第5話 生ゴミ女
ACT5 『生ゴミ女』
私の部屋の窓際には、ネコの生首が5つ並べられている。
何故、ネコの首が?
ちょっとでも動物愛護精神のある人ならば、これを見て、「おや?」と思うだろう。
だが、ちょっと待って欲しい。これには深い訳があるのだ。
この私が、意味もなくこんな事をするわけがない。
それにしても、ネコを捕まえてくるだけでも相当の苦労をした。
アジアのどこかの国の露店のように、手軽に生きた食用のネコを売っていれば便利なのに。
まぁ、それは仕方ない。ここは日本というちっぽけな国だから仕方ない。
私は、やっと捕まえたネコの頭を、ビール瓶で適度に殴って絶命させた。
でも、4匹はそのまま殴って殺したけど、1匹だけは遊んで可愛がってやろうと思った。
注射器で血をたくさん抜いてあげると、ネコはフラフラ状態になったので、やはり人間と同じで貧血になるのだなぁと確認し、可哀相なので血を戻してあげようと、注射器で注入してやったら死んだ。
やはり、一度抜いた血ではダメなのかと考えたが、考えてもわからないので考えるのをやめた。
そして、ネコの胴体から臓物を取り出し、大皿の上に盛り、その下に六芒星を描いた紙を敷いた。
その両脇には、麻薬性のある草の乾燥したやつを、燻って煙を立たせてある。
これで準備完了!
私は、手にした数珠をガチガチと鳴らしながら、日本語でも英語でもない言葉を読み上げる。
ブツブツ、ブツブツ・・・・私は何度も舌を噛みながら、不思議な呪文を唱えた。
祈る。
祈る。
祈る。
しかし、しばらく経っても何も起こらない。おかしい・・・・
この本によれば、この方法で魔界の使者と交信できると書いてあるのに・・・
またやられた。この本に書いてあることも、どうやらウソであったようだ。
どうせ、一般読者が、ネコの生首5つと臓物を用意できないとみて、こんなデタラメを書いたのだ。
ゆるせない。この出版社に抗議の電話をしてやろうかしら?
それとも、嫌がらせでカミソリレターでも書いてやろうかしら?
それとも、この臓物ワンセットをクール宅急便で送りつけてあげようかしら?
まぁ、いいわ。今回は状況が状況だから許してあげる。
私は今、そんなことにエネルギーを浪費している場合ではないのだから。
早くあの力を、いつでもどこでも使えるようにならないといけない。
あの力・・・人の憎しみや恨みを炎に変え、粛清させる力。
粛清・・・私はあの炎の事を、『パージフレア(粛清の炎)』と呼ぶことにした。
しかし、あのタクシー乗り場ではうまくいったのに、自分で任意にそれを行おうとしても、うまくいかないのだ。これには何か条件があるのだろう。だから、別に興味もない、こんないい加減な黒魔術書を読み、それを行ってみたのだ。結果はご覧の通りだけど、まぁ、もう少しだけ勉強してみようと思う。
それにしても部屋が臭い。
四畳一間のボロアパートだから仕方ない。築30年は余裕で経っていそうだ。
それでもまぁ、簡易シャワーはついているので、ネコの血で染まった体を洗うのに不便はない。
わかった。この部屋自体が臭いのではなくて、三日前から皿に盛ってあったネコの臓物が腐っているからだ。やけにハエがブンブン飛び回っているなと思ったが、こういう理由だったのか。
私は部屋の窓を開け、換気をした。
夕暮れ時の空が紫色に濁り、カラスの集団が枯れ木に留まっていた。どこか薄気味悪い風景だ。
私は、いやだなぁと思いながら、ネコの臓物の盛ってあった皿を、そこから放り捨てた。
ついでにネコの首も放り投げた。最初は一個一個捨てていたが、面倒臭くなったので、2個いっぺんに放り投げた。ネコの首はソフトボールくらいの大きさだったので、けっこう遠くまで飛んだ。
アパートの脇の草むらを飛び越え、その先のドブ川まで転がり、ボチャンと水の中に落ちた。
ここからはその様子は見えないが、たぶんそんな風に落ちたのだと、私は勝手に想像した。
あとは、牛乳瓶3本に詰めてあった、ネコから搾り出した生き血を捨てることにした。
なかなか栄養がありそうなので、もしもの時の栄養補強用にとってあったのだ。
それをここから捨てたら、下の階の住人に迷惑がかかると思ったので、流しにドボドボと流した。
しかし世の中捨てたものではない。
今のこんな私でも、先日、やっと働き口が決まったのだ。
しばらく何も食べていなかったので、最悪の場合、ネコの血を飲んだり、臓物を焼いてホルモンにして食べようかと思っていたが、その必要もなくなった。でも、ちょっと勿体ないと思ったのも事実だ。
そもそもホルモンとは、『放るもん』として捨てられていたのだから、まさに私が捨てたのも、『放るもん』になってしまった。
まぁ、そんな話はどうでも良くて、とにかく私は働いて金を貯め、整形手術をしなくちゃいけない。
本当は、私のパージフレア(粛清の炎)で誰かを脅し、金をゆすろうと思ったが、そうはうまくいかない。
しかし世の中は難しいと痛感。
あら、そろそろ出勤の時間だわ。
勤め先は、24時間のファミレス、の調理場の片付け、のさらに下っ端のゴミ捨てだ。
まぁ、文句は言っていられない。早く金を貯め、整形手術して、ホステスとしてお店に復帰して、それであの頃のように輝いていた自分にもどるのが目標なのだ。
私は急いでシャワーを浴びると、こびりついた血を洗い流し、体をキレイキレイした。
「ふんふん♪ふ~ん♪」
思わず鼻歌も出てしまうというものだ。それは何故か?何故私はこんなにもキゲンが良いのか?
その答えは三日前にあった。私は街中から離れた、いまどき貧乏学生でも住まないような、こんな寂れた古アパートに住み始めたが、すぐにある一人のお客がやってきた。
「それは誰かって?うふ、ナイショ!ね、チャッピー」
あ、チャッピーっていうのは、今飼っている犬のことよ。ネコを捕まえようとしていて、偶然つかまえたのが犬のチャッピー。私はどうしてもこのコが可愛くなっちゃって、仕方なく飼うことにした。
すると不思議なもので、愛着が沸くって言うのかしら?チャッピーはすぐに私に馴れて擦り寄ってくるようになった。今はおとなしくお昼寝してるからやかましくないけど、普段のチャッピーは私にかまってもらいたくって、ワンワン、ワンワンよく吠える。少しうるさいけど、そこが可愛いとこでもあるわね。
さて、話はそれたけど、なんで私がこんなに上機嫌かって言うと、チャッピーとの共同生活もあるんだけど、なんと!あの、如月さんが私を訪ねてきてくれたのよ!もうビックリ!
だって、住む場所も教えてないのに、私の居場所がわかったなんてスゴイじゃない!これって愛の力かしら?それともお互いの運命に引き寄せられたのかしら?
ドアのノックする音が聞こえた時、私は最初、どうせ新聞の勧誘か何かだと思ったから、この醜い顔で驚かしてやろうとしたのよ。そうすれば、もう二度と勧誘に来ないと思ったから。
私がドアを蹴り飛ばすようにして開けると、そこには如月さんがいるじゃない?
こんな顔を見られて、私は部屋の中へ逃げるようにしたわ。
そしたら如月さんが、「逃げないでくれ、セイラ!どんな顔になっても、俺の態度は変わらないから安心してくれ!」、って言うじゃない?
もう感動!感激!感謝!雨アラレ!
自分でも何言っているのかわからないくらい、嬉しくて有頂天になって、体から精神だけが飛び出して、それが天井にぶつかってタンコブできて、落ちてきてもとの体にもどったみたいな、そんなマンガチックな現象を覚えたような気がしたわ。
そして、「また、来るよ、セイラ」
そう言って彼は去っていったわ。その時の彼の優しい笑顔が忘れられない・・・・
私が唯一、心を許せる男の人・・・
ああ、如月さん、如月さん、如月さん・・・・
ハッ!
また、妄想モードに入ってしまったようで、うっかり試供品のシャンプーを丸ごと全部使ってしまった。
まぁ、いいわ。またもらってくればいいんだから。
私は、シャワーを浴び終わると、少し変色したシャツと、少し変色したジャンパーを羽織った。
そして小汚いキャップをかぶり、髪の毛を下ろして顔を最大限に隠した。
まだまだ寒い季節だから、この薄着はかなり堪える。でも、鎖に繋がれて閉じ込められていた時のことを思えば、こんなの何とも思わない。人間の適応力って素敵だ。
「じゃあ、チャッピー、行ってくるわね!」
私は、犬のチャッピーに行ってきますの合図をした。あれ?おかしいな?
いつも、私が家を出る時には、シッポを振って必ず駆け寄ってくるのに。
そして、淋しそうな顔で哀願しながらこう言うの、「行かないで、セイラちゃん!」ってね。
まぁ、いいわ。いつも擦り寄ってこられて、正直、鬱陶しかったから。
「あ!思い出した!」
私は、つい大声を出してしまった。
そうだった、もうチャッピーはいないのだった。
私は台所の隅にあるビニール袋に目をやった。そしてその袋を持って、玄関のドアを開けた。
外に出て、私はそのビニール袋をぶんぶんと振り回し、そして勢いをつけて川に放り捨てた。
(ごめんね、チャッピー)
私は心の中で一言そういうと、バイト先へ向かった。
冬の夕暮れはアッという間に闇に変わる。それがなんとも寂しげだ。
私は、日に日に寒くなってくるのを実感し、冷えた手をこすって暖めた。
「おい、バイト!いつまでそんなところに突っ立ってやがる!早くこれを運ぶんだ!」
レストランの裏口から、厨房の料理人が声を上げた。
その太った男は、まだ駆け出しで、お世辞にも料理人といえるほど立派ではなかった。
それでも仕方なく、私はその男の命令を黙って聞いてやっていた。
仕事内容は、レストランから出たゴミを分別して捨てることだった。
3日間ほど溜まった生ゴミは、例えようのない異臭に包まれていたが、それでも、ネコの内臓や、自分の垂れ流した汚物の匂いに比べれば随分とましであった。
「これを分別すればいいのね?手袋はないのかしら?」
「あぁん?なに生意気言ってんだ、素手でやれよ、素手で!」
手で・・・
この寒空の中、冷え切った生ゴミを手で分別しろと言うのか、この男は?
「どうした?いやなら辞めてもいいんだぜ」
その太った男は、ニヤニヤと鼻毛の飛び出した下品な顔で、私を見下している。
この男が、どれだけ下衆な存在なのか、私は一瞬で見極めることができた。
「・・・やるわ・・・・」
私は、ポリバケツに溢れんばかりに盛られた生ゴミの中に、手を突っ込んだ。
そして、それを掴むと、腐敗した肉のようなものから、変な液体がピュピュッと飛び出した。
それがたまたま私の顔にかかったものだから、この男にとって笑いのタネになってしまった。
「わはは!こりゃ傑作だ、キタネェ顔に、キタネェ汁がかかりやがった!どうだ、顔面シャワーの味は?今まで、かけられたこともないだろう?わはは!」
屈辱だわ・・・こんな下衆な男に、私はいま笑われている・・・
でも、私はそれをグッと飲み込み、怒りを抑えた。そしてもう一度、生ゴミを手で掴んで分別した。
「へっ!・・・クソおもしろくもねぇ。それ終わったら声かけろよ、次の仕事がまだまだあるんだからな!」
太った男は、厨房の入り口を閉鎖して、私を店の裏に放置した。
やっとあの男が視界から消えたので、私はせいせいした。そして冷たくて臭い生ゴミに手を入れる。
ズボッ、グチュ、ベチャリ。
ズボッ、グチュ、ベチャリ。
生ゴミは、いくら分別しようと、いつまで経っても生ゴミなのだ。
この臭くて汚い生ゴミが、綺麗になって昇華していく日はくるのだろうか?
私は、そんな生ゴミに、少しだけ愛着が涌いてしまった。
それからやっと、ポリバケツの生ゴミを半分ほど減らした頃、私に運命の出会いが訪れた。
そこには・・・
「あ・・あの、これよかったら使ってください・・・」
小声でボソボソとした声が聞こえたので、私は顔をあげると、そこにはひとりの少女が立っていた。
そして、ピンクの毛皮の可愛らしい手袋を、私に渡そうとしていた。
その少女は、背が低く、ショートカットであどけない顔立ちをしていた。どちらかと言えば可愛い顔だ。
「・・・何のつもりかしら?」
私は、垂れてきた鼻水を腕でこすり、その少女の顔を睨みつけた。
「え?あの・・・寒そうだったから・・・これを・・・」
その少女の目は、捨てられた子犬が今にも死にそうなので、可哀想だから助けてあげたいというような慈愛の目をしていた。正直、私はこの類の目が嫌いだから、それを突っぱねてやった。
「見知らぬ人間に、助けを請う気はないわ。余計なおせっかいはしないで頂戴」
「でも、こんな寒さで手が冷たくなるのを見てられなくて・・・そうだわ」
その少女は、生ゴミを掴んだ私の臭い手を、すこしも躊躇せずに握ってきた。
そして両手ではさんでゴシゴシと擦ってきたのだった。
「ちょっ、何するの!やめて頂戴!」
私はそれを振りほどこうとした。
「いいから、じっとして。こうすれば暖かくなるわ」
一体何なの?この少女は、私の手を擦って暖めようとしているのだ。私は最初、この少女の突飛な行動に驚いた。だが、次第に腹が立ち、怒りの感情がカッと込み上げてきた。
「触るんじゃないわよ!この小娘がッ!」
私は、その少女の両手を、力いっぱいに跳ね除けると、生ゴミでベトベトになった手で引っぱたいた。
バチィン!
性格に言うと、ベチャイン!というような擬音が正しいかもしれない。私の手で殴られた少女の頬には、腐った生ゴミと腐った汁が飛び散っていた。
「きゃぁ!」
少女が声を出して叫んだ。だが、その声の大きさは、尋常ではないほど大きかった。
乾いた空気と、路地裏の狭い構造で、絶叫が大きく反響した。
「どうした?」
ドドド!
その声を聞いた厨房の料理人は、あわててその場に駆けつけてきた。
シーン・・・
もはや、私が何を言っても、言い訳になってしまう状況だった。
この少女が、どれだけ私の感情を逆なでしたと言っても、誰もが私を悪者扱いするだろう。
生ゴミを手にする醜い女、倒れて震えているか弱そうな少女。
この状況を見た人は、確実に私を悪者扱いするだろう。
醜い女=悪
か弱い少女=善
このような形式が、当たり前のように成り立ってしまうのだ。それは、肉眼で見た情報から、真っ先に脳に送られる情報であり、深層心理に植えつけられた情報である。
そして、当然私はこうなる。
言い訳をする前に2人の男によって、殴られ、蹴られ、倒され、壁に頭をぶつけ、それでも尚、蹴られ続ける。痛いとかうんぬん言う前に、虚しいの一言が頭をよぎる。
何故、私は女でありながら、こうも躊躇なく、大の男に殴られ続けなければならないのか?
何故、あの少女は同じ女でありながら、大の男に優しく扱われ、心配してもらえるのか?
そこにある差とは一体何なのか?答えるまでもなく、それは、美しいか醜いかなのだ。
路地裏に倒れ、鼻と口から血を流しながら、私はその少女が優しく起こされるのを見て思った。
そして、男に蹴飛ばされたポリバケツがこちらに転がり、上手い具合に私の目の前で倒れた。
重力の法則によって、当然中身はこぼれた。私の体の上に。
悲しさを越えた虚しさと、怒りを越えた恨みの念が、私の体から炎のように立ち昇った。
ユラユラと、ゆっくりと激しく、その炎は男を包み込もうとしたのだった。
私は、パージフレア(粛清の炎)の発動を感じた。
しかし、そこで突然、私は息苦しくなった。
「うぐッ!」
猛スピードで気分が悪くなり、吐き気と頭痛が起きた。私は、パージフレア(粛清の炎)の発動を確信したのだが、それも途切れてしまうほどの不快感だった。
(一体どうしたというの?私の怒りは、確実にあの男達を焼き尽くすと思ったのに・・・)
それからめまいがして、私は一瞬記憶を失った。
気がつけば、私はそこに横たわったまま意識を失っていた。
どれくらいの時間が経ったか検討がつかないが、ほんの数分なのだろうと思った。
蹴られて痛む体を無理に起こし、私はその場を去ることにした。
腹癒せに、そのレストランの店内に、生ゴミを撒き散らしてやろうとも思ったが、その気力もなかった。
店の表にまわり、ガラス越しに店内をのぞく私。
そこには、さっきのか弱い少女が、可愛らしいウエイトレス姿で接客していた。
例えれば可憐で純情。そんな言葉がピッタリ当てはまる。
店内の客の男どもは、その少女を見て、鼻の下がアゴの下まで伸びていた。
この少女は女として、最高の視線を浴びさせられている。
一時は、この私もそんな賛美を浴びせられていた事もあった。
それが今ではどうだ?
この違いはなんだ?
ふつふつと沸き起こる嫉妬の炎。その時、私の視力は最高潮にまで跳ね上がった。
普段だったら、遠くて見ることの出来ない距離であったが、その少女の名札がハッキリと見えた。
『古代 有里 (こしろ ゆり)』
憶えたわ。
私は今ここに誓う。あなたを、どんな事をしても、地獄のドン底に落とし入れてやると!
これでまた、生きる目標が増えたわ。私をバカにする人間は、誰であっても許さない。
私の執念は一筋縄ではないわ。今まだだって、そうやって這い上がってきたのだから。
あんな小娘に、私の苦労した人生がわかってたまるか、いや、わからせるにも値しないわ。
とにかく、あの、あどけない笑顔を、苦痛と苦悩に歪んだ顔に変えてみせるわ。
見ていなさい!ぜったい!
私は、アパートへ帰る間、どこをどう通り、何を考えてきたのか一切憶えていない。
気がつけば、すでにアパートの前に到着していた。すると、そこには誰かの人影が見えた。
「・・・セイラか?」
その声は如月さんだった。私はその声を聞いて、やっと我に返ったのだった。
「き、如月さん・・・」
「セイラ、待っていたよ」
「ずっとなの?・・・だったら部屋に入っていれば・・・」
私はそう言いかけてやめた。だって、部屋にはネコの臓物の臭いがこびりついているし、畳にも血の跡が残っているからだ。
「実は、セイラにいい話を持ってきたんだよ」
「え?話?・・・って何?」
「俺の知り合いから聞いた話なんだけど、美容メイクの達人と呼ばれるやつがいて、どんな傷や、シワやシミでも隠してしまうらしいんだ。だから、整形手術するまでは、そのメイクをすればいいと思うんだ」
メイク・・・それでとりあえずは、この醜い顔を隠すことができる・・・そうすれば、もっと働き口も増えるかもしれない・・・あの少女、古代有里(こしろ ゆり)に負けない女に戻ることが出来るかもしれない・・・
「・・・やる!やるわ、私!そのメイクを!その達人はどこにいるの?お、教えて、如月さん!」
私は、藁をもつかむ気持ちで、如月さんの腕をつかんだ。
すると、如月さんは、私の頭を軽く撫で、キスをしてくれた。そしてギュッと抱きしめてくれた。
「・・・きさ・・らぎ・・・さん・・・」
その瞬間、私の脳内のアイスクリームが、とろとろに溶けていくのがわかった。
そして、全身を暖かい泡でマッサージされたような快感で包まれた。
手足の先はしびれ、感覚はなくなったのに、火傷で水ぶくれしていくようだった。
私はこの人のために、何でもしてやろうと決意した。
「じゃあ、俺は知り合いに聞いて、その人の居場所を探してくるよ。じゃ、また」
「あ・・如月さん・・」
私は、もうちょっと彼のぬくもりを感じていたかった。
如月さんは、私の頭を軽く撫で、そして振り返ると去っていった。
それから数日して、如月さんがメイクの達人を連れてきた。
そして、そのメイク料金を聞いて、私の全身に鼓動が走った。
「このメイクはちょっと特殊なのね~、だから月額で50万ほどかかるけどいいわよね?~」
ちょっとオカマっぽいこの男は、さらりとそんなことを言った。
「大丈夫だよセイラ、とりあえずお金を借りて、そして働いて返せばいいんだから」
「え・・でも」
「俺の知っているこの金融会社は、無担保で300万まで借りれるし、利息も一番少ないんだよ。とりあえず、ホステスに復帰するには衣装もかかるし、美容院にだって行かなきゃならないだろ?」
「・・・そういえばそうね。身だしなみにもお金が掛かるし・・・」
如月さんは、私がお金がないことを知って、借用書まで用意してきてくれた。
「あ、でも、このお金があれば、整形手術が出来るんじゃないかしら?だったらメイクしなくても・・・」
「な、何言っているんだよ、セイラ。その火傷は普通じゃないんだから、300万ぽっちじゃヤブ医者に手術されて失敗するのがオチだよ!」
「そ、そうかしら・・・整形ってそんなにお金がかかるものなのかしら・・・?」
「ただの整形じゃないんだよ、セイラの場合は。な、なぁ?」
如月さんは、メイクの達人に話を振った。
「そうねぇ~、そこまでの火傷を消すには、肌を根本的にリフレッシュしなければならないの。だから、思ったよりもお金がかかってしまうのよね~」
「・・・そう、じゃあ仕方ないわね・・・」
「そうだよセイラ、物事には順番ってものがあるからさ。大丈夫、俺がついているから!」
「うん、わかったわ、如月さん」
如月さんの好意に応えるように、限界の300万まで借りることにして、私はその契約書にサインをした。
「んふ、これで契約完了ね。じゃ、とっておきのメイクをして、あ・げ・る♪」
どこか薄気味悪い男であったが、メイクの腕は完璧だった。私は鏡を見て驚いた。まさに元通りの美しい顔にメイクされていた。それは、化粧で顔の火傷を隠すというより、SFX映画の特殊技術のようであった。
これで私は、もとの美しいセイラに戻ることができた。
毎月50万というのがネックだが、お店で働けば、私ならそれ以上の稼ぎをすることができる。
だけど!
まずは、私にはどうしても、しなくてはならないことがあった。
古代有里(こしろ ゆり)・・・
どうしてもあの娘よりも、私の方が美しく、そして優れていることを、思い知らせなくてはならない。
私は、まずはあのレストランのウエイトレスになり、男の客の視線をすべて奪ってやるのだ。
「やるわ!私は完全に復活したのよ!」
しかし・・・その時のセイラはまだ知らない。
如月によって借りたローンの利息が、雪だるま式に跳ね上がっていることを・・・
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