機兵見聞録 ~人型ロボットに転生した俺、エルフ娘の専用機にされる~

蒼蟲夕也

その1 オオガミ、大地に立つ

【前書き】

 まず、はじめに断っておきたいことがある。

 この文書記録はリアルタイムで書かれたものではない。

 異世界に転生してしばらく経った後、その時のことを思い出しながら書いたものだ。


 だから、部分部分で事実と違うことを書いてしまっていたり、若干誇張された表現があるかもしれない。

 一応、なるべくそうはならないよう、事実関係の確認をしたりはしているが……もし、そのへん矛盾するようなことが書かれてあったとしても、そこは勘弁してほしい。


 ああ、それと。

 乱文雑文、誤字脱字その他、色々と容赦してくれよ。


 俺は物書きじゃない。

 どこにでもいる、冴えないサラリーマン(元)に過ぎないんだからな。



【2015年8月9日】


 それが、前の世界における俺の命日である。

 全ての始まりなので、本記録の冒頭に書かない訳にはいかない……の、だが。正直この件に関して、詳しく書き残すつもりはない。


「どうして死んだか?」「どういうふうに死んだか?」「どういう気分で死んだか?」


 なんてのは、耳にタコができるんじゃないかってほど訊ねられたけどな。

 正直それって、そこまで大切なことか?

 大切なのは、「俺が虫けらみたいな理由で死んだ」ってことで、原因なんてなんだっていいじゃないか。


 バナナで滑ってころんだ、とか。

 暴走するトラックに引かれた、とか。

 爆発事故に巻き込まれた、とか。

 好きに解釈してくれていい。


 とにかく、のことなんて二度と思い出したくないね。

 なにせ、とんでもなく痛かったんだ。

 それこそ、死ぬほどにな。


二ノ月ニノツキ 六日(晴れ)】


 んで、目覚めたら異世界にいた。

 身動き一つ取れない状態で、だ。


 命を失った自分が、ただ暗闇の中でぼんやりしている感覚。


 心細かったねえ。

 ひょっとすると永遠にこのままなのかって、かなり不安に思ったよ。

 ”死ぬ”って、こういうことなのかって。

 だとしたら、こんなに残酷なことはない。

 ただただ、暗闇の中で待ちぼうけを喰らうなんてさ。


 信心深い訳じゃないが、その時ばかりは仏に願った。

 こんな風にただ、闇の中に置いてけぼりにするくらいなら……いっそ、俺の意志から何から、全てなかったことにしてくれ、……ってな。



「―――……」

「………――――ッ」

「…………―――――――――――!」


 変化が起こったのは、それから数時間ほど経過したくらいだったか。


 ぴしっ……と。

 俺の目の前にあった暗闇に、一筋の光が差し込んで。

 その後、聞き取れないくらい小さな話し声が。


 ぬぼーっ、とそれを見守っていると、ぼろぼろと土塊が剥がれていって……、


 ぼごっ、――


 視界が開ける。


「やった! ついにやったわ! あたしの、あたしだけの機兵魔人!」


 凛と響く、少女の声だ。

 どうやら俺、生き埋めになっていたらしい。

 おかしいなあ、と、思う。

 死んだという朧気な記憶は残っていたが、少なくとも生き埋めにされた覚えはなかったからな。


『……あ……?』

「――んん?」


 で、その娘と目が合った。


 第一印象。

 うわー、ホンモノの金髪碧眼だ。外人さんかな?

 第二印象。

 でもさっきこの娘、日本語しゃべってたよな? 日本育ちかな。

 第三印象。

 ずいぶん薄汚れてるけど、綺麗な娘だ。

 第四印象。

 ……ん? ちょっとまて。

 この娘、なんか小さくない?


 何はともあれ身体を動かそうと、右手を持ち上げようとする。


 ごごごごごご…………。

 すると、ずいぶん大げさな音が聞こえた。


「う、嘘!? 勝手に動いて……まさか、誰か乗ってるの?」


 何かが変なのはわかっているが、それが何なのかわからない感じ。


『なんだ……? これ? どうなってる?』


 独り言。

 すると、小さな金髪少女が、


「う、うそ! しかもしゃべったわ! ねえモエ、こいつ、しゃべるわ!」


 目を丸くして叫ぶ。


――失礼な。


 コミュ障気味な俺だけども、口がきけない訳じゃないぜ。

 と、口を開こうとして。

 ……違和感に気づく。

 よくわからんが、口が動かないのだ。それどころじゃない。身体のあちこちがなんかおかしい。

 全体的にこう、ぎこちない感じ、っつーか。


『あー、……あー……。あいうえお、かきくけこ。マイクのテスト中……』


 最初は、そんなふうに発声練習したっけな。

 んで、口を動かさずともしゃべれるらしいことがわかる。

 眼前にいる二人の少女は、ずっと目を丸くしてたけども。


「お、お嬢様……この機兵魔人、しゃべります」

「わかってる。ってかさっきあたしがそう言ったじゃない……」


 だいたいそのタイミングで、ちょっと本気気味に力を込めれば、埋もれている五体が自由になりそうだと気づいた。

 そっから先は、ほとんど本能的な行動だ。


『う、うお、お、お、お、お、お、お、……!』


 俺は、全身を揺さぶりながら土砂を振り払おうとして、


「うわ、きゃ!」

「お嬢様、危ない! 離れて!」


 俺を覗き込むように見ていた二人の少女を、危険に晒しかける。

 我ながら、ちょっと軽率な行動だったと思う。

 二人の身体は、今の俺の四分の一以下のサイズ……要するに、赤ん坊くらいの大きさだったのだ。


『おおっと! 悪い、大丈夫かっ!』

「うーん……ま、まあ、なんとか……」


 どうやら、二人は少し土をかぶっただけで済んだらしい。


『良かった。……っていうかお前、なんか小さいな?』


 出会い頭に不躾な発言をしたのは、俺が混乱していたからだと思ってくれ。

 対する少女も似たような精神状態なのか、少しぼんやりした口調で、


「そうね。……あなたは大きいわ」


 と、応える。

 それが俺たちの出会いだった。



 自分が置かれている事態の不可解さに気づいた最初のとっかかりは、……なんだったかな。

 今となってはよく覚えてないが。


 あるいはあの、従者と思しき娘の、――頭からぴょこんと生えた二つのケモノ耳を見た時だったかもしれない。


『ん……? お前なんか、頭からヘンなの生えてない?』


 すると、その女性は不思議そうな表情で、


「ヘンなの……? 耳のことですか?」

『付け耳ってやつか、それ。コスプレとかする人?』

「言ってる意味がよくわかりませんが、これは本物です。……私、獣人ですので」

『獣人……?』

「ちなみに、狼血の混じりですが」

『オオカミ……???』


 頭に疑問符を並べる俺。

 状況が掴めていなかった。

 一応、前世の知識として、“異世界転生”や“異世界転移”なんて単語は知っている。

 だが、そうした空想上の出来事と、今俺が置かれている状況とをうまく結びつけることができなかったのだ。

 だいたいそーいうのって、神様的な存在が現れて、「お前が死んだのは何かの間違いだからチート能力授けて転生させてやる云々」なんつって、わかりやすく状況を説明してくれるのが普通じゃねえの?

 よく知らんけど。


「先程からずいぶん混乱されているようですが。……どうかされたのですか?」

『別に、どうもしてないが』


 嘘だった。

 生まれてこの方、ここまで「どうかしている」気分になったことはない。

 金髪の少女は少し不安げに、ケモノ耳の娘に問いかける。


「ひょっとしてこの機兵魔人、なんか訳ありなのかな?」

「それはそうでしょう。しゃべる機兵魔人など聞いたことがありません」

『ちょっと待て』


 そこで俺は、二人の会話に割り込んだ。


『その、……機兵魔人ってのはなんだ?』


 ケモノ耳娘は、少しだけぽかんとした表情をこちらに向けた後、


「……古代に生み出された超兵器だと存じますが」

『なにそれ』


 俺は首を傾げる。

 “冴えないサラリーマン”という言葉を超解釈すれば、“古代産の超兵器”となるだろうか。……そんなふうに思いながら。


 そこまで話してようやく、俺は気づいた。

 自身の両腕が、見知っていた形と全く異なっていることに、な。


 なんつーか。

 ゴツゴツしてるというか。

 金属っぽいっていうか。


 次いで、腕、腹、胸、足と順番に見ていって。

 少しだけ迷った末、


『……ん? 俺ひょっとして、ロボットっぽくなってない?』


 という、全ての核心を突く一言を口にする。


「あッ……当たり前でしょ? っていうかあんた、自分のこと生身だと思ってたわけ? その図体で?」


 金髪の少女が、呆れ顔で言った。


 そこで俺は、ようやく合点がいく。

 目の前の二人が小さいんじゃない。

 俺がデカかったんだ、と。


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