最終話13

「上空を飛行中の民間機が、今にも墜落しそうです。土産と呼べるようなものは、あとはそのぐらいですね」

「早く言え!」

   *

 地下一階に下りる階段で銃撃戦になった。ドリルで開けた横穴から外の風が押し入り、長方形に近い建物の一階部分の端から味方以外が飛び込んでくる。

「アーリーも何ッでまた今! 正式文書を出そうとするか! ったく!」

 インカムに怒鳴りながら、浮田=ランゼル第二十五部隊大佐は素早く武器を交換する。機関銃の一斉掃射より慣れたライフルのほうが命中率も良く効率がいい。証拠に、狙い定めた数発で既に三人が倒れている。

 廊下の角で、身を翻して息を整える。一、二、三、

「喰らってろ!」

 再び銃口を向けて、折れた廊下の先に言う。

「あと三十二!」

「何がですか!?」

 建物は長方形だと思われていたが、端の一階部分がコの字形に作られていた。その途中で降ろされている三つ目の防火シャッターをデータ入力で破りながら一宇は大きく声をあげる。騒音がひどすぎて聞こえない。大佐も冷たく「何がだ!」と怒鳴るばかりである。

「っつーか開かないのかソレ!」

「すいませんね!」

 一宇が腰をあげると同時に巻き上げ音がして金属の壁が持ち上がった。

 ランゼルはこちらに背を向けたまま銃を撃ちながら後退する。

「チッ、人手が足りない」

 舌打ちと共に使用済みの金属が甲高い音を立てて床に転がった。踏まないように一宇はそれらの位置を横目で睨む。もし帰り道が行きの場合と同じであれば、電灯を消すと不利になる存在は覚えておかなければならない。明滅する明かりは奥へ進むほどに薄れていく。足下の非常灯がほの明るさを与えてはいるが、それもほんの数メートルで終わった。

 途切れた闇の中に駆け込む。

 先があるのか無いのかも分からない。

 鼻先を何かがかすめ、一宇は悲鳴を飲み込んだ。

「これつけてろ」

「た、大佐?」

 訳が分からないまま顔の前に差し出されたものを受け取ると、一宇は手触りだけでその正体に気付いた。

「……俺、そんなに足手まといですか?」

「バカ野郎、お前砂漠で片目でも動けてたじゃないか。もしキーを手に入れたらあとはあのキャラクターのノリで一気に帰れ。そのほうがうだうだされるより楽だ」

 最近景気よくバカ呼ばわりをされて慣れてきた一宇は反論を飲み込む。手にはどこから持ちだされたものか包帯のようなざらついた触りの細長い布があった。

「そりゃ俺も否定はしませんよ、でもアレやってると我を忘れるって言うか」

「いいいい、別に構わない、イーサで慣れてる」

「誰ですか」

 闇に反響する靴音で左右の壁との距離を把握する――以前、ほんの少しの間、片目だけで生活したときの感覚を思い出した。左目を隠さなくても、これだけ暗ければ大差ない。

 意識が不意に切り替わる。

「ひゃっほう!」

 飛来する白刃を避け、一宇はハイキックを決めて相手から銃器を奪い取った。嬉々としたその動作に、ランゼルが半ば呆れる。

「避けかたがノッてきたなお前。実は普段ものすごく猫被ってないか」

「そうですか~? 多分叔父さんもそうだと思いますけど?」

 一宇はナイフが彼方へ着地するのを聞きながらマシンガンを左手に構えようとして――データ管理役のためには邪魔になるので道中捨てたことを思い出す。

「ちぃッ! ざけんじゃねえよ!」

「ホントに人格変わるよなァお前」

 左目につけようとしていた布を両手の平に巻き付けて振り下ろす。大佐は絞殺現場を見て肩をすくめ、すぐに自身も素手で動く。

「よく考えりゃあ向こうも弾が切れてンだ、これでおあいこだな」

 向こうがナイフや肉弾戦を仕掛けてきたということは弾薬が尽きたと言うことだ。

 肘と肩で肋骨を下から抉るように引っかけて吹っ飛ばし、ランゼルは将棋倒しに倒れた数名の頭と腰を順に蹴り飛ばす。

「脊椎損傷と脳障害、どっちが良い?」

 微笑んだ彼の顔は照明が暗すぎてよくは見えない。一宇が投げた者が受け身を取り損ねて頭から落ち、首が直角に折れ曲がった。惨状に、生き延びた者らが息を飲む。

「おい一宇、それ、」

 瞬きほどの間をぬって脇を抜けた一宇を目で追い、ランゼルは右手をさしのべかけて、やめた。

「俺の獲物――まァ良いか」

 組んだ両手で頬を張られ壁に激突して沈黙した者、踏みつけにされて白目を剥いた者、既に気絶していた者も容赦なく胃液を吐いて転がされた。

 ランゼルが片づけようとした者は全員一宇によって制圧された。

「あっ! すいません」

 徐々に闇に目が慣れ、左目が見えていると気付いて一宇が詫びる。

「俺、どうも刷り込みされちゃったみたいで、あの、見えないと思うとこう、あの」

「いいから別に。何度も言わせるな、行くぞ」

 空恐ろしい子供だなと思いつつ、口には出さないでランゼルが先を急ぐ。

 未成熟な荒さが致命的だが、これだけ動ければ充分すぎるものがある。平均値しか取れていない学生も戦場でどう転ぶかは別と言うことか、と呟いて、ランゼルは足下に見えたナイフを拾った。

「さァて、とっとと帰ってメシでも食うか」

「そのナイフ綺麗ですね、ウサギ林檎作りやすそう」

「作る気か本気で」

 大佐が半ば以上うんざりと言う。それに気付かず、一宇は嬉々として語った。

「九条先輩、林檎は食べられるのにミントはダメなんですよ」

「ほう」

 また二、三人後ろから突撃してきたが、今回は双方ともがかわしたので床に顔面から突っ込んだ。

「それで?」

「だからコンポート作ってミント添えようと思って。大佐の分も作りますよ勿論」

「……あんまり期待せずに待ってるよ」

 敵を踏むときに一瞬高く飛んで体重を使って首を折りながら大佐はうろんげに返答する。

 あまり、食べ物の話はしたくない気分だった。

 後方からばたばたと足音がして、数名の軍人が声をかけてくる。姿が見えるよりも先に聞こえた声に覚えがあったため、一宇も大佐も動かない。ただ短くランゼルは指示する。

「行け、お前は後ろを守ってろ。ガーターはどうした?」

「居ません」

 ひそやかな声に、一宇はその者の死を感じ取る。悼む間もなくランゼルが何かを思案した。

「……まずいな、このままだと布陣が壊れる」

 これでも陣が布かれていたらしいことに驚き、一宇は大きく息を飲みこんだ。

「出来れば佐倉に残ってもらいたかったンだが――あの隊があいつをなくすとガタガタだしな、後方へ下げてルノーを呼べ」

「ルノー=モトベ大佐ですか?」

 一人が復唱したのは第七部隊の大佐の名前だ。一宇は頑丈そうな男のことを思い浮かべた。憂乃の上司だから覚えている、二人が並ぶと幼児と父親のように見えて身長差を聞いたことがあるが当然すさまじく怒られた。

 ランゼルは頷き、「セヴェックは後方だし使えるヤツが思いつかない」と心底面倒そうにため息をついた。

「便利なんだ、あの男。多分近くにいるんだろ、」

 何の根拠かそう言うと、はたして、ひそめた声にその名があった。

「上にいらっしゃいます」

「何だ、人数多いけど見たことあるなと思ったら、お前第七部隊じゃないか、どうした?」

「第七部隊は解体しました。現在全員が自主行動に切り替わっています」

「そうか」

 もとから集団行動中に爆撃を受けて一人になったりと単独行動になるおそれが高いため、第七部隊は部隊を解散されても戦闘に強い面がある。組織されていなくても、自主的に経路を設計できるのだ。

「先程から自爆テロらしきものが多発しまして、戦闘機などが乗っ取られてこの付近の地上に激突してるんです、大佐らもそろそろ移動を再開するのではないかと」

「呼べないのか、残念だな」

 森が焼けてしまっては、彼が得意とするゲリラ戦のようなものはやりにくくなる。森に誘い込んで仕掛けるので、森に駆け込まない敵には対処しづらい。

 ルノーを一旦思考から除外して、ランゼルはじっと暗闇を見つめる。

「……おい、今何人居た?」

「はっ?」

「一宇」

「へ?」

 今まで蚊帳の外だった一宇は、壁際にある電気コードを引きはがして工作をしていた。急に集中を破られて、彼はゆっくりと瞬きをする。

「……足音は、六人でしたけど」

「今動いてるのは?」

「……三人?」

 途端、向こう側が開けた。

「全員下がれ!」

 急激に視界を焼く華やかな明かり。廊下の奥の天上に巨大な穴がうがたれており、そこから数名が降ってきた。

「レーザー」

 ぼそりと呟き、援軍となって来たはずの者が蒼白になる。

 これほど頼りない援軍もない、敵は、使役する科学力が上回っている。

「そこらのレジスタンスが持つには高価すぎるな」

 鼻で笑い、ランゼルが懐から銃を取りだした。

 旧式の、一発ずつ弾を込める小さな銃は、しかし弱々しいが意見とは裏腹にしっかりと狙いを定める。

「うわあッ」

 縦長の機械を背負って降りてきたものが心臓を打ち抜かれ、同時に機械も沈黙した。

「これでそれは使えないな」

 通常の弾丸では弾かれてしまう金属だが、それ以上の硬度とかすかな粘度を持つ弾によって破壊は成された。マザコン男のお土産だと浅く笑い、彼は銃を再びしまう。一宇の目にはその銃身に、確かにロマノフスキーの紋章が見えた。第二十五部隊所属情報局局員内田とラファエルの父、マザーコンピュータMを再発見した男の出身家名だ。

「行け!」

 背を押され、一宇は一瞬意味を把握し損ねる。しかし一拍遅れて心臓が跳ねた。

 ゆっくりと、どの扉が本物かを選んでいる余裕がないことを思い出した。

 仕掛けた罠もそこそこにして一宇は前へ走り出す。

 すでに目星はつけておいた、だから補佐に付いてくれた人員に頼んで左右に散ってもらい、攪乱するように一旦は“そこ”を離れた。

 一室に飛び込み、明かりを付けずに台のようなものを引きずって出入り口を塞ぐ。それに乗って天井に手をかけ、基盤を探した。

「この、図から言えば、地下一階はすべて、電力系統は上にある筈なんだけ、ど」

 ざらついた天井は手で突くと中の空洞部分に安っぽい音がくぐもった。

 なかなか基盤らしき突起には当たらない。ましてや天井は一向に外れることがなかった。

 どこか外れる気配がないかと徐々に焦りだしたとき、一宇は台から足を滑らせそうになって息をとめる。

 ここで悲鳴をあげたり怪我をしては元も子もない。落ち着け、と何度も自身に言い聞かせ、再びゆっくりと、丁寧に指先を天上に滑らせた。

 あった。

 がこ、と妙な手応えがあって、菓子のフタでも取るように天上の一角が見事に外れた。

 伸び上がって中に手を入れ、砂と埃の感触の他に、ネジのような金属が手に触れる。

「あとはコレを繋いで、」

 自身が持つ機械とケーブルを繋ぎ、一宇は画面に集中する。

「ここから侵入できたら、言うこと無いンだけどな」

 研究所の研究員が寝泊まりしていた部屋、しかもここは最上位の人間が使っていたのだと、電脳図面のVIPの文字が示していた。ここからなら随分上の機密情報まで探れる筈だ。今はまだこの辺りに電力が行き渡らないために地下警備システムが作動していない――そのうちに、出来ればさらに絞り込んでおきたかった。データ上のどの辺りに、目指すデータが存在するのか。

(感染者や実験のデータ、は、あった! 研究所のキーは、……まだプロテクトが生きてる、か)

 凄まじい勢いで打ち出される思考実験の表を見つめ、一宇は不意に台を降りた。中空に不安定に、ケーブルだけで小型機械がぶら下がる。息を潜める。思考実験の成功を告げる機械音はまだしていない、汗が頬を伝う。知らない足音が外を行き来し、知った足音が銃を向ける。

 まずいなと舌打ちしかけて一宇は床付近に身をかがめた。

 人の声が通りすぎる。

 一旦は遠ざかった気配に、肩の力を抜いた、瞬間、

「……ッ」

 鈍い音を立てて扉の下辺が内側へ凹んだ。頭上の機械に目もくれず、彼は急いで銃を構える。先程転がした連中からひそかに奪っておいたものだが、弾は一発しか入ってはいない。さらにいえば、さすがにこの暗がりから一発で仕留める自信はなかった。

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