その5 オオガミ、エルフの国へ

【二ノ月 七日(晴れ)】続き

 ロゼッタの故郷は、ローズミストと言うらしい。

三ノ月ミノツキになると大量の薔薇ローズが咲き乱れ、国中がミストに覆われるというその国は、……俺に言わせれば、”国”というより”集落”の域を出ないところであった。

 樹海の拓かれた空間にぽつりと存在する、山小屋の集まりって感じ。


 空を飛べることを発見した俺たちは、本来であれば三日がかりでたどり着く道のりを、ほんの一時間足らずで到着する。

 ちなみに、左手にはモエ。右手には彼女たちの旅行用具を抱えて……、という格好だ。


「ロゼッタさま~」


 ふと、樹々の間を縫うように駆ける少女が一人。

 エルフ族の子供のようだ。


「ただいま、リカ!」


 ロゼッタが、操縦席から身を乗り出してぶんぶんと手を振る。

 リカは、いち早く俺たちの存在に気づいていたようで、もう待ちきれない! とばかりに、ちょろちょろくるくると走り回っていた。


「すごいすごいすごいすごいすごいすごいすごぉーい! 本物の機兵だあ!」

「広い場所に降ろすから……リカ、少し離れて!」

「あいさー!」


 ロゼッタの操縦で、俺は少女の近くに着地する。

 そこでいったん、モエと荷物を下ろすと、


「ほら、ごらんなさい! あたしの勘は正しかった!」

「ほんとだほんとだ! でも私、信じてたもん! ロゼッタさまはやってくれる系の人だって!」

「ふっふっふ。はっはっは! でしょー?」


 うわ、身内のノリだなあ。

 こういう時、石像のようにしゃべらなくなるのは、元の世界からの癖だ。


「ねえねえねえねえねえねえねえ! 私も! 私も乗りたい! 機兵に乗りたい!」

「えーっと、……それは、その……」


 一瞬、ロゼッタが探るような目つきで俺を見た。表情筋を無くした俺の顔色など、伺えるはずもないのにな。


「リカにはまだ早い! この機兵はあたしの専用k、……いや、友達だから!」


 いま、専用機って言おうとしたな、コイツ。


「それより、早く国のみんなに紹介しなくちゃ。きっとみんな、あたしたちの話題でもちきりよ!」



 意気揚々と帰国したロゼッタ……だったが、彼女の思惑通りの歓迎はなく。

 ローズミストの街並みは、しんと静まり返っていた。

 それは一国の姫君の凱旋、というには程遠く。


「……あれ? みんなは?」


 傍らのリカに訊ねると、幼い少女はぼんやりと首を傾げた。


「わかんない。けどみんな、朝から元気ない感じだったよ」

「元気がない……? ねえモエ、今日ってなんかの行事の日だっけ?」


 すると、獣人の娘は慣れた手つきで手帳を取り出し、


「……いえ。特に何の予定も入っていないはずですが」

「む。なんか嫌な予感がするわねー」


 数百人規模の街の中心部には、贅沢に土地を使った屋敷が見える。

 どうやら、そこがロゼッタの実家らしい。

 屋敷は集会所も兼ねているらしく、近づくにつれ、エルフたちが議論を交わしているのがわかった。


『……あれが、……』


 エルフ族か。

 正直その時、俺には彼らの姿が……ずいぶんと異様に見えた。

 まず、どいつもこいつも、判を押したみたいに美形である。

 次に、どいつもこいつも、十代から二十代前半かっていう具合に若々しい。


(やっぱここ、俺の知っている世界とは根本的に違うんだな)


 正直、ちょっとだけホームシックな気持ちが生まれたり。

 ……といっても、あのラーメン屋にもう一回行っときたかったとか、モスのハンバーガー腹いっぱい食いたかったとか、その程度のレベルだけど。

 ぼんやり物思いに耽っていると、ふいにロゼッタが大音声で叫んだ。


「ちょっと! みんな! ロゼッタさまのお帰りよ! どーしたの、そんな風に集まってごちゃごちゃと……」


 すると、群衆の一人がこちらに振り向いて、目をむく。


「う、うわっ、ロゼッタ……さまっ」


 驚くのも無理はない。

 石造りの街並みからひょっこり顔を出した姫君は、……金属製の巨人とセットだったのだから。


「予告した通り! ”弓形の岸壁”から、機兵魔人を発掘してきたわ! どやぁぁぁぁぁぁぁっ」

「へっ? ははは……そりゃ、大したモンで……」


 なんかこの人、上司の下手なダジャレに付き合ってる人みたいになってるぞ。

 それを察したのか、ロゼッタは急につまらなそうにして、


「アリスはどこ?」

「それは……」


 群衆が、困惑にどよめく。


「ここにいますわ」


 それを左右に掻き分けるように、一人の少女が現れた。

 彼女が、”アリス”……らしい。

 不思議の国には似つかわしい名前だ。


「やーやー、ただいま、アリス」


 アリスとロゼッタは、随分顔が似ていた。

 だが、エルフはみんなして若々しいため、容姿を見ただけではそれが母親なのか、姉妹なのかが判別できない。


「ロゼッタさまの妹君です」


 幸い、モエがフォローしてくれたから、関係性が理解できたが。


「おかえりなさいませ、お姉様。ごきげんうるわしゅう」

「ええ! 今日は本当にご機嫌! だって見て! こんな立派な機兵魔人を見つけたんですもの!」

「そう……」


 アリスは夢も希望も見いだせない、冷淡な目つきで実の姉を見て、


「でも残念ながら、もう遅いですわ。……私たち、この街を放棄することに決めたんですの」

「…………は?」


 ロゼッタは、しばらく妹の言葉の意味がわからない、とばかりに固まっていたが、


「なっ、何いってんのアンタ! 頭大丈夫? 昨晩飲み過ぎた、とか?」


 と、感情を爆発させる。

 今朝も思ったが、どうやらこの娘、感情の起伏が激しいタチらしい。


「きんきん叫ばないでくださいまし。……昨晩飲み過ぎたのは事実ですけども」

「じゃあ、まともな判断ができてないってことも認めるのね? ……ねえ、アリス。私たちがこの土地に移り住んで何百年経ってると思う? いまさらどこかに行くなんて。……みんなもそう思うでしょう?」


 ロゼッタは、群衆に呼びかける。

 それに応じて、数人が一瞬だけ腕を挙げかけたが……止めた。

 その様は、完全に心折れたものの姿で。


「なによ。……みんな、どーしちゃったの?」


 そこでようやく、ロゼッタも事態の深刻さに気づいたらしい。形の良い彼女の眉が、くしゃりと歪んだ。


「ねえ、アリス。教えて。――何があったの?」


 訊ねると、それまで気丈に振舞っていたアリスの顔が、苦渋の色に染まる。


「父上、……いえ、ガガスチルが……敵方に捕まったようですの」

「え」


 俺は、その劇的な場面をぼんやり眺めていた。


「ガガが? ……そんな、……いつ?」

「三日前の晩に。見回りに出たところを、オークと出くわしたところを見た者がいて。……それっきり」


 その場にへたりこむロゼッタ。


(こりゃあしばらく、……俺の出る幕じゃなさそうだな)


 そう察した俺は、彼女をそっと両手で包み込み、地面に降ろす。

 ロゼッタはまるで、人形のように成すがままだった。


「この国一番の戦士がいなくなってしまったのですのよ? ……もう、私たちに戦える術は残っていませんわ。例え、その機兵魔人を持ってしても」


 ロゼッタも反論しない。

 そこで俺は、いたたまれない気分になって、


『どうやらお邪魔みたいだから、……俺、しばらく散歩でもしてくるよ』


 そう言い残し、その場を後にする。


 内心、


(絶ッッッッッッ対、ややこしいことに巻き込まれるハメになる)


 という気持ちでいっぱいにしながら。

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