その4 オオガミ、空を翔ける
【二ノ月 七日(晴れ)】の続き
少しばかり、想像してみてほしい。
もし、自分が人型ロボットに転生したとして。
しかも、身体に操縦席がくっついてるとして。
果たしてそこに、他人を乗せる気になるかどうか、ってな。
しばらく考えた後、
『悪いが……さすがに昨日今日会ったばかりの相手を乗せる訳にはいかん』
俺は慎重だった。
どうやら、いま自分が経験しているのは、(タチの悪い妄想とかじゃなければ)俗にいうところの“異世界転生”というヤツらしい。
正直、その辺の知識には明るくないが、「異世界転生=チートパワーで俺TUEEEEE」くらいのことは知っている。
つまり今の俺は、自分の力の扱いを冷静に見極める必要があるのだ。
もしその力を悪用されでもしたら、……とんでもないことになる。間違いなく。
俺は、ロゼッタたちに嘘を吐きたくなかった。なにせ二人は、命の恩人(?)とも言える存在だ。二人がいなければ、永遠に暗闇の中にいたかもしれない。
だからこそ、自分の想いを率直に伝える。
『ええと、……だな、――』
実のとこ、その時の会話の流れはよく覚えていない。
だが、口下手な俺にしては、まあまあウマく説明できた方だと思う。
『――……だからさ。しばらくは俺の自由にさせてほしいんだ。……ダメか?』
神妙な表情のモエ。それにロゼッタ。
納得してもらえたかな? と思っていると、
「……………………………………………………………………………………やだ」
と、ロゼッタが言う。
「やだ! 乗せてくれないとやだ!」
まさかのワガママである。
ロゼッタは年頃の娘とは思えないほどはしたない姿で両手両足を振り回しつつ、
「せっかく一生懸命頑張って機兵魔人を見つけたのに! ロボットに乗ってあちこち旅するのが夢だったのに! 乗せてもらえないなんて、ひどいよ!」
ひどい、って。
『……お前、話聞いてたか? 俺の力は危険で……』
「なんでダメなのよちょっと乗るだけじゃん悪いことするわけないじゃん!」
「お、お嬢様……」
さすがにモエがなだめにかかる。
だが無意味だった。
この娘を説得するのは、ちょっとやそっとのことでは不可能らしい。
『しかしなあ……』
「しかしじゃなーい! あたしはね、機兵魔人に乗るために、ずーっとずーっと生きてきたんだ! そのためなら、なんだってするつもりでいたんだよ!?」
お、おう……。
「本当は昨日の晩にこっそり乗っちゃおうかとも思ったけど! でも、そうしたらオオガミが怒るかなって……それで、我慢したってゆーのに……ッ!」
だから俺に譲歩しろというのか。
無茶苦茶な理屈をいう娘である。
ここまで直情的な感情表現に触れるのは久しぶりなため、さすがに驚いた。
前の世界だって、ここまで堂々とワガママをいう知り合いはいなかったぜ。
あるいはここで、彼女を理性的に説得することもできたかもしれない。
だが結局、俺はそうしなかった。
泣く子と地頭には勝てぬとはよく言ったもので。
『はぁ~』
やむなく、胸の半球をいじくって、操縦席を露出させる。
『……ほんのちょっとだけだぞ』
すると、さっきまで膨れ面をしていたロゼッタが、あっさり機嫌を直して、
「やったあ! ゴネ得ばんざい!」
『ん? いまなんつった?』
「ナンデモナイヨ!」
と、嬉しそうに操縦席に乗り込んだ。
「すっごい! 中ってこうなってるんだぁ……へぇー。ほぉー」
同時に、俺の視界の邪魔にならない位置に操縦席内部の映像が表示され、
――操縦者を認識。
――姓名:ロゼッタ・デイドリーマー
――種族:エルフ族
――レベル:25
――魔力値:105
というテロップが流れた。
『ん? お前、エルフなの?』
「あれ、説明してなかった?」
ロゼッタが、もさっとした髪に隠れていた長耳を見せる。
へえ、おもしれえな。
獣人だけじゃなくて、エルフもいるのか。
さすがファンタジー系の世界。
ちなみに、ロゼッタを乗せることで、もう一つわかったことがあった。
――操縦者の接続を許可しますか?
と書かれたウインドウの中に表示された、いくつかの項目。
その中に、「操縦者を強制排出する」というものがあったのだ。
どうやら、俺の気持ち一つで操縦者を体外に追い出すこともできるらしい。
案ずるより産むが易し、というか。
操縦席があるからといっても、誰を乗せるかは俺の自由意志に任されているようだ。
つまり、誰かに操られて望まぬ殺しをするハメになる……なんてことはない、と。これで一安心だな。
「ねえねえ、早速動かしてみたいんだけど、いいかな」
『どうぞ』
俺は、「操縦者との接続」をオンにして、身体の自由を明け渡す。
すると、身体の感覚と切り離されて、ふわふわと宙に浮いてるみたいな気分になった。
「それじゃ、ちょっと歩くわね……」
ロゼッタは、愉しくて愉しくて仕方がない、という具合で、俺の体内に存在する二つのレバーめいた棒を握りしめる。
「……ふうむ。文献の通りだわ。感覚が共有されていく感じ、というか」
『こ、……これは……ッ』
俺は、思わず唸っていた。
その時、たしかに少女と「繋がった」感じがしたのだ。
その感覚たるや。
神経レベルで他人と融合する気分……といっても伝わらないかな。
『お、思ったよりけしからんぞ、これ!』
「えっ……? なにが?」
『若い身空で人型ロボットの操縦なんてしちゃいけません!』
正直に言おう。
その時、俺は混乱していた。
無理もないよな。前の世界の俺は、絵に描いたようなどうて……ごほん。
奥手な性格の男だったためである。
「何言ってるかよくわからないけど。……よおし、それじゃ、《
「承知しています」
そして、混乱する俺をよそに、ロゼッタは叫んだ。
「――《
瞬間。
それまでの浮ついた感覚がバカになるくらいの衝撃が、俺とロゼッタを襲う。
「ひゃあ!」
『うおおおおおおおおおおおおおお!?』
高く、高く。
「すごい……ッ、かなり加減したつもりだったのに、……もう、モエがあんなに小さくなってる!」
どこまでも続く青空。
それと、ふかふかの絨毯のように地面を覆っている森が見える。
綺麗だった。
空を自由に飛び回る夢を観たことがあるだろうか?
その時の俺は、ちょうどそういう気分でいた。
「みて! あっちの方角にあたしたちの国があるのよ!」
ロゼッタが指し示した方向には、樹々が生い茂る空間に、ぽっかりと拓かれた場所がある。あれが彼女の故郷らしい。
色んな事が一度に起こりすぎて、一周して冷静になった俺は、訊ねる。
『それで……どうだ? 俺を動かしてみた感想は』
「もー、最高!」
そうかい。
それなら、ワガママを聞いてやった甲斐があろうってものだ。
『これからどうする?』
「このまま、世界の果てまで行こうよ!」
『……無茶苦茶言うなよ』
と、口ではそう言ったものの。
あるいはそれも不可能じゃないんじゃないかと思っている自分もいる。
『モエを放っておくわけにはいかないだろ』
「そうだけど! そうだけど! ……あたし、わかるの! きっとこれから、すごいことが起こるって!」
どうやら、興奮が冷めるまで、まともな受け答えはできそうにないな。
そう、他人事のように感じながらも、……俺は、異世界の風景に心奪われていた。
それがこの、――
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