第2話
目を覚ますとそこはオフィス───ではなく見た事のない部屋だった。
そこはエンタシスの柱に純金の水瓶などの如何にも西洋の神殿といった感じだった。
先ほどまで進化し続ける無機質な機械たちに生活を支配された近代にいたので生活の不便さにいささか不安を覚える。
しかし何より奇妙なのは恐ろしく静かだということだ。
まるで、自分だけがここに取り残されたような虚無感。
俺が最近、毎晩感じていた感覚に似ている。
「俺──、死んだのか?」
そんな疑問が脳裏によぎる。
今まで死んだ経験はないが自分の思っていた感じと違う。
死んだらすべての感覚はなくなり、自由に飛び回るようなイメージを抱いていたが、今自分は四肢があり、生前のように寒さや足から感じる地面の感覚など、全く死んだという感じではないのだ。
しかしあれは確実に死んだ。
大きな衝撃と痛みを感じた一瞬、意識がなくなった。
それが死んだ瞬間だろう。
ではここはどこなんだ…?
地獄、という感じでもないし天国とも少し違う気がする。
もとより、そんなものないのかもしれない…。
そんな事を考えていると部屋の奥から何やら迫る音が聞こえる。
それに気付き、身構える。
「お、起きたようだね」
その迫る正体は映画に出てくるような純白の布を器用に着こなしたいわゆる『神』のような格好をした自分と同じくらいの歳で肌白のいわゆるイケメンの男だった。
「あはは、そんな身構える必要ないよ。」
男は笑いながら自分の隣に座った。
「君、どうやって死んだか覚えてる?」
男が柔らかく微笑みながらささやく。
なぜだが分からないが不信感は感じない。
「───自殺。」
俺は嫌々ながら答えた。
こんな不名誉な死に方、他人に声高らかと言えるはずがない。
ましては相手は恐らく神だ。
叱責の一つでも入れて地獄にでも落とすつもりだろう。
「そうか…。辛かっただろうね。」
男は同情の顔でそういった。
しかし会社で毎日感じていたような嫌悪感は受けない。
恐らく本気でそう感じているからだろう。
「僕はね、僕の守るべき『セカイ』に救世主を転生するため、君のセカイから死んだ人間を選抜していたんだ。珍しく君の国なんかは基本的にみんな幸せに満ち溢れた顔で死んでいった。そんな中、ほかの人たちと全く違う表情、そう、社会を全力で恨むような表情をしていた人がいたんだ。」
「それが、俺か…。」
なおさら不名誉だな…。
本当に情けない。
死んだ後も醜態をさらしていたとは。
「そう、それが君。だけどそんなの他の国ではザラにいるんだ。君の居たセカイのある未開の国ではほとんどがそんな表情してた。しかし心を覗いてみるとそこには表情と裏腹に酷く美しく優しいココロを持っていたんだ。なんでこんなココロの持ち主がこんな表情を…。疑問を持ったんだ。そして君を転生の被験者に決定した。単純な好奇心だね。」
「は!?」
思わず間抜けな声が出た。
全てを放棄して、自由になるため死んだのに、生き返るのでは意味がないではないか。
「そんなに動揺しなくても、心配はいらない。君には大きな力を与えた。まあ、葬い品だと思ってくれていい。君は今から行くセカイで今までの憎しみをすべて洗い流すほどの経験をする。そして僕のセカイを救うことになるだろう。」
「ちょ、ちょっと待て!俺が本当にセカイを救うという確証があるのか!?俺はその表情とやらのように憎しみしか持たないクソ野郎でその受け取った力で殺戮を繰り返すかもしれないんだぞ!?」
俺はとっさに叫んだ。
もうあのような辛い思いはしたくない。
そのセカイとやらで自我が崩壊して取り返しのつかないことになるかもしれない。
そんな事を考えるのも社会の汚点である俺らしいともいえるが…。
「大丈夫。君は優しいやつだ。絶対に僕の期待を裏切らない。そこでは君の自由に生活してもいい。それに縛りはない。これまでの不幸が全て幸福に変わるようなセカイだ。」
男は俺を軽い力で突き飛ばした。
すると体がどんどんと地面に吸い込まれていく。
「僕の名前はモンステラ。君が訪れるセカイで神の祝福があらん事を…。」
そう言いつつ、男は優しい笑顔で地面に吸い込まれる自分に手を振る。
それはまるで、未来を見ているような目だった。
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