第8話 如月
ACT8 『如月』
金色の月は魔性の光。
どこか怪しげに、どこか美しく。
それは夜空にひとつだけ、雄々しく輝くことを許された存在。
セイラは焦っていた。
シャトーにやって来た刑事の言葉。
ユリと如月が、セイラを落しいれたと。
それをセイラが信じられるはずがない。
セイラは、如月に直接聞きたかった。
当然、ウソであることを祈って。
しかし、祈っていること自体、すでにセイラは、如月を疑っていたのかもしれない・・・
「はぁ、はぁ・・・如月さんッ!」
セイラは、一目散に自分のアパートに戻ってきた。しかし、部屋に如月の姿はない。
「いない・・・どこなの、如月さん!」
ここに戻る途中、何度も如月さんの携帯電話にかけたのだが繋がらなかった。
てっきり深酒をして眠っているのだと、自分に言い聞かせてここまで帰ってきたのに・・・嫌な予感は的中してしまった。
このままでは、疑惑の気持ちが、ずっと続くことになってしまう。
嫌だ。こんな気持ち悪い気持ちは、一秒でも早く解消したい。
その為には、如月さんの口から直接、そんなことはないと言ってもらうしかない。
そういえば、最近、如月さんの態度がどうもおかしいと思っていた。だがそれは、仕事がうまくいかないから一時のことで、直に優しい如月さんに戻ると信じていた。
私が唯一信じられる存在、それが如月さんなのだから・・・
私は、溢れる涙と鼻水でグチャグチャになり、大声で彼の名前を呼んだのだった。
「きさらぎさーん!」
その声は虚しくも、深夜の闇に吸い込まれていった。
「ここだ・・」
すると、ドアの外で声が聞こえた。
「如月さん?如月さんなのね!」
「残念ながら違うな、香取セイラ」
「!!」
ドアの外には、ガラの悪そうな男が3人立っていた。ヒゲとハゲとグラサンだった。
「だ、誰なの、あなたたちは?」
「良く言えば集金人、悪く言えば取り立て屋だ」
「とりたて?私に借金を返せというの?」
「いや、違う。俺たちが取り立てているのは・・・如月卓司の借金だ」
「なんですって?如月さんが、あなた達に借金をしているって言うの?」
「うちは100万」 ハゲが言った。
「こっちが200万」 グラサンが言った。
「そして俺んとこが300万」 ヒゲだ。
「全部で600万も・・如月さん、そんな事一言もいってない・・」
「そりゃ言うハズないだろ。だってヤツは詐欺師なんだからな」
「さ、詐欺師ですって?!ど、どういうこと!」
「いずれわかることだろうが、如月は、あんたの印鑑を使って金を借りたんだ」
「!!・・・」
私は、小物入れの中の実印を探した。しかし、実印はなかった。
思い当たるフシがある・・・先日、如月さんが新しいアパートを見つけたから、そこで一緒に住もうと言ってくれた。だけど、如月さんは住所不定だったから、私に契約書にサインをして欲しいと言った・・・するとあれは、借用書・・・?
「だから、本来ならあんたが払う義務があるんだが、人を騙してまで金を借りる如月を許せねぇ・・ヤツを見つけてきっちり払ってもらうのがスジってもんだ」
「うそ!うそよ!・・如月さんが、そんな事するわけない!」
「嘘じゃないさ、俺たちはこんなガラの悪い商売をしているが、嘘だけは大嫌いなんだ」
・・・確かにこいつらはウソを言ってるようには思えない。自信満々というか、取立ての仕事に対してポリシーを持っているようだ。
その男は、私の前にしゃがみ、顔を近づけてきた。
「小さい頃おふくろに言われたよ、嘘をつくとバチが当たるってね。だから教えろ、如月卓司の居場所を」
「し、知らないわよ!・・そんなの私が聞きたいぐらいだわ!」
「おい女!隠すとためにならねぇぞ!」
グラサンの男が、ドスの聞いた声で脅してきた。
全く、どうして男というのは、自分の思い通りにならないと、脅すなんて低脳な手段をとるのかしら。
サングラスをかけるのは、相手に目の色を伺われるのを嫌うからだ。ようするに小心者だ。
「もし如月が払えなければ、残念だがあんたが払うことになっちまう。いいか?奴はおまえを騙したんだぞ。だからもう、奴の居場所を隠す必要なんてないんだ、さぁ、言え!」
「本当に知らないわ」
私は、相手の目を睨みつけて言ってやった。
「・・・どうやら本当に知らないらしいな。おまえなら知っていると思って、隣の空き部屋で待っていたんだが無駄骨だったらしい」
男は立ち上がると、ドアの外へ出た。そして立ち止まって振り返るとこう言った。
「それにしても見事なメイクだな、火傷の跡が全然わからねぇ。だが50万はボリ過ぎだな」
「なによ、いくら使おうと、私の勝手じゃない」
「ああ、そうだな。だが10万のメイクに50万かけるとは、さすがナンバーワンホステスだ。金銭感覚が違う」
「ふん、そんな安物のメイクじゃないのよ!」
「可哀相に。50万のメイクも、そのうちの40万は如月の手に渡っていたとも知らずに」
「な、何ですって?!そんなバカなこと、ある訳ないじゃない!」
「さっきも言っただろ?・・俺は、嘘が、嫌い、なんだよ。じゃな」
男はそういい残すと去っていった。
「そ・・・・・そんな・・・そんな・・・」
私は絶句してしまった。
事もあろうに、私がこの世界で唯一心を許せる如月さんが、私を騙していたなんて・・・
私は如月さんに隠し事は一切してないし、もちろん彼もそうだと思っていた・・・
だがそれは違った。
とにかく如月さんを探さなければいけない。そして彼の口から真相を聞き出さねば納得できない。
私は窓を開けて、アパートの外を歩いている、さっきの取り立て屋に大声で叫んだ。
「ちょっと待ってちょうだい!お金は私が必ず払うから、如月さんを見つけたら私に連絡してちょうだい!お願い!」
セイラの表情は悲しく歪んでいた。
「・・・わかった、約束しよう。俺は嘘をつかないし、約束も必ず守る男だ」
そして男は、小声で呟いた。
「如月卓司・・・罪な男だぜ・・・俺だったら、あんないい女、絶対に騙さねぇぜ・・」
「でもあいつ、ホントは顔の火傷がヒドイんだろ?」
「バーカ、俺はあの女の性格が気に入ったんだよ。女は顔じゃねぇよ、ハートだよ」
「そう言ってこの前、ブスにフラれたばっかだろ?」
「うるせーよ!このハゲ!」
(しかし、香取セイラ・・如月卓司は、そうとうあんたを恨んでいるようだぜ・・そうでなけりゃ、こんな酷い事は出来ねぇからな・・・せいぜい用心するこったな)
セイラの心は闇だった。
心のよりどころである如月の疑惑の行動。そして古代有里と組んでいたという刑事の言葉。
もちろん嘘であって欲しい、何かの間違いであって欲しいが、冷静に現状を考えれば、あながち絶対にありえないとは否定できない。セイラは、次々と身に降りかかる不幸に落胆しつつあった。
なぜ私に、こんな不可解な事が立て続けに起こるの?
ナンバーワンホステスだった私は、幸福の絶頂だった。だがそれも、あっと言う間に崩れ去った。
グラサンパーマに拉致され、顔に火傷を負い、ユリに見下され、屈辱を負わされた。
・・・そして、如月さんの借金と失踪。
これだけ不幸が続けばもう十分だろう。いくら何でも、これ以上の不幸が起こるわけがないだろう。
根拠のない理由を、私は自分に必死に言い聞かせた。そうでもしないと、虚しさの重圧に負けてしまいそうだったからだ。もう頼むから何も起きないで欲しい。少しでもいいから、心の休まる時間が欲しい。私は、心底そう願った。
考えてみれば、何故私が、こんな辛い目に遭わなければならないのだろうか?なぜ他人じゃなくて私なのだろうか?私より悪人で無能で価値のない人間は、世の中にいっぱいいるのに。
それなのに、人よりも必死で生き、人に安らぎを与え、人生の価値を見出してきた私が、こんな境遇に晒されないといけないのだろうか?
もうイヤだ。何もかもイヤだ!絶対にイヤだ!イヤだイヤだイヤだ!
死にたい・・・私は、その時、負け犬になった。
どんな時でも、悔しさをバネに這い上がってきた私が、こんなにも心が折れてしまったのは初めてだった。あの、監禁されていた時でも、生きる希望を失わなかった私が、こんなにも安っぽい精神に成り下がってしまったことに我ながら情けなくなってきた。もう、搾り出す気力もなくなった。
安直に、死を頭に浮かべてしまうほど、私は疲れてしまっていた。
ポツン。
私は今、どこを歩いているのだろうか?街中ではあるが、それがどの場所なのか、もうろうとしてわからない。今、私のすべきことは明確だ。如月さんを探すことが、一番の解決方法なのだ。だが居場所がわからない。それならば、いっそユリを問い詰めてみるのもいいかもしれない。だが、それを行うパワーが、私の全身から抜け落ちてしまっていた。思う事よりも、行動する事の方が、桁違いのエネルギーを必要とするのだなと実感した。もう何もしたくない、考えたくない、感じたくない、見たくない、聞きたくない。もうどうでもいい。どうにでもなってしまえばいい・・・・
パパァー!
不快和音が私の頭を劈き、車のクラクションが、私の全身に浴びせられた。
目の前には、眩しい光が視界を覆う。ああ、そうか、これは車のライトなんだ。
このままいけば、私は轢かれて生命を終わらせる事が出来る。それも楽でいいかもしれない。
だったらこのまま・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
気がつけば、私はアスファルトの上で横になっていた。そして、体の上に、何か覆いかぶさる重さを感じていた。それは、暖かい人の体温だった。ようするに、人間が、私の上に覆いかぶさっていたのだ。
私は、私の上に圧し掛かっている人間が邪魔だったので、それをどかそうとしてその顔を見た。
その顔は能の面のように無表情で、目の焦点がない、淡々とした顔つきだった。
「良かった・・・どうやら無事のようだったね・・・」
その人間は男であった。その男の声はとても綺麗だった。透き通ったガラス細工のような清涼感と、低音で濃密な矩形、それに岩清水のせせらぎのような声であった。
「あ・・・・・」
私は不覚にも、その声に聞き惚れてしまった。私はやっと我に返った。そして、その男の体を突き飛ばすと、その場を逃げるように走って逃げた。車に轢かれず、一命を取り留めた反面、どうして死なせてくれなかったのかと反発する気持ちが混ざり、グチャグチャのドロドロのゼリー状の気持ちが混ざった。
心臓が動いていれば生きているけど、それが止まったら死んでしまう。それを考えたら、なんて人間って、機械的で事務的な生物なのかと思った。心はなにも関係ないのかと問い詰めたくなった。
結果、私の心の行き場所は、今だかつて不安定だ。感情の持って行き場所がみつからない。
悲しくて泣きたい気持ちと、怒って暴れたい気持ちの、どちらを出したら良いのか選択できなかった。
もういっそ、私の思考がこれ以上暴走しないように、脳みそをえぐって欲しかった。
誰かいないの?そんな名医を知らないの?ねぇ、もう誰でもいいわ!えぐって頂戴!お願い!
あれ?なんなの?
みんなが私を変な目で見て遠ざかっていく・・・
あ、そうか、しまった。
今私は、思わず声に出して言ってしまったんだ。だからそれを聞いたんだ。
そうよ、私はおかしいのよ。狂ってしまいたいの。そのほうが楽だから。
ねぇ、そこのあなた。あなたなら私を楽にしてくれるかしら?だめ?じゃあ、あなたならどう?
ねぇ、なんで?なんで私からみんな遠ざかっていくの?
そんなに私が嫌いなの?!そんなに私が憎いの?!ねぇッ!
ピシ・・・
その時、セイラの特殊メイクに亀裂が入った。今夜は特別なメイクを施した事と、セイラの身に起きた様々な悪い出来事が、メイクの効力をなくしてしまったのだ。
ピシ、ピシ、ピシ・・・バララ・・
セイラの顔のメイクは、完全に剥がれ落ちてしまった。そして、その下から現れた醜い素顔。
顔中火傷でただれ、いびつに歪んだその顔を、誰もが恐れ目を背けた。
「ヒイッ!ば、化け物だー!」 「やだっ、何あれ?」 「こわーいッ!」
ねぇ、ちょっと、なによ?・・・そんなにこの顔が醜いって言うの?私だって好きでこうなったんじゃないのよ?不幸のどん底に落とされたのよ?それをわかって言っているのかしら?ねぇ、どうなの?!
・・きら・・い・・・きらい・・・嫌いッ!
みんな、みんな、大っ嫌いッ!消えろ、消えろ、消えろ!どいつもこいつも消えてしまえーーッ!
ボウッ!
その時、力は発動した。
限界に追い詰められたセイラの精神が、パージフレア(粛清の炎)を呼び起こしたのだ。
セイラを変人と思って疎ましく見ていた人々が、次々と炎に包まれていった。
酔っ払ったサラリーマンも、仕事疲れのOLも、暇を持て余している若者も、己の心の中にある憎しみに、炎が着火していった。外に吐き出すことのない鬱憤と憤慨は、膨大な爆発力となった。
「う、うわぁ!熱い!」 「誰か助けてー!」 「うぎゃああぁぁッ!」
周りのあちこちで悲鳴や叫び声が上がった。
「ほら!ごらんなさい!私をそんな嫌らしい目で見るからこうなるのよ!だから言ったでしょ!ふふふ!」
セイラがある男を睨むと、その男の体から炎が上がった。どうやらセイラは、任意の人間に、パージフレア(粛清の炎)を発動させる事が出来るようになったらしい。今までは感情が高ぶった時にだけ、偶然に発動したが、それを自由に使いこなせるようになってしまったのだ。
街中には、叫び声とともに戦慄が走った。もはやその場は騒然となり、逃げ惑う人々でパニックに陥っていた。人々が真っ赤に燃え上がり、断末魔の苦しみの声を上げ、そして真っ黒に焦げて死んでいった。
それはまさに、セイラという人間を、拒絶した事に対する粛清であった。
となると、セイラの持つ力は、この世の人々の心の悪を裁くためにあるのだろうか?
誰でも人の心には悪意が巣くっている。それは小さな妬みから、大きな殺意まで様々だ。
だが、それを全て『悪』だと判断したら、それはあまりにも傲慢で危険な力なのかもしれない。
「わかったわ!私には今やっとわかった!」
粛清の炎に焼き焦がされていく人々を見て、セイラは思った。
私には権利がある。それは人を粛清の炎で裁く権利。
私が醜くなったのも、人間の心の本音を浮き立たせる為なのね。
ようし!私はこの力を使って、世の中の悪を裁き、穢れのない人間だけの世界にしてみせるわ!
この世の悪の根源は、性欲と金欲で成り立っている・・だから、悪い方法で金を儲ける守銭奴どもと、金で女を買い漁る鬼畜どもが、この世を腐らせているのだ。
そして、その欲を増長させる存在・・・すなわち、古代有里のように、男をたぶらかす女の存在を消さなくてはならない!
私はここに誓う!世の中の諸悪の権化、ホステスどもを、私のパージフレア(粛清の炎)で裁いてやる!
「うふふ・・あはは!・・・あはははは・・!」
真夜中のビルの摩天楼に、セイラの笑い声がこだまする。それは、妖しくも美しい笑い声だった。
数日後・・・ここはとあるビルの一室。
「それにしても、うまくやったじゃないの、如月ちゃん」
「ああ、俺もこんなにうまくいくとは思ってなかったぜ」
「全部でいくらになったのよ?」
「そうだな・・・セイラに借りさせた金額が800万、それにあの方がくれた報酬が700万、合わせて1500万円だ。まぁ、そのうちの取り分は、すでにあんたにも払ってあるがな、ルーテシアさん」
「でも、たった一ヶ月ぶんの40万しか貰ってないわよ~。これじゃ少なすぎるわぁ」
「何を言っているんだ、あんたは特別に危ない橋を渡ったワケじゃない。これで充分だろ」
「そんなこと言わないでよ~。あたしがチクったら、あんたはヤバいんでしょ~?」
「ふっ、それはお互い様だ。まぁ、仕方ない。そう言うと思って、あの方からあんたの分も貰っている」
「もう何よ~、それだったら最初から言いなさいよ!性格悪いわね~」
「おいおい、もし俺が性格良かったら、詐欺師にはなってないさ」
「うふふ、そりゃそうね。・・・それにしても、この仕事を依頼したあの方って、いったい誰なの?」
「セイラを不幸に陥れれば、高額の報酬を払うと言った人物・・・それは言えないな。というか、俺も顔を見たことは一度もないんだ」
「そうなの~、でもセイラちゃんもかわいそうだわねぇ。そこまでして恨まれるって、よっぽどヒドイことしてきたのかしら?」
「さぁな。でも軽い恨みだったら、ここまで手の込んだ事はしないだろ。2年前から俺をシャトーで働かせ、そして恋人になりすましセイラに幸せを与える。そこで、突然の裏切りでどん底に落とす・・・いくら俺でも、こんな酷い事は考えつかないさ」
「でも、実際やってるじゃないの~、この悪魔!」
「ははは、まぁ、そりゃそうだけどな。さて、俺は海外にでも飛ばさせてもらうぜ。あんたはどうする?」
「そうねぇ、私もセイラちゃんが怖いから、しばらくどこかへ身を隠そうかしら」
「そうするといい。あいつは、復讐することに関しては、相当な執念を持っているからな」
「まぁ、コワイコワイ。しかし世の中って、悪いコトすればするほど儲かるものね~。ヤミツキになっちゃうわ」
「真面目に働くほどバカなことはねぇよ。そんなのはアホかマゾのすることだ。わはは!」
「そうね、おほほほほ!」
「あらぁ、あなた達もアホじゃなかったかしら?」
突如、その部屋に、女の声が聞こえた。そして、窓の側のカーテンの裏から、その女は現れた。
「セ、セイラっ?!・・・なんでおまえがここに・・・」
「ひっ!ど、どこから入ってきたのよ?!」
「・・・お久しぶりだわね、如月さん・・・」
「ど、どうしてここがわかったんだ?!」
「取立て屋さんに、ある程度の予測場所をピックアップしてもらったのよ・・・そして、私の残留思念を先読みする能力で、ここだとわかったわ・・・まぁ、平たくいえば、女のカンってところかしら?」
「か、勘だと?そ、そんなもので・・・」
「詐欺師のクセに、女のカンを甘くみたようね?そして、よくも騙してくれたわね、如月さん・・・」
「な、な、な!何のことを言っているんだ、セイラ?俺はキミに会いたかったんだよ!」
「ふん、この期に及んで、まだ恋人ヅラを演じるつもり?もう化けの皮はとっくに剥がれているのよ」
「う、ぐ・・!」
「それにルーテシアさん、あなたには感謝しているわよ。復帰イベント用に、特別なメイクをして頂いて。でもシナリオが狂ったわね、シャトーでは丁度タイミング良くメイクが剥がれることはなかったわよ?」
「お、おほほ!な、何を言っているのかしら?全く意味がわからないわ!」
「そ、そうだよセイラ、今だって、キミの手術の打ち合わせをしていたんだから・・・さぁ、俺と一緒に・・」
「だまれッ!!」
ドンッ!
私は、足で思いっきり床を蹴った。
「話は全て聞かせてもらったわ。如月さんが何者かに頼まれて、2年も前から私を騙していた事!そして、ルーテシア伊藤もグルになっていたこと!」
如月もルーテシア伊藤も、セイラの気迫にたじろいでしまっていた。
「・・・・・・そ、それがどうした、セイラ。ああ、そうさ!俺はある人間に頼まれて、おまえを奈落の底へ突き落としてくれと仕事を依頼された。だから俺はその仕事を全うしただけだ!それのどこが悪い?おまえのように、ホステスとして男を騙して貢がせているのと何が違う?結局、それと同じことだ!おまえにとやかく言われる権利はない!」
如月は、セイラに指を突きつけて叫ぶ。セイラはそれを軽く微笑み返す。
「ふふ・・そうね。如月さんの言う通りだわ。ホステスは全ての悪の元凶なのよ。だから、この世に許されてはならない存在・・・だから、私は滅ぼす・・・そんな連中を・・・すべて・・・」
「な、何を言っているんだセイラ!く、狂っているよ!おまえは!」
「そうね、でも狂っているのはお互い様よ、如月さん。さぁ、覚悟はいいかしら?」
「覚悟だと?な、何の覚悟だ!・・・お、おかしいぞコイツ!」
「・・・やれやれ、だから男ってのは、稚拙で傲慢で卑猥な生き物なのね。じゃあ、消えてもらうわ!」
シュオオオッ!
セイラが念じると、緑色の渦巻きのような思念が、如月の体にまとわりついた。
「え?・・・う、うお!ぎゃああッ!」
ボオオゥッ!
突然、如月の体が炎に包まれた。セイラのパージフレア(粛清の炎)が、如月の心の悪に対して発動したのだ。その炎は勢いよく、如月の全身を焦がしていった。
「さぁ教えなさい!私を陥れようと依頼した人物は誰?!」
「うぎ・・!あ、熱い!た、だずげでぐれーッ!」
「正直に吐けば助けてあげるわ!さぁ、これが最後のチャンスよ!如月さん!」
「じ・・・・」
「じ?・・じ、何なの?」
「じらない・・・・ぼんどにじらない・・・・んだ・・・」
どうやら本当に知らないようだ。私を陥れようとした人物は、そうとうに警戒心が強い人間なのか。
「もうひとつ!古代有里と組んで私を陥れようとしたわね?!」
「ごじろ・・・ゆり・・・・は・・・・めがみ・・・・だ・・・・」
「めがみ・・・女神ですって?!」
「そ・・そうだ・・あのびどは・・おれの・・めがみだ・・・」
「・・・・・・・・・」
私の嫉妬の炎が、激しく燃え盛る。
ボボボゥ・・・!
如月さんは真っ黒に焼け焦げ絶命した。そこに横たわる死体を見て、私は一瞬、躊躇してしまった。
以前は、この人のことを心から愛していたのに・・・
そして、この人のためなら命を投げ出すこともできたのに・・・
それなのに、この結末は虚し過ぎる。
ひょっとしたら、金に目が眩んで騙されていたのではないか?
もしかしたら、改心してもう一度やり直せたのではないか?
そんな些細な希望が、まだ私には残っていた・・・
いけない。私はこの世の中に復讐しなければならないのに、こんな甘い感情は捨てなければ。
セイラはもう一度、パージフレアをつかった。だが、だれも炎に包まれることはなかった。
それは、セイラの心の中の、如月の思い出を焼いて消したのだった。
「さて、ルーテシアさん、次はあなたの番よ」
「ひ・・!ヒイィ!お助け!」
ルーテシア伊藤は、腰をぬかしてお漏らしをしていた。なんとも情けない男だ。そして、芋虫のように地べたを這いずり、私のヒールをペロペロと舐めてきた。
「お、お願いよ!い、命だけはカンベンして!」
私の目の前には、今にも殺される豚殺場のブタが、助けを求めて哀願している。
「如月が知らなかった黒幕の正体を、あなたが知っているハズないわね。だったらもう用済みね・・」
「ひいぃいッ!ど、どんな事でもするから・・お、お願いよ、助けてッ!」
さらに私のヒールを、口いっぱいに頬張って哀願するルーテシア。いいだろう・・・この男にはまだ利用価値がある。死ぬまで私のメイクをし続けてもらうために。
「命だけは助けてやるわ、その代わり、あなたも私と同じ運命を味わうことよ!」
「え?・・まさか・・・・ぐぎゃああーーッ!」
ブスブスブス・・
ルーテシア伊藤の顔が、セイラのパージフレア(粛清の炎)によって焼け爛れていった。
「これであなたは私の奴隷・・・こき使ってやるから、ありがたく思いなさい!」
「は・・はひ・・・はひ・・・・」
火傷でうまく喋ることの出来ないルーテシア伊藤は、セイラに忠誠を誓った。
「さぁ、復讐のはじまりよ!世の中の悪人どもめ、覚悟していなさい!うふふふふ!」
両手を広げ、全身から恨みの念を放出するセイラ。
黒いドレスに身をまとったその姿は、まさに魔女のようだった。
如月・・・陰暦二月は終わった。だがセイラの心に、まだ春はやってこない。
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