その5 オオガミ、エルフの国へ
【二ノ月 七日(晴れ)】続き
ロゼッタの故郷は、ローズミストと言うらしい。
樹海の拓かれた空間にぽつりと存在する、山小屋の集まりって感じ。
空を飛べることを発見した俺たちは、本来であれば三日がかりでたどり着く道のりを、ほんの一時間足らずで到着する。
ちなみに、左手にはモエ。右手には彼女たちの旅行用具を抱えて……、という格好だ。
「ロゼッタさま~」
ふと、樹々の間を縫うように駆ける少女が一人。
エルフ族の子供のようだ。
「ただいま、リカ!」
ロゼッタが、操縦席から身を乗り出してぶんぶんと手を振る。
リカは、いち早く俺たちの存在に気づいていたようで、もう待ちきれない! とばかりに、ちょろちょろくるくると走り回っていた。
「すごいすごいすごいすごいすごいすごいすごぉーい! 本物の機兵だあ!」
「広い場所に降ろすから……リカ、少し離れて!」
「あいさー!」
ロゼッタの操縦で、俺は少女の近くに着地する。
そこでいったん、モエと荷物を下ろすと、
「ほら、ごらんなさい! あたしの勘は正しかった!」
「ほんとだほんとだ! でも私、信じてたもん! ロゼッタさまはやってくれる系の人だって!」
「ふっふっふ。はっはっは! でしょー?」
うわ、身内のノリだなあ。
こういう時、石像のようにしゃべらなくなるのは、元の世界からの癖だ。
「ねえねえねえねえねえねえねえ! 私も! 私も乗りたい! 機兵に乗りたい!」
「えーっと、……それは、その……」
一瞬、ロゼッタが探るような目つきで俺を見た。表情筋を無くした俺の顔色など、伺えるはずもないのにな。
「リカにはまだ早い! この機兵はあたしの専用k、……いや、友達だから!」
いま、専用機って言おうとしたな、コイツ。
「それより、早く国のみんなに紹介しなくちゃ。きっとみんな、あたしたちの話題でもちきりよ!」
▼
意気揚々と帰国したロゼッタ……だったが、彼女の思惑通りの歓迎はなく。
ローズミストの街並みは、しんと静まり返っていた。
それは一国の姫君の凱旋、というには程遠く。
「……あれ? みんなは?」
傍らのリカに訊ねると、幼い少女はぼんやりと首を傾げた。
「わかんない。けどみんな、朝から元気ない感じだったよ」
「元気がない……? ねえモエ、今日ってなんかの行事の日だっけ?」
すると、獣人の娘は慣れた手つきで手帳を取り出し、
「……いえ。特に何の予定も入っていないはずですが」
「む。なんか嫌な予感がするわねー」
数百人規模の街の中心部には、贅沢に土地を使った屋敷が見える。
どうやら、そこがロゼッタの実家らしい。
屋敷は集会所も兼ねているらしく、近づくにつれ、エルフたちが議論を交わしているのがわかった。
『……あれが、……』
エルフ族か。
正直その時、俺には彼らの姿が……ずいぶんと異様に見えた。
まず、どいつもこいつも、判を押したみたいに美形である。
次に、どいつもこいつも、十代から二十代前半かっていう具合に若々しい。
(やっぱここ、俺の知っている世界とは根本的に違うんだな)
正直、ちょっとだけホームシックな気持ちが生まれたり。
……といっても、あのラーメン屋にもう一回行っときたかったとか、モスのハンバーガー腹いっぱい食いたかったとか、その程度のレベルだけど。
ぼんやり物思いに耽っていると、ふいにロゼッタが大音声で叫んだ。
「ちょっと! みんな! ロゼッタさまのお帰りよ! どーしたの、そんな風に集まってごちゃごちゃと……」
すると、群衆の一人がこちらに振り向いて、目をむく。
「う、うわっ、ロゼッタ……さまっ」
驚くのも無理はない。
石造りの街並みからひょっこり顔を出した姫君は、……金属製の巨人とセットだったのだから。
「予告した通り! ”弓形の岸壁”から、機兵魔人を発掘してきたわ! どやぁぁぁぁぁぁぁっ」
「へっ? ははは……そりゃ、大したモンで……」
なんかこの人、上司の下手なダジャレに付き合ってる人みたいになってるぞ。
それを察したのか、ロゼッタは急につまらなそうにして、
「アリスはどこ?」
「それは……」
群衆が、困惑にどよめく。
「ここにいますわ」
それを左右に掻き分けるように、一人の少女が現れた。
彼女が、”アリス”……らしい。
不思議の国には似つかわしい名前だ。
「やーやー、ただいま、アリス」
アリスとロゼッタは、随分顔が似ていた。
だが、エルフはみんなして若々しいため、容姿を見ただけではそれが母親なのか、姉妹なのかが判別できない。
「ロゼッタさまの妹君です」
幸い、モエがフォローしてくれたから、関係性が理解できたが。
「おかえりなさいませ、お姉様。ごきげんうるわしゅう」
「ええ! 今日は本当にご機嫌! だって見て! こんな立派な機兵魔人を見つけたんですもの!」
「そう……」
アリスは夢も希望も見いだせない、冷淡な目つきで実の姉を見て、
「でも残念ながら、もう遅いですわ。……私たち、この街を放棄することに決めたんですの」
「…………は?」
ロゼッタは、しばらく妹の言葉の意味がわからない、とばかりに固まっていたが、
「なっ、何いってんのアンタ! 頭大丈夫? 昨晩飲み過ぎた、とか?」
と、感情を爆発させる。
今朝も思ったが、どうやらこの娘、感情の起伏が激しいタチらしい。
「きんきん叫ばないでくださいまし。……昨晩飲み過ぎたのは事実ですけども」
「じゃあ、まともな判断ができてないってことも認めるのね? ……ねえ、アリス。私たちがこの土地に移り住んで何百年経ってると思う? いまさらどこかに行くなんて。……みんなもそう思うでしょう?」
ロゼッタは、群衆に呼びかける。
それに応じて、数人が一瞬だけ腕を挙げかけたが……止めた。
その様は、完全に心折れたものの姿で。
「なによ。……みんな、どーしちゃったの?」
そこでようやく、ロゼッタも事態の深刻さに気づいたらしい。形の良い彼女の眉が、くしゃりと歪んだ。
「ねえ、アリス。教えて。――何があったの?」
訊ねると、それまで気丈に振舞っていたアリスの顔が、苦渋の色に染まる。
「父上、……いえ、ガガスチルが……敵方に捕まったようですの」
「え」
俺は、その劇的な場面をぼんやり眺めていた。
「ガガが? ……そんな、……いつ?」
「三日前の晩に。見回りに出たところを、オークと出くわしたところを見た者がいて。……それっきり」
その場にへたりこむロゼッタ。
(こりゃあしばらく、……俺の出る幕じゃなさそうだな)
そう察した俺は、彼女をそっと両手で包み込み、地面に降ろす。
ロゼッタはまるで、人形のように成すがままだった。
「この国一番の戦士がいなくなってしまったのですのよ? ……もう、私たちに戦える術は残っていませんわ。例え、その機兵魔人を持ってしても」
ロゼッタも反論しない。
そこで俺は、いたたまれない気分になって、
『どうやらお邪魔みたいだから、……俺、しばらく散歩でもしてくるよ』
そう言い残し、その場を後にする。
内心、
(絶ッッッッッッ対、ややこしいことに巻き込まれるハメになる)
という気持ちでいっぱいにしながら。
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