その3 オオガミ、戸惑う
【二ノ月 六日(晴れ)】の続き
結局、その日のうちに“弓形の岸壁”とかいう場所から移動することに決定。
道中、黙っているのもなんなので、かるく身の上話を聞かせてやったり。
こことは違う世界の産まれなこと。
なんでか異世界に来てしまっていたこと。
これがどういう状況なのか、見当もつかないでいること。
信じてもらえるかどうか微妙なところだったが、どうやらこの世界、俺の前にも似たような奴がいたらしい。
「つまりオオガミ様は……“異世界転生者”ということですね」
「知ってるの? モエ」
「ええ。ロゼッタ様も、ブレイブマンの伝説は聞いたことがあるのでは?」
「ブレイブマンっていうと、あれでしょう? 大昔、魔王と戦ったっていう、勇者の一族の」
「その祖先が異世界転生者だった、という話を聞いたことがあります。なんでもその者、産まれながらに剣と魔法の素養が高く、青年となるころには無双の力を得ていた、とか」
「ふむ……」
ロゼッタは神妙な顔で腕を組む。
「じゃあ、オオガミもその“異世界転生者”なのね。すごいじゃん。伝説の存在ってことじゃん」
『そう言われても……むう。あんまり実感がわかんな』
「面白い。……すっごく面白いわ! ねえ、オオガミ。その話、もっと詳しく教えてよ!」
この娘、出会ってから興奮しっぱなしだな。
それは様子はまるで、十年来の大親友とふいに巡り会ったかのようだった。
▼
そこから少し歩いたところで、その日は夜営を取ることになる。
「――《
ロゼッタが唱えると、彼女の人さし指にライターほどの灯火が生まれた。
ほどなくして、枯れ木が燃え盛る焔となる。
『便利なモンだなぁ』
「……オオガミってさ、こことは別の世界から来たって言ってたわよね? その世界には魔法はなかったの?」
『なかったな』
「でもそれ、矛盾してない? 魔法がないなら、なんでこれが魔法だってわかるのよ?」
『……色々理由があるが。魔法ってのは、俺たちの世界では空想上の産物なのさ。だから、存在だけは知ってる』
「空想……なるほど。ファンタジーってことね」
『ああ』
ロゼッタはどうも、俺のことを知るのが愉しくてたまらない、という具合だ。
考えてみれば無理もないか。立場が逆だったら、俺だって色々と聞きたいことあるもんな。
「それじゃあさ、オオガミは元の世界で、どういう風に暮らしてたの? ご飯は? 魔物は? 国は? 文化は?」
『ええと、そうだな……』
正直に言おう。
その時俺は、ずいぶん久方ぶりに“女の子”との会話を愉しんでいたと思う。
だってほら。
いったん女っけのない企業に就職しちゃうと、な……。
自分から積極的にそういう機会を作らないかぎり、女性と話す機会に恵まれないもんだから、な……。
「へー! じゃあ、焚き火に火をつける時はその、“らいたあ”ってのを使うんだ」
『まあな。魔法がないぶん、こっちは色々と工夫してたんだ』
「あなたがいた世界の人たちって、とても賢い人ばかりなのね」
『え? ……うーん。そうだろうか? 言われてみれば、そうかもしれんが』
などと雑談していると、
「ほら、お嬢様。スープができましたよ」
モエが、作ったスープをロゼッタのお椀に注ぐ。
具はなんだろう? と思って中身を覗き込むと、
「銀竜の卵・牛の干し肉を煮て、少量のワインと山羊のチーズ、塩コショウで味付けしたものです」
モエがおかしそうに笑って、応えた。
「オオガミさま、機兵魔人にしては感情表現が豊かでいらっしゃる」
『……そうか?』
暗に挙動不審とか思われてなきゃいいんだが。
「じゃ、いただきまーす♪」
ロゼッタが美味そうに食事を始める。
喉元まで「おれのぶんは?」と言い出しそうになったが、考えてみれば今の俺、口がないんだった。なんか寂しい。
本格的に異形の存在になっちまったんだな、俺。
それでも、思ったよりショックを受けずに済んだのは何故だろう。
感覚が麻痺していたから? それもある。
だが、そういう後ろ向きな気分を塗りつぶすくらいに、ワクワクしていたんだ。
俺が、この世界で何ができるか。
きっとスゴいことになるぞ、と。
▼
その後。
どうやら今の俺にも、“眠る”という行為が可能であるらしいことを発見した。
というのも、
「そんじゃ、おやすみ」
と言うロゼッタの言葉に応えて「おやすみ」というワードを口にした時、俺の眼前に、
――それでは、スリープモードに入ります。よろしいですか?
という、パソコン画面めいた一文が表示されたためだ。
スリープモードて。
Windowsかよ。
うわ、俺、本格的に機械の身体になっちまった、という実感がはっきり芽生えたのは、恐らくこの時だと思う。身体の違和感よりも、「視界にコンピューターっぽい表示がある」って事実の方が、かなり精神にクるものがあったからな。
しばらく俺は、その「スリープモード」をつけっぱなしにしたままぼんやりしていたが……やがて、独りで夜中起きているのも馬鹿らしくなり、さっさと眠りの世界に入ることに決めた。
夢は、――観なかった。
前にいた世界では、『アンドロイドはなんちゃらの夢をみるか、……みたいなタイトルの小説があったと記憶しているが。
少なくともこの身体は、夢を観ないらしい。
【二ノ月 七日(晴れ)】
異世界生活、二日目。
――ハロー、オオガミ。目覚めの時間です。
と、画面が表示されると同時に、意識が覚醒した。
ほんの一瞬前まで真っ暗だったその世界の空が、電灯を付けたみたいに明るくなっている。
スリープモード、か。暇な時間を経過させるにはかなり便利な機能だな。
『…………ん?』
そこで、なんだか視界がおかしいことに気づく。
何かに遮られているようだが、と思っていると、顔の上にロゼッタが乗っかっていることに気づいた。
「……むにゃり」
まるで、母親に甘える赤ん坊みたいだ。
思いっきりよだれを垂らしてくるとこも含めてな。
『…………………………ロゼッタさーん?』
「……にゃむり」
……こいつ。
指でつまんで退かしてやろうと思ったが、くっつき虫のように離れない。
「おはようございます」
そうこうしているうちに、モエが慈母のような視線を向けて挨拶してきた。
『見てるなら手伝ってくれよ』
「お嬢様は決まった時間にならないと、てこでも起きないのです」
そうかい。じゃ、試してみるか。
俺は容赦なく身体を起こし、顔を左右に振った。
するとロゼッタは、俺の頭にひっつきながらぶらんぶらんと揺れて、
「……あと三十分……」
と、寝言を言う。
すげーな。
何かにぶら下がっている状態で眠り続けることって普通、不可能だと思うのだが。
俺は観念して、再び身体を横たえる。
ついでに、毛布をかけ直してやった。
「ご安心を。いつも朝食を作り終えるころには目を覚ましますので」
そんな俺の姿を、モエはくすくす笑いながら見つめている。
朝の時間は、そんな風にして過ぎていくのだった。
▼
朝食と旅立ちの準備を済ませる二人。
それを見計らって、
『じゃ、行くか』
立ち上がり、昨日と同じく、彼女たちの荷物を持ってやろうと手を差し伸べる。
だが、――ロゼッタがひどく言いにくそうに、
「……えっと。その。あたし、オオガミにひとつ、提案があるんだけど」
『ん?』
「昨日はいろいろ話が聞きたかったし、……言い出せなかったんだけどね? できれば今日は、もっと早い移動手段を使いたいなぁ~、なんて」
移動手段……というと、なんだろう。馬か?
「そんなんじゃないの。……ええとその」
これまで竹を割ったような性格だと思っていたその娘が、ここに来てずいぶん遠回しに話題を選んでいる。
まるでそれは、俺のことを傷つけないよう、最新の注意を払っているかのようだった。
「オオガミってさ。異世界の人なんだよね?」
『まあな』
「じゃあ、機兵魔人がどういうものか、よくわかってないんだよね?」
『ああ。……なんでこんなモンに俺の意識が宿ってるのかも含めてな』
うん、うん、と頷くロゼッタ。
「それで、もし、……もしもね? あなたが嫌じゃないっていうなら。……できれば、あなたに乗せて欲しいんだけれど」
『別に構わんぞ』
「えっ……本当?」
ぱあっとロゼッタの顔が明るくなる。
『しかし、どこに乗る? 肩か? 腕か?』
「いいえ。違うの」
『じゃ、他にどこに乗るってんだ』
「……そこ」
ロゼッタが指差したのは、俺の胸から腹にかけての一帯である。
『……何?』
なぜだろう。
その時俺は、とてつもなく嫌な予感がした。
「だから……あなたの中に、入れて欲しいの」
うら若き娘の口から飛び出したるは、下ネタと受け取れないこともない発言。
だが、その意味合いはまったく逆だ。この場合、入るのはロゼッタの方だからである。
『えっ……ちょっと待て。……つまり俺の身体って、操縦席があるってことか?』
「うん」
『マジかよ……』
自分の身体の知らないところついていたでっかいホクロを指摘されたみたいな気分。
俺は、自分の胸のあたりをまさぐって、それらしい箇所がないか探してみた。
結論を言うと……あったよ。操縦席。
俺の胸にある、半球状のコアっぽい部分。それをこう……くりくりっといじくり回すと、ガシーンという機械的な音と共に胸が開き、操縦席と思しきクッション付きの椅子がせり出してきたのだ。
『…………………』
もうね。
世界が凍りついたね。
しばらく何を言うべきか迷っていたが、
『きゃっ、エッチ!』
とりあえずボケをかましてみることにする。
ロゼッタは笑わなかった。
モエはちょっとだけ笑ってくれた。
「……混乱するのも無理はないわね。あなたが元いた世界にはなかったんでしょう? 機兵魔人みたいなモノは」
あるかないかで言えば、……ないのだが。
魔法と同じで、これに似たもの、知ってるんだよなあ。
ガンダムとか。マジンガーZとか。ゲッターロボとか。イングラムとか。
とにかく、そういう風に呼ばれている空想上の存在。
『……そうか。つまり俺は、人型ロボットに転生してしまったのか。……操縦席がついてるタイプの』
どうやら、そーいうことらしい。
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