その12 オオガミ、世界の果てへ

【二ノ月 十二日(晴れ)】


 出立は、ある晴れた日の早朝。

 ちなみに今、リアルタイムで文書記録を書いてるところである。


 ……えっ、この図体でどうやってペンを握ってるのかって?

 それが、ペンを握る必要もないんだなー。

 っていうのもこの身体、Windowsでできる程度の機能ならあらかた使えるよう設定されてるためだ。

 なにせ昨晩、試しに『電卓』って言ってみたら電卓使えたからな。マジで。

 せっかくならマインスイーパー機能とかつけてほしかったとこだが、残念ながらそれは無理だった。基準がよくわからん。なんなんだ、この身体。


 まあ、新しい身体の研究はおいおい進めていくとして。


 とりあえず、文書作成機能を利用して暇つぶしに日記を書いてるって訳だ。

 この機能、便利だし楽しい。しかも、軽く念じるだけで文章がタイプされるお手軽さである。どうやら印刷機能もついてるらしいので、いずれ本の形にまとめてみるのも楽しいかもしれない。

 タイトルは、……そうだな。

 『機兵見聞録』、とか。

 まんますぎるかな? まあいいか。


 ……おっと。

 いま、ロゼッタたちが出てきたみたいだから、続きはまた、暇な時間を見つけて書くことにする。



「おはよう! オオガミ」


 ロゼッタとモエが大荷物を抱えて、俺の前に現れた。

 その目元は、ちょっとだけ涙で濡れている。

 この感じ。

 別れの時くらいは、少しだけ素直になれたのかもな。

 わからんけど。


『よう』


 俺が片手を上げて応えると、少女は照れくさそうに笑った。


「ちょいとさっき、国外追放にされてきたわ」

『それはわかってるが……モエまで?』


 すると、ケモノ耳の娘は丁寧なしぐさで目を伏せて、


「私はお嬢様に恩義ある身なもので」

『恩義?』

「以前、奴隷商人に捕まっていたところを助けていただいたことがあるのです。あの時のお嬢様ったらもう、獅子奮迅の如き大活躍でした。悪党どもを千切っては投げ、千切っては投げ……」


 ほほう。俺の知らないところで、そんなドラマが。


「という訳で私、お嬢様の向かう場所であればどこにでも付き従う所存なのです」

『そうか。なるほどな』


 モエが話し終わるのを待ってから、ロゼッタは口を開く。


「そんなこんなで。……その。あたしたち、ふたり旅なんだけども」

『そうか』

「それで、その。……あたしが言いたいことは……できれば、一緒に行かない? っていうアレなんだけども」


 思わず苦笑が漏れる。

 あの親父、俺にあれだけ頼み込んでおいて、娘には何も伝えてないらしい。

 つくづく不器用な親子である。


『しかし、……そうなると、困ったな』

「困る? 何が?」

『どうやら俺の操縦席は一人用だからな。ふたり旅には向かないみたいだ』

「それはだいじょうぶ!」


 言って、少女は荷物からクッションを取り出した。


「これをモエ用の席にするわ。座席をちょっと詰めれば、二人で座れると思うから」

『おいおい。俺の体内を快適空間に作り変えるつもりか?』

「うん! だってあたしたち、これからもずっと一緒なんでしょ? だったら過ごしやすくするに越したことないじゃない!」

『それは構わんが……お菓子をこぼしたりするなよ』

「おっけーおっけー!」


 ……こいつ。

 ほんとにわかってるんだろうな。


『言っておくが。……俺はこれからも、嫌だと思うことはしないつもりだぞ。それは、「お前に同行する」ことも含まれてるんだからな』

「うん、うん♪ わかってるって♪」


 これ、ぜんぜんわかってない感じの口ぶりだよね。

 この娘、完全に俺のこと専用機だと思ってるよね。


「ってわけで~。これからも、末永くよろしく!」

『……やれやれ』


 内心は苦いものでいっぱいだったが。

 それでも、その時の俺は、――このお転婆と共に生きていくことこそが、この世界に転生した理由の一つだ、と。

 そう思うことができていた。

 二人を操縦席に乗せた俺は、


「――《八式風魔法フロート》!」


 と、唱えて、空中に浮かび上がる。


『それで? どっちに向かえばいい?』

「とりあえず北の方!」


 ずいぶん雑な注文だな。


「北行っとけば、とりあえず人間の領地に出るからね~。……ま、正直細かい地形はわかんないけども。なんとかなるなる!」


 まあ、そういう旅も悪くないか。

 何せ俺たちは今、――自由なのだから。

 ぼんやり考えながら、身体を北に向ける。

 空を見上げると、銀色に輝く飛竜の群れが見えた。



 ヒト族の領地へ向かう道中にて。

 俺はこの異世界旅行の目標について考える。


 死霊術師との決着?

 もちろんそれは当面の目的だが、そんなのは途中経過に過ぎない。

 考えるべきは、……俺の、――俺自身の新たな人生のための、でっかい目標だ。


 なんでもいいんだが……例えば、「海賊王になる!」とか「火影になる!」的な。

 何か一つ、そーいう指針があった方が、新しい人生に張り合いが生まれるだろうし。


 例えば、……、


――世界最強の戦士になる?

 柄じゃないな。そもそも喧嘩で物事を解決する行為自体、あんまり好きじゃない。


――スローライフを満喫する?

 ぶっちゃけ田舎生活はこの数日で飽きた。


――世のため人のためになることをする?

 悪くない考えだ。けど、それって結局、他者の戦いに介入することにもなりかねん。そういうの、あんまり気が進まないなぁ。


――人間の身体を取り戻す?

 機械の身体に慣れちまったせいか、もうあんまり生身に興味ないんだよなー。


 などなど。


 だがいくら考えても、なかなか「これだ」っていう結論は出なかった。

 んで、


『なあ、二人とも』


 異世界人に助言をこう。


『現実味は薄いけど、一生懸命がんばれば不可能じゃない、……くらいの目標、知らない?』


 するとロゼッタは目を丸くして、


「それって、オオガミのレベルでってこと?」

『ああ』


 その後二人は、しばらく議論を交わす。

 そして、……結論が出た。


「じゃ、”世界の果て”を見つけるってのはどう?」

『”セカイノハテ”?』

「うん。この、八つ目の世界ワールド・オブ・エイトには伝承があってね。この世のどこかに、“世界の果て”っていう場所があって。……そこに行けば、こことは違う、ありとあらゆる異世界に繋がる扉があるんだって」


 ほう。

 それは面白いな。


 この身体で元の世界に戻って。

 かつての上司とか、親父に挨拶したりとかして。


『どうも、大神です! 先日は虫けらのようにくたばった私ですが、人型ロボに転生して帰ってきました!』


 なんつって。

 ……うん、笑える。


『そんじゃ、それにするか。……目指すは“世界の果て”ってことで』


 目標決定。


 道のりは長く、雲をつかむような話だが。

 それぐらいの方が、張り合いがあるってモンだ。


 そうは思わないかい?

 これを読んでる、あんたたちも。

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機兵見聞録 ~人型ロボットに転生した俺、エルフ娘の専用機にされる~ 蒼蟲夕也 @aomushi

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