その8 オオガミ、オークと対話する
【二ノ月 八日(くもり)】の続き
オーク族。
豚面、荒くれ者、RPGとかでよく雑魚キャラとして出てくる。
俺のイメージじゃ、そういう感じだが。
ロゼッタに話を聞いたところ、当たらずとも遠からずのようだ。
「――といっても、彼らは魔物とは根本的に違うの」
『どう違うんだ?』
「うーん。改めて指摘されると答えにくいけど。……要するに、他の種族に対する、暴力性の違いかな? 魔物は、この世に存在するほとんどすべての生き物を憎んでる。……けど、オークはそうじゃない」
聞くところによると、オークとエルフは遠い祖先で枝分かれしたものの、元は同じ存在だったという。
「それでね。最近オークたちがここいらまで進出してきたのには理由があるんだ」
『理由?』
「単純よ。……元いた住処を追い出されたってこと」
『なるほど、たしかに単純だ』
新参者と古参の者の軋轢。
争いごとが起こる原因としては、伝統的な部類に入るものだ。
「だから、あたしたちでオークの住処を取り戻す約束をする。そしたら彼らも、住み慣れた故郷に戻っていく。らくしょーよ」
それはそうかもしれんが。果たしてそう簡単にことが運ぶだろうか?
『一つ、質問がある』
「どーぞ♪」
『その魔物退治には、当然俺の力が必要なんだよな?』
「そうね」
『……大丈夫なのか? 前も言ったが、俺は俺のやりたくないことはやらないつもりだ。いくら状況が逼迫していたとしても、約束したからな。空気とか読まんぞ?』
「そこは心配しなくてもいいわ。――オオガミがどういう心配してるのかはわからないけど、いろいろ話して、わかったことがある」
『なんだ?』
「あなたがいた世界と、あたしたちが今いる世界。……それってきっと、ぜんぜん別の場所なんだと思う。けど、そこに生きている人たちの本質は、あまり変わらないんだわ」
『……そうかな』
俺は、操縦席にいるロゼッタの長耳を見つめながら、呟く。
「だからあたし、オオガミが血を見たくないっていう気持ちもわかるし、殺しを忌避する考え方もわかるの。……だってそれ、すごくエルフ的な考え方なのよ?」
『そうなのか?』
「うん。あたしたちは本質的に、争いごとが嫌いなの。だから、人気のない森の奥に引っ込んで暮らしてる」
ふむ。
言われてみれば、エルフってそういうイメージあるな。
マッチョで肉弾戦大好き! っていうのは、あんまりエルフ的じゃない気がする。あくまで俺の感想に過ぎないが。
「オオガミは向こうの世界にいて、……すごくエルフ寄りの考え方をする人なんだわ。だから、今回の一件もきっと綺麗に片がつく。もしダメでも、別案はいくらでもある。なにせこっちには、無敵の巨人がいるんだもの」
無敵、ねえ。
あんまり実感はないが、ロゼッタがそういうなら、そうなのかもしれない。
『……それで。いつ、出る?』
「できれば、今すぐにでも」
空を見上げる。太陽の傾き具合からして、日が沈むまであと数時間、といったところか。
俺の足なら、十分間に合うな。
『――いいだろう』
俺は膝上に乗ったエルフの少女を、操縦席へと導く。
この決断、――吉と出るか、凶と出るか。
そんな風に思いながら。
▼
オークの集落は、……徒歩なら数日、俺がちょっと本気で飛べば、軽く十数分で着く距離にあった。
それは、見るからに仮住まいの粗末なテントが並んだ空間で、お世辞にも暮らしやすいとは言えない感じのところである。
集落の住民は、みたとこ数百人規模。数の上では、エルフたちとそう変わらないように見えた。
「うわー、みんなこっち見上げてるなあ」
『そりゃあな』
鬱蒼とした樹々が生い茂る中にひっそりと建っているエルフの国と違って、ここは荒れ地にぽつんとある集落だ。遮るものは何もない。
『どこに降ろせばいい?』
「どこでも。任せるわ」
もうこうなったら、真っ向から対話を試みるしかないだろう。
俺は、なるべくオークたちを刺激しないよう、集落の端っこのほうに着地して、彼らに歩み寄った。
興味津々にこちらを見てくるオークの子供たちに会釈しながら、
『どうも、こんにちは』
と、声をかける。
「お、おう……」と、新任の教師に挨拶する小学生のように気のない返事がした。
その時の、オークを初めて見た印象だが、……うん。
思ったほど”蛮族”って感じではなかったな。
確かに、その面構えはお世辞にも見目麗しい訳じゃなかった。
だが、揃いも揃って美男美女のエルフ族よか、まだこっちの方がまだ人間味が感じられる。
『喧嘩をしに来たわけじゃない。誰か代表の人はいるかな?』
「なんの……ご用でしょうか……?」
震える声と共に現れたのは、年老いた老婆だ。
俺は、事前の打ち合わせ通りに話す。
『お騒がせしてすいません。……今日は少し、和平の交渉に来まして』
「交渉……?」
豚面の老女が、首を傾げる。
「……と、なると、どこの部族でしょう」
……ん?
「どこ」と訊ねるからにはこいつら、複数の部族と対立しているってことだろうか。
『それは……』
「ローズミストのエルフよ」
言いながら、操縦席から姿を現したのは、ロゼッタであった。
一瞬だけ混乱する。――オークの攻撃に晒されないよう、しばらく俺が交渉役を務める手はずになっていたためだ。
『おい、ロゼッタ……?』
「安心して。ここの人たちは無害よ」
そして、ゆっくりと周囲を見回し、
「ここ、戦える人、いないわ」
そこで俺は、ロゼッタに習って当たりを見回す。
言われてみれば確かに、……その集落にいるのは、オークの中でも年老いたもの、あるいは女子供しかいないようだ。
ロゼッタが操縦席から飛び降り、
「でも、どういうこと? ……どこかを襲撃するとしても、ふつう守りの戦力は残すものでしょう?」
すると、代表格と思しき老婆のオークが、一瞬だけ訝しげな表情をして、
「みなすでに、死地へ向かいました」
「……んん? しち?」
言葉の意味がわからなかったらしく、ロゼッタはしきりに首をかしげている。
対する老婆も、会話が行き違っていることに気づきつつも、その原因がわからないでいるらしい。
「……? あなたは和平に訪れたのでしょう? 共通の敵と戦うために」
「共通……? んん? どういうこと?」
ロゼッタが首を傾げた。
「”亡霊兵士”でございますが」
「ぼうれい……? って、あの?」
「はい。……連中の群れが、すぐそこまで迫っているもので……これはもう、争っている場合ではない、と」
「そんなバカな。……ここ、テンドウ地方よ? 連中、わざわざこっち側まで出張ってきてるってこと?」
「はあ」
ロゼッタは、頭をくしゃくしゃっと掻きむしる。
「じゃあそんなの、あなたたちだけの問題じゃないじゃない!」
すると、老婆は深く嘆息した。
「はい。……ですので、ほうぼうに使者を送っているのです。……あなたは、それを聞きつけてここにいらしたのでは?」
「知らない! 聞いてないわ!」
「なんと」
老婆は、心の底から驚いた顔をする。
「しかし、ローズミストの戦士とは、すでに同盟を結んだと聞きましたが……」
「えっ」
そこでロゼッタが頭をかきむしって、
「そいつ、……ひょっとして、ガガスチルとか言わなかった?」
「がが……、ええ。言われてみれば、そんな名前だったと」
「あのばかーっ!」
叫びつつ、ロゼッタは深く嘆息する。
「オークに捕まったんじゃなくて、説得に応じたって訳ね。……だとしても、連絡くらい寄越せっての」
すると老婆は、深々と頭を下げるのだった。
「申し訳ありません。一応その後、使者は送っているはずですが、恐らく行き違いになってしまったのでしょう」
携帯のない世界じゃあ、その手の情報の齟齬は珍しい話ではない。
どうやら俺とロゼッタは、オーク族の使者の頭の上を飛び越えて、ここまで来てしまったようだ。
「そっか。……つまりみんなは、“亡霊兵士”との総力戦に挑んでるところな訳ね」
「はい。ガガスチル殿からは『万一私が散った時は、国を捨ててさらに南下しろ』との言伝を聞いております」
「あいつ……」
ロゼッタは複雑な表情を作る。
「でも、“亡霊兵士”相手に勝ち目はあるの? ……あなたたちってほら、脳筋ばっかじゃない」
「否定はしませぬ」
「あなたたちの戦士に、三式以上の《光魔法》を使える者は?」
オークの老婆は、黙って首を横に振る。
「じゃあやっぱり、死にに行くようなものじゃん!」
ロゼッタがわなわなと震えて、叫んだ。
「こうしちゃいられないっ。……あなたたちはこれから、あたしとオオガミがいかに英雄的に戦ったか、永く語り継ぐ役目があるの! 勝手に滅びるのは困るわ!」
……あ、こいついま、本音が出たな。
しかも、いつの間にか俺まで一緒にされてるし。
オークの老婆は、しばし俺の方を見た後、
「……あの機兵魔人は、あなた所有のもので?」
「いいえ。彼は友達よ」
「友達? 機兵魔人が?」
「そ。話すと長くなるんだけどね」
「ほう。……レベルは?」
「調べてないわ。でも多分、魔力は
「……? つまり、それは」
「神話クラスの出力ってこと。しかも、一度見ただけで魔法を覚えるわ」
「《復唱呪文》? そんな機兵が、エルフ族に?」
「うん。最近知り合ったんだ」
「なるほど……」
老婆は、その会話で全て察した……というか、何かを諦めたらしい。
「では今後、ローズミストのエルフと争うのは賢明ではありませんね」
「そうでもないわ。――彼、優しい人だから」
「優しい……?」
「あなたたちを傷つけたくないってさ」
おいおい。
普通、そこまで内情を話すか?
だがロゼッタは、率直こそが和解への最短コースだと信じて疑っていないようだ。
いまさらだがこいつ、和平の使者には向かない性格だったな。
「とにかく、悪いようにはしないわ。……だから教えて。いま、みんなが戦ってる場所を」
「もちろんです。我々は元より、命を賭ける者には種族を超えて敬意を払うものですから」
▼
オークの老婆から決戦の地を教えられた俺たちは、再び空を翔ける。
途中、
『ガガスチルって名前には聞き覚えがあるな。……誰なんだ?』
するとロゼッタは、唾を吐き捨てるみたいな口調で叫ぶ。
「父よ」
『父……おとうさん? ってことは、王様ってことか』
「うん。……ガガって、王様のくせに先陣きって敵に突っ込んでいくタイプの人なんだ。だからきっと、今回もそう」
ロゼッタが操縦桿を強く握る。
嬉しさ半分、心配半分、といったところか。
『じゃあ、急がないとな』
「うん……!」
目的地には、数分もせずに到着するだろう。
それから、どうなるか。
正直に言おう。
その時の俺自身、見当もつかずにいた。
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