最終話12
「しかしやべえな、これだけ無茶苦茶だと、ランゼルはともかくとしてもアレについて行かされてるあの餓鬼は、さすがに悪運がやべえンじゃねえか」
ルノーが何の気無しに軽口を叩くと、憂乃が鋭角的な動きで振り返った。一瞬泣くのかと思えるほどに、まなじりを決してルノーを睨む。てっきりこの発言は黙って切り捨てられると思っていたので、上司はその反応にいささかたじろぎを見せた。
「……すまん、言い過ぎた」
ルノーはばつが悪そうに頭をかいて詫びを言う。
無言で訴えるように見上げてきた憂乃は、返答せず、息を吐いて再び茂みに目を向けた。
「……何だよあいつ?」
ルノーに悪気があったわけではない。彼は首を傾げながらもすぐにそれを吹っ切る。別に気にしていなくても、現状に支障は来たさない。
――ふと、彼らは気配の充満を感じる。
憂乃が振り返ると、ルノー大佐のすぐ近くに立ったシーン情報局局員が唇に人差し指を当てている。しかし警戒すべきものではないだろうと言おうとして、憂乃は他に先んじられた。
「あー俺だ俺だ味方だ一応」
「うわぁびっくりしたッ」
ルノーが木陰に向かって両手を挙げ、そこに居た者に笑いかけた。
「ご苦労さん、ランゼルが居るのはこの辺か、もしや?」
「何だァ、ルノー大佐だ」
「邪魔だからどっか行ってて下さいよ」
ばらばらと追い払うようにやる気無く手を振られ、ルノーは何だ、とむっとする。
「折角来てやったのによー」
「たまたまこいつらが後退方向に居ただけだろうルノー大佐殿」
上や木陰に第二十五部隊などが潜んでいるところを見ると、草むらの死者は既に武器類を所持していない。浮田憂乃はつまらなさそうにライフルを肩にかけて鼻を鳴らした。
ルノーは、部下としか言えないような階下の者の乱暴な言葉に気を悪くした様子も無い。ただ枝の上を見上げ、軽く片手を差し出した。
「大尉、つれないこと言っとらんでこいつらに弾ァ分けてもらっとけ」
「えー俺たちももう殆ど持ってないッスよ! あげられません」
木上に居た者が、寝そべるかたちで遠方に向けていた銃を高く持ち上げた。ひとえに、ルノーに取りあげられないようにするためである。
「まァいいじゃねえか」
「良かないですよー」
毛を逆立てた猫のように、青年が枝の上を後ずさる。
「ったくそういうとこばっかりうちの大佐に似てるンだからもー」
「あァ!? 何でここでランゼルが出てくるンだこら!」
「……大佐、ここで喧嘩しないでください」
初期から同行している情報局局員が恬淡と釘をさす。
「あンだとこら」
「味方相手にすごむな」
憂乃は吐き捨て、木陰の者に手を差し出す。
「寄こせ。お前、ライフルを持ってないだろう、それならその弾はいらない筈だ」
めざとい女に、彼(か)の者は小さく息を吐き出す。彼女がやっていることはまるきり上司と同じだが、その戦法には有無を言わさぬものがあった。観念したように首を振り、彼は憂乃の手のひらにライフル用の実弾をばらまく。
「頼みますよ、ホントに。俺たち、今回ここから動けないンですから。敵が来なきゃ無駄づかいしなくて済むけど来ないなら来ないで弾の一つも手に入りゃしないんスよ」
「動けない?」
青年の口が最初の母音の形に開いた。生憎言葉にならないが、紛れもなく「しまった」と、その表情が雄弁に語っている。
憂乃は簡略に理解した。
「つまりランゼルらはこの付近か」
「まァ詳しいことは言えませんけど」
「あ、そうだ。そろそろ人間弾薬庫が戻ってきますから、それから貰えばいいッスよ」
「そうだそうだ、俺たちもあの人から貰う予定ですしっ」
助け船と言わんばかりに他の者が加勢した。憂乃は自然と眉をひそめる。
「バードが? あいつまだ生きていたのか」
「生憎頭は回るンですよねェあの人、……痛ッ」
「うるせえな餓鬼がよ」
茂みに隠れていた者が、前のめりに転んだ。今しがた軽口を叩いたばかりの頭には、重たい音を立てて金属製のケースが置かれる。
「たかれ! 皆の衆ー恵みの雨だぞー」
何故かルノーが周囲に指示を出している。ケースの持ち手から手を離した少年が、不満そうに口を歪めた。
「ンだよ、そんなに数ァねえぞ」
「お前そういう固いことは言いなさんなや」
かくいうルノーも、拝むようにして両手をあわせ、少年がポケットから出して放った小型のケースに礼を言う。
「つーかてめぇ礼を言う相手が違うだろ」
「いやぁありがてえ弾丸様! 未使用新品なんざ久々に見るぜ」
「聞いてねえし。まァ良いや、そいつは硬化物質としても上等だかんな、使うときゃ気をつけろよ、一人だけ殺るつもりなンだったら他の使いな」
「何でだ」
「そいつはここを、こう、貫通して、連続した板およそ十枚分は軽くつらぬいてから外部の摩擦熱で内側零コンマイチの火薬層みたいなモンに着火して爆発する」
通称人間弾薬庫は自身の胸元に指をそろえた手を直角に当て、それから後ろに回して飛んでいくさまを示した。
「……要するに一発で相当効果が出るってワケか」
自分に一番分かりやすく噛み砕き、ルノー大佐は頷いた。
「俺にはむかねえな、そらよ」
「私に渡すな」
ろくに位置を確かめもせず憂乃に放られたであろう弾丸入りの小型ケースは、あと一歩のところで他の者の手に落ちる。
「あッずるいぞ、返せ」
「別に取りゃあしませンて、もーがつがつしちゃって」
草むらの誰かが苦笑しながら、少しだけ腰を上げてケースを放る。今度こそ受け取って、憂乃は中を確かめた。
「ライフルでも使えるか、」
「ま、やる気次第腕次第ッてとこ」
闇の中でもゴーグル越しに世界を見ている少年は、相手には見えまいと思ったのか憂乃の嫌がることをしてやる。
片目をつぶられ、憂乃は真顔で口を開いた。
「相変わらず小さいな」
「同じ身長のヤツにゃあ言われたくねえな」
「違う、身長じゃない。器だ」
「かっわいくねー」
密かにルノーがケツの穴とか言われなくて良かったなと呟いたがごく自然に黙殺された。
「三十過ぎて可愛いよりマシだ」
憂乃は少年にしか見えない通称人間弾薬庫を睨み付ける。彼はあらっぽくゴーグルごと頭をかき、ジャケットの下から長い導火線のようなものを引き出した。
「お前四捨五入したら幾つだよ」
「生憎私はそこまで老けてない!」
言い争う間にも、憂乃は弾丸をライフルに詰め、通称人間弾薬庫は線を適当に切って繋いでいく。
彼にジェスチャーで呼ばれ、軍人の一人が小走りに近づいた。
「これ、持って向こう側へ行け」
満面の笑みでこちらを向かれ、その軍人は、顔がこわばる。
「で、ででででで、でもこれは」
「そう。俺の大作。すげえぞー直径何ミリ玉だと思う!?」
目が輝いているが、軍人はそれ以上の追求を避けた。
全速力で繋がる配線の続く限り駆けていく。
「よーしとまれーッ」
下に台車がついてはいるが、その金属はかなり重たそうだった。筒型のそれを、天の焼けて開(ひら)けたところに置いておき、途中から手を貸してくれた者たちとともにその軍人が駆け戻る。
「全員、歯ァ食いしばれよー」
一応といったように大ざっぱに確認を取り、少年は軽くゴーグルをあげた。
「じゃ、行きますか」
「バーディ、お前、それは何だ?」
ようやくながら憂乃が問うた。ルノーが両耳を塞いでしゃがみ込んだところを見ると、やはり人間弾薬庫の名に恥じず、爆発物であることは確からしい。
悪企みをする子供のように、口も目も流線型にねじ曲げて、バードはそのまま、導火線に向かって火を落とした。
「俺様の本業をお忘れかい?」
目もくらむような音、光、その雨。
「……バカだ」
勝利の文字を浮かべた花火を打ち上げ、憂乃の評価をさして気にせずバードが告げる。
「余興さー。今の文字は俺のオプションな、腕によりをかけて目立つ配色にしておいた」
「……赤も黄色も白もあったな」
「青はちょーっと目立たねえ気がしてよ、どうせ下ァ森だし。緑とかあるだろ。ま、どうせあんま高くうちあがらねえけど、それでも見えるヤツには宣伝にならァ」
それを合図に、茂みを鳴らして誰かがこちらへ駆けてきた。
「はいはいどいてください!」
足音を殺さない点といいおよそ軍人らしいとは言えなかったが、その男は前線基地の軍人が着るジャケットを羽織っていた。
一斉に狙いを定めた無数の目と銃口が、初めと違ってばらばらに、ひどく遅い速度で降ろされていく。
彼は左腕の腕章を指さしながら、自身の身分を証明していた。
見覚えのある顔と格好に、憂乃がライフルを下に降ろした。
「……なんで第十二部隊が」
後方で士気高揚と外部への宣伝のために活動しているはずの、いわば記者が、ここに居る。
誰かが疑問の声を口にするよりも早く、彼は号外ですと声を張り上げた。
「もしここにー、えー、レジスタンス、パルチザン、ゲリラ、テロリストその他非政府的な組織並びに個人の方々がいらっしゃいましたらよく聞いておいてください!」
運命は告げられた。
「本日付けをもって旧帝国軍前線基地所属アルフォンス・ネオ=フィーリングズ大佐がその任を解かれ、反逆者として正式に認められました! が! 上層部と下層一部を除き、軍部は大半が離職を宣言、並びにアルフォンス・ネオ=フィーリングズの設立する新規機構に所属しその法に準ずるとの構えです! また非政府組織でも多くがこの新政府設立を容認しています! 今から名をあげます部族などにおいては確認を取られることをお勧めいたします! でなければ、ご自分たちの手を組まれるべき相手を射殺しかねませんからね」
嗄れそうになる声で言うと、彼は一旦礼を取る。それから、ビラを配り始めた。
「……どういうことだこりゃあ」
呆然とビラを受け取ったルノーから、憂乃がはじかれたようにビラを奪った。
「良かったな大佐殿、我々の上であるザイク現前線基地准将、元人事院主催もアルフォンス・ネオについてる」
もしも不満があるならば、軍人らは上下関係を解消して旧帝国軍として新政府軍と戦えばすむことである。
参ったなと呟いて、ルノーは暗い空を見つめた。
「俺ァこういう駆け引きは苦手なんだが。どう思う?」
「……結果的には勝ち馬には乗れたのではないかと」
第七部隊専属の情報局局員はこの情景を観察しながらそう答えた。愕然とする者、予想が付いていたのかさほど動じない者など反応は様々である。
「なおこの情報は間違いではありません。我が軍の志気を高めるための宣伝とも考えられますが、今回、前日からかなりの回数に渡って、この手の憶測と断定が飛び交っていましたから」
「ふん、ロクでもねぇなァ」
いくつかの異なる衣装の者らが、武器を投げて投降してきた。
もしアルフォンス・ネオにつくのならばこの作戦においても彼の指示に従うほうが理にかなう。上で勝手に成された盟約とはいえ――そして真偽が定かではないとはいえ、これ以上恨みに任せて血を流すことには見切りをつけた者らしい。血に飽きたともいうことができた。
「皆なかなか素直だな」
憂乃が皮肉ると、第十二部隊の者が汚れた腕章を指で示した。
「とか言ってると、これを落っことしてった俺の上官みたいに内部テロに遭うンですよ。気を付けてください」
「言われなくても」
誰が正しいのでもない、投降せず武器をとるものたちのために憂乃は再びライフルを構える。
「味方は全員指示に従え! 部隊を解かれた者についてはルノーの指示に従って動け!」
「良い声だ」
ルノーは短く喉を鳴らす。
「別に貴様を褒めたんじゃない」
憮然とする憂乃ににやりと笑い、ルノーは情報局員の肩を掴んだ。
「シーン情報局局員、次はあるか?」
「何のですか、」
「決まってる」
ルノーは突撃してくる無頼者を、その勢いを利用してひっくり返し片頬を歪める。
「お土産だ」
バードといい第十二部隊隊員の出現といい、あまりに急な出現だ。まだどこからか“お土産”がくるのではないかと怪しんだルノーに、シーンはただ、短く告げた。
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