その11 オオガミ、家庭の事情を知る

【二ノ月 八日(くもり)】の続き


 うーん。

 ぐむむ。

 いやー。

 さすがに日和ったかなー。


 と、手のひらの焦げ跡を見ながら、俺はしばらくぼんやりしていた。

 死霊術師だというあの小さな女の子は、もう跡形もない。

 真っ黒な焦げ跡だけ残して、完全に消失してしまっていた。

 自殺……したように見えた。

 だが、ロゼッタ曰く、「何かの術を使って逃げた」だけらしい。


 こうして、なんだか煮え切らないものを抱えたまま、死霊術師との戦いは終わりを迎えたのだった。



 その後、何に困り果てたって、――帰り道だよ。

 ロゼッタのやつ、すっかり膨れちまって。


「英雄になりそこねたぁー!」


 ってな。


『わかった。わかったから……俺の身体の中で悶えるのをやめろ』

「ぐへぇーッ!」

『おいこら、ハシャぐんじゃない。……操縦桿を巧みな足使いで動かすな』

「ぐにゅー! ガガになんて言えば!」

『十分だろ。絶体絶命のとこから、逆転勝利に持ち込んだんだから』

「だめよっ。あの人はそれくらいで納得するようなタイプじゃないのっ! 生まれてこの方、あたしの粗探しばっかして生きてきたような人なんだからっ」

『マジか』

「マジよっ。そーでもなきゃ、勘当したりしないわっ」


 ふむ。

 確かにそれはそうか。

 俺のいた世界でも、親子の縁を切るなんて、よっぽどのことだしな。


「今回もきっとそう! 死霊術師を逃がした一件で、ねちねちねちねち、よく擦った自然薯みたいに言ってくるに決まってるんだわ」


 残念ながら、この予言は的中することになる。

 オーク族の元へ帰還し、事態の顛末を聞くやいなや、


「阿呆だ阿呆だと思っていたが、ここまで阿呆とは」


 と、辛口対応。

 なかなか厳しい人だな。一応、救国の英雄なんだから、一言くらいほめてやっても良い気がするんだが。

 ただ、ガガスチルの意見では、


「これまで、さんざん仲間に面倒をかけてきたのだ。一度や二度侵略者を退けた程度で帳消しになったりはせん」


 だ、そうで。


「そもそもエルフは、この世界で最も自由な種族だ。死霊術師に敗けたとて、土地を変えて生きていくさ。……土地を護って命を賭けるなど、いかにもヒト族らしい考えだぞ」

「でも、……ガガだって剣をとったじゃない」

「それは、オーク族のみなさんに頭を下げられたからだ。土地を奪われようと、エルフの誇りは消えない。しかし、一度芽生えた友情は永遠に語り継がれる。……国を守るとは、そういうことだ」


 すげえな。

 正直、理解しかねる理屈だ。

 人間は土地に根付くもの。元いた俺の世界じゃ、土地を護る行為は、時として命よりも優先される。それを奪われるってことはつまり、誇りを傷つけられるってことだった。

 この王様は、それを真っ向から否定した訳で。


「ぐぬぬぬぬぬ……」


 ロゼッタも、父が話す「エルフとしての生き方」に真っ向から議論を挑むつもりはないらしい。


「もう一度確認しておく。……死霊術師は、『』と言ったのだな?」

「……………………………うん」

「やれやれ! ヒト族の恨みは怖いぞ。連中は、刹那に近いその一生を、一時の感情に支配されて生きる。一度怒らせてしまうと、狂った猿のようにいつまでも怒り続けるのだ!」

「…………………………………………………うん」

「だが、唯一の救いがある。――恨まれたのは、ローズミストの民ではない。ロゼッタ、だということだ。言っている意味、わかるな?」

「……………………………………………………………………………………うん」

「ロゼッタ・デイドリーマー。……お前はローズミストを追放処分とする。死霊術師を始末するまで、帰国を許さん。今週中には、国を出て行ってもらうぞ」


(おいおい。いくらなんでもそれは……)


 可哀想すぎないか?


 さすがにその時は、俺も反論しかける。

 だが、ロゼッタが「何も言わないで」と小声で囁いたので、口をつぐむしかなかった。



 そして、ロゼッタを操縦席に乗せて。

 ずいぶんおとなしいな。さすがに落ち込んでるかな、と思っていたら。


「うふふ……うふふふふふふ……」


 俺の身体の中から、不気味な笑い声が聞こえてきた。


「うふわはははははははははは! あーっはっはっはっはっは!」


 笑い声はすぐに、腹を抱えた大笑いに変わる。

 あれれ~? 壊れちゃったかな? と思っていると、


「やったわ! オオガミ!」

『……えっ、感情の起伏がわけわからなすぎて怖い』

「ついに外出の許しがでたのよ! お父様の口から!」


 なんと返事すればいいかわからず、黙っていると、


「規則でね、ローズミストのエルフはこの、――テンドウ地方からでちゃダメってことになってるの! でも、これからは自由に人間の領地にも入れる! これは快挙だわ!」


 さすがにそれ、前向きすぎないか? お前、国外追放されてるんだぞ? もう故郷に戻れないかもしれないんだぞ?

 そう思ったが、ロゼッタがごきげんな様子なので、黙っておいた。

 第三者の俺が口に出すことでもないしな。



【二ノ月 十一日(晴れ)】


 面倒ごとも片付いて。

 五日ほど、のんびりした時間が過ぎていく。

 俺はというと、ローズミストの街の子供たちと追いかけっこして遊んだり、彼らから基礎的な魔法を教わったりして、日々の退屈を紛らわしていた。

 結果、俺が覚えた術を、ここにまとめておく。



《一式火系魔法》

 指先からライターくらいの火が出る。(エルフの子供)

 指先から超高熱の火炎放射が出る。(俺)


《一式水系魔法》

 指先から水鉄砲が出る。(エルフの子供)

 指先からレーザービームみたいな水流が発生する。(俺)


《一式雷系魔法》

 手のひらにスタンガン程度の電流を発生させる。(エルフの子供)

 半径四、五メートルくらいの雷球を手のひらに発生させる。(俺)


《一式風系魔法》

 前方向に、人一人吹き飛ばすくらいの風を発生させる。(エルフの子供)

 大樹を根こそぎ吹っ飛ばすくらいの暴風を発生させる。(俺)


《一式光系魔法》

 カンテラくらいの光量の光を発生させる。(エルフの子供)

 夜に使うと、その近辺が昼みたいに明るくなる。(俺)


《一式治癒魔法》

 小さな擦り傷、切り傷程度なら回復する。(エルフの子供)

 片耳が欠損したウサギに使ってみたら、なんか新しいのが生えてきたよ。(俺)



 ……と、こんな感じ。


 ちなみに、術の名前は自由に決められるらしい。

 頭の中でわかっていれば、ちゃんと魔法は発動するようだ。


 んで、色々魔法使ってみた感想。


 ……威力強すぎて使いにくいな、これ。

 強すぎる力なぞ、日常生活には邪魔なだけだ、まったく。


 と、まあ。

 そんな具合で、半分遊んでるだけみたいな日々を送っていると。

 ローズミストの王、――ガガスチルが、ぶらりと俺の元へやってきた。

 娘のアリスを伴って、な。


「ごきげんよう、機兵魔人さま、……いや、オオガミさまと呼ぶべきですかな」


 正直、いい気はしなかったね。

 ロゼッタを国外追放にした一件が頭に残っていたからな。


 だが、王はいきなり、俺の前で膝を土に付け、頭を下げることで意表をついてきやがった。


「えっ……ちょ、ちょっと! お父様っ」


 まず驚きの声を上げたのは、俺じゃない。ロゼッタの妹、アリスだった。


「構わぬ」


 男は顔が土で汚れることも厭わずに、土下座を続けている。

 俺はしばらくぽかんとしていたが、


『お、おいおいっ。なんだ急に。一国の王様がしていい格好じゃないぞ。顔を上げてくれ……ください』


 と、すっかり狼狽してしまった。


「知らぬこととはいえ、先日は大変無礼な発言を。……事情はモエから聞いております」


 なんでも、前回会った時、王は俺のことを置物の一種のように認識していたらしい。この世界において、“意志を持つ機兵魔人”などというものは、それだけ珍しいものだったからだ。


「なんでも、娘を護っていただいたとかで。……親として、感謝の至りです」

『いやいや。俺は何も』

「ご謙遜を」


 どうにも、娘に相対していた時と印象が違うな、この人。

 そしてその男は、嘆息混じりにロゼッタについて話し始めた。


――自力で歩ける歳になってから、ロゼッタの放浪癖には困らされっぱなしだということ。

――エルフは静かな暮らしを好むもの。ロゼッタの振る舞いは、王族として、あってはならぬ行為であったこと。

――結果、ローズミストを治める者として、娘の地位をはく奪せざるをえなくなってしまったこと。


 王の仮面を剥ぎとったガガスチルは、……一人の親の顔で、再度頭を下げる。


「オオガミさま。恥を忍んで、お願い申し上げてもよろしいでしょうか」

『なんでしょう』

「娘と、――共に旅に出てもらいたいのです」

『…………む』


 どう応えればいいか、迷った。

 頼まれるまでもなく、ロゼッタと共にローズミストを旅立つつもりでいたためだ。

 だってほら。

 あのちびっ子死霊術師にメインで恨まれてるの、たぶん俺の方だし。

 それに、「責任を取る」って言っちまったからな。


「虫のいい話に聴こえるかも知れませぬ。しかし、……」

「姉はあれで、あなたに懐いていますの」


 続きは、どうやらアリスが言ってくれるようだった。


「ここ数日、口を開けばオオガミさまのことばかり。……あなたはきっと、姉の夢そのものなんですわ。エルフとしては変わり者の姉ですが、――わたくし、それでいいと思ってますの。姉は、小国の姫に収まる器ではありませんわ」


 ……なんて不器用な連中だろう。

 今の台詞、本人に言ってやりゃ、もう少し仲良くできただろうに。

 だが考えてみれば、家族ってものはそういうものかもしれん。

 俺は、やれやれと首を傾げてから、


『わかりました』


 と、伝える。


「ほ、本当ですかっ」


 それは、ガガスチルが素の感情を露わにしたのを、初めて見た瞬間だったかもしれない。

 アリスの表情も、心なしか明るく見えた。


『他になにかやるべきことがある訳でもなし。付き合いますよ』


 そもそも、今の俺は生物的な欲求とは切り離されてしまっている。

 だったら、少しでも愉しい居場所を見つけるのが一番じゃないか。


 例えば、――そう。


 見ていて飽きない、おてんば姫さまのそば、とかな。

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