その9 オオガミ、参戦する

【二ノ月 八日(くもり)】の続き


「ねえ、オオガミ。今あたしたち、戦場に向かってるわけだけれど。一つ、確認してもいい?」

『……なんだ?』

「さっき話した、元々オークを故郷から追い出した勢力はね。……亡霊兵士っていって、《死霊術》で生み出された、武装した骨の怪物なんだけども。なんとなくイメージできる?」

『できるような、できないような……』

「ま、それでいいわ。見たほうが早いし」


 その辺の認識はざっくりでも構わないのだろう。

 ロゼッタも、詳しく説明する気はないらしかった。


「問題は、亡霊兵士は倒しても倒しても、次から次へと湧いてくるってこと。連中を残らず始末するには、リーダーの死霊術師ネクロマンサーってヤツを殺す必要がある」

『……ふむ』

「それで、さ。――さっき作った『ぶっ殺してもおっけーな魔物表』によると……」


 ぺらぺらと手帳をめくるロゼッタ。


「……うん。亡霊兵士はどうか知らないけど、死霊術師の方は、ぜったいダメ。アウトだと思う。《死霊術》を使うには、かなりの知性がないと難しいって言うから。どういう奴かは知らないけど、たぶん人型で、血の通った生き物よ」

『ほう』


 今の俺に表情があったなら、思いっきり苦汁をなめた顔つきをしていただろう。


。……死霊術師は、あたしが直接殺す。あなたは死霊術師の元まで連れて行ってくれればおっけー。それでいい?」

『俺に異存はない……が』


 その時、ロゼッタが握る操縦桿が、ぶるぶると震えた。

 武者震いか、……あるいは、怯えているのか。


『……いいのか?』


 訊ねると、ロゼッタが不敵に笑う。


「だいじょうぶ。どっちにしろこれは、エルフの手でやらなきゃいけないことだもん。オオガミの手は借りないわ」

『ちがう。……俺が訊ねたのは、その死霊術師とかいうやつを、本当に殺さなきゃいけないのかって意味だ』

「何を言うの?」


 ロゼッタは、形の良い眉をひそめる。


「死霊術師は侵略者なのよ? やらなきゃ、さらなる不幸を産むだけだわ」


 へえ。そんなもんかね。

 戦後の生まれだからか、どうにもぴんとこない感覚だ。

 殺し合いの連鎖って、そういう風に生まれるモンじゃねえのかな。……なんてのは、平和ボケした思考なのかもしれん。


『お前にそうする覚悟があるなら、俺は何もいわん。けど、いたずらに命を投げ出すような真似はするなよ。……困るからな』

「わかってる。命は大切に、ね」


 ……と。


「見て! あそこ!」


 その時、俺たちの視界の先に、人影の集まりを見る。

 がくがくと全身を揺らしながら歩く、白骨の群れだ。

 その手には、剣やら槍やら、思い思いの武器が握られている。


「うそ、なにあれ……?」

『あれが“亡霊兵士”ってやつなのか?』

「うん。……でも」


 ごくり、と、ロゼッタが息を呑んだ。


「数が多すぎる。信じられないわ。かなり高位の死霊術師でも、せいぜい五百体の“亡霊兵士”を作るのが限度だって聞いたのに。どういうやつなの……?」


 五百、か。

 そういう覚悟でいたのなら、確かにその光景は、……異常だ。

 俺たちの目の前で展開している亡霊兵士の軍団は、どうみてもその程度じゃない。

 一万か、二万か。

 正確な数はわからないが、そのくらいである。

 上空から見下ろしていると、その様子は蟻の群れに見えた。


『対するオークたちは……と』


 あちゃー。

 都内にあるフダ付きの不良校を片っ端から回って、「今から喧嘩するから腕に覚えのあるやつおいで~」って言ったら集まるくらいの数。

 要するに、二、三百人ってところか。


 オークは、ここらへんに点在する様々な部族に声をかけたようだが、そこは新参者の悲しさか、あまり多くの支持者を集められなかったようだ。


 こりゃ勝てんわ。さすがに。


「お、お、お、お、お、お、お、お、おぉおおおおおおおおお……ッ!」


 遠く、吶喊の声が聴こえる。

 両軍はたった今、衝突したばかりらしい。

 亡霊兵士の軍勢に対し、勇敢なオークたちが各々の武器を振り回している。

 戦況は、今のところオークたちの優勢、……のようだ。

 しかし、いずれ限界が訪れるのは間違いない。何せ、桁が二つも違うからな。


「オオガミッ! ――いますぐ、《五式光魔法シャイニング》を使……いたいんだけども! ピカッと光って悪霊を退治するタイプのやつ! 問題なさそう!?」


 このタイミングでワンクッション入れてくるとは、律儀なやつだ。

 ……まあ、


『お好きにどうぞ』


 そういう彼女だからこそ、俺も操縦席に乗せることを了承してる訳だが。


『見たとこ、あれは生き物じゃない。「第三者によって操作された死骸」だ。……ああいう冒涜的な存在は、消してやった方が連中のためだと思う』

「同感ッ」


 言うが早いか、ロゼッタは叫ぶ。


「――《五式光魔法シャイニング》!」


――カッ!


 同時に、世界が白に染まった。

 音もなく。

 色もなく。

 人影すら消え失せた、異様な空間。


 後にその光景を、オーク族の戦士は、こう語る。


「突如として世界が消滅したかと思った」


 と。


 無理もない。

 低級な《火系魔法》ですら、あの威力だったんだからな。


 ロゼッタもその辺、加減してくれればよかったんだが。

 本人は認めたがらないが、あいつも焦ってたんだろう。


 結論から言うと。

 その平原にいた亡霊兵士の軍勢は、一瞬にして消滅した。一体も残さずにな。

 だが同時に、味方の視力をも奪ってしまったらしい。


「…………………………………………………………………………ふひゃあっ」


 それと、使用者であるロゼッタ本人の視力も。


「っべー! やりすぎたぁ!」


 ロゼッタは手探りで操縦席から飛び出し、


「――ひ、《三式治癒魔法ヒールライト》!」


 と、両手から緑色の光を発生させ、自身の両目を回復させる。

 そして、ばたばたと倒れていくオークたちに駆け寄りながら、


「――《四式治癒魔法エリアヒール》!」


 彼らの目も、同じように治癒していくのだった。


『なんだったら、俺も手伝おうか?』

「だめだめだめだめだめ! 余計なことしないで! ぜったい!」


 ……うわ。「だめ」って五回も言われたぞ。


「その声は……ロゼッタか?」


 ふと。

 悶絶するオークたちの間で、視力を失いながらも堂々たる態度で立っている男がいた。

 エルフ族の例に従って、その顔は若々しい。

 だがその姿には、不思議な威厳が感じられた。


「が、……ガガ!」


 ロゼッタは気まずい表情でその男を見上げる。


「ふん。勘当した娘が、ここ一番で命を取りにきたか」

「……なっ。何言ってるの! あたしは別に……いや、それより、《治癒魔法》を」

「いらぬ。自分でやる」


 言って、男は《治癒魔法》で自身の両目を癒す。

 両目を見開いた男はロゼッタを見て、……次に、俺を睨んだ。


「ほう。娘のやつ、ついに念願叶って機兵魔人を手に入れたと見える」

「そっ、そうよ! ……あげないけど!」

「阿呆。仲間まで傷つけてしまう兵器など、いるものか」


 うわ。

 何気に今の、俺の心にも突き刺さる一言だったんだけど。


「せっかく援軍に来てあげたってのに、……ほんと、失礼なやつねー」

「ふむ? 援軍とは異なことを。見たところ、我が盟友たるオーク族が全滅しとるようだが。……あるいは、敵側の援軍か?」

「むきー!」


 ロゼッタは、ほっぺたをぷくーっと膨らませて地団駄を踏んでいる。

 どうやらこの二人、犬猿の仲っていうやつらしい。

 あるいは、――反抗期ってヤツか。


「もういい! 他のオークはガガが治癒してやってよ! あたしは死霊術師をやっつけるんだから!」

「おい、待ちなさい。説教はまだ四分の一も終わってないぞ」

「あんたは命の恩人に対する態度ってものを……もういい!」


 ぷんすか怒りながら、ロゼッタは俺の操縦席に戻った。


「ヤなやつヤなやつヤなやつヤなやつ!」


 おいおい。

 お父さんをそんなふうに呼ぶもんじゃないぞ。


 と、老婆心ながら忠告してやろうと思ったが、……どうも今の彼女は、まともに助言を聞き入れる感じでもなさそうだ。


 俺は、地の底より深い嘆息を吐いて、


『お前のこれまでの行動の真意が、ようやくわかった気がするよ』

「うるさいうるさいうるさーい!」


 要するにこの娘、お父さんに認められたかったんだな。

 唇を尖らせながら、ロゼッタは顔をそむける。


『慌てるな。落ち着け。……英雄になるのはこれからなんだろ?』

「……むう」


 だったら、苛ついてる暇はない。

 まだ物語は始まったばかり。

 英雄譚の序章に過ぎないんだから。


 すでに死霊術師は、自身の軍勢を立て直しつつあるようだ。


『なるほど。……倒しても倒しても、亡霊兵士は湧き続ける、と』


 視線の先では、一体の巨大な骸骨が生み出されている。

 亡霊兵士……の、巨人版ってところか。

 空を覆わんばかりのその様は、今の俺の身長よりも十倍ほど大きかったが。


『じゃ、やっつけるか』


 負ける気がしなかったね、正直。

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