第6話 復帰


ACT6 『復帰』



金を貸す。金を借りる。

この2者の立場が成立すると、どんな状況へと発展していくのか?

まずは、借りた側が、貸してくれた側に期日内に返す。

これは当然。

そして、借りた側は、貸してくれた側に、お礼に利息をつけて返す。

これも当然。

両方、至極当然であると言える。だが、この当然の事を守れない人間が実に多い。


何故か?

まずは、借りた側が、期日までに返すのを忘れる場合と、期日までにお金を揃えられない場合。

そして、借りた側が、貸した側にお礼としての利息を払うのを忘れた場合と、払えない場合。

忘れるという行為は、借りた側として最も恥じる行為であるが、そこは人間だから、うっかり忘れてしまう事もあるだろう。だが、忘れていないのに金を用意できない場合こそ、さらに悪質な行為だ。

貸してくれた側は、好意で金を貸してくれたのに、その恩を仇で返すような振る舞いは、到底許されざるべきではないし、然るべき天罰が下されて当然だ。

そう思っていたのだが、その考えが覆される事になろうとは、私は夢にも思っていなかった。


如月さんに紹介されたメイクの達人、エステ、『ピオーネ』を経営するその人物。

『ルーテシア伊藤』・・・・本人いわく、「ルーテシアと呼んでちょうだい!」とのこと。

そのルーテシアさんに、私はメイクを頼み、月額50万という大金を払うことになった。

当然、一文無しで、やっとボロアパートを借りる事ができた私には、そんな大金はない。

だから、如月さんが紹介してくれた金融会社から300万借り、それで賄うことにした。


無謀・・・

最初はそう思わなかったが、結果的には、その言葉に当てはまる事になったのだった。



数日前、特殊メイクを始めて施してもらった私は、早速、前に一日だけ勤めたレストランへ向かった。

当然、あの2人の料理人を見返し、古代有里(こしろ ゆり)に女としての敗北感を植えつける為だ。

私を見下し、プライドを否応なしに傷つけたのだから、本当ならばその罪は万死に値する。

まぁ、殺してしまうのはいささか可哀想だから、二度とあんな生意気で思い上がった態度を取れないようにしてあげるわ。覚悟してなさい!古代有里(こしろ ゆり)!


レストランでの面接は、ないに等しかった。私の美貌に見とれた支配人は、まさか私が、あの醜い顔の女と同一人物だとも気付かずに即採用だった。

まぁ当然と言えば当然だわ。私ほどの美貌を兼ね備えているのならば。

(・・・・でも、それは特殊メイクで施した顔であったからで、本当の私の顔ならば確実に不採用だ・・・・

いけない!何を余計な事を考えているの?!私は復讐してやるのよ!私をコケにした人間どもに!)

気を取り直した私は、さっそくウエイトレスの制服に着替えてフロアーに出た。

通常のスカートよりも、すそ上げをして足を多く露出してみた。

胸元のボタンを開いて谷間が露出するようにしてみた。

するとどうだろう。

店のお客や、厨房の料理人、はたまた支配人までもが、私に釘付けになった。

チョロイ。

というか、どうして男というのは、女性特有の3D曲線に興味があるのだろうか?

どうして肉付きの膨らみを見ただけで興奮するのだろうか?女である私にはわからないが、まぁ男なんてそんなもんだからしょうがない。下衆で卑猥で幼稚な生き物だから仕方ない。


ウエイトレスの仕事は単純で退屈だった。注文を聞いて、料理をテーブルまで運ぶだけ。

指名もなければ、客との会話の駆け引きもない。こんなくだらない仕事だから、時給も低くて当然だ。

こんな単純で低脳な仕事しかできない人間には、安い賃金で十分なのだ。

それにしても、この店のお客ときたら、たかだか千円のハンバーグセットを頼んだぐらいで、何度も何度も私に話しかけてくる。そればかりか、私と話す機会を作るために、単品で300円程度のメニューを何度も頼んでくるセコイお客もいる。これには私も情けなくてため息が漏れた。その私のため息姿を見たお客がまた興奮しているが、それもなんだかセコイ興奮の仕方でイヤになる。

どうせ興奮するのならば、もっと上質の興奮をしてもらいたい。

1本100万ぐらいのビンテージワインを、バシンと注文する客ならば、擦り寄って手を握り、ふとももの上に手を置いて、ニッコリ笑ってあげるのに。それが高品質で純度の高い興奮なのだ。

それにしても、この店全体の売り上げは、一日ではたして何十万くらいいくのだろうか?

いかにも金のない貧しい庶民が、外食する気分だけ味わうための店なのだ、ファミレスとは。

味や品質、はたまた気品を求めるお客とは、根本的に訴求感が違っている。

だから、いいかげん、私はこの場所にいるのが苦痛になってきた。

早く古代有里(こしろ ゆり)が、バイトにやってこないかしら。

そうすれば、私に全ての男どもが視線を集中しているのを見かねて、自分の女としての魅力のなさを痛感し、敗北をビッチリと胸に刻みこませてあげるのに。

さぁ、早く来い来い!古代有里!


しかし。

その日はいつまで経っても古代有里は現れなかった。

待ち焦がれた私は、支配人にそれとなく聞いてみた。

「ユリちゃん?ああ、ちょうど今日でバイトを辞めるんだよ。あとで給料とりに来るらしいけど」

「なんですって?!」

・・・・・・私は絶句した。あの女がこの店で、私の目の前で敗北しなければ意味がない。

そのためだけに、私はこんな庶民の店で働いてやっているのに。

「それで、その娘は辞めてどうするの?」

「詳しくは知らないんだけどね。彼女、けっこう苦労してるみたいで、親の仕送りが少なくて大学の学費が足りないらしいんだよ」

ふん・・親のスネかじって大学いけるだけでも有難いと思いなさい。このお嬢様が。

「それでユリちゃん、仕方なく夜のお店で働くらしいよ」

「夜のお店・・・ですって?」

「あ、夜のお店といっても風俗じゃなくて、クラブのホステスをやるそうだけど・・・なんでもこの店に来たスカウトマンの御眼鏡にかなったらしいんだ」

「ホステス・・・あの娘が・・・そう」

「でも大丈夫かなぁ?彼女、純情だから、あの世界でやっていけるか心配だよ」

私はその瞬間、ある直感を受けた。

一度、ガラス越しにここで働くあの女を見たことがある。

一見地味に見えるが、男を魅了する術を本能的に理解している・・・・そう、私のように・・・

「それで!どこのお店で働くの?!ねぇ、教えて!」

「そ、そこまでは知らないよ・・・それにキミがそんなこと知ってどうするんだい?」

私は取り乱して、支配人に詰め寄った。


カラン。

「あ、ホラ、ちょうどユリちゃんがやってきたよ」

笑顔を振りまきながら、小走りで走ってくる少女。

「支配人、いままでお世話になりましたぁ」

今、私の目の前に立つ少女。私を見下し、プライドを傷つけた許せない女。古代有里・・・・

「あれ?・・・あなたと前に会ったことがあるわね?」

この女、私の顔に気付いたというの?あんなに醜い顔の私が、特殊メイクで別人になったというのに。

さすがに女だけはあるわね、顔は違っても、全体的な雰囲気までは隠せないものなのかしら。

あなどれないわ・・・古代有里・・・ユリ・・・

「ユリちゃんは知り合いなのかい?セイラちゃんと?」

「ええ、知っているわ。ね、セイラさん」

「・・・ちょっと、私の名前を気安く呼ばないでくれる?」

私は、この女の馴れ馴れしい態度にムッとした。

「え、そ、そんな・・・・」

ユリはしゅんとなって俯いてしまった。それを見かねた支配人が、間をとりもった。

「ま、まぁまぁ、ふたりとも。ともかくユリちゃん今までご苦労さま。さ、お客さんに挨拶してきなよ」

「は、はい、そうしますね!」

そう言って、ユリはにっこりとした笑顔で、店内のお客に気軽に話しかけていった。

「ダメじゃないか、セイラちゃん。ユリちゃんみたいなおとなしいコに、キツイこと言ったら可哀想だよ」

「!!」

この瞬間、私はまたしても敗北感を味わってしまった。この短い一連の流れの中で、結果的にみれば、ユリに味方している支配人がいる。短時間で相手の心を掴むのが女の魅力。

ということは、この勝負は私の負けということなの?私のプライドを、2度も傷つけたというの?


お店の雰囲気はすでに変わっていた。

私がウエイトレスの接客をしていた時とは、明らかに店の雰囲気が違う。今のユリが、男どもの心を暖かくしているのに対し、私の時は、ただ下半身を熱くさせていただけに過ぎなかった・・・

この女・・・間違いなく天性の接客術を持っている・・・間違いなく、私のライバルになる女・・・

私はそれを認めるしかなかった。そして、同じ天性の素質を持ったもの同士、けして負ける訳にはいかない戦いの始まりだった。


愛想を振りまくユリに、店の客どもは虜になっていた。

「ユリちゃん、キミの笑顔を見にお店にいくからね!」

「俺もだ!どんなに高いお店だって会いにいくからさ!」

この女はすでに、ファミレス全体のお客の心を奪ってしまっていた・・・恐ろしい女・・・怖い魅力だわ・・・

「ユリ!」

私は、ユリに対して店内に響くほどの大声で叫んだ。

「?・・・セイラさん・・・」

ユリは、首をかしげながら振り返る。

「私は絶対にあなたに負けないわ!覚悟しておくのよ!」

「え?・・・えっと・・は、はい!」

私の挑戦を、無邪気な笑顔で受けるユリ。本当に意味がわかっているのかしら、この娘。

どこかとっつき辛く、どこか調子が狂ってしまうわ。


「お、おい、あの女、どこかで見たことないか?」

その様を見ていたひとりの男の客が声をあげた。

「あれは!東京で有数のクラブ、『シャトー』のナンバーワンホステス、セイラだ!」

アキバ系の服装をしている小太りの男が叫んだ。

「え、何でおまえはそんなこと知ってるんだ?」

「ふふふ、俺は金がなくて行ったことがないが、ネットでの情報量なら負けないぜ!」

「なんだか知らんがスゴイ自信だな、オマエ。でもなぜそのセイラがここに?」

「いやな、何でも突如姿を消したらしいんだが、その理由が、大富豪との結婚説、人生に疲れて自殺説、恨まれて拉致説等、いろんな憶測が飛び交っているんだが、まさかファミレスで働いてたとは!」

「へぇ~、そうなんだ。で、おまえは何やってんの?」

アキバ系の男は、リュックからノートパソコンを取り出し、電源を入れ起動した。

「俺の運営しているサイト、『死ぬまでに行ってみたい高級クラブ100選!』のブログに、今、セイラが目の前にいるってカキコするんだ!これで今日でだけで1万ヒットいただきだ!これでトラックバック日本一だぜ!」

「そ、そこまで有名人なのか!セイラって?」

「ああ、俺たちのような貧乏人には、とても手の届かない存在だよ。拝めるだけでもありがたいよ!」

アキバ系の男は、手を合わせて拝んだ。その会話を聞いた他の客は、携帯のカメラでしきりに写真を撮り始めた。店内がフラッシュの光に包まれ、セイラはニヤリと笑い、さりげないポーズをとる。

セイラ、まさに余裕綽々といった感じだ。

「あわわ・・・そんなに有名人だったんだ・・・セイラちゃんって・・」

支配人が泡を食って驚いている。


「そういえば、まだ聞いてなかったわね、ユリ。あなた一体どこのお店で働くのかしら?」

「えっとぉ、たしかシャトーってお店ですよ」

「な、なんですって?!シャ、シャトーですって!!」

セイラが驚くのも無理もない。以前、自分が働いていた、東京でも一番人気と言われる格式高い店。

店の料金も一級品ならば、来る客も一級品ぞろい。それがシャトーなのだ。

その店が、こんなあどけない少女をスカウトしたなんて信じられない。

・・・いや、しかし逆に、お店にはいないタイプだからこそ、この女を選んだのかもしれない。

そういえば、まだシャトーは繁盛しているのかしら?今まで考えた事もなかったわ・・・

とにかくこれで決まった。私もシャトーに復帰し、そこでこの女を打ち負かしてあげるわ!

「ユリ・・近いうちに、シャトーで会いましょう、じゃ」

私はそういい残すと、振り返って店を出た。

ユリはキョトンとした顔で、何が起こったのかわからないといった表情をしていた。


私の心は燃えていた。

実に、一年以上ぶりに、私は女の戦場に赴くことになるのだ。

正体不明のグラサンパーマに拉致され、生きていることの苦痛を味わされ、そして女の命ともいうべき顔を焼かれた。私はそこで意気消沈し、覇気を失ってしまったと同時に、女をも失っていた。

だが、なんとかここまで来ることが出来た。本来、這い上がることに喜びを覚える性格上、私にとっては良い結果となったのかもしれない。その火付け役となったのが、古代有里なのだ。

そして、忘れてはいけないのが如月さんだ。彼の優しさと恩に報いるために、私は全力で戦う!


ファミレスを後にするセイラ。

そこに、その状況を双眼鏡で見詰めるひとつの影があった。それは、あの刑事であった。

「い、いまにみていろよ、セイラ~。き、貴様は、必ず私の手で捕まえてやる!」

震える声で決意する刑事。どうやら、かなり執念深い性格のようだ。

さて、この刑事とセイラは、今後どのように関係してくるのだろうか。



そしてその夜、私は久しぶりにお店に顔を出した。

それにしても相変わらずだ。

シャトーの入り口は、煌びやかな照明や、華やかな花束で彩られ、一般市民は入店するのを躊躇してしまうほどの豪華さを誇示していた。これは昔とちっとも変わっていない。

金に糸目をつけない人間だけが入店することの出来る城。

そして、そこで羨望の眼差しを受けることの出来る女の存在。

そのどちらもが、選ばれた人間だけが共存できる空間であった。

しばらくぶりの私の姿に、皆は相当驚き、フロアーは騒然となった。

中でも、私をライバルと意識していた女、『相馬 美登理 (そうまみどり)』は、格別な驚き方だった。

「ほ、ほほほ!ど、どうやら地獄から舞い戻ったらしいわね!セイラさん!」

「あら、ミドリさん、ごきげんよう。その鼻につく笑い方も相変わらずね」

「あ、あなたこそ、その憎たらしい嫌味も相変わらずだわ!」

フロアー中央で、にらみ合うセイラとミドリ。


(香取セイラ・・・噂では、恨みを買った客に監禁され、顔に火傷を負い、二度とお店に出られない体になったと聞いたけど、全然そんな跡なんてないじゃない・・それとも手術して治したって言うの・・?)

ミドリは、セイラの顔をじろじろと見た。

「あら、ミドリさん、私の顔に何かついているのかしら?それともお化粧がおかしい?」

「え、い、いえ・・・久しぶりにあなたの顔を見たから、ちょっと懐かしくて・・」

ミドリはウソを言って誤魔化した。

(この女、香取セイラ・・・みんながあなたの顔の事をウワサしているのを知りながら、あえて顔のことを聞いてくるとは・・・どこか違う・・・以前にも増して、何かがふっ切れたような強さを感じるわ・・・)


ミドリは直感していた。セイラの精神の成長を。だが、それは当然なのかもしれない。

セイラが、今までに味わった苦痛は、普通の人ならば精神崩壊してもおかしくはないレベルなのだ。

しかし、セイラはそれに耐えた。そして乗り越えた。それが結果的に、セイラの成長に繋がったのだ。

人間は、環境によって形成されていくもの。

だから、甘い人間は甘い環境で育ち、厳しい人間は厳しい環境で育ったと言える。

だが、相馬ミドリは違っていた。

彼女は、ある大手企業の令嬢でありながら、親に甘えることなく、自分の力で生活し、今の地位までのし上がってきたのだった。ホステスとは、女と女の熾烈な戦いに身を置く場所である。だから、女であるミドリはその誇りに賭けて、戦場へ赴き、幾多の勝利を掴んできたのだろう。

だが、セイラという強敵の前に、彼女は始めて敗北した。だから、ミドリにとってセイラは、絶対に乗り越えなければならない壁であった。それが、ミドリがセイラを執拗にライバル視する理由なのである。


「ふふふ・・・」

「?・・ミドリさん、何がおかしいのかしら?」

「いえね、私は嬉しくてたまらないのよ。この店でナンバー2という屈辱を、長い間味わされてきた相手に、やっと勝たせてもらうことが出来るからよ」

「それってひょっとして、私に勝つということかしらね?」

「そうよ!私は以前の私とは違う!あなたが姿を消してから、私は女を徹底的に磨き、接客術を猛勉強してきたのよ!だからあなたなんかには負けない!」

「あら、そうなの。でもそれは私も同じこと。ただ、ボーッとしていた訳ではないわ。それに、私がいない間、一時期でも店のナンバーワンになれて良かったじゃない」

「そ、それはそう・・・でも・・・」

ミドリは、途端に押し黙ってしまった。

「どうしたの?まさか、私がいない間も、ずっとナンバー2だったのかしら?」

「う・・ぐ!私だってナンバーワンだったのよ!それが・・・それなのに!・・・」

ミドリはそれ以上、言葉を返すことが出来なかった。そして振り返ったまま、更衣室へと消えた。

「図星だったみたいね。よっぽどミドリさんはナンバー2がお好きなのかしら」

私は皮肉をたっぷりと振り掛けてやった。

・・・・・まてよ。ということは、ナンバーワンだったミドリの座を、誰かが奪ったということになるわね。

ミドリは私より格下とは言え、なかなかのセンスと根性を持っていたわ。それを負かしてしまうとは、一体どんな女なのかしら・・・・

この店には、私の知らない強敵がいるということになる。いいわ、どんな相手だろうが、私が負ける訳がない。ドン底から這い上がってきた、この私の精神力を打ち負かせる相手がいるわけがない!

負けない!絶対に負けない!

それにはまず、シャトーでナンバーワンだった頃の私を取り戻す必要がある。

作戦はある。今まで私を指名していたお客に、片っ端から連絡をとり、そして私のホステス復帰を祝ってのパーティーイベントを行なうのよ。そうすれば、店の売り上げも一気に跳ね上がるわ。

よし、まずはその計画を、店長に持ちかけてみよう。私は店長に話を切り出そうとした。

その瞬間。


「おはようございまぁす!」

ハリの良い元気な声が店内に響いた。それは聞き憶えのある声だった。

なんと、そこに現れたのは、ドレスに身を包んだ古代有里であった。

「ユリ!・・・まさか、あなた・・・すでに!」

「あ、セイラさんだ。やっほー」

ユリは、屈託のない笑顔で、セイラに近づいてきた。

「あなた、今日が初出勤日じゃないわね?」

私は、ユリが妙に慣れた顔で店に入ってくるのに、不審を覚えた。

「あ、わかっちゃいました。実は今日で四日目なんです」

(・・なるほど、ファミレスのバイトと掛け持ちでやっていたのね。それで、こっちの方が割りが良かったので、夜の商売に移ったということなのね・・)

「へぇ、やっぱりセイラさんって綺麗ですね~、ユリもそうなりたいな」

「あら、あなただって似合っているわよ、その安物のドレスが」

私は、思いっきりイヤミを言ってやった。店内は、一瞬、静寂に包まれた。

「そうなんです、このドレスは手作りなんですよ。わぁ、セイラさんに褒められちゃった!」

「な・・」

なんですって?このドレスが手作りですって?嫌味で言ったけど、とても安いドレスには見えない。

この女がそれだけ、ドレスを豪華に着こなしているっていうの・・・?

洋服というのは、いくら高い高級ブランドでも、着る人間に品位がなければ似合わないもの・・・

だけど、ユリはそれを持っている。どんなに安い服でも、それを感じさせない品位が携わっている・・

あなどれない・・・やはりこの古代有里は侮れないわ!

「店長!提案があるわ!」

「な、何だい、セイラさん?」

「一週間後、私のシャトー復帰イベントを行って欲しいの、それも盛大に5日間!」

「え、でも・・」

店長は困惑した表情をした。

「それってちょっと図々しくないかしら・・・」 「いくらこの店のナンバーワンだったって言っても・・」

店の女の子たちも、不満げなようだった。

「ただとは言わないわ!もし、イベントを5日間やり、店の売り上げが全てトップじゃなかった場合、私はこの店を辞めるわ!そして、二度とこの業界で働かないと約束するわ!」


ザワザワ・・・店の女の子が騒ぎ出した。

「何あの子、何て自信なのかしら?」

セイラを知らない女が言った。

「でもこれは逆にチャンスかもよ」

セイラを知っている女が言った。

店の女の子にとって、自分より売り上げのある女が辞めれば、それだけ自分の売り上げが上がる確率が増える。だから、売り上げの少ない女にとっては、これは逆にチャンスと考えたのだろう。

いくらセイラと言え、ひとりで全てのテーブルをまわっていれば、そのお客につけ込むスキが出来る。

そして、金持ちのお客を奪うことが出来るかもしれない。

「・・・店長、私は賛成です!」 「わ、私も!それにセイラさんの復帰を祝ってあげたいし!」

店の女の子の胸中は、素直に賛同する者、腹黒い者など様々だった。

「わかった、そこまで言うならそのイベントを行おう。だけど、一応オーナーには確認をとるからね」

「は、はい!ありがとうございます!」

セイラは、頭を深く下げて礼を言った。


ふふふ・・・

イベントさえ行えばこっちのものだわ。昔からの私のお客は、半端な金持ちじゃない。

それを無理いって高いボトルを入れさせれば、売り上げトップは間違いないわ。

いくらユリと言えど、私が積み重ねてきた客の重みには勝てないわ。

それは、ただ可愛らしいということでは乗り越えられない壁なのよ。

私は、確かな勝利の予感を感じていた。


「わぁ、じゃあ、セイラさんと競うことになるんですね。楽しみ~」

「ユリ?あなた何言っているの?店に入って三日間しか働いてないのに・・・」

はっ!まさか!

「ユリちゃんはねぇ、昨日の売り上げトップだったんだよ」

店長の言葉に私は耳を疑った。

「なんですって!じゃ、じゃあ、ミドリがナンバー2だったのは、ユリ、あなたがトップになったから・・」

「えへへ、そうなのかなぁ」

ユリは頭をかいて、照れ笑いをした。

信じられない・・・いくらこの店にはいない、純情で可愛らしい容姿をしているとはいえ、たった三日間で売り上げトップになってしまうとは・・・やはり、この女の天性は只者じゃないわ・・・


「おはようございまーす」

そこに、もうひとりの女の子が出勤してきた。

「あ!あなた・・・」

私は一瞬目を疑った。

それは、私が以前、店の厳しさを嫌というほど教え込んで辞めさせてやった、『モモ』だった。

あれだけの精神的、肉体的苦痛を味わせてやったのに、よく復帰する気になったものだわ。

モモはセイラに近づいてきて軽く頭を下げた。

「セイラさん、おひさしぶりです。イベントの話は聞いてました。セイラさんには先輩としていろいろ教えてもらったので、私もお手伝いしますね」

ニッコリと微笑むモモ。だがしかし、彼女の目には、セイラに対する恨みの念がこもっていた。

「ユリちゃんおはよー!」

「モモちゃんだ、わーい!」

どうやら、ユリとモモは仲が良いらしい。

「モモちゃんとは、同じ大学の友達なんです」

「私たち、仲いいんだもんねー、ユリちゃん」

「うん、モモちゃん」

手を握り合い、ぴょんぴょんと跳ねるふたり。それは、ホステスという職には不似合いな光景だった。


なんだというの・・・このふたりが知り合いだったのは、ただの偶然なのかしら・・・

とにかく、モモは私の事を恨んでいるのは事実・・・

そして、たった三日間でトップの売り上げを出したユリ・・・

どうやら、気の抜けない復帰イベントになりそうだわね・・・


ユリ&モモvsセイラ。

はたして、この戦いの結末は如何に?


その時、控え室に置いてあるセイラの携帯に着信があった。

そしてセイラはまだ知らない。

如月の身に、危険が起きている事を。

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