第9話 美と醜と
ここに、壮絶な不幸を背負った、ひとりの赤子が生まれた。
彼女が物心ついた時には、父親はいなかった。母親は、けして父親の事を言わなかったので、聞かれたくない事があるのだと幼心にそう思い、父親の事を聞くことはなかった。
母ひとり子ひとりの生活は貧しく、お腹を空かせる毎日だったので、小麦粉を練ってまるめて、それで飢えをしのいだこともあった。小学生時代には給食費を滞納する事も、教材を買えない事もあった。
だが、真面目にまっすぐ生きる母の姿を見て、彼女はひねくれる事なく、健全な心を持って育っていった。
しかし、彼女が中学生の時、悲劇が起きた。
母の優しい性格が災いし、借金の保証人になった相手が逃げてしまったのだ。
家は抵当に入れられ、微々たる貯金も全て剥ぎ取られ、行くあてをなくした母親と彼女は、安アパートをなんとか借りて暮らす。だが、借金の利子が払えなくて、取り立て屋に脅される毎日だった。
少しでも母親の助けになろうとした彼女は、中学を卒業して働きに出た。
最初は、昼間の喫茶店でバイトしていたが、とても生活費が足りなかったので、年齢を誤魔化して夜のスナックに勤めた。生まれつき綺麗な顔立ちと、気品の良さが客に気に入られ、そのお店は繁盛し、お給料も多く貰うことができた。中にはお小遣いとして、1万円札を握らせてくれるお客もいた。
彼女はその時はじめて、女という武器を使えば、もっと稼ぐことが出来ると認識した。
それから彼女は、女の色気を武器に、お客から小遣いを貰おうと意識し始めた。
それは次第にエスカレートしていき、彼女の体を、金で買おうとするお客が出てくるのも当然であった。
金額は一晩十万。高額に目がくらみ、彼女はそれを決意した。だが、いつもよりお洒落している娘を見て、不審に思った母親が問い詰め、彼女を叱り、初めて殴ったのだった。
彼女は言い返した。私がお母さんの為に働いているのに酷いわ!と。
だが母親は、そんなことまでしてお金を稼ぐなら、死んだほうがましだと言う。
まだまだ母親の気持ちを理解できない彼女は、母親の言葉に耳を貸さず、お客に体を売ってしまう。
そのことを悲しんだ母親は、二度と娘にそんな事をさせない為、自分に保険金を掛けて道路に飛び込んだ。納骨を手にするまで、彼女は母の自殺した意味を理解できなかった。
しかし、彼女は、命よりも大事な女の誇りを母に教わり、それを胸に刻んだのだった。
そして5年後。
彼女は、高級クラブのホステスとして、ナンバーワンの座を得ることになる。
その名はセイラと言った。
チュチュ、チュン。
小春日和の日曜の朝。気温はどちらかと言えば暖かかった。
まだ眠い目をこすり、時計を見ると、私はふとんを跳ね除けて起きた。
「もうこんな時間!やばい、遅れちゃう!」
私は急いで身支度をすると、仏壇にお線香を上げてお祈りし、家を出た。
電車の時刻表を見ると、確実に遅刻だ。私は焦りながら、キップを買って改札口を走り抜けた。
駅のホームでは、何度も電車が早く来ないかとキョロキョロし、電車内ではもっと急いで!と頭の中で強く念じてみた。しかし、念じたところで電車のスピードが上がるわけもなく、それがたまらなくもどかしかった。
「はぁ、はぁ」というか、「ぜい、ぜい」に近い息を切らし、待ち合わせ場所へと全速力で走っていく私。
前髪の隙間から差す陽ざしが、公園の木々にハチミツのようにトロリと溶け込んでいく。
まわりにいる人々が、「早く、いそいで!」と言っていたり、「遅刻だぞ~」って茶化しているように見えた。
まるでみんなが、私を応援しているようで、思わずマラソン大会を思い出してしまった。
結局、私は待ち合わせ時間に遅れてしまった。
待ち合わせ場所まで残り20メートル地点から、私の心拍数が激的に上がっていった。
「なんて言って謝ろうかしら?」とか、「怒っていないかしら?」とかしきりに考えた。
顔を小刻みに左右に振り分け、キョロキョロと彼の姿を確認しようとする。
しかし、彼はいない。噴水の前の時計台にも彼の姿はない。
「もしかしてトイレに行っているのかも」・・・とか、「もしかして寝坊したのかも」・・・とか、「もしかして事故にでもあったのかも」・・・なんて不安が頭を過ぎり、心配で心配で胸がキュウっと痛くなる。
ひとりぽつんと佇む私は、半べそをかきそうになっていた。
すると、後ろから肩をポンと叩かれる。振り返ると、そこには彼の笑顔があった。
「ちょっと驚かしてみたんだよ」
その言葉に、私は急に安心して、泣き出してしまった。
「ごめん、ごめんよ」
彼は、必死になって謝っている。そこで私はこう言ってやったの。
「うそだよん、驚いた?」
すると彼は、私の頭をポンと叩き、そして抱きしめてくれた。みんなが見ていて恥ずかしかったけど、暖かなぬくもりが、私の心にスッと溶け込んでいった。
(幸せで幸せで死にそうだよ・・・)
そう思った瞬間。
私の写真が白黒になって、花輪に囲まれていた。
線香の煙は立ち上っているのに、そこに人は誰もいなかった。まわりは真っ白で何もない空間。
ただ、私の遺体の入った白木の棺が、ぞんざいに放置されているだけだった。
私はそんな自分がたまらなく惨めになった。私が死んだというのに、誰も集まってくれないのだ。
でも、これでいい。こうなることは最初からわかっていたのだから。
もう私に未練はない。そう自分に言い聞かせ、振り返ると、心のドアをぱたんと閉めた。
ACT9 『美と醜と』
私の手元には、1枚のDVDがある。
DVカメラで撮った映像を、HDDプレイヤーに落としたので、それを録画したメディアだった。
私は、16畳の間取りの部屋で、ハイビジョンテレビの前に座り、サラウンドスピーカーの電源を入れた。
高画質モードで撮ったので、映像と音声は格別に良いはずだ。だから、最高の環境で視聴したかった。
私は再生ボタンを押してから、リモコンをフローリングの床に置いた。そして、ガラステーブルの上の、オレンジジュースのストローを咥え、チューと吸った。
しばらく無言で鑑賞。
思わず笑い出す私。そして思わず目を背ける私。緊迫したシーンに、じっとりと手に汗が滲む。
私はその汗を、ティッシュで拭きたかったので、座ったままの姿勢でティッシュの箱に手を伸ばした。
だが、座った状態では、ティッシュの箱には手が届かなかったので、腰をちょっと上げて手を伸ばした。
すると、ティッシュの中身がカラッポなのに気付き、仕方ないので、その空箱でベタベタと手を拭いた。
ところが、ツルツルの表面をした箱では、なかなか汗が拭き取れなかったので、今度は、さらに遠い位置にある脱脂綿のところまで移動した。そして脱脂綿で手を拭い、やっと汗が拭き取れたが、考えてみれば水道で手を洗ったほうが早いし、スッキリ気持ち良い事にあとから気付いた。
そうこうしているうちに、大事なシーンを見逃してしまったので、リモコンの巻き戻しボタンを押した。
よくよく考えてみれば、この『巻き戻し』っていうのは、ビデオデッキ時代に、実際にテープを巻いて戻していたのだから『巻き戻し』であって、デジタル化されたファイルを巻いて戻しているわけではないのだ。
だったら、説明書には何て書いてあるのか気になったので、再生を停止して、立ち上がって説明書を探した。
しかし、説明書がどこにあるか忘れてしまったので、まずはそれを思い出さないといけない。
そんな面倒くさいことはやりたくなかったので、私は説明書を探すのを諦め、立ったついでに台所に行き、コンビニで買ったパスタをレンジに入れた。1分30秒をセットしてスイッチON!
でも、1分30秒も、レンジの前でぼーっとしているのもなんだかマヌケなので、ベランダの外の空気を吸いに出た。すると天気は雲ひとつない快晴だったので、私は思わずおフトンを干したくなった。
思い立ったら即実行の私は、おフトンをよいしょと持ち上げ、ふらふらとベランダに運んだ。
その途中で、タイミング悪く、レンジのチーン!が完了した。
「あ、できた」
私はパスタを早く食べたかったので、おフトンをテキトーに干すと、バタバタと台所に戻り、レンジを開けてパスタを取り出した。
「あれ?」
私の頭上に疑問符がついた。パスタだと思って買ってきたのは、よく見れば、なんとマカロニグラタンだった。しかもホワイトソース。私はナポリタンが食べたかったのに、なんで嫌いなホワイトソースのグラタンを買ってしまったのか?
OH!MY GOD!私はおでこに手をあてて叫ぶ。
だがいくら叫んだところで、ホワイトソースはトマトソースに変化しない。そうだ、これにケチャップをかけてみたらどうだろうか?とも思ったが、我ながらバカな発想だと思って却下した。
もうこうなったらヤケだ。嫌いなホワイトソースを克服するいい機会だと自分に言い聞かせ、テーブルの上に置いてラップを開けた。私は牛乳が飲めないので、ホワイトソースが苦手なのだ。あの特有の臭みというか、まろみが好きになれない。しかも牛乳って、もともとは牛の血液から変化すると聞いて、さらに飲めなくなってしまった。でも、ひょっとしたら食わず嫌いで、食べたら美味しいかもしれないという期待感があったので、フォークですくって一口食べようとしたその時!
なんと!私の嫌いなシメジまで入っているではないか!
ああ、もうこれはダメだ。
シメジは黒いというか、中途半端に黒いから嫌いだ。それもグレーじゃないし、どこか生理的に気分の悪いグレーっぽい黒なのだ。その中途半端な色合いに、食欲もへったくれもない。とにかく見るのもイヤだ。
これは困った・・・嫌いな食べ物のツープラトン攻撃だ。
私はマカロニグラタンをテーブルに置き、破ったラップの裏に記載されている製造メーカーに、クレームの電話を入れてやろうとした。私は携帯を取り出すと、その番号に電話をした。
トゥルル・・・トゥルル・・・
コールが5回鳴っても、まだ出やがらない。だからサービスセンターは嫌いなのだ。対応が最悪なうえに待たされる。もういいやと思って、私は携帯を切ってやった。もうあんたのところの製品は買わない。それであんたのメーカーが赤字出そうが潰れようが知ったこっちゃない。
ざまあみろ!
・・・でも考えてみれば、ホワイトソースグラタンを製造しているなら、たぶんスパゲッティナポリタンも製造しているはずだ。なら、私の好きなスパゲッティナポリタンまで製造しなくなったら困る。
仕方ない。今回だけは大目にみて許してやろう、たかがスパゲッティだ。
さて。
どこで寄り道してしまったのか、私はこんなくだらない事で時間を潰している暇はないのだった。
早くこのDVDを見終わって、次の映像を撮影しなければならない。
今夜の撮影場所はどこになるのだろうか?それはわからない。
だってそれは、夜の裏通りに、ホステスの女がひとりで歩く場所に限定されるのだから。
今夜はどんな、悲痛な叫び声で息絶えていくのかしら?とっても楽しみだわ!ワクワク!
テレビの中の映像。
それは、セイラがパージフレア(粛清の炎)で焼いた、ホステスの壮絶な死に様が撮影されていた。
撮影者はルーテシア伊藤。彼(オカマだが彼)は、セイラの忠実な下僕となり、セイラのメイクと、粛清シーンの撮影も受け持っていた。その映像が、ハードディスクにいっぱいになったので、それをDVDに焼いて保存したのだ。
ホステスの謎の死は、当然、マスコミに注目され、各メディアで話題になった。
昨日の新聞の見出しにはこう書かれていた。
『美人ホステスを襲った奇妙な犯行!焼け焦げた死体は何を意味するのか?』
その文章を読んでいくと、こう書かれている。
この殺人はただの殺人ではなく、全身を焼き焦がされているのが最大の特徴だ。
焼死体は、自然発火したような不自然な燃え方で、ガソリンや火薬で燃やしたものではない。
この不思議な殺人は、まるで魔女の仕業のようであり、魔女狩りと呼ばれ恐れられている。
警察は、発火の原因を急いで調査しているが、現在、科学鑑定でも解明できないという。
テレビのワイドショーでも、このネタで持ち切りだ。
「あっ、ここです!この場所で、ホステスが原因不明の焼死体で発見されたのです!」
テレビのリポーターが、大げさなリアクションで叫ぶ。
「この事件は、魔女狩りと呼ばれているそうですが、それについてどう思われますか?」
今度は、顔が個性的なホステスが、インタビューに答えている。
「え~マジョガリですかぁ?なんかブルガリのアクセサリーみたいでカワイイけど、やっぱ怖いですぅ~。
なんか、お店の売れてるコばっか狙われてるみたいで~、絶対私も狙われるから気をつけなくちゃっ・・・」
プツン!
「あほか。誰がてめぇみたいなクソブスを襲うかってんだ!」
男はテレビを消して、画面に向かって怒鳴りつけた。
プツン!プツン!プツン!・・・・
そして、そのテレビの横にズラリと並んでいる、10個のテレビの電源もすべて消した。
その男は、地味なハンチング帽をかぶり、この季節だというのに暑苦しいコートを着ていた。
「魔女狩りだと?ふざけやがって!・・・香取セイラ、わかっているぞ、おまえの犯行に間違いないんだ!・・」
それは、セイラを執拗に追う、あの刑事だった。
刑事は、コートのポケットからアンパンを取り出すと、それをムシャムシャとひとくちで頬張った。
口からボロボロとパンのかけらがこぼれるが、ゴクンと豪快にアンパンを飲み込んだ。
そして、グレープフルーツジュースを喉に流し込み、ゲップをひとつ吐き出した。
「それにしてもわかってない。セイラが、そんな美しくない殺し方をする訳ないだろう!あいつだったら、もっと華麗に、もっと芸術的に人を殺すだろう・・それがわかってない!」
刑事はテーブルをドンと叩き、座っているマッサージチェアの電源を入れた。
ブイィィン・・ブルルルル・・・・
「あぁ~・・・ぎもじえぇぇぇぇぇぇ・・・・」
「あのぅ~・・・・ここでの外食は、控えていただきませんかねぇ、お客さん?」
倒したマッサージチェアの上から、刑事の顔を覗き込む男。どこかなまりのある方言。
「ん?誰だオマエは?」
「わたすはここの、電気屋の店員ですけれど・・・」
「あ・・・オホン!まぁ、あれだ、その・・・事件だ!」
「は?」
刑事はマッサージチェアから立ち上がると、警察手帳を出した。
「け、刑事さんでしたか?し、しつれぇしましたぁ!」
「いや、この近辺で事件が起き、ここの電気店に犯人が逃げ込んだとの情報があってな」
「そ、そうですたか!・・・で、犯人は、いまどこに?」
「お、そ、それが、えと・・・あッ!あいつが怪しい!あの食器乾燥機に顔を突っ込んでるヤツだ!」
「あいつですか!よぉ~し、とっ捕まえてやりますよ!刑事さん!」
「あ、ああ・・・・」
「ちょっとそこのあんた!そこで何すてんの!」
店員は、食器乾燥機に顔を突っ込んでいる客に叫んだ。
「え?いやぁ、この食器乾燥機、塩の力で洗浄!って書いてあったから、どれだけ塩のにおいがするか、嗅いでいたんですよぉ~」
鼻水を垂らし、平和そうな顔をした客がそう言った。
「ばかやろう!おまえの鼻水つけられたら、もっと塩くさくなるんだよ!」
「え?だったら、もともと塩くさいってことですかぁ~?」
「うるさいよ!とにかくこっち来ぉ!」
「や、やめて下さいよぉ~」
「あ、おめぇ!鼻水つけやがって!このぉ」
「そんなに鼻をひっぱったら、鼻水だって出ますよぉ~」
「やかまし!そんなデカイ鼻してっから、思わずひっぱっちまったんだよ!」
「メチャクチャだなぁ、この人。ところでなんでボクは鼻をひっぱられてんですかぁ~?」
「そりゃオマエ、そんな大きな鼻して、鼻水つけっから・・・じゃなくて事件だよ!ね、刑事さん?・・・あれ?」
振り返ると、そこに刑事の姿はなかった。
「どういうこと?店員さん?」
「あ・・・いや、そのぉ・・・まいっただなこりゃ」
「まいったのはこっちだよ!そうだ、あのさぁ~この製品、買うからまけてくれるよね~」
「あ・・は、はい・・・勉強させていただきます・・・」
電気店で少し赤字が出た以外、特別な事件は起きなかった。
夜の繁華街。
その日は週末だったので、街は人でごったがえしていた。
そこから少し外れた路地裏に、一件のバーがひっそりと佇んでいた。
カラン。
「遅かったわね、セイラさん」
「ごめんなさい、ミドリさん。ちょっと道が混んでいたものだから」
カウンターの真ん中に座っているミドリの横に、セイラが座った。まわりに客は誰もいない。
店は薄暗く、丁度セイラとミドリが座っている場所の上に照明があり、そこだけ少し明るくなっている。
「混雑は仕方ないですけど、すでにカクテルを2杯も飲んでしまいましたわよ」
「私も、あなたに嫌味を言われたくて遅れたんじゃないわ。あ、いつものをください」
セイラの目の前には、白いカクテルが置かれた。
「素敵なカクテルですわね」
「これは、私の特注のホワイトエンジェル。ここでは、いつもこれを飲んでいるのよ」
「そうでしたの・・・さて。今日はどういったご用件かしら?まさか、このカクテルを見せるために、わたくしを呼んだわけではないでしょう?」
「ふふ・・実は、このカクテルを見せたかっただけなのよ」
「なっ?!セイラさん!」
「冗談よ。ちょっとあなたをからかってみただけ」
「まったく不愉快ですわ。セイラさんは、いつもわたくしを小ばかにしていましたわね。まるでわたくしの事など眼中にないようでしたわ」
「やっぱりそう見えた?そのとおりよ、ミドリさん」
「・・・あきれましたわ。このわたくしをないがしろにしたのは、あなたぐらいのものですわよ」
「シャトーのナンバー2には興味がないわ。私が興味あるのは全て一番だから」
「さすが、『もと』ナンバーワンですわね」
「痛いところを突くわね、ミドリさん」
「お互いさまってところですわ・・あ、カクテル同じものを頂けます?」
ミドリは三杯目のカクテルを頼んだ。
「・・・ところでミドリさん、古代有里のことなんだけど・・・」
ミドリはカクテルをググッと飲むと、セイラの方を振り向いた。
「あなたが最初、私に連絡してきた時は驚きましたわ。まさか、あなたから頼みごとをされるとは思ってもみませんでしたもの」
「そんなに意外?でも、あなたも気になっていたでしょう、古代有里の正体を」
「確かにそうですわね。あの短期間で、シャトーのナンバーワンになったのは、ただ可愛いだけじゃないわ。あなたのイベントの時、ユリは間違いなく、何らかの策略を行ったのは間違いないですわ」
「・・・・・・やっぱり?」
「そうでなければ、あなたの客を奪ったり、あなたとお客の連絡を絶たせる事など出来ないはずですわ」
「一体、ユリは何をしたのかしら?」
「彼女には不明な点が多いですわ。調査の結果、学歴を詐称しているのをはじめ、住所や経歴すらわかりませんでしたわ。それが逆に、ユリには隠された過去があるってことになりますわね」
「ふん、純情なフリしてよくやるわねぇ、あのコ」
「セイラさんだって、相当なものですわ。少し調べさせてもらったわ、あなたのこと」
「あらあら、バレちゃったみたいね、私の過去が」
「おほほ、相馬財閥の情報網を甘く見てもらっては困りますわ。あなたが最近してきた事は、だいたい把握していますわよ」
「だいたい・・ってどのくらいの?」
「そうですわね・・・あなたが如月さんと会っていたこともね」
ミドリはニヤリと意味深な笑いをした。
「さすが、相馬財閥の跡継ぎだけあるわね、コワイ、コワイ」
「もとクラブシャトーの店長、如月卓司・・・彼は最近、謎の死を遂げているわ」
「・・・・・・」
セイラは、カクテルを手に持ってグラスを揺らした。
「このカクテルね、教えてくれたの如月さんだったの。まだ私が隣街にいた時、そこで如月さんに出会った。そして、彼が薦めてくれたのがこのカクテルだったの」
「そうでしたの。で?やっぱり・・・」
セイラはグラスを指で弾いた。薄口のグラスがキンと響く。
「私が殺したわ。もうあの人には興味がなくなったから・・」
セイラは、平然とした顔で言った。
「恐い女ね、あなたって」
「そう?女だったら誰しも、自分を裏切った男を殺してやりたくなるでしょう?」
「さぁ、わたくしには、心を奪われる殿方などいませんから・・」
ミドリは少し、寂しい目をしてそう言った。
「あ、わかった。ミドリさんって、ひょっとして処女じゃないかしら?」
「な・・!そ、そんな事はありませんわ!おほほ!な、何をバカなことを・・!」
ミドリは、分かりやすい慌て方をした。
「ミドリさんって、恋をしたことないんでしょ?」
セイラは、ミドリの顔を意地悪く覗き込んだ。
「も、もうセイラさん!・・お、怒りますわよ!」
ミドリは、カクテルを一気に飲み干し、グラスをドンと置いた。そして、しばしの沈黙。
「・・・自由なんてなかったですわ・・・」
ミドリが、ポツリと呟く。それからミドリは静かに語りだした。
相馬コンツェルンという、大企業の娘に生まれた境遇は、それはけして幸福なことではなかった。
幼い頃から、分刻みのスケジュールの中、徹底した英才教育を受け、期待と重圧に押し潰されそうだった毎日。
あるピアノの演奏会では、緊張のあまり、オシッコを我慢しながらピアノを引いたので膀胱炎になった。
あるマラソン大会では、高熱でも出場し、1位で走り終わった後、3日間意識不明にもなった。
海外留学に社交界。そして政略結婚。そこに自分の意思は関係なかった。
「ふぅん・・・そんなあなたの両親が、よくホステスを許したわね?」
「最初は猛反対でしたわ・・だけど、家を飛び出して半年ほどしたら、お母様が鬱病になって・・というか発狂して電車に飛び込んで自殺しましたの・・・」
「!!」
「私にも責任はありますけど、お父様の傲慢で自分勝手な性格に、母はウンザリしていましたわ。だからわたくしは、男という生物を一生恨みますし、男という生物と一生結婚しないつもりですわ・・・」
「ふふ、うふふ!あはははは!」
突如、セイラは笑い出した。
「な、なんですの?」
「だって!これが笑わずにいられないわ!あははッ!」
セイラはミドリの感情を逆撫でした。
「セイラさん・・これ以上、わたくしを侮辱すると・・・」
「ちがうのよ、境遇こそ違うけど、結果と生き方は私と同じ。だからついおかしくって!」
「同じですって?まさか、あなたの母親も・・・」
「そうよ。私が貧乏して体を売った時、母はそれを悔いて自殺したわ」
「・・・そうでしたの・・・ふふっ、ではわたくし達って、似たもの同士でしたのね」
「みたいね、あはは!」
「ほほ、おほほほほ!」
薄暗いバーに、若い女性の笑い声が響いた。それはどこか、もの悲しげな笑い声だった。
「あ~あ、笑ったらお腹が空いてきたわ、何か頼みましょう」
「そうですわね、賛成ですわ」
セイラはメニューを広げると、ミドリと一緒にメニューを見た。
「あ、これにしようかな」
「わたくしは、ええと、これにしようかしら」
「何にしたのミドリさん?」
「いえ、セイラさんからお先にどうぞ」
ふたりは見詰め合ったまま、口もとを弛めた。
「じゃあ、一緒に言ってみない?」
「いいですわ、せぇ~の・・」
『クリーム抹茶ぜんざい!!』
「えぇ!ミドリも!」 「セイラだって!」
ふたりはお腹を抱えて大笑いした。そしてふたりは、大好物のクリーム抹茶ぜんざいを食べながら、カクテルを飲み、朝方までずっと語り合ったのだった。もうすでに、ふたりの間に溝はなかった。
「うふ・・うふふ・・」
不適に笑うひとりの男、ルーテシア伊藤は充実していた。
オカマである彼は、如月と組んで、セイラを騙した。そして、パージフレア(粛清の炎)で顔を焼かれる事になる。なのに、彼はセイラを恨んではいなかった。そればかりか、女嫌いでオカマになった彼は、セイラを女神のように崇拝していたのだ。
何故か?理由はこうだ。
セイラは、この世を乱す元凶であるホステスを粛清するが、それは殺人ではなかった。
セイラは人を殺しているのではない。ホステスが男を騙す悪事を、心理的に突きつめる。するとホステスは、己の犯した罪に苦しみ苛まれる。そして、心の黒い悪の重みに耐え切れなくなったホステスは、その場で自ら自殺するのだ。
そんなバカな!と思うだろう。だがしかし、セイラは事前に、ホステスの精神的弱みを調査し、掌握しておく。セイラの巧妙な精神攻撃によって、相手の精神は破壊され、死を望むのだ。それはセイラにしか出来ない事なのだ。そして自害した後、その肉体をパージフレアによって焼き焦がし、粛清するのであった。
可憐にしてスマート。ルーテシア伊藤の受けた感覚はそれであった。
魔女の仕業のような殺し方だから魔女狩りではない。
男を騙す女こそまさに魔女なのだ。だから、その魔女を狩り、腐敗した世を粛清する必要があるのだ。
今夜もどこかで、セイラのマジョガリは行なわれているのだった・・・
ルーテシア伊藤は、ビデオカメラに収めた映像を確認していた。
すると彼は、ある事に気付くのだった。セイラとホステス以外に、誰か人が移っている。
それは一度や二度ではなく、同一人物が、全ての粛清現場において映っていたのだった。
セイラの行っている粛清を監視する人物。
自分の枠を超えた存在の領域に、ルーテシア伊藤は恐怖を覚えたのだった。
「探しましたよ、セイラさん・・・・」
そして、セイラの前に立ちはだかる、謎の男の正体とは?
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