第10話9

 両手にしたマシンガンのマガジンもちょうど空になり、イーサは足下の連中から武器を頂き始めた。

「お前、踊りながら撃つのやめてくれよな」

 感慨もなく呟き、ランゼルが天幕内に飛び込んでいた数名の仲間の安全を確認した。

「味方には当たらなかったじゃないですかー」

 唇をとがらせたイーサは自身の被っているざらりとした質感の厚布の下からくろがねに光るマガジンを出して補充し始める。

「結果論を言うな。ホラ見てみろ、うちの可愛い部下たちがまるで籠を揺らされたハムスターのように震えているぞ!」

『何で例がそんなに具体的なんですか』

 佐倉少佐の呆れた声に、大佐は見えもしないのにうっそりと笑ってみせた。

「まぁそれはともかく」

『D班が東南西から侵入します』

「おー、俺らの第一作戦が思ったより早かったから予定が狂ったな」

 時計を確認し、イーサを連れて外に出る。耳には銃の告げる無感動なカウントと佐倉の告げる戦況報告が続いている。

「……憂乃は大丈夫、だろうな」

 眉を寄せ、新たに撃った対象が若いことに内心苛立ってランゼルは靴底で人形の足を踏みつぶした。

 

「あれイチウ、てめえ負傷して帰ってきたんじゃなかったのかよ」

 左目を隠した眼帯に触れながら、イチウはわずかに首を傾げた。

「治った」

「ええ!?」

「ジークが、なんかしたらしい」

「……ああ、成程」

 納得し、西向きの風に目を細めると男たちは四方へ散っていった。砂の中に埋もれかけた足を引き抜き、イチウは銃を引っかけたベルトのバックルを留めかえると肩から斜めがけにする。治癒力が数十倍あるという食虫植物の赤い花を練って埋め込み、ジークは一晩もするとイチウに普段通りに腕を使うよう要求してきた。確かに傷口の肉は盛り上がり穴を埋めようとしてはいたが、痛みが引くわけもない。レントゲン写真もないこの地では、傷の具合など自己判断に任せるしかない。元より弾が靱帯などを傷つけずにうまく貫通していた傷口である。不幸中の幸いではあった。よく動くものだなと自分の利き手の拳を動かしていると、ふと鼻先に硝煙の匂いが到達した。その尋常ならざる匂いの強さに、イチウは知らず銃を構える。

「……おい!」

 見張りに立つはずの男たちの姿が消えていた。咄嗟に身を伏せると、頭上を飛び越えた手榴弾が付近の天幕を空高くはねとばした。

 

 にわかに戦場と化した空気に、女王は眉をひそめ嘆息した。

「参ったわね、軍はつぶれたんじゃなかったかしら」

「おそらく生き残りで再結成しているために、指令が下らない『速さ』がものを言ったのでしょう」

 こんなときにも淡々とした男の声に、女の鞭が砂を弾いた。

「ジーク」

「はい」

 頭をさらに垂れ、女王の前に跪いて彼は答える。

「始末して。お父様の遺言を守らないわけにはいかないのよ。私は国を再興しなければならないのだから」

 その、やり方が正しくはなくとも。傲然とした支配者の声に、ジークは異を唱えようとしない。真の宰相ならば守るために進言し討ち果たされても構わないと言うだろうが、彼はそうしきることができない。命令に慣れたからだとも、またこの女王に仕えるのに喜びを感じているからだとも言うことはできる。

「御意」

 麻痺したままの感情で、ジークは綺麗に立ち上がった。彼女を阻む者をうち払うことこそ、彼の責務。

 

 たちまちのうちに砂で視界が悪くなった。

 荷物の中に潜んでいた憂乃らは、自分たちの行なうカウントだけを頼りにして武器を手に飛び出していた。悲鳴が上がる中を小走りに駆け抜け、憂乃は情景に舌打ちをした。

「なぜ子供が!?」

 怯えすくむ女子供の目は、正常な色をたたえている。

「どういうことだ! 感染していない人間が混ざっているじゃないか!」

 ローズは、成人男子を主とする人員構成で行動しているはずだった。その証拠に、これまで彼らが女子供をつれているところは目撃されていない。彼らが通り過ぎた後には、それらの遺体も多く残る。叫んだが、憂乃は後ろ頭をはたかれた。

「しっかりして下さい大尉! いきますよ!」

 不敬をお許し下さいとかすめるように言って、部下が脇を駆け抜ける。唇を噛み、憂乃は急いで任務に戻る。

「罠か? こいつらは皆『人の楯』か? それとも――」

 行きすぎた選民主義により、ローズは自国の民以外を認めないと言うだけのことか。どうすればいいのか、考えている余裕はない。下された命令の分だけは確実に動かねばこちらがまとめてやられてしまう。すべての制御は上部に任せるより他にないのだ――どうにかしろよ、と憂乃は一人の名を胸で叫んだ。叫びながら、その実単なる殺戮でしかない状況を憂えた。

   *

 お前が情報の総括になるのではなかったのか。豊かな国を作るのではなかったのか。思想間の齟齬を埋めるのではなかったか。違うもの同士をうまくつどわせ、病を人から取り除くと大言壮語したのではなかったのか。お前が――。

「うきうきするね」

 不謹慎だが、アルフォンス・ネオはそう思う。

「東南の砂漠にひっそり住まうアクネスの民は、ローズのおかげで北方からの感染者の移入を防がれている。しかしこれ以上ローズが攻勢すればつぶされることになる。南方には『壁』があるからこれ以上南には逃げられない――ねらい打ちにされるからね。かといって壁を作っているその国に入ることはできない、半数が死んで半数が奴隷になるっていうんだ、多少きつくても自分の土地には残りたいという」

 かた、と硬質な音を立てて、チェスの駒がまた一つ動かされる。

「カノトは動かないつもりらしい。ローズがつぶれてくれたほうが脅威は減るが、表立ってローズをつぶす側に回ると――すなわち軍を支持すると、即座に侵攻されてしまうおそれがある。ゆえにポーズとしては軍に対しデモを起こしてみせる――」

「それでアーリー? どうしようか?」

 青銀髪をかすかに揺らし、青年が駒を指先でもてあそんだ。上品で戦慣れしていないように見える顔でいて、その眼光はどこか鋭い。珍しい意匠をこらした飾り布をゆったりとまとい、彼はわずかに笑ったようだった。

「君に聞いているんだが?」

 片目を細め、アルフォンス・ネオは駒を動かした。

「それが問題なんだ」

 大まじめに頷いて、アルフォンスは青年を見つめる。

「どうしようか」

「先に聞いたのは私だよ」

「レナリア、手を貸してくれないか」

 現在、アルフォンス・ネオはアクネスよりやや北の、砂漠の地下に潜んでいた。ここから約五キロほど北に向かうと、レジスタンス・ローズの本拠地がある。首を傾げ、レナリアは頬にかかる髪を指で払った。

「そうだね、すでに憲法草案はできあがっているじゃないか」

「そこから先の話だ」

「先?」

 鼻で笑い、レナリアが駒を動かす。

「普通、そんなに早くから法律だけ整備するものかね」

「しておいたほうが安心だろう?」

 どうせもうすぐ必要になる、と、ぬけぬけと言い放ち、アルフォンス・ネオは指を組んだ。その、ある種傲慢な微笑みに、レナリアはやれやれと肩をすくめた。

「アーリー、君は私の持つ元帝国の遺児の肩書きがほしいのかもしれないがね、私が君に従わずに国をとる可能性は考えないのか?」

「国など要らないといったのはそちらの方だが」

「まぁ、それはそうか」

 小部屋を埋め尽くす書籍たちは、床にまで所狭しとなだれている。そこにさらに雑然と広げられたのは、何年もかけて組み立てられた法案の思索が記された紙切れの山。

「勝負だよ、アルフォンス」

 レナリアは決して立ち止まりはしない友人に忠告をほどこした。

「感染についてどうにかなりさえすれば――医療と福祉に長けていれば、人は自ずとその恩恵を受けたいと思うようになる。まずは国家の話は出さず、純粋に丸め込むことからはじめることだ」

「だから今、いちばん手強い例の感染モノをどうにかしようとしているんじゃないか」

「……どうにかしきれなくて私に相談に来るのはどうかと思うがね」

 苦笑し、アルフォンスは駒を盤上にちらつかせた。

「それはそうだ。迷惑をかけるね」

「でもまぁ、見応えのある試合になりそうだ」

 チェスと違って。笑んで、レナリアは盤を片づける。彼は決して裏切らない。富と名誉に付属する責任を回避するがゆえにレナリアは世捨て人さながらに砂のしたに隠れる。そんな彼でも、アルフォンスの起こす行動には手を貸してしまっていた。

「大変だねぇ、アーリーに好かれたこの世界の人間たちは」

 かつての権力者の子孫は、いましもアルフォンスの手のひらで踊らされている人員が哀れでもあり、興味深くもあるものだった。

   *

「いち、う!」

 砂を踏む、その靴底に砂の一粒一粒が触れる。周りの人員は各々白兵戦の状態に陥りかけ、あちこちで怒号と悲鳴とが混在していた。

「あんた、ホントにしつこいねえ」

 皮肉げに右頬を歪め、その男は軽くマシンガンを掲げた。すくめた肩に視線を移し、憂乃は泣きそうになる顔をどうにか怒った表情にとどめる。

「お前は、軍のシンクタンク生によく、似ている」

「それで?」

 それを口にするのにかなりの労力を必要としたというのに、男は飄然として意に介さない。憂乃は利き手を取られ、勢いを利用する形で抱き込まれた。

「しまっ……!」

 後悔しても遅い。一宇、とおぼしき人物は、左手と自身の体で憂乃を締め上げる。確か一宇は体術が得手である。調査書に書かれていた特徴を、ランゼルがぼやいていたことを思い出した。――接近戦があったとしても、直接体をぶつけあってる暇はなかろう。やはりオールマイティな点を取るか、と言って、浮田は二十五部隊に入隊させたいというむねを、正規にシンクタンクに申し入れしていた。

「で? なんだってわけ? あんた、俺が誰か知ってるんだ?」

 神経の、上を滑るような囁きをされて我に返る。首筋にぎりぎり唇近づけられ、普段なら、けっしてあげない声になりかけた。

「はっ、はな、せ!」

「良いなきごえなことで」

 嘲るような笑いが肌を這う。憂乃は歯を食いしばる。一宇なのか? この声も、体も、一宇だと思う。でも。分からない。

 不意に、拘束する力が弱まった。腕を突き上げ、肋骨を折る勢いで技を決めた。容赦はしない。怪我をさせても、連れて帰れないよりマシである。少なくとも、憂乃にとって。

 空気を吐き出し、少年は距離を取った。決まったにしてはダメージが少ない、そう思った憂乃は、彼が引き寄せた左手からウサギのぬいぐるみがこぼれ落ちるのを見た。

「後ろのぽっけに入れっぱなしだったんだなぁ、これが」

 にやりと笑うが、少年の顔は精彩を欠く。憂乃の後方から、聞き慣れた声が届いた。

「遅くなったな! 真打ちの時間だ!」

 周囲で憂乃に他のレジスタンス要員が向かわぬよう戦ってくれていた者たちが雄叫びをあげる。ランゼルは空を確認し、軍人に向かって一声をあげた。

「全員配置につけ!」

 軍の遊撃隊――すなわち元第二十五部隊の分隊が不意打ちをかけに来たのである。時間通り、頭上を通過した九条の機が爆撃を開始する。勢いを増し、第七部隊がローズを薙(な)ぐ。

 それに勇気づけられ、振り返らずに憂乃は少年につっこんだ。

「イチウ!」

 丘になった位置から、総統の地位に並び立つ女が叫んだ。イチウ本人は誰も見ない。顔を地面に向け、拳を挙げる。

「うるせーんだよどいつもこいつも!」

 砂が逆巻く。泉のように噴出した砂のあおりをくらい、軍人もローズも一瞬状況を見失う。少年が地面に投げつけた爆薬により、地面の一角に大きな穴があいていた。深淵へと誘うような口を開けた大地に、女王たるルーディは舌打ちする。砂が落ちていく。その底から、斬撃の音が響いていた。

 

「いたたっ……なんなんだここはッ」

 憂乃は鉄筋の破片を避けながら起きあがる。ざらざらと砂が降ってくる方向に、ぽっかりと空が浮かんでいた。

「地下があったのか」

「こーんな、地盤の危ういところに。ねぇ?」

 思いのほか近くで声が聞こえ、憂乃は嫌悪と共に足を蹴る。

「おっとお! そーんな技が決まるかよお!」

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