その2 オオガミ、自己紹介する

【二ノ月 六日(晴れ)】の続き


 参ったね。

 あの時ばかりは、流石に。


 機械なんだもん。ロボなんだもん。

 全身。あますことなく。

 なんの説明もなしに。


 ショッカーですら、改造手術の時はちゃんと説明してたぜ?

 俺にはチュートリアルもなしかよ。まったく。


『……そうか。つまり俺は、人型ロボットに転生してしまったのか』


 と、独りごちたその時だった。

 “異世界転生”って言葉と、今、俺の置かれている現状がカチッと当てはまったのは。


『ってことはアレか? お決まりのファンタジー系の世界観ってところか?』

「ふぁんたじい?」


 揃って首を傾げる金髪少女と、ケモノ耳さん。


『ええっと……そうだな。例えば君ら、魔法とか使える?』

「ああ、魔法? 《火系魔法》なら得意よ。それと、《風系》も少々」


 へえ。

 やっぱあるのか、魔法。

 おもしれえな。


「なんだったら、今ここで見せてあげよっか?」


 その時、俺はこの金髪碧眼の美少女が、ずいぶんキラキラした視線を向けていることに気づく。

 まるで、街中で憧れの映画スターに出会ったみたいに。

 正直、――悪い気分じゃなかったね。


『おお、そんじゃ、見せてくれ』

「おっけー。行くわよ……――《二式火系呪文ファイアーボール》!」


 すると、ぼお! と、金髪少女の手のひらに球形の焔が生まれた。

 それをみた俺の感想は、


『……小さいな』

「そりゃ、あなたのスケールからするとそうでしょうけども。これでも、ウチの国じゃあわりと大きい方なんだからね!」


 確かに、人に向けるのは危険な魔法に見える。

 俺が喰らっても、小さな焦げ跡ができるくらいだろうが。


『それ、練習すれば俺にもできるかな』


 訊ねると、金髪少女とケモノ耳娘は不思議そうに顔を合わせて、


「まあ、そうでしょうね。……たぶん誰よりもうまくできると思うわ」

『そっか……』


 俺は、戯れに金髪少女の真似をしようとしたが、……失敗すると恥ずかしいので、止めた。


 今になって思えば、賢明な判断だったと思う。

 多分あのタイミングでそんなことしようものなら、目の前の二人を傷つけていたかもしれなかったからな。



 だいたい、その辺のタイミングだったか。

 がらがらどっしゃんと、俺が眠って(?)いた岩盤付近が崩れて、土埃の中から、人型の何かが飛び出したのは。


「――ッ? なに? ひょっとして、もう一体……」


 金髪少女は一瞬だけ期待に顔を輝かせていたが、すぐに蒼白な表情になる。

 現れたのは、人型の土塊。

 俺とは似ても似つかない、泥人形の化物であったのだ。


『ごこおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!』

「ご、……ゴーレムッ!」


 金髪少女とケモノ耳娘が戦慄している。


「お嬢様、下がって!」


 ケモノ耳娘が短剣を抜く。どうやら金髪少女の盾になるつもりのようだ。


『なんだ、あいつ。危険なタイプのアレか?』

「危険も危険! 生き物と見るや片っ端からぺしゃんこにしないと気がすまないタイプのアレよ!」


 へえ、そう。


 そこで俺はゆっくりと立ち上がり、金髪少女の盾になっているケモノ耳娘の……さらに前へ立つ。


『じゃ、俺があいつを追い払ったら、お前らは大助かりって訳だ』

「そりゃあそうだけど……できるの? だってあなた、まるで赤ん坊みたいに何もかもわかってないみたいじゃない」


 赤ん坊とは酷い表現だが、否定できないのが辛いところだな。


『とにかく、試してみる。もしダメだったら、そっちはそっちで逃げるなりなんなりしてくれ』

「ばか! せっかく見つけた機兵魔人を放っておける訳ないでしょう?」


 それに対して、何か洒落た答えを返したかったのだが、それは敵わなかった。

 ゴーレムが俺に飛びかかってきたのだ。


 が。

 そのゴーレム……ぶっちゃけ、俺の腰くらいまでのサイズでしかないんだわ。

 金髪少女たちと比べれば巨漢なのかもしれんが、俺にしてみりゃ、小学生と相撲とるようなもん。


『どっせーい!』


 俺はまず、牽制の張り手を繰り出した。

 すると、


――ボゴォ!


 と、ゴーレムの頭部が粉々になる。


『やったか!?』


 やってないフラグを立てる程度の余裕はあったね。


「その程度じゃ死なない! 胴体のどこかにコアがあるから、それを壊すの!」


 金髪少女の的確なアドバイスに感謝。


『ぐ、ぼおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!』


 ものすごい勢いで頭部を再生するゴーレムの肩を掴んで、


『これならどうだっ』


 ズボォッ! と、心臓部に手刀をお見舞いする。

 すると、俺の右手は安々とゴーレムの身体に突き刺さった。どうやら今の身体、ゴーレムより遥かに硬くできてるらしい。

 チョロいな、とか思いつつゴーレムの内部をまさぐると、丸いコアのようなものに触れる。

 それを指でつまんで引っ張りだし、


『コアってこれ?』


 と、二人に見せる。


『ぎぃえあああああああああああああああああああああああああああああ!』


 俺の背後では、ゴーレムが断末魔を上げていた。


『あれ、死んだ? もう?』


 まだコア、壊してないんだけど。

 どうやら、土塊からコアを取り除かれた時点で活動を停止する感じのやつだったらしい。


「えっ……ええ。そうだ、けど……」


 金髪少女は呆然と俺を見ている。


『この丸いの、いる?』

「いらない。っていうか危ないから壊して。はよ」

『了解』


 少し力を入れると、ゴーレムのコアは粉々に砕けちった。

 これにてゴーレムくんは完全消滅……と。


 まさしく、「赤子の手をひねる」ような勝利である。

 やっぱアレだろうか。

 異世界転生モノって、過剰なほど転生者に有利な条件で物語が進むのがお決まりだと聞いたが。やっぱ俺、この世界の基準では滅茶苦茶強かったりするのだろうか。


 物思いに耽っていると、金髪少女がこちらを見上げながら、少し不安げな表情で俺を見ていることに気づいた。


「ねえ、その……」

『どうした?』

「目的も果たしたことだし。……あたしたちこれから、故郷に帰ろうと思うんだ」

『ほう。そうか』

「それで。……できれば、あなたも一緒にきてほしいんだけど」

『もちろんそのつもりだったんだが』

「いいの?」


 むしろ、俺をこの場所に置いてけぼりにしないでほしい、というのが本音だ。

 この世界がどういうところであれ、まずは情報収集が先決。

 と、なると、この縁を利用しない手はあるまい。

 その上で、今後の生き方を考えなければ。


 ……と。

 その時。

 金髪少女の大きい眼から、ぽろりと涙がこぼれお落ちていることに気づく。


『お、……おい! なんで泣く』


 大いにたじろいでいると、金髪少女はごしごしと両目を拭って、


「ああ、ごめん。……あたし、ちょっと……」


 だが、感情は次から次へと溢れて、止まる様子もない。


「姫様、……いえ、ロゼッタお嬢様は、機兵魔人を見つけることに命をかけてきたのでございます」

「ちょ、モエ、余計なことを……」

「“弓形ゆみなりの岸壁”のどこかに機兵が埋まっているという、どうにも信ぴょう性に欠ける伝承を信じて、雨の日も風の日も……時には魔物に追われることもありました。それでも諦めず、……遂にあなたさまと巡りあったのです」

『そうか。それは大変だったな』


 一応、ねぎらいの言葉をかけてやる。

 これまでの話から察するに、機兵魔人というのは俺のことを指すらしい。

 で、この娘は俺を見つけるためにこんな危険なところまで来た、と。


『だが、……悪いな。俺は誰のものにもならない。俺は俺のやりたいようにしかやらんぞ』


 一応、予防線を張っておく。

 念を押したのは、面倒ごとはごめんだと思ったためだ。


 何の因果か二度目の人生。

 生き方は慎重に決めたい。


 すると、獣人の娘は朗らかに笑って、こう応えた。


「ご心配なく。あなたの人生は、いつだってあなたのものです」


 そうか。

 それならいいんだが。


『じゃ、とりあえず自己紹介しとかないとな。俺は大神涼介。――オオガミと呼んでくれ』


 金髪の少女は応える。


「あたしはロゼッタ。ロゼッタ・デイドリーマー。ここから歩いて数日の場所にある、ローズミストっていう国の……えーっと。“王様の娘”ってとこ」


 それって要するに、お姫様ってことじゃないのか。

 と、その時俺は疑問に思ったわけだが、ロゼッタがそういう妙な言い回しをする理由を知るのは、もう少し後になってからのことだった。


「私は、モエ=モエといいます。ご覧のとおり、ロゼッタお嬢様にお仕えする従者でございます。モエとお呼びください」


 ケモノ耳娘は、うやうやしく頭を下げる。


『ああ。……よろしくな』


 そして俺は、握手のために手を差し出しかけて……止めた。

 そうするには、あまりにもお互いのスケールが違いすぎたためである。


 だがロゼッタの方は、そんな俺の遠慮など気にしないとばかりにウサギのようにぴょんと跳ね、俺の右手に飛びつくのだった。


「こっちこそ、よろしく!」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る