その11 オオガミ、家庭の事情を知る
【二ノ月 八日(くもり)】の続き
うーん。
ぐむむ。
いやー。
さすがに日和ったかなー。
と、手のひらの焦げ跡を見ながら、俺はしばらくぼんやりしていた。
死霊術師だというあの小さな女の子は、もう跡形もない。
真っ黒な焦げ跡だけ残して、完全に消失してしまっていた。
自殺……したように見えた。
だが、ロゼッタ曰く、「何かの術を使って逃げた」だけらしい。
こうして、なんだか煮え切らないものを抱えたまま、死霊術師との戦いは終わりを迎えたのだった。
▼
その後、何に困り果てたって、――帰り道だよ。
ロゼッタのやつ、すっかり膨れちまって。
「英雄になりそこねたぁー!」
ってな。
『わかった。わかったから……俺の身体の中で悶えるのをやめろ』
「ぐへぇーッ!」
『おいこら、ハシャぐんじゃない。……操縦桿を巧みな足使いで動かすな』
「ぐにゅー! ガガになんて言えば!」
『十分だろ。絶体絶命のとこから、逆転勝利に持ち込んだんだから』
「だめよっ。あの人はそれくらいで納得するようなタイプじゃないのっ! 生まれてこの方、あたしの粗探しばっかして生きてきたような人なんだからっ」
『マジか』
「マジよっ。そーでもなきゃ、勘当したりしないわっ」
ふむ。
確かにそれはそうか。
俺のいた世界でも、親子の縁を切るなんて、よっぽどのことだしな。
「今回もきっとそう! 死霊術師を逃がした一件で、ねちねちねちねち、よく擦った自然薯みたいに言ってくるに決まってるんだわ」
残念ながら、この予言は的中することになる。
オーク族の元へ帰還し、事態の顛末を聞くやいなや、
「阿呆だ阿呆だと思っていたが、ここまで阿呆とは」
と、辛口対応。
なかなか厳しい人だな。一応、救国の英雄なんだから、一言くらいほめてやっても良い気がするんだが。
ただ、ガガスチルの意見では、
「これまで、さんざん仲間に面倒をかけてきたのだ。一度や二度侵略者を退けた程度で帳消しになったりはせん」
だ、そうで。
「そもそもエルフは、この世界で最も自由な種族だ。死霊術師に敗けたとて、土地を変えて生きていくさ。……土地を護って命を賭けるなど、いかにもヒト族らしい考えだぞ」
「でも、……ガガだって剣をとったじゃない」
「それは、オーク族のみなさんに頭を下げられたからだ。土地を奪われようと、エルフの誇りは消えない。しかし、一度芽生えた友情は永遠に語り継がれる。……国を守るとは、そういうことだ」
すげえな。
正直、理解しかねる理屈だ。
人間は土地に根付くもの。元いた俺の世界じゃ、土地を護る行為は、時として命よりも優先される。それを奪われるってことはつまり、誇りを傷つけられるってことだった。
この王様は、それを真っ向から否定した訳で。
「ぐぬぬぬぬぬ……」
ロゼッタも、父が話す「エルフとしての生き方」に真っ向から議論を挑むつもりはないらしい。
「もう一度確認しておく。……死霊術師は、『絶対に忘れない』と言ったのだな?」
「……………………………うん」
「やれやれ! ヒト族の恨みは怖いぞ。連中は、刹那に近いその一生を、一時の感情に支配されて生きる。一度怒らせてしまうと、狂った猿のようにいつまでも怒り続けるのだ!」
「…………………………………………………うん」
「だが、唯一の救いがある。――恨まれたのは、ローズミストの民ではない。ロゼッタ、お前個人だということだ。言っている意味、わかるな?」
「……………………………………………………………………………………うん」
「ロゼッタ・デイドリーマー。……お前はローズミストを追放処分とする。死霊術師を始末するまで、帰国を許さん。今週中には、国を出て行ってもらうぞ」
(おいおい。いくらなんでもそれは……)
可哀想すぎないか?
さすがにその時は、俺も反論しかける。
だが、ロゼッタが「何も言わないで」と小声で囁いたので、口をつぐむしかなかった。
▼
そして、ロゼッタを操縦席に乗せて。
ずいぶんおとなしいな。さすがに落ち込んでるかな、と思っていたら。
「うふふ……うふふふふふふ……」
俺の身体の中から、不気味な笑い声が聞こえてきた。
「うふわはははははははははは! あーっはっはっはっはっは!」
笑い声はすぐに、腹を抱えた大笑いに変わる。
あれれ~? 壊れちゃったかな? と思っていると、
「やったわ! オオガミ!」
『……えっ、感情の起伏がわけわからなすぎて怖い』
「ついに外出の許しがでたのよ! お父様の口から!」
なんと返事すればいいかわからず、黙っていると、
「規則でね、ローズミストのエルフはこの、――テンドウ地方からでちゃダメってことになってるの! でも、これからは自由に人間の領地にも入れる! これは快挙だわ!」
さすがにそれ、前向きすぎないか? お前、国外追放されてるんだぞ? もう故郷に戻れないかもしれないんだぞ?
そう思ったが、ロゼッタがごきげんな様子なので、黙っておいた。
第三者の俺が口に出すことでもないしな。
【二ノ月 十一日(晴れ)】
面倒ごとも片付いて。
五日ほど、のんびりした時間が過ぎていく。
俺はというと、ローズミストの街の子供たちと追いかけっこして遊んだり、彼らから基礎的な魔法を教わったりして、日々の退屈を紛らわしていた。
結果、俺が覚えた術を、ここにまとめておく。
《一式火系魔法》
指先からライターくらいの火が出る。(エルフの子供)
指先から超高熱の火炎放射が出る。(俺)
《一式水系魔法》
指先から水鉄砲が出る。(エルフの子供)
指先からレーザービームみたいな水流が発生する。(俺)
《一式雷系魔法》
手のひらにスタンガン程度の電流を発生させる。(エルフの子供)
半径四、五メートルくらいの雷球を手のひらに発生させる。(俺)
《一式風系魔法》
前方向に、人一人吹き飛ばすくらいの風を発生させる。(エルフの子供)
大樹を根こそぎ吹っ飛ばすくらいの暴風を発生させる。(俺)
《一式光系魔法》
カンテラくらいの光量の光を発生させる。(エルフの子供)
夜に使うと、その近辺が昼みたいに明るくなる。(俺)
《一式治癒魔法》
小さな擦り傷、切り傷程度なら回復する。(エルフの子供)
片耳が欠損したウサギに使ってみたら、なんか新しいのが生えてきたよ。(俺)
……と、こんな感じ。
ちなみに、術の名前は自由に決められるらしい。
頭の中でわかっていれば、ちゃんと魔法は発動するようだ。
んで、色々魔法使ってみた感想。
……威力強すぎて使いにくいな、これ。
強すぎる力なぞ、日常生活には邪魔なだけだ、まったく。
と、まあ。
そんな具合で、半分遊んでるだけみたいな日々を送っていると。
ローズミストの王、――ガガスチルが、ぶらりと俺の元へやってきた。
娘のアリスを伴って、な。
「ごきげんよう、機兵魔人さま、……いや、オオガミさまと呼ぶべきですかな」
正直、いい気はしなかったね。
ロゼッタを国外追放にした一件が頭に残っていたからな。
だが、王はいきなり、俺の前で膝を土に付け、頭を下げることで意表をついてきやがった。
「えっ……ちょ、ちょっと! お父様っ」
まず驚きの声を上げたのは、俺じゃない。ロゼッタの妹、アリスだった。
「構わぬ」
男は顔が土で汚れることも厭わずに、土下座を続けている。
俺はしばらくぽかんとしていたが、
『お、おいおいっ。なんだ急に。一国の王様がしていい格好じゃないぞ。顔を上げてくれ……ください』
と、すっかり狼狽してしまった。
「知らぬこととはいえ、先日は大変無礼な発言を。……事情はモエから聞いております」
なんでも、前回会った時、王は俺のことを置物の一種のように認識していたらしい。この世界において、“意志を持つ機兵魔人”などというものは、それだけ珍しいものだったからだ。
「なんでも、娘を護っていただいたとかで。……親として、感謝の至りです」
『いやいや。俺は何も』
「ご謙遜を」
どうにも、娘に相対していた時と印象が違うな、この人。
そしてその男は、嘆息混じりにロゼッタについて話し始めた。
――自力で歩ける歳になってから、ロゼッタの放浪癖には困らされっぱなしだということ。
――エルフは静かな暮らしを好むもの。ロゼッタの振る舞いは、王族として、あってはならぬ行為であったこと。
――結果、ローズミストを治める者として、娘の地位をはく奪せざるをえなくなってしまったこと。
王の仮面を剥ぎとったガガスチルは、……一人の親の顔で、再度頭を下げる。
「オオガミさま。恥を忍んで、お願い申し上げてもよろしいでしょうか」
『なんでしょう』
「娘と、――共に旅に出てもらいたいのです」
『…………む』
どう応えればいいか、迷った。
頼まれるまでもなく、ロゼッタと共にローズミストを旅立つつもりでいたためだ。
だってほら。
あのちびっ子死霊術師にメインで恨まれてるの、たぶん俺の方だし。
それに、「責任を取る」って言っちまったからな。
「虫のいい話に聴こえるかも知れませぬ。しかし、……」
「姉はあれで、あなたに懐いていますの」
続きは、どうやらアリスが言ってくれるようだった。
「ここ数日、口を開けばオオガミさまのことばかり。……あなたはきっと、姉の夢そのものなんですわ。エルフとしては変わり者の姉ですが、――わたくし、それでいいと思ってますの。姉は、小国の姫に収まる器ではありませんわ」
……なんて不器用な連中だろう。
今の台詞、本人に言ってやりゃ、もう少し仲良くできただろうに。
だが考えてみれば、家族ってものはそういうものかもしれん。
俺は、やれやれと首を傾げてから、
『わかりました』
と、伝える。
「ほ、本当ですかっ」
それは、ガガスチルが素の感情を露わにしたのを、初めて見た瞬間だったかもしれない。
アリスの表情も、心なしか明るく見えた。
『他になにかやるべきことがある訳でもなし。付き合いますよ』
そもそも、今の俺は生物的な欲求とは切り離されてしまっている。
だったら、少しでも愉しい居場所を見つけるのが一番じゃないか。
例えば、――そう。
見ていて飽きない、おてんば姫さまのそば、とかな。
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