その6 オオガミ、武力を行使する

【二ノ月 七日(晴れ)】続き


 ローズミストの国境を超えて、近場の草原に出る。

 そこでようやく、俺は両手足を伸ばせる場所を見つけることができた。

 たしか、その時だったかな。

 ……自分の身体に起こっている事態を、改めて見つめ直そう、と思ったのは。


 とりあえず、


『――《フロート》、でいいのか?』


 と、ロゼッタの真似をして、呪文を唱える。

 すると、俺の身体がふわりと浮かんだ。


『さすが異世界、便利だぜ』


 ちなみにその時、何気なく《復唱呪文》っていう高度な術を使っていたことは知る由もなく。


『ええと、……このへん、でかい湖的なのはないのか……?』


 数十メートルほど浮き上がって、周囲を確認。


 とりあえず、自分の顔を見てみよう、と思っていた。

 正直それを確認するのは、ちょっと勇気のいる行動だったんだ。だから、その時まで先送りにしてきたってのもある。


 お目当てのものは、そこからあまり離れていない場所にあった。

 ずいぶんと透き通った水質の湖で、周囲に少し霧が立ち込めている。

 ひとっ飛びでそこに到着すると、満を持して……って具合に、全身像を確認した。


『へぇー……ほほぉー……』


 銀ピカの甲冑を身にまとった騎士……に、見えなくもない。サイズ以外は。

 顔は……思ったより……けっこうイケメン? 主役機っぽい感じ?

 個人的な好みを言うなら、頭部にある鬼を思わせる二本のアンテナ(?)がちょっといけ好かない感じ。何を隠そう俺、ロボのアンテナは一本派の人間なのである。そういう派閥が実在しているかは知らないが。


 次に俺は、全身を一から確認していく。

 手。足。腰。腹。……操縦席、と。

 結論。

 どうやら俺、ビームサーベルとか、そういう武器っぽいアイテムは持ってないらしい。

 バルカンみたいなのもついてないし、秘密の四次元ポケット的なのもない。

 身ひとつの状態ってことだな。


(ってことは、もし戦闘とかになった場合、徒手空拳で戦うことになるのか)


 そう考えると、ちょっと心細いな。

 不良だった訳じゃないし、これまで喧嘩とかしないで生きてきたから。


 ……と。

 そこで思い出したんだが、俺、魔法は使えるんだよな。

 実際、ここまでは空中浮遊の魔法を使って来たわけだし。


『念のため、ちょっと攻撃魔法っぽいのの練習もしとくか』


 そう思い至ったのが、そもそもの間違いだった。

 「異世界転生=チート」みたいな方程式はできてたってのに。


『では試しに、――《ふぁいあーぼーる》』


 つい、深く考えずにロゼッタの真似をしちまった。

 するとどうだろう。俺の手の上に、「地球のみんなに力を分けてもらったあとの元気玉かな?」ってくらいバカでかい火球が生まれちまったんだ。


『お、お、お、お! なんじゃこりゃあ!』


 俺自身は、その熱を感じ取ることはできない。だが、それがとてつもない力を持っていることははっきりとしていた。


『どうするどうするどうする?』


 考えた末の俺の行動は……すぐ目の前にある湖に、そっと浸けてみること。


 ど、じゅううううううううううううううううううううううううううう!


 すると、ものすごい勢いで湖が干上がっていった。

 ……水中に棲んでいたお魚さんとか、もれなく焼き殺しながらな。


『やばいやばいやばいごめんなさい! 魚介類の霊に祟られる!』


 俺はあわてて、火球を湖から引き上げる。

 当然の権利のように、火の勢いは強いまま。弱まってすらいない。


『………………』


 もうどうにでもなーれ♪(ぽいっ)


 ……と、やれたらどれだけ気楽だったか。

 やむなく、俺はもう一度『――《フロート》』と唱えて飛ぶ。

 そして、全速力でこの厄介者を処理できそうな場所を探すことにした。

 できれば草木の生い茂ってない、仮面ライダーが怪人と戦う時に利用するような場所を。


 んで、火球を手にふらふら飛び回ること、数分。

 見つけたのは、理想的な土地だった。

 荒涼としたその山は、名付けるなら“死の山”とでも言うべき灰色の空間である。


 そこに着地した俺は、そっと火球を地面に置いた。

 小型版太陽、とでも言うべきその火の塊は、周囲の岩盤をマグマ状に溶かしながら、ずずずずずッと地面の中へと消えていく。

 火球を落とした地面には、掘削機で掘ったみたいに綺麗な穴が出来上がるのだった。


『ふうっ、これでよし』


 結論から言うと、ぜんぜん良くなかった。

 一拍遅れて、


『ぎぃいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいえあおおおおおおおおおおッ!』


 ものすごい鳴き声と共に、大地の奥深くで眠っていたと思しき、一匹の竜が飛び出してきたためだ。


 後で知ったのだがそれは、グラウンド・ドラゴンと呼ばれる魔物らしい。

 名前の響きから、ずいぶんカッコいい生き物を想像したかも知れないが、見た目はばかデカいモグラみたいなモンだ。

 モグラと少し違うのは、その爬虫類……というか、恐竜を思わせる頭部だろうか。


『ぐるぁっ、ぐるぁ、ぐるぁ、ぐるああああああああああああああああああッ!』


 地上に飛び出したグラウンド・ドラゴンが最初にした行動。

 それは、もっとも手近にいた外敵を、頭からガブっとやることだった。


『うお―――――――――――ッ!』


 突如、視界が暗くなって、流石に混乱する。


『おいおいおい! やめろやめろ! 悪かった! 悪かったかからやめてくれ。……がじがじぺろぺろするな!』


 ばんばんと竜の鼻っ面に拳を叩きつける。


『ぎぃええええええええええええええええええええええええええええええ!』


 すると、グラウンド・ドラゴンは周囲の土塊が振動で跳ねるほどの悲鳴を上げて、俺の頭から離れた。


『くそ、汚え。あとで顔、洗わなきゃ』


 言いながら、俺は慌てて『――《フロート》』と叫んだ。

 これ以上こいつと関わるとろくなことにならないと悟ったためである。


 だが、甘かった。

 グラウンド・ドラゴンは、眠りを妨げた者を許さない。

 幸い、ヤツに空を翔ぶ力はないようだが、一度獲物と決めた相手を逃すような間抜けでもなかった。


 どどどどどどどどどどどどどど…………。


 ものすごい土煙を上げながら、グラウンド・ドラゴンは浮遊する俺をいつまでも追いかけてくる。


『弱ったな……』


 このまま、ロゼッタたちの街に戻ることはできないだろう。

 かといって、ヤツを殺してしまうのも後味が悪い。だってこの場合、悪いのはどっちかっていうと俺だし。のんびり寝てるとこ、起こしちゃった訳だし。


 宙空をウロウロと彷徨うこと、数十分。

 未だについてきているグラウンド・ドラゴンを見て、ため息をつく。


『くそっ、しょうがねえな』


 痺れを切らしたのは、俺が先だった。

 このままの状況を続ける訳にはいかない。

 グラウンド・ドラゴンは、今の俺のスケールからしても巨大だ。そんな生き物があちこち駆けずり回るものだから、この近辺に住んでいる色んな動物が悲鳴を上げている。さすがにこれ以上被害を広げる訳にはいかない。


 ……一発ぶん殴って、意識を奪うとかすれば……。


 そう思い至った俺は、グラウンド・ドラゴンの前にゆっくりと降り立った。

 不思議と、負ける気はしない。何しろ、さっきガブッと噛みつかれた時も、傷一つなかったしな。


『ぐるるるるるるるるるる……グルゥ!』


 ようやく勝負する気になったみたいだな!

 ……と、言っている気がする。


『しょうがねえから相手になってやる! 来い!』


 叫ぶと、それが戦闘の合図になった。


『ぐぐあああああああああああああああああああああああああああッ!』


 突撃するモグラの怪物。

 俺はそれを真っ向から受け止めて、


『どすこい!』


 ロボット物の主人公があまり口にしないタイプの掛け声とともに、ぶん投げた。

 グラウンド・ドラゴンは、宙空を数十メートルほど飛んだあと、


 ズゥゥゥゥゥゥゥン……!


 と、地面を転がる。

 好機、だと思った。

 俺はすかさずグラウンド・ドラゴンに馬乗りになり、左腕をその首に回して、ぎゅっと締める。


『ぐぅ……ぐぅうううううううううううう…………!』


 勝負が決まるのは、それから数分後だった。


 ぐったりと倒れたグラウンド・ドラゴンを背負って、さっき《ファイアーボール》を落とした場所の近くに移動。

 ずしんとモグラの怪獣を地面に横たえる。


『……寝てるとこ、悪かったな。ごめんな』


 そして、ちょっとだけ背中の毛をわしゃわしゃもしゃもしゃした後、再度空中に翔んだ。


(やれやれ。……とんだ散歩になっちまった)


 とか、そんな風に思いながら。



 今でも時々、悩むことがある。

 果たして俺は、その一件を起こして正解だったのか? ってな。


 結論から言うと。

 ローズミストに住む人々に、一部始終は見られていた。

 俺が、……馬鹿でっかい火の玉抱えて、先祖代々「絶対に立ち入らぬこと」とされていた竜族の領地に攻め入ったあたりからな。


 ローズミストの街に戻ると、みんなが奇妙な目で見てくるもんだから、なんとなーく嫌な予感はしてたんだが。

 その後、俺と顔を合わせたロゼッタは、こう言った。


「ねえ、オオガミ」

『なんだ?』

「……恥を忍んでお願いしてもいい?」

『どうした急に、改まって』


 そして、少女は長く溜めを作った後、


「あたしたちの……守護神になってもらいたいの」


 ほらな。

 やっぱりね。

 こういうことになるんだ、結局。

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