイラ、おまえには苦労ばかりかけたねぇ。でも母さん、おまえの花嫁姿を見て安心したよ・・」

母は涙を流して、嬉しそうに泣いていた。

「セイラ、おめでとう!」

隣のテーブルには、なんと如月卓司がいた。

「えっ、如月さん!なんであなたが・・・あなたは死んだはず・・・」

「やだなぁセイラ、勝手に俺を殺すなよ。でもちょっぴり悔しいよ、ジョウにおまえを取られちまってさ」

「な、何言っているの?これは違う、このひととは何でもないのよ!」

「いいから、いいから、テレるなって!お似合いだよ、ふたりとも」

ヒューヒュー!

式場内に、ひやかしの声が上がった。他のテーブルを見ると、そこにはセイラの知っている顔が並んでいた。そこにはミドリとユリとモモ、刑事とルーテシア伊藤、取り立て屋の三人、そして、レストランの料理人と店長までもいた。

「どうして、あなた達まで・・・」

「決まっていますわ。みんな、セイラを祝いに来たのですわよ!」

パチパチパチパチ!

みんなの拍手に包まれて、セイラは花束をもらった。するとその花束の中で、何かがガサゴソと動いた。

「おめでとうだニャー!」

「ひっ!」

私は驚いて、その花束を地面に叩き付けた。そこには、ネコの生首が5個転がっていた。

「ひどいニャー、セイラちゃん。せっかくお祝いしてあげたのにニャー!」

「わ、わぁあッ!」

私はそのネコの生首を3つ蹴飛ばした、そして残った2つを思いっきり踏みつけた。

グシャグシャになったネコの頭の残骸から、目玉がニュルリと飛び出ていた。

「はぁ!・・はぁ!・・はぁ!・・・」

「だめだよ、セイラ、そんな可哀相なことしたら」

キッ!私はジョウを睨んだ。

「おやおや、これからボクの妻になるのに、そんな怖い顔したらだめだよ」

「うるさいッ!これはあなたの仕業ね!どうやったか知らないけど、幻と一緒に焼き焦がしてやる!」

私は怒りの念を込め、パージフレア(粛清の炎)を発動した。

ボオオゥ!

ジョウの体はアッという間に、灼熱の炎に包まれていった。だが・・

「うっ!」

「何を驚いているんだい、セイラ?」

確かにジョウの体は、パージフレアで焼かれていた。だが、ジョウは何食わぬ顔で立っている。

「これがキミの全力かい?だめだなぁ、それじゃあまだボクの妻にはふさわしくないな」

ドシュシュウ!

すると、ジョウの体から水蒸気が上がり、雫が弾け、炎が全て吹き飛んでしまった。

「な、なんですって?!」

「これがボクのグラージ、断罪の雫さ・・・」

ジョウの不思議な力の前に、セイラのパージフレアは掻き消されてしまった。

はたしてこの男は、セイラと同じ能力を持つ者なのか?



ところ変わって地下2階。

このビルの廃墟に入ったもうひとりの男の姿があった。

その男は、地下のコンクリートに這いつくばって地面を調べていた。

「おかしい・・・・」

それは、セイラをつけまわしていたあの刑事だった。

「確かにセイラはこのビルに入った。そしてエレベーターで地下2階に下りた・・・それなのにセイラはおろか、エレベーターの中には人っこひとりいない・・・」

刑事は、地下2階で止まっているエレベーターに乗ってみた。

このエレベーターは型が古いらしく、ボタンのマークが『←→』、『→←』、ではなく、『開』、『閉』だった。

「これってパッと見、わかりずらいよなぁ・・閉じると開くの字が似ているし。俺、昔っから漢字苦手なんだよ」

刑事はブツブツ言いながら、閉じるボタンをカチカチ押して扉を閉めた。

アチョーッ!

「なっ、なんだ?!」

エレベーター内に、突如、叫び声が聞こえた。

「なんだったんだ今の声は・・・ん?」

刑事がボタンから指を離すと、緑色に光るボタンの文字が、どこか不自然なのに気がついた。

「このボタンの字・・・開く・・じゃないぞ?これは・・・『闘』・・・?」

刑事は、もう一度そのボタンを押してみた。

アチョーッ!

またしても、奇声が聞こえてきた。

「なるほど、これは面白い!闘うボタンを押すと叫ぶ仕組みなのか!きっと乗客を退屈させないためだな」

この刑事の思考は、どちらかというと普通ではないようだ。

「それにしても、さっきからこんなボタンあったかな?・・・ん、この横のピンクのボタンは・・・『悶』?もん・・これなんて読むんだったかな?」

刑事は何気なしに、そのボタンを押してみた。

パカッ!ガクン!

すると突然、エレベーターの床に穴が開き、そこから刑事は落ちた。

「うっわぁあっ!しっ、死ぬぅ~~~~~!わ、わかった、悶は、もだえだぁ!」

刑事は悶え苦しみながら、真っ逆さまに落ちていった。



場面は戻り、セイラとジョウが対峙している地下3階。

「グラージ?・・・それに断罪の雫ですって・・・?」

「そうさ!グラージとは怨恨、キミとボクが使っている力の総称を指す」

「私の力・・・それがグラージ(怨恨)・・・」

「そしてボクの力の名、それが、コンビクションドロップ(断罪の雫)なのさ!」

ジョウは得意げに胸を張った。セイラはこの男に、どこか子供っぽい幼稚さを感じた。

「ふ、ふん!私のパージフレア(粛清の炎)を消したぐらいで、いい気にならないで!」

「パージフレアか・・良い名前をつけたようだね?カッコイイじゃないか」

「格好良いですって?私はそんな下らない理由で名前をつけたんじゃないわ!全て復讐のためよ!」

「ん~、いけない子だなぁ、セイラは。そんな無意味で野蛮な事を、キミにして欲しくないなぁ」

「余計なお世話よッ!それにあなたのグラージが私の炎を消したからって、それがどうしたってのよ!」

「おや、聞き捨てならないなぁ、その言葉。だったら見せようか?ボクのグラージの本当の恐ろしさを・・・」

ジョウはニヤリと笑い、手の平をこちらに向けて掲げた。

シュウウウ・・・・水蒸気のようなモヤが手に集まり、それが一気に拡散した。

「な、なんなの?・・・うぐッ!く、苦しい・・・!」

ゴバァ!

すると突然、セイラの目、鼻、口から、大量の水が溢れてきた。これもジョウのコンビクションドロップ(断罪の雫)の力なのか?

「どうだい、セイラ?苦しくて、ボクの声も聞こえないかな?ボクのグラージは水を操る。だがただの水じゃない・・・そう聖なる水、これは聖水なのさ!」

「うぼぼ!ごぼぼぉっ!」

セイラは苦しみのあまり、地面に倒れてもがき続けた。

くっ!こっ、こんなところで死ぬわけにはいかないわ!こんなワケのわからない男に殺されてたまるかぁ!

バシュウウッ!

セイラのまわりに、ものすごい量の水蒸気が拡散していく。

「はぁッ!・・・はぁッ!・・・・」

「こいつは驚いたな、ボクのコンビクションドロップ(断罪の雫)を掻き消してしまうなんて・・・どうやら、キミとボクのグラージは、相性が悪いらしいね」

「ふぅ!・・ふぅ!・・あ、相性が悪いのはグラージだけじゃないわ、男と女の相性もきっと最悪ね!」

セイラは、ジョウを鋭い眼光で睨んだ。

「あはは!どうやらファーストインプレッションは嫌われてしまったらしい。知っているかい?人と人が始めて出会った時、最初の10分間の印象が、その後も潜在意識の中でずっと続いていくんだよ」

「だったら、あなたとは最低の出会いをしたことになるわ。いきなり結婚式で、いきなり溺死させようとするなんて!」

「その方が、強烈な印象を与えられるだろう?現にキミは、ボクのことを一生忘れない」

「今すぐ忘れてやるわ!あなたを殺して!」

「できないよ、キミはボクを一生愛し続けるのだから」

「あなたとは話が噛み合わないッ!」

セーラのパージフレアが、ジョウに向かって発動した。しかし、ジョウのコンビクションドロップの水飛沫の壁によって防がれてしまった。

「うくっ!・・・ダメだわ!私のパージフレアが通用しない!」

「いまさら気付くのが遅いよ、セイラ。今度はこっちの番だ、覚悟はいいかい?」

ドシュシュ-ッ!

コンビクションドロップの水圧が、セイラの炎をどんどん押し返す。

「うあっ!・・・も、もう堪えきれない・・・あ、危ないわ・・・!」

「ふはは!そうだぞセイラ!キミはもう危ない状況にいるんだ!素直に謝れば助けてやる!」

セイラの炎は完全に掻き消され、目前に迫る水飛沫が、鼻の穴に入って呼吸が苦しくなってくる。

「あ・・あぶない・・・あぶないわ・・・・」

「危ないどころではないよ!すでに危険なんだよ!さぁ謝れ!セイラ!」

すでに勝負は見えたようだった。ジョウのグラージの力量の前に、セイラはなす術もないのか?


「いいえ・・危ないのはあなたよ、ジョウ・・」

「何ッ?!・・・ん、何か焦げ臭い、甘い香りが焦げ臭い!なんだこの臭いは?!」

グララッ!ガタァン!

ジョウが背後を振り返ると、天井まで届きそうな巨大なウェディングケーキが倒れてきた。

セイラは、ジョウに気付かれないように、ケーキの台座をパージフレアで溶かしていたのだ。

「うわあぁーーッ!」

「どうだッ!いくらケーキと言えども、その大きさならあなたを押し潰せるわ!」

「ああああぁーーッ!!」

ドシャァン!

巨大なケーキはジョウの上に倒れ、そのままジョウを押し潰した。

「ふうっ、ケーキだけに、甘くみちゃダメだわよ?なんてね」

お見事!セイラの作戦勝ちだ!

「さて・・今のうちに早くここから脱出しないと、あの水芸男が復活してしまうわ。えっと、出口出口・・・」

セイラは、出口を探して辺りを見回した。すると・・・

ズデェン!

大きな音とともに、天井から何かが落ちてきた。私はそれを見て驚いた。

「あいたたた・・・あ!セイラじゃないか!やっぱりここにいたのか!」

なんとそれは、あの刑事だった。

「まったくあきれたわ・・・あなたとは、切っても切れない運命みたいね」

セイラは皮肉を込めてそう言った。


「ボクを裏切るな・・・・」

するとどこからか、ジョウの声が聞こえてきた。

「ジョウ!・・・どうして?!」

倒れたケーキの残骸から、ジョウが起き上がってきた。ケーキに押し潰されなかったのだろうか?

「ふふ、ボクのグラージの力を忘れたのかい?コンビクションドロップ(断罪の雫)とは、何も相手に水を浴びせるだけの力じゃないんだよ。水を操る・・・つまり、このケーキの水分を、全くなくす事もできるのさ」

ケーキの重みは、クリームやカスタード部分の水分がほとんどだ。水というのは結構重い。それが無くなってしまえば・・・

「スカスカのスポンジ状態ってことになるわね・・・」

「そうだ、すでに砂のようにサラサラだよ。だからボクはダメージを受けない。わかったかな、セイラ?」


(※ここはまだ執筆中です。読み飛ばして下さい)

ユリをじわじわと追い詰める話を入れる。(前話)

ユリの正体をつかむべく、戦いを挑むセイラ。



セイラはポケットにあったガムの包みのサキイカを捨てると、コンビニでスパゲッティナポリタンを買った。

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