第6話4

 うちでとりたいんだがなぁ、と、心底残念そうに呟く。――しかし、地上部隊にしても、いちいち組み合っていられる余裕など無い。あまり役には立たないだろう。なぜ一宇を第二十五部隊に入れたがっているのか、他の隊員たちは大佐の思惑がつかめない。

「でも、うちだからこそとれるんじゃあないですか? 俺たちは複合隊なんだし」

 自機の点検を続けながら、九条は大佐がほしがっている理由に触れない。

「そうですよー、俺らは一気に攻めて一気に引く遊撃隊ですからね」

 大佐の前でスイッチを入れ、沖田がけらけらと笑う。瀬野は武器庫から取ってきた弾薬を各人に配った。大佐はベルトにつるしたマガジンを点検し、それを受け取る。

「液体火薬はないか?」

「あれはダメです、現地じゃ雨が降ってるらしいんです。上の許可がおりませんでした」

 瀬野は肩をすくめ、親指を天に向けた。

「雨なら湿気(しっけ)なくて良いじゃないか」

 肩をすくめ返し、大佐はジャケットの中に弾薬をしまった。瀬野(せの)は苦笑いを浮かべ、沖田にスティック型ショットガンや弾を渡す。

「今あるのは、水とまざると融合反応が起こるKタイプです。だから」

「あぁ」

 頷き、大佐は面倒そうに吐き捨てた。

「森ごと吹っ飛ぶな」

「みそ汁の鍋を火にかけて、どかーん、てやつですね」

「いや、それは違うだろ、水蒸気爆発だろ」

 ローカルな仕方で説明した沖田は、すいませんとどうでもよさそうに呟くと、受け取った火薬を手元のストックに放り込んだ。

「もう出ちゃだめですか?」

 ゴーグルもして、出撃準備を完了させた九条が叫んだ。ダメだと答え、大佐は左手だけにグローブをはめる。利き手は右だ。手の汗で滑るよりはひっかかりや反応の遅れなどを回避して利き手の自由を優先させる。いらいらとレバーを叩いていた九条の指が、ふととまった。瀬野も自機に飛び乗ろうとし、気づいた大佐に首根っこをつかまれた。そのまま引きずられていき、別の機に押し込まれる。

「何で複数名用なんですかぁ」

 不満げな瀬野に同情しつつ、九条は発進した。一宇と憂乃を回収するなら、彼らが乗り込める隙間が必要である。九条はシューティングスターとしての機動性を重視して一人で飛ばせてもらえるのだ。地上に降りるときのために大佐、彼を乗せて飛ぶのに充分な飛行技術を持つ瀬野、航空技術は航空技術でも大型ジェット機まで乗りこなせる沖田は、重量のある機体を操るのがうまい。

「性格はアレなんだけどなぁー、まァ、さすが大佐、なんだよなー」

 のんびりと呟き、九条は高度を高く保った。遥か下方に二機があらわれ、インカムで指示が出される。九条はついでに「命令違反につき野菜の刑」と大佐によって告げられた。

 

 立たなきゃ。一宇はまるで座ることに飽きたように腰を上げた。体が冷えすぎて不快になり、死ぬ気はとうに失せていた。こわばっていた体の筋をのばす。ひとつひとつの筋肉が動かされ、血流のぬくもりが体に通った。

 まだ、生きられる。乾いてぱりぱりになった血痕の多くが、じゃまくさくて手で剥がし落とした。雨はもう、やんでいた。ぬかるみに残る足跡に、泥水が流れ込んでたちまちのうちに池を作った。引き抜いた足をあげたまま、一宇は表情も作らず考える。意識が一段奥へとひっこんだような感じがしていたが、構わず、いつもの通りに体を動かし、木に手をかけた。太めの枝に登り、下の足跡や体が木々に見え隠れするのを眺めやる。

「……あっちか」

 目をすがめて呟いて木を降りる。できるだけ跡を残さぬように進み出した。

 まず、たどりつこう、と思った。動いていなければ森の静けさの中に消えてしまいそうな気がした。人は死ぬ。どんな綺麗事も踏み越えて、ひとたび爆撃を受ければ塊となって内腑をまきちらして死ぬ。見なければ、気づかれなければ、一宇はこれからも自分の小さな平和を疑わなかっただろう。ふと、考えていられるのは余裕だろうかと自嘲した。

 もうコックはできそうにない、できるとしても前とは違うだろう。しかしそれでも、かつて試合の後には部屋に戻れたように、薄れていく感覚なのかもしれなかった。

 帰る場所が、こことはかけ離れた日常の営まれる地があるから、前線の軍人たちは我を失わないのだろう。一宇は人気(ひとけ)のない森の静けさに身震いする。ここしか知らないで育てば、魂はいつも生きようとする肉体に駆り立てられ、立ち止まってのんびりすることもなく、走り抜いて死ぬのだ。それに耐えられるように心は進化するのかもしれなかった。

 言えば笑われそうだが、あの奇病は人間の防御反応なのかもしれなかった。どこまでも生きるための。――生の理由は知らない。だからまだ走れる。死の気配しかまだ知らない。だから一宇はまだここにいる。

 

 思った通り、藪(やぶ)を抜けると累々と屍(しかばね)が積まれてあった。着衣のない者もあり、おそらく憂乃に持って行かれたのだろう。一宇はほっとした。彼女は少なくともここまでは生きているのだ。

「やっぱあたり――か。ここのプラントに用があるんだな」

 任務内容も聞いていないが、一宇の状況把握は間違っていないらしい。

「問題なのは用事の内容……もしプラントぶっとばすんなら、今うかつに入ったら最期だしな。外で待つにしても、待ってる間に大尉がやられ――たりはしないか」

 護衛よりつよい人だもんな。ここでアクションを起こすことが、吉と出るか凶と出るか。

 と、目の前の体の一つから、短い電子音が聞こえた。

「なんだ?」

 どこかで聞いたことがある、と思った瞬間、一宇は体の反応に従った。とっさに距離を取り、地面のくぼみにふせようとして逆に高いところへ走る。先にオレンジ色の光があがり、それから、爆音がとどろいだ。

「死ぬ前に自爆スイッチ触ってやがったのかよ」

 指がかかっていて、死後硬直によってオンになったのか。あるいは。

「――もしや大尉、ここでドカンして人集めといてその隙にって、えぇ!? まさかっ」

 くぼみに吹き寄せられた肉塊を飛び越え、一宇は目の前の扉に走った。扉は少々焦げているが、この程度ではびくともしないらしかった。

「冗談じゃあない!」

 ポケットを探り、透明な小瓶を指で確かめて扉の連結部分に投げる。その足で、一宇は森の中へと消えた。水に濡れた大地も扉も、瓶の内容物を十二分に吸い込み、吹き飛んだ。

 

 憂乃は排気ダストへ白煙筒が放り込まれるのを眺めていた。武器庫の棚に入り、いぶしだされるネズミを数える。体が小さいとこういうときに便利だ。さすがに弾薬をむやみやたらと引っかき回すことはしないらしく、憂乃は足早に通り過ぎていく軍靴の音に耳を澄ませる。

「見つけた」

 と、後ろを取られた。左耳の後ろに、冷たい鉄を感じる。息をのみ、左の肘を返した。

 相手は一人だ。なぜ今まで気配に気づき得なかったのかと歯がみする。向こうがこれまで引き金を引かなかった理由は分からないが、どちらにせよ、それが命取りだ。――憂乃はほとんど一撃でしとめるのだから。

「待ってくださいよ!」

 小声で叫び、男が一人、身を引いた。とたん、いくつかの足音が近づき、憂乃も相手も息をひそめる。薄暗がりの中、一瞬だけ光が差し込んだ。弾薬の納められたケースの影でかすかな光の粒子が舞い、顔が分かった。

「一宇、おまえ――」

 一宇は声には出さず、人差し指を立てて自分の唇に当てた。その目はずっと、光の差した方向を見ている。やがて人気(ひとけ)は遠ざかり、一宇は音を立てないように、大きく息を吐き出した。

「なぜここへ」

「大尉がご無事で何よりです。こんなんでも命令内容が『護衛』なもので、大尉を置いてはいけません」

 足手まといで恐縮ですが。一宇は、これでは自分が護衛されているようなものだと思うのだが、基地には戻りたいし憂乃という知っている者をここで見失いたくはなかった。

「何を取りに来たんですか?」

「『M』のデータだ」

 生真面目な顔をして一宇を見ていた憂乃は、口早に返し、渋面を作った。

「なぜ来た」

「そんなイヤそうな顔をするのは、俺が足手まといにしかならないからですか」

「実戦経験もないとは思わなかったんだ。森にいればそのうち二十五部隊大佐が拾いに来るだろう、それまでくらいなら生きていけるはずだ。私について来ていれば、確実に戦闘に入る」

 どこか苦しげに吐き捨て、憂乃は目をそらした。誘爆でプラント全体がわずかに振動する。

「あー、分かりましたよ、何か。なぁるほどねぇ」

 一宇は投げやりに呟いた。

「俺はシンクタンク生だし、ただでさえ軍人が足りてないのに死なれたらまぁ、学校になぁなぁで入ってきてる高官にでもなるつもりの坊ちゃん嬢ちゃん連中がびびってこなくなっちまうと。そういうことで」

 憂乃は目を見開き、一宇を凝視する。そして驚くほど頬を紅潮させた。

「……違う!」

 にらみつけ、少女は一宇の襟元を掴んだ。もし彼女のほうが背が高ければ、一宇はつり上げられていたかもしれない。

「戦争中の任務には向き不向きもある、割り切れないでダイレクトに受け止める鋭すぎる若者は、もっと違う配置もできるんだ! いいか、いつもかつも同じ考え方をするのはやめろ! ましてや今のお前の発言は判断がゆがんでるぞ、状況に沿え!」

「一貫性のない発言は同一性を疑われますが」

 言われていることは分かるが、一宇はつい絡んでしまう。憂乃もまだ若く、いらだちの扱い方をよくは知らないようだった。

「子どもか、貴様は!」

 吐き捨て、手を放す。

 まるで汚(けが)らわしいものに触れたかのように勢いよく引かれた手を、一宇は呆然と見つめていた。戦争に生きて、どこかおかしくなった基盤に生きているような人間も、まだ倫理を語れる口を持っているのだ。

 慣れないなぁ、と呟き、一宇は腕を広げ、憂乃に抱きついた。殴られる前に悲鳴を聞けた一宇は、

「人間ってわかんないなぁ」

 と、心底感じた。それが、憂乃のようなびしっとした女性も叫ぶときは近所のお姉さんと同じだとか、そういうレベルでの感想かどうかは定かではない。

 

「これから砂漠へ出る」

 憂乃は口早に呟いた。

 まだ二人ともプラントの人間には発見されずに済んでいる。幸い、悲鳴は緊急警報のベル音に紛れて聞こえなかったらしい。

「しかし私は、システムを操るのが苦手でな。ここに入るのにも、ぶっとばした方とその真逆方向に人を集めて、その間にすでに手に入れ終えていたデータを持ってここを出る予定だったのだが、今ひとつうまくいかなくてな。――静かに外に出られないかな」

 一宇はきょとんとした。

 この人は一体、何を言うのだろう。――考えて、ふと笑む。

「大尉は『本当に』シューティングスターなんですね。航空技術と銃撃が得意で、だから、ここのシステムに介入してドア開けてその痕跡を消しちゃうとかはできないんだ」

「不得手と言え」

 ふてくされたように言うが、憂乃は少々、気安げになっている。

「できるかな」

 上目遣いに見られ、一宇は砲弾に寄りかかった。

「――浮田大尉、あんまり、そういうふうに人を見あげない方がいいですよ」

 目をそらした一宇に、憂乃は首を傾げる。

「何がだ?」

「いーやぁ、別に」

 何を言っているのか分からないが、憂乃は生命に関わらないと判断して切り捨てた。

「できるのか?」

 今まで通り、詰め寄るような冷やかさで問われ、一宇は我に返った。

「もちろんです。専門の奴らよりは遅いけど、大抵のことはなんでもできます」

 と、プラント全体が大きく揺れた。思わず体に力を入れ、二人は様子をうかがう。

「お前、トラップか何か仕掛けてきたか?」

「いいえ――あ……ッ」

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